「お父様とは、最近会ってないもの」
毒入り発言にバトアンは目を見開き、そして嘘だろと騒ぎだした。
ジスレニスはそのバトアンの口を手でふさぎ、「お願いだから騒がないで」と真剣な目で告げた。
その尋常ではない様子に、バトアンは黙る。
そして扉の外から聞こえる「お嬢様どうなさいましたか」という言葉に、何もないとジスレニスは答えた。
「お願いだから、これに毒が含まれていることは周りに言いふらさないでほしいの」
「……それが本当だったとして、何で隠すんだよ? それに毒が含まれているって、お前は何で食べているんだ?」
「はぁ、毒入りを私から言ってしまったから言うけれど、私に毒を盛っている人に見当がついているからだよ。それに私の身体は毒が効かないみたいだし、毒は美味しいもの」
「はぁ?」
「間違っても私がぼりぼり食べているからって貴方が食べちゃだめよ。小さな子供である貴方が食べたらまず間違いなく死ぬわ」
バトアンはジスレニスの言葉に冗談だろうと思ったものの、あまりにも本気の目にそんな風に言い返せなかった。
バトアンもまだ子供とはいえ、公爵家の息子である。貴族社会の後ろ暗い所も少しは知っていたりもする。平民よりもそういう面では大人と言えるだろう。
でもバトアンは、目の前の少女のことが正直理解が出来なかった。
毒を盛られていても平然としているのも、毒を盛っている人に見当がついていても動じないところも、毒が効かないなんていうところも。
(何より、毒を美味しいってなんだよ)
何よりも、毒を美味しいなどというところも。
少なくとも、ジスレニスは毒を食べることを好んでいても、明らかな悪意を持って毒を盛られている事実には変わりがない。ジスレニスが望んで自分の食事に毒を入れているのならばともかくとして、この言い方からしておそらくそういうわけでもないだろう。
それならばどうして伯爵家の令嬢という立場で、毒なんて本来は盛られないはずの立場で平然と暮らしているのか。
「なぁ、お前が毒を好きだったとしても進んで毒を盛られ続けているわけじゃないだろ。たまたまお前が毒が効かない体質だったから無事なだけだろう」
バトアンはジスレニスにそういう言葉をかける。ジスレニスは何を言おうとしているのだろうかと首をかしげる。
その様子からして、ジスレニスが周りに期待もしていなければ、この現状をどうすることも出来なさそうだというあきらめの境地に達していることが分かり、バトアンは溜息を吐いた。
「まさか伯爵が毒を盛っているってわけではないんだろう? なら、父親のシャロンティア伯爵に相談してどうにかしてもらうとか……。毒を盛っている相手がどういう人かは知らないけれど、この屋敷の主人ならどうにでも出来るだろう」
「……お父様は、私のことを信じてくれないと思うもの。私には毒の効果が出てないから。貴方は何故だかすぐに私の言っていること、本当だって思ってくれたみたいだけど、普通、私が毒を盛られているなんて言っても信じられないでしょ」
子供の戯言だと思われるだけ。
ましてや何で毒の味を知っているんだって話になるし、前世のことを口にしたところでほとんど最近会えてもいない父親が信じてくれるとは思えなかった。
……それに中々、その父親とも二人で話す時間は作れない。新しく家族になった継母かその手のものが必ず傍に居ることが多い。あまり二人きりで話させないように、ジスレニスの世界を狭めるように――そういう行動を継母は不自然にならないようにしているのだから。
「いや、そんなことないだろう。親なら、子供の言うことは信じると思うぞ」
「というかそもそも……お父様とは、最近会ってないもの」
親だけれども、血が繋がっているけれども本当に最近会えていない。
忙しい父親。継母のことを信頼しきっていて、だからこそ家を空ける父親。そして継母との間に子供をもうけることを望んでいる父親。
最近会えもせずに、会えたとしても少しだけで、いきなり毒のことなど言えるはずもない。
子供が急に毒の話などしたら頭がおかしくなったと思われるだけだろう。
――そういう言い訳を自分にして。
(……お父様に信じてもらえなかったらって、怖がっているだけかもだけど)
結局のところ、父親に信じてもらえなかったら。そしてそれで嫌われてしまったら。継母の思うような展開になったら。もっと直接的な手に出られたら。
何だかんだ転生者とはいえ、前世の記憶を思い出しただけの少女はそう言う風に考えてしまっていた。
どうせ、毒で自分が死ぬことはないからと先延ばしにしているとも言えるのかもしれない。
「だから、私のことは放っておいて」
ジスレニスはそう言ったのに、バトアンは、
「ジスレニス! ちょっと父上の所に行くぞ」
「え?」
「いいから」
諦めたように笑ったジスレニスの腕をつかんで、そのまま部屋からジスレニスを連れ出すのであった。