異世界買い出しRTA
時刻は正午12時。
タイムリミットは午後8時で8時間の滞在時間しかないので効率的に動き回らないとどうやっても時間が足りない。
*
12:00
俺は高校に着くなり職員室に乗り込む。
クラス全員が突然神隠しに会うような集団転移事件の後なので俺が顔を出したら驚くかもしれないな。
『集団失踪した生徒の一人が奇跡的に単身戻る!』
みたいな見出しでワイドショーに出ることになるかもしれないな。
ワイドショーに出まくってる間にイケメンな俺に女性ファンが出来てアイドルデビューすることになったらどうしよう?
まあイケメンというのが嘘だし、明日までは日本にいないのでそんな事にはならないだろうけど。
職員室に一年の時の担任が居たので挨拶をしてクラスメイトの手紙を託そうとしたんだけど……。
「キミってどこの生徒だ?」
一年の時から影が薄かった俺だけど、その反応は俺のナイーブなガラスのハートに深い傷がつく。
「伊藤先生、やだなー。俺ですよ、俺。一年の時に担任をしていた4組の生徒のなかで成績トップだった棚岡じゃないですか」
もちろん成績トップというのは冗談だ。
でも先生は俺の華麗なるギャグを苦笑もせずに完全スルー。
去年の生徒名簿をパソコンで確認すると、露骨に警戒を始めた。
「キミは本当にうちの生徒なのか?」
「もちろんですよ」
「棚岡なんて珍しい名前の生徒はこの学校に一人も在学していないんだが?」
「ちょっと待ってくださいよ。夏休み前に異世界に集団転移した2年7組の生徒ですよ」
「その言葉でキミがこの学校の生徒じゃないことは解ったよ」
そして伊藤先生は勝ち誇ったように生徒名簿を指差す。
「うちの学校の今年の2年は6組迄なんだよ!」
嘘だろ?
じゃあ、俺はどこの学校に通ってたっていうんだ?
先生はお前が通っていた高校ではないと叫び電話をしながら俺を睨む。
「部外者が勝手に校舎に入ってきたら困るんだよね……あっ、警察ですか? いま校舎に不審者が入ってきているので事件を起こす前に至急捕まえてください!」
「ちょっと待てよ、本当なんだから俺の話を聞けよ!」
伊藤先生は受話器を手で塞ぎながら俺を再び睨む。
「警察が来たら好きなだけ話を聞いてやるから、それまで静かに待っていてくれ」
その目は冗談を言ってるように見えないどころか、マジで不審者を見る目だ。
冗談だろ?
お前は俺の元担任だろ?
それをなんで警察に突き出す?
こんなとこで警察に捕まったら、買い出しの完遂以前に帰りのディスティーションのゲートの時間に間に合わなくなって異世界に戻れなくなるぞ。
「キミ、待ちなさい!」
俺は伊藤先生を振り切って、職員室から退散した。
*
12:30
この手紙をどうすればいいんだよ?
