「受け入れてくれてありがとう」
「はぁ……美味しい」
ジスレニスがバトアンと出会ってから早三年の月日が過ぎた。
あの後、シャロンティア伯爵は夫人を断罪した。ジスレニスはまだ子供だったからというのもあって、実際にその光景を見たわけではない。
ただ色んな罪を問われて夫人は、一度入ったら出られないという修道院に入れられたようである。
それから伯爵は遠縁の親戚の子供を養子にとった。というのもジスレニスがバトアンと婚約を結び、順当にいけばそのまま公爵家に嫁ぐことになるからである。
新しく養子になった少年は、ジスレニスの一つ上の兄となった。その少年、ファブノワは優しい少年で、ジスレニスとすっかりなかよくなった。
ジスレニスが元伯爵夫人から毒を盛られていたことをしった使用人たちは、自責の念でいっぱいだったらしい。
ジスレニスが毒を盛られたことを口に出来ない環境にしてしまっていたこと、そしてジスレニスが毒を盛られていることに気づかなかったこと。
……そのことを悔やんでいる使用人たちは、より一層ジスレニスに優しくなった。
ジスレニスに毒を盛っていた関係者たちも居なくなり、ジスレニスはとても楽しそうに生き生きと生きている。
……それで、ジスレニスは毒食を思う存分楽しんでいた。
自ら毒草を育て、バクバクと食べている。毒も薬になるものがあるので、薬を作るために毒草を育てている調合師などはいるが、食べるために毒草を育てているものなどあまりいない。
一応ジスレニスも父親から勧められて調合もやってみてはいるが、あんまり勉強熱心ではない。それより毒が食べたいと思っているのがジスレニスである。
すっかりジスレニスと継母の一件は貴族社会の中でも有名になっていた。継母の悪女としての一面も、そしてジスレニスが毒食令嬢だということもすっかり広まっていた。
「ジスレニス様、今日は何の毒を食べているんですか?」
「これはねぇ、食べたら痙攣して死んでしまう猛毒!! 凄く刺激的で美味しいの」
「それは良かったですね」
すっかりジスレニス付きの侍女は、ジスレニスが毒を食べることに慣れているのでその調子である。ちなみに初めて会った人には、大体ぎょっとされる。
ジスレニスのためにと、シャロンティア伯爵邸では毒を使った料理の研究も進められている。もちろん、ジスレニス以外には味見が出来ないのでジスレニス監修の元進められているものだ。
そうやって食べていたらちょっと太ってしまったので、ジスレニスは適度に運動をするようにしていた。
護身術として戦う術も少しは習っている。
そうやって過ごしていたら、婚約者であるバトアンがやってきた。
「ジスレニス、また毒食っているのか?」
「うん!! とっても美味しいの。お父様が毒草園作ってくれてよかったわ。今度ね、毒蜘蛛や毒魚とか飼わせてもらおうって思っているの。誕生日プレゼントに!」
「食べるのはいいけど、他の人が口を付けないように管理しろよ」
「分かっているよ」
バトアン、すっかり毒食しているジスレニスに慣れているので、毒を食べていても何も言わない。
そのことにジスレニスは嬉しい気持ちでいっぱいである。
「ふふ」
「何笑っているんだ?」
「バトアンは、私が毒を食べてても笑っているなぁって」
「何言ってんだよ? 毒を食べるのはお前の趣味だろ。寧ろ毒を食べてこそのジスレニスだろう」
バトアンは不思議そうになんでもないようにそんなことを言った。
簡単にそんなことを言うバトアンに、ジスレニスは笑っている。
(前世の私が毒を好んで食べていたのも、結構色んな人に受け入れられなかった。食べるためじゃなくて他のために毒を集めているのではないかって疑われたり、気味が悪いって言われたり……。だからこそ、前世の私は誰とも結婚しなかった。……だけど私が毒を食べることが好きなことを言っても、受け入れ続けてくれることって、とっても凄いことなんだ)
前世も今世も含めて、そんな風に受け入れてもらえることをジスレニスはとても喜んでいる。
そう言う風に受け入れてくれる人というのは中々いないから。
「――バトアン、受け入れてくれてありがとう」
「あ? 突然なんだよ」
「私の毒食の趣味を知っても、側にいてくれるのが嬉しいなって話だよ。私が婚約者だからバトアンも色んなことを言われていると思うの。嫌な噂を言われたりもすると思うの。でも私と婚約者を続けてくれてるでしょ?」
ジスレニスが毒食令嬢だからこそ、その婚約者のバトアンだって色んなことを言われていることだろう。それこそこれから王侯貴族の通う学園に通った際に、もっと色んな事を言われるかもしれない。でも一度もバトアンはジスレニスの婚約者の立場が嫌だとは言わないのだ。
「そりゃあ……俺がジスレニスの婚約者がいいって思っているからっていうか……」
「ふふ、バトアン、私のこと、好き?」
「……な、なんだよ、突然!」
「私はね、バトアンのこと、好きだよ!」
「は!?」
「初めて会った時も、私の言葉を信じてくれて、私の味方でいてくれて、それで私の毒食の趣味も受け入れてくれているでしょ。そういうバトアンだから、私は好きだなって思うもん」
前世も今世も含めて、バトアンのように毒食の趣味を受け入れてくれる人は珍しい。
そうやって毒食を受け入れてもらえることがどれだけ幸運なことか、ジスレニスは知っている。
それを含めて好きだなと思ったから、恥ずかしいけれどそう告げた。
バトアンの顔も赤くなっていた。
「ねぇ、バトアンは?」
「……俺も、好き」
バトアンはそして小声でそれだけ告げて、恥ずかしそうにそっぽを向くのだった。
その様子を見て、ジスレニスは嬉しそうに笑った。