「恐ろしい人だなぁ」
ジスレニスが自分の食事に毒が盛られていることに気づいてしばらくが経った。
その間、ジスレニスはその事実をまわりに言わなかった。
というのも、これだけ頻繁に毒が盛られているということは、きっとこの屋敷の中で力を持った相手の仕業だということが想像出来たから。
そういうものが相手であるのならば、子供であるジスレニスが何を言っても虚言と取られてしまう恐れがある。また毒で殺害することが出来ないと分かれば、もっと直接的にジスレニスのことを殺そうとしてくるかもしれない。
折角転生をしたのだから、こんなに幼い年齢で命を落とすというのは嫌だとジスレニスは思った。
そういうわけで黙認しながら、毒を美味しい美味しいと食べていたわけだが、ジスレニスは気づいた。
(この私付きの侍女、私に毒が盛られていること知ってそう)
ジスレニス付きの侍女――オフェノという少女は毒を盛られていることを知っていそうに思えた。
聞き耳を立てたところ、「どうしてぴんぴんしているのだろう」と呟いていたのを知ってしまった。
(それにしてもどうして侍女が私を殺そうとするのだろうか? 確かにこの毒は食べれば食べるほど体に蓄積して、最終的に死に至る。加えて身体から毒が検出されないようにすることも可能な優れもので、暗殺とかに使えそうなものだけど)
ぼりぼりと毒入りのクッキーを食べながら、ジスレニスはそんなことを考える。
さて、ジスレニスもただ呑気に毒料理を食べているわけではない。毒入り料理をとても楽しんで食べているものの、この状況をどうにかしようとは思っている。
ジスレニスは、自分に毒を盛っている黒幕は誰なのだろうかと思考している。
直接的に害さないのは、恐らく殺されたと思われたくないためだろう。ならず者にジスレニスの命を奪わせることぐらい簡単だろう。それか、まだ幼いジスレニスを事故に見せかけて殺すことなんてやろうと思えばできるだろう。
子供の身体は脆いので、高所から落とすといった行為をすればジスレニスの命なんて簡単に奪われる。
ただしその場合は事件性が問われる。
わざわざ検出しにくい毒を使ってまでジスレニスを殺そうとしている事実から考えるに、毒殺を考えている黒幕は相当用心深いことがうかがえる。
(となると、おそらく誰も想像していないような人物が黒幕。それこそ私が毒殺されたことが広まっても、黒幕がその人だと想像出来ない相手……)
そんな風に考え、今までのジスレニスとして生きてきた記憶を思い起こして――馬鹿みたいな話だが、黒幕は優しいと噂されている継母――新しいシャロンティア伯爵夫人ではないかと考えた。
そう考えるとしっくりくる。
世の中には本当に前妻の子供を可愛がれる女性もいるだろうが、継母が前妻の子供を虐待するというのはよくありふれている話である。
(……あんなに優しく笑っている人が本当に私を殺そうとしているなんて考えたくもないけれど)
それでも、その可能性を思いついてしまったのでそれとなく情報を集めてみることにする。
でも考えれば考えるほど、怪しいのはシャロンティア伯爵夫人である。
シャロンティア伯爵夫人が父親と再婚し、そして心優しい夫人であると知られ、この屋敷内でも権力を持ちだした。そしてジスレニス付きの侍女もシャロンティア伯爵夫人が配置した存在である。
ジスレニスが毒を盛られ始めたのは最近のことだ。
(……私がユヤお母様を慕うようになったから動き出したと考えるべき? 自分を慕っている幼子を毒殺しようとしているなんて普通なら考えられない。でも私がユヤお母様を慕ったからこそ、殺そうとしているのかも。私がユヤお母様に懐いていない段階で、私に何かあれば真っ先に疑われるのはユヤお母様だから。でも今の状況なら私に何かあっても、犯人としてユヤお母様は疑われない)
――そして自分を慕っていた前妻の娘がなくなった後、盛大に泣き喚くパフォーマンスでもするつもりだったのかもしれない。
シャロンティア伯爵はジスレニスを可愛がっているので、嘆くだろう。そして嘆くシャロンティア伯爵を慰め、子を成そうとしているのかもしれない。
ジスレニスは、もしかしたら妄想かもしれないそういうことを考えてぞっとする。
シャロンティア伯爵は、家を空けていることが多い。この場所を掌握しているのは間違いなくシャロンティア伯爵夫人だ。
ジスレニスは、少し鎌をかけてみることにした。
「ねぇ、ユヤお母様、あのね」
「どうしたの、ジスレニス」
「毒が」
そう口にした時、一瞬、シャロンティア伯爵夫人の目が変わったのをジスレニスは見逃さなかった。
ちなみに私付きの侍女の方が動揺しているように見えた。
「世の中には毒を盛られてなくなる人がいるんだって!! それでね、とっても怖いって思ったの! ユヤお母様は……そんなことにはならないよね?」
あくまで心配しているんだよというのを装って、そういうことを言う。自分が毒を盛られていることに気づいていませんよというスタンスは無くさない。
「ええ。もちろんよ。そんな恐ろしいことは早々ないものだわ」
「そっか。良かった」
穏やかに、シャロンティア伯爵夫人は笑っている。そして周りの使用人たちは「お嬢様と毒は無縁なのですから、心配しなくていいですよ」なんていって微笑んでいる。
毒見をちゃんとしているからと、そんな風に。だからそういう毒でジスレニスと伯爵夫人がなくなることはないのだとそんな風に言う。
その様子を見て、顔に笑みを張りつけながら、やっぱり怪しいとジスレニスは思っていた。
(やっぱりユヤお母様っぽい。さっきの毒の単語を口にした時の一瞬の態度もそうだし、私付きの侍女の様子も少し変だし)
ジスレニスは恐らく毒を持っているのは継母だろうと何となく確信していた。
その後、ジスレニスに盛られている毒がシャロンティア伯爵夫人の伝手で入手されていることや、侍女が恐らくシャロンティア伯爵夫人に脅されていそうな情報は掴んだものの、ジスレニスには現状どう動けばいいのか分からなかった。
ジスレニスは毒を無効化しており、その身体には毒が残っているか証明する術もない。
毒の含まれている料理を他の者に食べさせれば効果は出るだろうが、周りを道連れにする気はない。第一ジスレニス以外が食べれば確実に後々命を落とすものである。
また、ジスレニスは時々しか会わない父親が優しくて美しくて周りに慕われているシャロンティア伯爵夫人よりも自分のことを信じてくれると断言できなかった。それはこの屋敷に仕えているものたちだってそうである。ジスレニスを大切に思ってはくれているだろうが、それ以上にシャロンティア伯爵夫人がこの屋敷を掌握している。信頼度で言えば子供であるジスレニスよりも、シャロンティア伯爵夫人の方が上回っている。
――それにジスレニスは、記憶を思い出す前に彼女を受け入れない姿勢を見せていた。
そのジスレニスが急に継母に毒を盛られたといったところで、継母を気に食わないからの言葉だと、そんな風にとらえられる可能性の方が十分にあった。
彼女は恐らくジスレニスに毒を盛っているものの、表面上はジスレニスにとって良い母親を演じており、加えてジスレニス以外にはそういう風に毒を盛るということはしていなさそうだった。
「恐ろしい人だなぁ」
ジスレニスは継母のことを考えて、思わずそう呟くのだった。
※少しタイトル変更しました。