駅前の繁華街まで全力疾走で逃げてきた俺。
どうやら警察に顔を見られる前だったから、駅前までは追手がいない。
幸いなことに普通の封筒に宛先と宛名を書いてあったのでポストに投函すれば済みそうだけど切手が貼ってねーじゃん。
郵便局で切手を買ってポストに投函だ。
さすがにこれだけの枚数があると切手を貼るだけでも結構時間をロスした。
*
13:00
買い出しRTAの第二ステージだ。
遂に買い物が始まる。
開始早々、学校でコケてしまった俺。
でもまだ時間はある、十分持ち直せる。
今回の買い出しは大きく分けていくつかの項目に分かれる。
①家電
BDプレイヤー
液晶テレビ
各40台
②パソコン一式
パソコン
プリンター
液晶モニター
液晶ペンタブレット(お絵描きソフト付き)
プリンター用コピー用紙10冊
1セット
③ゲーム機
〇S5
〇WITCH
各20台
④ソフト
アニメ
ゲーム
多数
⑤発電機
ガソリン発電機
ソーラー発電機
各50台
⑥ガソリン
200リットル
⑦スイーツ
各種
⑧ファッション関係
服(各サイズ)
化粧品
アクセサリ
各種
⑨ナデシコから頼まれた本
これを残り7時間で買って帰らないといけない大仕事だ。
まずは多くの物が一度にそろう大型家電店の家電売り場からだ。
平日の昼間から訪れたので暇そうな店員が俺に近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。なにかご入り用ですか?」
俺はリストを指さし店員に声を掛ける。
「ここからここまで、倉庫にある物も全部くれ!」
「は、はい!」
小さい頃から憧れていた一度やってみたかった大人買いだ。
5000万も軍資金を持っているので気分はアラブの石油王である。
店員は今月どころか来月の販売ノルマを達成できるから大喜びだ。
店舗の一角に家電やゲーム機、パソコンの箱が積み上がる。
「ついでにゲームとアニメのBDも頼む」
ゲーム機は一人一台とかいうルールがあるみたいだが石油王の前ではあってないような物。
総額1000万の買い物なので店員が無茶苦茶頑張ってくれて俺の注文通りに物が集まった。
よし、①から④まで買い物リストをクリアだ!
*
14:30
次はスイーツ。
有名パティシエがやっている地元の有名なケーキ屋さん。
俺は店長を呼び100万円を渡しショーケースを指さす。
「ここから、ここまで全部頼む」
またまた石油王買いだ。
買い物はちまちま買わないでドカンと買うとめっちゃ気持ちいいな。
癖になりそう。
梱包に時間が掛かるとのことなので、夕方にまた来ると言って店を後にする。
*
15:00
次は発電機だ。
工事職人用のホームセンターに飛び込む。
またまた大人買いだ。
でもどっちの発電機も50台も在庫がないとのことなので、系列の倉庫に案内してもらう。
往復の移動で2時間のロス。
まあ、特殊な物なので仕方なし。
むしろ倉庫に在庫があったことを喜びたい。
値段は一台10万と定価より安かったので思ったよりもかからなかった。
目の前で発電機をアイテムボックスに入れていたら、消してるように見みえたのか驚きのあまり変な顔をしていた。
後でガソリンを買うので、ついでにガソリン用の携行缶も買っておいた。
*
17:00
ケーキ屋さんに戻った。
ケーキの梱包が終わっていたので回収。
店のショーケースがガランとしていて必死でショーケースに収める新しいケーキを作っていたがそれも回収。
100万円も払ったんだから文句はあるまい。
*
17:30
ファッション店だ。
陰キャの俺にはファッション関係の事は全く解らん。
仕方ないのでファッション店の店長を取っ捉まえるとリストを見せつつ10万でアドバイザーとして雇った。
「リストのここからここまで、全部買っといてくれ。資金は500万あれば足りるか?」
「はい、十分足りると思います」
「また後で来るから、しっかりとした物を頼むぞ」
「任せてください」
少し時間が掛かるとのことで、俺はガソリンスタンドに移動だ。
*
18:00
次はガソリンだ。
ホームセンターで買った20リットルの携行缶10個を出すが、簡単に買えると思ったら大間違いだった。
「ちょっと前にガソリンを使った放火殺人事件があったので、今は上の方から指示で携行缶での販売は出来なくなったんですよ」
マジか?
これはヤバい。
家電と発電機を買ってもガソリンが無いんじゃ発電が出来ないから意味ないじゃないか。
俺は土下座をする勢いで頭を下げる。
「そんなことをしても売れませんから。車以外には給油できません」
大金をちらつかせるが店長は糞真面目な人だったらしく売ってくれなかった。
やべーな。
ここにきて肝心な物が買えないのかよ。
発電機用のガソリンが無ければゲーム機もテレビも完全にゴミ。
どうする?
そこで俺は思いついた。
携行缶でガソリンが買えないなら、車を買ってしまえばいいじゃないか!
