「そのお菓子は毒入りだから!」
「美味しい」
ジスレニスが毒を盛られるようになってから、二年ほど経過している。
幾ら毒を盛っても倒れる気配も、死ぬ気配も全くないジスレニスに対し、盛られる毒の量は徐々に増えていた。
ジスレニスはその毒もバクバク美味しいと食べている。致死量の毒を喜んで食べる令嬢……、毒を盛った側からしてみれば意味が分からないことだろう。
ちなみにジスレニスに毒を盛っていた侍女のオフェノはいつの間にかいなくなっていた。
あまりにもジスレニスが死なないので、シャロンティア伯爵夫人から”毒を盛っていない”や”自分を裏切っている”と思われた可能性も高い。まぁ、ジスレニスにとって、自分に毒を盛っていた侍女に対してはそこまで思い入れもなかったわけだが。
ジスレニスは、結構大人しく本を読んだりしているような少女である。
前世の記憶を思い出したからというのもあるが、すっかり大人びた少女になった。
(それにしてもお父様もあんまり帰ってこないわよね。お母様が亡くなって、仕事に熱中した結果、忙しくなったのは知っているけれど……。それに最近だとかえってきてもユヤお母様と過ごすことが多いし。……やっぱりあの継母って、恐ろしい人だわ。私をまわりからどんどん切り離して、私の周りにいるのは、あの継母の手が回った人ばかりだもの)
ジスレニスは、継母のことを表面上はユヤお母様と呼び慕った姿を見せているものの、脳内では継母と呼ぶことも多くなっていた。
外堀は徐々に埋められている。そしてその継母はジスレニスの評判などどうにでも出来るのだ。そう思うとジスレニスの人生は詰んでいるというか、継母の手のひらの上である。
(今のところ、私に対しては毒殺しかやってこようとしていないし、毒は美味しいからまだいいけれど……。でもこのまま私が元気なままだったらどういう手段に出るだろうか?)
そんなことを思いながら、ジスレニスはのんびりと過ごした。
結局子供であり、この屋敷内でしか繋がりを持たないジスレニスにはどんなふうに行動したらいいか分からなかった。
そうやって毒を食べながら過ごしていたある日のことである。
珍しく来客者がやってきた。それはシャロンティア伯爵が昔から仲良くしているという公爵家の者たちだった。
大体の来訪者の対応は、シャロンティア伯爵夫人が行っていた。
基本的にジスレニスが人見知りをする大人しい子だからという理由で、そういう来客対応の場にジスレニスはいることは少なかった。
それは継母がジスレニスが外と繋がることをよく思わなかったからであろう。
最低限は来客の前に姿を現わしているし、あくまで娘を思っての態度を示しているので誰も継母を疑うことはない様子だ。
しかしまぁ、何事にも誤算というものはあるものである。幾ら継母がそのようにしようとしていたとしても――例外というものはある。
その例外こそ、公爵の連れてきた子息である。
名をバトアン・シェーガリンという。
彼は好奇心旺盛な子供であった。そして公爵家という地位のある家に生まれた彼は大変自由奔放に育った。よく言えばやんちゃ、悪くいえば何をしでかすか分からないというべきだろう。
バトアンの父親は、もっと幼いころのジスレニスに会ったことがあったのでそれなりに彼女のことを気にかけていた。今回の訪問でも会えなさそうかとがっかりしていたものである。
ただ人見知りをしているという少女を敢えて自分の前に連れてこようなどとは思っていなかった。来客とも中々会いたくないという子供の我儘を公爵は快く許していたのだ。
まぁ、公爵の「ジスレニスに会えればよかったのだが」という言葉を聞いて、バトアンはジスレニスを探しにいったのである。
「おい、お前がジスレニスか!!」
そんな声がかけられた時、ジスレニスは何をしていたかといえばお菓子(毒入り)を食べていた。
最近は毎日食べるおやつにまで毒が含まれている。ちなみにこの場にはジスレニスしかいない。
ぼりぼりとお菓子を食べていたジスレニスはこの子は誰だろうと頭を捻らせた。
バトアンはやんちゃな子供なので、ジスレニスが食べているお菓子を見て目をキラキラさせている。
その目を見て、ジスレニスは「あ」と思った。
そしてすぐにそのお菓子に手を伸ばそうとして、ジスレニスに手を払われる。
「なにすんだよ!! これだけあるからいいじゃん!」
そんな文句を言うバトアンに、ジスレニスは普通のお菓子ならね……と思う。
「駄目よ」
「なんでだよ。美味しそうなのに」
「駄目だって」
「少しぐらいいいじゃんか」
そしてなおも手を伸ばそうとするバトアンに、ジスレニスは思わず口にしてしまう。
「そのお菓子は毒入りだから!」
その言葉に、バトアンが固まったのは当然であった。
4/30 二話目