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マンクス

「マンクスお兄さん……」


 変わり果てた姿で現れたお兄さんを見たニケさんが今も死霊として存在しているのを見て絶句している。


「まだ、成仏していなかったのかよ……」


 マルクさんも青ざめていた。


 当然、ニケさんのお兄さんは生きているわけではない。


 死してもなおネクロマンサーの眷属の死霊として使い続けられていたのだ。


 普段は温厚で怒ることのないニケさんが激怒した!


「許せない!」


 髪を逆立てネクロマンサーに飛びかかるニケさん。


 その速度は疾風よりも速かった。


 だが、それを防いだのはニケさんのお兄さんであるマンクスさんの死霊だった。


 ニケさんはネクロマンサーを庇うお兄さんの事を理解できなかった。


「お兄さん、なんで? なんでそんな奴を庇うの?」


 ニケさんは説得を続ける。


「お兄さんをそんな姿にしたのはそいつなんだよ? ニケからお兄ちゃんを奪った奴なのになんで庇うの?」


 でも説得は届かず、目はうつろなままだ。


 それだけではない。


 ニケさんにマンクスさんの死霊の攻撃が襲い掛かった。


 それは力任せな斬撃。


 触れれば真っ二つにされる程の力を込めた、まるで妹なぞ関係ないと言いたげに……。


「ニケ!」


 すんでのところで襲ってきた剣を受け流すアレスさん。


「なに、ぼーっとしてるんだ。あれはニケの兄貴でもなけりゃ、マンクスでもない!」


 アレスさんは剣撃を受け流しながらニケさんの説得を続けるが、攻撃の一発一発が重くかなり辛そうだ。


「あれはマンクスの死体が操られているだけで、既に意識はネクロマンサーのものだ!」


「でも……あれはお兄さん」と言いかけてマルクさんがニケさんの肩を揺すり現実へと引き戻す。


「でもじゃない! 目を覚ませ! あいつはただの死霊だ。躊躇すると死ぬぞ! マンクスの死霊でニケが死んだら、マンクスは悲しむぞ!」


「そうだね」


 ニケさんは目に生気を取り戻すと、短剣に重心を載せて兄だったものに突っ込んでいった。


 *


 俺の相手はネクロマンサーだ。


 ネクロマンサーは目の前にいる俺に向かってまるで飛び道具を投げつけるように死霊の集団を呼び出した。


 それはオークの猛者の死霊であり、今まで戦いを挑んできて負けた冒険者でもある。


 俺も負けない!


 死霊が呼び出されると同時に頭に石をぶつけて吹き飛ばし即無力化だ。


『小僧、なかなかやるな!』


 ネクロマンサーは悔しそうに奥歯を噛み締めている。


 ここは意地と意地の張り合い。


 一瞬でも気を抜いたり、諦めた者が敗者となる。


 ネクロマンサーはノータイムで死霊を呼び出し、俺もノータイムで無力化する。


 俺とネクロマンサーは全くの互角。


 葬り去られた死霊の山が築き上げられ霧のように消える。


 勝負はつきそうにない。


 そこに飛び込んできたマルクさん。


「なに遊んでいるんだ?」


「遊んでなんてないから!」


「お前はニケを守るのが仕事なのにいつまでこんなとこで遊んでいる?」


 確かにそうだ。


 一秒でも早くニケさんに加勢せねば!


「あんなもんお前のお得意のアイテムボックスに収納して、昼になったら灼熱の太陽でこんがりローストにするだけの話だろ」


 さっきやって取り込めなかったから!


 もう試したんだよ。


 でも、こんがりローストにするだけなら別の手がある。


「奴を燃やすならこれだ!」


 俺はアイテムボックスからブラッドストームを発射!


 さすがにゼロ距離射撃のブラッドストームは避けられまい。


 ブラッドストームはネクロマンサーを飲み込み、街の中の瓦礫に当たり大爆発を起こす。


 さすがにあの大爆発ではオークジニアスでも生きてはいられまい。


「やったな」


「おう、やった。タナオカさん、すげーや!」


 肩を叩きあう俺たち。


 俺はニケさんの元に駆け付ける。


 ネクロマンサーの死と共に眷属のマンクスさんは消えたかと思ったがまだ残っていた。


 刃と刃が交差し激しい剣撃を奏でている。


 飛び散る火花によって、二人がスポットライトを浴びたように浮かび上がっていた。


 俺が加勢をしようとするとニケさんが止める。


「ごめん、タナオカさん。ここはニケだけでやらせて。お兄さんとはわたしがケジメを付けないといけないの」


「でも、そいつは……」


 アレスさんがなにかを言おうとして止めた。


「わかっている。これがお兄さんじゃないことぐらいは。でもニケが自分でやらないといけないの」


 ニケさんは動きを更に速くする。


 剣撃がさらに速まった。


 でもマンクスさんの死霊はそれを力でねじ伏せた。


 そして弾き飛ばされるニケさんの短剣。


 マンクスさんの死霊は無言で勝ち誇った目をしている。


 だが、その時の隙をニケさんは見逃さなかった。


 新たな剣を持ち鋭い突きを放ちマンクスさんの魔石を打ち砕く。


 胸を抑え崩れ落ちるマンクスさん。


 その姿は死霊ではなく人間へと戻っていた。


 人間へと戻ったマンクスさんは胸に刺さった短剣を見て涙する。


 ニケさんの目にも涙が浮かぶ。


「ニケ、まだ俺のあげた短剣を持っていてくれたんだな」


「うん!」


「ニケ、ずいぶんと大きくなったんだな」


「うん!」


「その腕があればお兄ちゃんも安心してあの世に行けるぞ。あの世で待ってるからな」


「お兄ちゃん!」


 ニケさんは消えゆくお兄さんを抱きしめる。


「ニケはね、好きな人が居るからあの世にはすぐにいけないけど待っててね。話しきれないほどの土産話を持っていくから」


「ああ、待ってるぞ」


 ニケさんの涙がマンクスさんの頬を濡らすとマンクスさんは霧のように消えた。


 消える寸前に俺はマンクスさんの声を聴いた。


「ニケを……頼んだぞ」


「ああ、任せておけ!」


 マンクスさんは剣だけを残してこの世から消え去った。


 俺たちは朝日に照らされるマンクスさんの形見の剣を黙って見つめていた。

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