俺は車の販売店に行き、店長の顔を札束で引っ叩く。
「これで展示車を売ってくれ。ナンバーも納車整備も要らない」
「に、にしぇん万?」
俺は2000万で展示車をテキトーに見繕って4台買う。
ワンボックスカー3台と軽自動車のワンボックスカーを1台だ
店員の話では車1台で50リットルのガソリンが入るそうだ。
諸経費入れても400万に届かない車が500万で売れたら店長じゃなくても大喜びだ。
サービスでガソリンは満タン、20リットルの携行缶10本も満タンにしてもらう。
ちょっとガソリンが多くなってしまったが、多い分にはユッコも文句を言わないだろう。
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19:00
ファッション店に戻ったら、全て買い揃えていてくれた。
俺は労を労いボーナスとして店長に10万を渡す。
「またよろしくな」
店長には土下座する勢いで喜ばれた。
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19:15
最後のナデシコの本だ。
もう、タイムリミットまでの時間が無い。
タクシーで学校に向かっても20分以上掛かる。
帰還の時間も考えるとここでの滞在時間は10分が限度だ。
俺は店員を捉まえるとナデシコのメモを渡す。
店員は端末を使って調べてくれた。
印刷したメモを俺に手渡す。
「この本は売ってないですね」
「売り切れですか?」
「いえ、おたゆう先生のブルークレリックは先月の刊行予定だったんですけど、発売延期になってますね」
マジかよ。
買い出しを全部買えなかったじゃないか。
でも、これ以上ここにいる時間はない。
ナデシコの買い物が出来なかったので勝ちでもないけど、ユッコの買い出しは全て済んでるし俺の負けじゃない!
ナデシコには帰ったら謝るしかないな。
俺は駅前のタクシー乗り場に行って学校へと向かった。
*
19:45
タクシーを降りると、誰も居ないはずの校舎が照明で煌々《こうこう》と照らされ、警察犬を連れた警官が何人も校庭を捜索している。
「見つかったか?」
「いえ、見つかりません」
「こんなに探してもいないのに、上はまだ捜索をさせる気なのか?」
「いいかげん帰りましょうよ」
「俺も帰りたいんだけど、校内に紛れ込んだ不審者が見つかるまで探し続けろと上が言ってるんだよな」
「マジですか?」
「ああ、マジだ。犯人は現場に間違いなく戻ってくる……って上司が言ってた」
「それ、刑事ドラマの見過ぎですよ」
どう見ても俺を探している感じ。
どうやって校庭に潜り込もうか考えていると時間になったのか、校庭の一点が輝きだした。
間違いない。
ゲートだ。
当然警官もゲートを見つける。
「なんなんだ、これは?」
凄まじい光を放つゲート。
暗闇の中で長時間探し物をしていた警官にはこの明るさは致命傷。
俺が召喚魔法陣で呼ばれた時みたいに地面の上を転げまわっている。
今がチャンス!
俺は完全に開いたゲートに乗り込もうとしたんだが……。
「捕まえたぞ!」
転げまわる警官に足首を掴まれた。
しかもその数はどんどんと増えて5人に。
俺の上に警官の団子が出来上がる。
「おい! やめろ! ゲートが閉まるだろ!」
「やめろと言われて逃がしてたら警官は要らねーんだよ!」
ゲートの開放時間は50秒しかないのに!
こんなところで遊んでる暇はないんだよ!
俺は警察官をアイテムボックスの中に取り込んで消し去る。
こいつらをクリムさんのとこに……やるわけにもいかないよな。
5メートルの距離でそっとアイテムボックスから警察官を放り投げる俺。
警察官は尻餅をついたものの直ぐに立ち上がって俺を追って来ようとしたが、ゲートが閉まる方が早かった。
完全にしまったゲートから「まてー!」と声が聞こえた気がしする。
こうして俺の初めての異世界買い出しは無事に終わったのだった。
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