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バスの恋人  作者: 夜月暁
第一章
1/25

1-前編

 例えば

 毎日乗るバスで毎日顔をあわせる人がいて、

 その人が何気に自分好みだったりして

 笑うと八重歯がのぞいたりして

 でっかいエナメルのスポーツバッグを抱えたりして

 爽やかで

 目が合うと白い歯を見せながらニコッと笑う…

 そんな人に、私は出会いたい!!


「そんな人いないでしょ」

 昼食後の教室で、パックのジュースを飲みながら真美が呆れ顔でそう言った。

「そ、そうかな」

 さわやかでいいじゃない

 なんて思いながら私は大きく伸びをした。

 その時、ちょうど昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。教室に戻ってくる生徒で辺りはバタバタしている。真美は飲みかけのジュースを一気に口に吸い込み、ごくっと喉を鳴らしたのだ。

 授業中、開いた窓から流れてくる風は、私の髪を優しく撫でた。陽だまりが心地いい午後。退屈な授業をよそに、私は全く別なことを考えていた。

(恋したいなぁ)

 高校に入ってから恋愛のれの字もない平穏過ぎる毎日から、私は抜け出したかったのだ。しかし、女子高に通う自分が、男子と出会える機会はそうそうなかった。そして何もないまま、あと数ヶ月で受験生になってしまう。私の口から漏れるため息は、尽きなかった。

「じゃぁ、次の訳を…花村」

 窓の外を遠目で眺めていた私は、指名されていることにも気付かず、思いっきりため息を吐いていた。

「花村、聞いてんのか?」

 眉間にしわを寄せながら、私の席まで迫る英語教師の加藤は、窓の外を見つめる私を丸めたテキストでポカっと叩いたのだ。

「いてっ」

 現実に引き戻された私は、思わず叩かれた頭を手で抑えた。すると、教室には軽い笑い声が起こった。

「いてっ、じゃねぇし」

 私を睨みながらそう口にした加藤に、私は苦笑いを浮かべながら「スミマセン…」と謝ったのだった。

 ゴホンっとわざとらしく咳をして仕切り直そうとする加藤だったが、私が授業に集中することはなかった。この加藤という英語教師は、いつも人だかりができてしまうほどに人気があるのだ。彼が廊下を歩いているだけで、まるで磁石に吸い付くよう生徒たちが彼を取り囲んでしまう。噂によるとファンクラブがあるらしく、抜け駆けが許されない『みんなの加藤先生』だった。

 確かにこの人、背も高くてかっこいいけど、なんか小バカにされてるような挑発的な目と本音の見えない言葉でしゃべるから、なんか信用できないというか…。どちらかというと、私は彼を囲むその人だかりから少し離れて冷ややかな視線で通り過ぎるタイプの人間だ。私の思う理想の男子とは違う。もうちょっと素直な面が見られればいいのかもしれないけど、先生が生徒にそんなところを見せるわけがない。少なくても、私がこの先生にあんなふうに取り巻こうとは思わないんだけど…

「ゆい」

 放課後、帰ろうとした私に一番に声をかけてきたのは真実だった。

「ゆい待って、一緒に帰ろ」

 真美はいつもみたいにかわいい笑顔を浮かべながら続けた。

「うん」

 私たちは横に並んで、一緒に教室を後にした。

「英語の時間、何考えてたの?」

 思い出したように真美が私に尋ねてきた。私は思いっきり苦笑いを浮かべ、「たいしたことじゃないよ…」とだけ答えると、真美は「ふーん」とだけ相槌を打っただけで、深くは聞いてこなかった。

『恋がしたい』

 なんて乙女みたいなこと、言えるはずもないし…

 今を十分に謳歌している真美は、本当にきらきらと輝いて見える。バイト先で知り合った年上の彼氏とラブラブな真美を私は本当に羨ましかった。

「加藤先生、やっぱりかっこいいよね。私、結構タイプだな」

 真美が突然そう口にすると、私は英語のテキストでポカッっと叩かれたことを思い出し、思わず手で頭をなでていた。

「えー? そうー? 私は苦手だよ」

「なんで? 背も高いし、顔も整っててかっこいいじゃない。明るいし、社交的だし、頼れるし。」

「そりゃまぁ、女子高にあんな若い先生がいたら、みんな騒ぐのかもしれないけど…」

 私は少し思い出した。真美は、面食いだ。前に見せてもらった写真の彼氏もまぁまぁ整ったイケメンだった。

「でもほら、紳士的っていうか、あんなに人気があってもちゃんと一線を引いて馴れ馴れしくしないから、安心して近づける」

「何言ってるのさ。それが普通でしょ」

 苦笑いを浮かべながらバス停までの道のりを真美と歩きながらしゃべっていると、冷たい風が二人の頬を刺す様に吹きつける。

「今日は昨日より涼しいね。」

 先月の9月まではまだ夏のような陽気が続いていたというのに、10月に入ってからは少しずつ秋の気配を感じることができる季節になった。まだ木に生えている葉が色付くにはまだ早い頃だったが、今日はめっきりと秋めいていた。

