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夜這い

 夜、宿で寝ているとカチャリと扉が開く音がした。


 これはもしやすると、俺に好感度MAXのニケさんが夜這いを掛けてきたんじゃないだろうか?


 淡い期待?


 妄想?


 でも、ドアからベッド横迄床を軋ませてそっと歩いてくる音がする。


 これは紛れもない現実。


 俺なら準備は万端ですから、いつでも襲ってきてください。


 陰キャな俺は自分から行動を起こすことは出来ないけど、そちらから迫って来るならオール・オッケーです。


 俺の唇を奪ってください。


 なんて感じで期待度満点で寝たふりをしながら待っていると被っている毛布をめくられた。


 これで間違いなく妄想じゃなく現実確定。


 でも、ニケさんも勇気がないのかそこからなかなか進まない。


 ベッドの中に飛び込んでくるか、声でも掛けてくれればいいのに。


 そんな状態が1分ぐらい続いたんだけど、我慢しきれずに目を開いた。


 すると目の前にはおっさんが立っていて俺の顔を覗き込んでる。


「うわ!」


 俺は思わず声を上げてしまった。


 マジかよ!


 なんでおっさんが夜這いを仕掛けてきてるんだよ!


 俺はそんな趣味ねーし!


 俺が声を上げたことでおっさんが俺に馬乗りになって襲ってきやがった!


 やべぇ!


 おっさんに俺の唇が奪われる!


 俺は必死になってアイテムボックスにおっさんを取り込んだ。


「はーぁ、はーぁ、はーあ」


 心臓がドキドキして張り裂けそう。


 こんな夜這いは要らねーから!


 こんな危険な従業員を野放しにしてるクリムのおっさんに文句を言わないと気が済まないぜ!


 それにしてもこの宿のセキュリティーはどうなってるんだ?


 *


 あれから一睡もできなかった俺は朝になると同時にクリムのおっさんに苦情を入れに行った。


「あーら、いらっしゃぃ~(はぁと。お店は夕方からよ」


「いらっしゃいじゃねーよ、客として来たんじゃねーから!」


「じゃあ、従業員になってくれるのね」


「そんな訳あるかー!」


 俺は激おこである。


 俺の怒りを察したクリムのおっさんは俺に届いたばかりの牛乳を勧める。


「なんだかご機嫌斜めね。イライラしたときはミルクが一番よ。さ、飲んで飲んで。私のお乳じゃないので安心してね」


 おっさんから乳が出たらこえーよ。


 牛乳を飲んだら少し落ち着いた。


 俺は昨日起きた事件を報告し苦情を入れた。


「なるほど、宿屋で寝てたらうちの子が夜這いを掛けてきたのね。ノンケには絶対に手を出すなと厳しく指導してるのに破った子がいるなんて許せないわ」


 俺の話を聞いてクリムさんも怒ってくれた。


「で、どんな感じの子だった?」


「こいつだよ」


 クリムさんの胸板に叩きつけるように俺を襲ってきたおっさんをアイテムボックスから出す。


 するとおっさんはクリムさんに抱きしめられて身動きが取れなくなって虫の息である。


 クリムさんはおっさんを抱きしめながら不思議そうな顔をした。


「あれ? この子、うちの子じゃないわ」


「えっ? でも、夜中に襲って来たんですよ?」


「ほら、これを見なさいよ。暗器に毒薬、それにあんたの似顔絵。どう見ても暗殺者だわ」


「暗殺って?」


「あんた、起きなかったら殺されてたわね」


 マジかよ?


 似顔絵を見ると現物の俺に似ても似つかない間抜け面。


 こりゃ本人確認できないレベルだわ。


 どうりでベッドで毛布を引っ剥がされてから結構な時間、本人確認で間が空いたわけだわ。


 俺の似顔絵がもっと似ていたら、即暗殺されて今俺はここに居ない。


 でも俺は恨まれるようなことをしたことないし暗殺される心当たりもない。


 少なくともこの街に来てからはいい人を演技していた。


 いや、待て。


 冒険者ギルドで最初の頃、暴れてしまった。


 あれを逆恨みしているのか?


 でも、冒険者ギルドのギルド長のリーダさんはすでに心を掌握して俺の仲間のはず。


 うーん、誰の指金かわからない。


 たぶん部屋が薄暗かったし、俺を他の誰かと勘違いして襲ってきたんじゃないだろうか?


 暗器を見たクリムさんは俺の考えを即座に否定した。


「それは無いわね。絵にはあなたの名前が書いてあるし、この暗器はそこら辺の安物じゃないわ。こいつはそれなりのプロの暗殺者、ターゲットを間違うとは思えないわ」


 クリムさんは俺に助言をする。


「しばらく、この街を離れなさい。その間にこのこの男の素性を調べた上に、再教育も施しておくから」


 再教育って男の喜びをどうのこうのってやつか?


 詳しく内容を知りたくねぇ。


 クリムさんは得意げな顔をする。


「こう見えても私の顔の広さは凄いんだからね。私に任せなさい」


「お、おう」


 おっきなひげ面で自信満面に言うクリムさんにこの男を任せることにした。

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