「わぁ、なんて八つ当たり」
さて、インエルが恋をしたのかしていないのかに関してはジスレニスとバトアンは友人として見守ることにした。
「インエルはどうなるかしらね。でもインエルが恋をしたら面白そうだわ」
「人の恋愛を面白がるなよ」
「だって楽しいじゃない? バトアンは私の髪いじるの楽しそうね」
「ジスレニスの色んな髪型見たいんだよ」
「侍女にさせてもいいのに」
「俺が自分でやった方がなんか楽しいだろ」
学園の中庭、椅子や机が並べられているエリアでジスレニスの長い髪をバトアンがいじっている。
二つ結びにしたり、ポニーテールにしたり、案外器用なバトアンはジスレニスの髪型をいじることもよくあった。
すっかり仲が良い婚約者であることを学園中に見せびらかしている二人であった。ジスレニスが『毒食令嬢』であることは敬遠されているものの、そんな風に仲がよさそうにしている様子はほほえましいものとして見られている。
そう言う熱に中てられて、婚約者と仲よくしようと言うものもいれば、恋人を作ろうとするものもいる。
本人達は、そういう影響力を与えていることは知りもせずにマイペースに過ごしている。
そうやって過ごしている中で、
「ジスレニス・シャロンティア! バトアン・シェーガリン!」
マーデダがやってきた。
ちなみにマーデダは第二王子の婚約者で、公爵令嬢だということで沢山の取り巻きを連れている。派閥を作っている存在であるが、今回は珍しく取り巻きの数が少ない。
どこか激高した様子に、ジスレニスとバトアンは何でそんな風に嫌そうなのだろうなどと思いながらマーデダを見ている。
バトアンに髪をいじられているジスレニスの様子を見て、益々マーデダの視線は鋭くなる。
「貴方達! インエル様に何を言いましたの!?」
「何が?」
「うるせぇな、もう少し音量下げろよ」
何でそんな風に言ってくるのだろう……などと思いながら、ジスレニスたちはマーデダを見る。
「あ、貴方達が、インエル様に何かおっしゃったのでしょう。そうじゃないと……インエル様が婚約解消なんて申し出てくるはずがありませんもの」
それを聞いたジスレニスは、「あ、本当に婚約解消進めているんだ」と思った。
まだまだ好きな子への気持ちが恋なのかは分かっていないインエルだが、それでもマーデダと結婚は想像がやっぱり出来なかったらしい。傷が浅いうちに、結婚するつもりがないのならば解消しようと慰謝料を提示して解消しようとしている様子である。
「それはインエルが決めたことよ。私たちに言われても困るわ」
「インエルには文句は言ったのか?」
「なっ、インエル様には理由を聞いたけれど、私と結婚するのが想像出来ないって……。そんなの、貴方達の入れ知恵に決まっていますわ」
あくまで自分のせいとは思わないあたりが、マーデダの性格であると言えるだろう。
「わぁ、なんて八つ当たり」
「なっ、貴方は本当に……っ! なんで貴方のような品位のない方が、インエル様と仲がよろしいのかしら」
「はいはい。嫉妬しないでくださいよ」
「嫉妬なんて、誰が……!」
文句を言って、睨みつけられる。
だけれどもジスレニスはどうでもよさそうである。バトアンもどうでもよさそうにジスレニスの髪をいじっている。
その相手にされていない様子に、マーデダは忌々しそうに二人を睨みつけて、そのまま踵を返して去っていった。
「あのまま引き下がるかな?」
「いや、ないだろう。インエル自身には何か出来なさそうだけど、逆恨みしてこっちには何かしてくるかもな」
「その時はバトアンが守ってくれるでしょう?」
「ああ。何があってもジスレニスの味方をする」
「ありがとう! 私も何があってもバトアンの味方をするわ」
二人してそんな会話を交わしている間に髪型が完成する。結局色々試行錯誤した結果、ツインテールになった。少し子供っぽい髪型かもしれないが、バトアンがしてくれた髪型なのでいいかとそのまま過ごした。
友人達にはからかわれたものの、「いいでしょ?」と自慢するのがジスレニスであった。
ちなみにそんなやり取りがあった二週間ほど後に、インエルとマーデダの婚約は正式に解消された。あくまでマーデダに非はないと強調した上での解消になったらしい。そのことにはジスレニスもほっとした。
ただ噂好きな貴族たちは、マーデダのせいだなどともささやいているらしい。王子の婚約者という立場がなくなった影響もあり、取り巻きが少しずつ減っていたりもあるんだとか。
ちなみに驚いたことに、婚約解消してもマーデダはインエルの側にひっついていて、中々悪い意味で評判になっている。解消されても諦めないという意志なのかもしれない。
「……このままじゃインエルが気になっている子のこと知ったら、どう思うのかしらね」
「何か暴走しそうだよなぁ……」
ジスレニスとバトアンは、そんなことを話すのであった。