 私たちは、二人くっつきながらやっとバス停に着く。しかし出てしまったばかりなのか、バス停には誰もいなかった。

「行っちゃったのか…」

「だね」

 誰もいないベンチに二人で腰掛け、次のバスを待つことにした私達は、どんよりとした雲の下で天気を気にしていた。厚い雲で覆われた空からは、今にも雨粒が落ちてきそうだ。そんな中、十分くらい待っていると、次のバス停にバスが入ってきた。私たちはお互いの顔を見合わせながら安堵してそのバスに乗り込んだ。

 乗り込んでしばらくすると、携帯の着信を知らせる音が鳴った。音に反応した真美が「あ…」と呟きながらカバンからスマホを取り出した。音がすぐ鳴り止んだことから着信はどうやらメールのようだ。送り主を確認した彼女は「カレからだ」と小さな声でそう口にした。私は悪い予感しかしなかった。


「ごめん、ゆい! 本当にごめんね!」

 バスを降りて、駅の改札まで移動した私たちは、ホームに降りる階段の前で、下りホームと上りホームに別れるのだが…。

「いいって。明日、カレシと楽しんでおいでよ。」

「埋め合わせは絶対にするから!」

 明日の土曜日は、真美と映画に行く予定だった。しかし、彼女のカレが急に仕事が休みになったため、1日のんびり会えることになったようだ。そうしたら、邪魔できるはずがない。

真美と別れた私は、下りのホームに向かってトボトボと階段を降り始めた。

(結構楽しみにしていたのにな…)

 真美のカレが不定休ってこともあり、度々こんな風に予定が変わることがあるのだが、彼氏持ちには敵わないというか、彼氏がいるのに自分を優先してほしいとは言えないというか…。真美に対して妬みとか劣等感とかがまったくないわけじゃない。でも、そんな風に思ってもなにかが変わるはずがないこともわかってる。こんなことでイライライなんてしたくない。

「一人で行くかぁ」

 どうせネットで予約とかしてないし、行き当たりばったりで一人で映画に行くのも悪くないだろう。見たい映画ではあったし、面白かったら真美とまた見に行ったらいいし…

 ホームのベンチに座り、ホームの屋根からのぞくどんよりした空を見上げながら考えていた。


 翌日。

 家が駅から外れにあるため、自宅から駅に出るにはバスに乗る必要がある。時刻表に合わせて家を出て、家のそばのバス停からちょうど来たバスに乗り込んだ。朝9時半の車内はまぁまぁ空いていた。一人がけのいすに座り、窓に頭を預けてバスの揺れを体で感じていた。

 昨日、夜更かしをしたせいか、少し眠たかった。他人に見られないように口元を押さえ、遠慮がちにあくびをかく。駅まではまだ少しかかるだろう。駅に着くまで少し眠ろうと私は軽く目を閉じていた。ほんの少しだけ意識を手放していたのち、バスが揺れて壁にぶつけて目が覚めたその時だった。なぜか自分の席の前に人の気配を感じたのだ。いや、私が寝ている間に人が乗って混み始めることはよくあることだと思うのだが、なんとなく『誰かがいる』という気配ではなく、強い視線を感じるのだ。

(だ、誰かに見られてる…?)

 自意識過剰なんかじゃない。確かに、自分の横に立つ人から強い視線を向けられている。

(こ、怖くて目ぇ開けられないんだけど…)

 確認したくても出来ない状況に、私の背中には冷や汗が流れ落ちる。体を強張らせていると、今度は耳元に気配を感じた。

「もしかして、花村?」

 その声に覚えがあった。私はゆっくりと目を開けると、私の座席のすぐ横に加藤が立っていたのだ。

「加藤…先生…? え、なんで?」

 驚きのあまり目を丸くしてそう尋ねるが、加藤は笑いながら「最近、この辺りに引っ越してきたんだ」と答えたのだ。そして、見下ろす視線は私の全身を見渡している。

「お前、今日デートなの? すげーかわいい格好してるじゃん」

 誉めているつもりなのだろうが、どうも小バカにされてるような気がしてしまった私は、あからさまに不機嫌になった顔を窓のほうに向けた。

「え、違うの?」

 意外! と言わんばかりの顔をする加藤に、顔をしかめて目を伏せた。

「悪かったですね☆ 私はお一人様なのでこれから一人で映画ですー」

「じゃぁさ」

 そう口にした加藤は、左耳に口を寄せて「今からちょっと俺に付き合わない? 飯くらいおごってやるからさ」と小さな声でささやいてきたのだ。

「は? 何で? 先生、彼女いるでしょ? っつーか、いないわけないじゃん」

「なんだよ、それ…。決め付けんなよ。いなくて悪かったな。ほら、次降りるぞ」

 加藤はそう言って、『降ります』ボタンを力強く押したのだ。そして開いた後ろのドアから私の手を引いて、私は強制的にバスから降ろされたのだった。





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