「本気なら、婚約解消を考えた方がいいわよ」
「ジスレニス、バトアン! 俺、好きな子が出来た!」
さて、ジスレニスとバトアンの友人でもある第二王子、インエルはそんなことを高らかに言った。
インエルは大変美しく育った。見た目はまるでお人形さんのようである。ただし中身はそんなに変わっていなくて元気である。中々、ギャップの激しい王子様に育った。
「インエル、貴方、好きな子というのは恋の話? それともただ友人として?」
「俺たちしかいないからって叫ぶのやめてくれないか?」
インエルはジスレニスとバトアンに早く言いたくて仕方がなかったのだろう。いつも貸切のように使っている一室に飛び込んできた。
ちなみに信頼がおける使用人以外は此処にはいないので、そういうことを喋っても問題ないと思っているのだろう。
インエルは今の所、誰にも恋をしていなかった。婚約者がいても、それよりも友人と話す方が楽しいと思っている様子だった。言ってしまえば無邪気な子供のまま育ったと言えるだろう。ただ馬鹿な面が周りから好かれているのか友達は多い。
そう言う調子なので、婚約者であるマーデダがインエルの友人たちにあたりが強い部分があるのかもしれない。このインエル、マーデダがどれだけ好意を向けても特に靡いていない。婚約者としてそれなりに仲よくしているようだが、ただそれだけである。
「恋……なのかなぁ」
「恋かどうかも分かっていないの? 相変わらず子供だわ」
「ジスレニスは相変わらず酷いな! 逆に恋ってどうなものだ?」
キラキラした目でそんなことを問いかけてくるインエル。
ジスレニスは小さくため息をついて答える。
「恋かどうか。そうね。ドキドキするかとかじゃない?」
「ジスレニスはバトアンにドキドキしているのか?」
「ドキドキしているわよ。口づけされた時とか、本当に幸せだもの」
「キ、キスとかしているのか!?」
「そりゃあ、婚約者だしそのくらいはするわよ」
「大人だなぁ」
「逆に貴方は子供すぎよ」
おそらくファーストキスもまだで、初恋もまだなインエルは中々子供である。
今も顔を赤くしている。その姿を見ながら、本当に恋をしたらどんな調子なのだろうかなどとジスレニスは思った。
「バトアンはジスレニスにドキドキしているのか?」
「……なんか、お前本当に聞きにくいことも簡単に聞くよな。あと期待した目で見るな、ジスレニス」
「期待するわよ。何処にドキドキしているの?」
じーっと期待したようにバトアンを見るジスレニスとインエル。
「……俺に大好きって言ってくる時はドキドキする。あとはキスした時もそうだし、くっついている時とか」
「私にドキドキしてくれるの嬉しい! 私もそうやって言われてドキドキしているわ」
「やっぱり好きになると、触りたいとか思うものなのか?」
インエル、友達同士で聞きにくそうなこともずかずかと聞いてくる。こんなのでも社交の場ではちゃんと取り繕ってはいるので、そういうところは流石王族であると言えるだろう。
「なるわよ! ほら、見てよ。この腕。こういう腕とかぺたぺた触りたくなるわ」
「めくるな、制服を」
「いいじゃない。ほら、バトアンも私のこと、触っていいよ?」
「俺をからかうな」
そんなことを言いながら、仕返しとばかりにバトアンはジスレニスの手を引いて、自分の膝の上に乗せる。
ナチュラルにいちゃつき始めた二人を、インエルは何だかキラキラした目で見ている。
「これが、恋人か!」
「インエルは全然、マーデダ様にはこういう感情ないの?」
「んー。マーデダには悪いけど、ないなぁ。大体、俺の友人たちに冷たいし」
ばっさりと自分の婚約者のことを、そんな風に言うインエルだった。
「でも好きが、恋なのか分からないなぁ」
「そうなのね。でもさ、貴方が恋をするのは自由といえば自由だけど、王族だから色々考えた方がいいと思う。まだ王太子じゃないし、自由にしていいっては言われているだろうけれど」
「それはそうだろうなぁ。今、別の婚約者がいるわけだし……。まずはその相手が好きなのかどうかにもよるだろうけれど、婚約者がいる状態で成功したらそのまま婚約者を変えたいって言うのは不誠実だし」
貴族の中にはそういう風に、今の婚約者をキープした状態で次の婚約者を探したり、他の婚約者にアプローチする人もいる。正直キープされている方からしてみれば、たまったものではないだろう。相手の事を思うのならば、その人と本当に結婚する気がないのならばさっさと婚約解消したほうがいいのではとジスレニスは思っている。
だからこそ口を開く。
「本気なら、婚約解消を考えた方がいいわよ」
「インエルがユンクライと結婚する気がないのならば、だけどな」
「そうねぇ、恋をしても結局王族としてマーデダ様と結婚する道もアリだと思うけれど。でもその顔を見る限り、想像出来てなさそうね」
「……いや、だって婚約者として話すのも義務的だし。俺、結婚するなら少しでも愛情があった方がいいなって……。父上と母上も政略結婚だけど、互いに思いあってはいるし」
王族として政略結婚も受け入れていないわけではないだろう。でも、インエルは出来れば思いあっている方がいいと思っているらしい。
第二王子という比較的自由な立場であり、特に時勢も政略結婚をする必要もないので、インエルは結婚相手を自由に選べる立場にあるのだ。
「ちょっと、色々考える! 好きな子への気持ちが恋なのか分からないけれども、でも正直、マーデダとの結婚は想像がつかない!」
「マーデダ様は、インエルのこと、大好きそうだけどね」
「んー、でも好かれてもやっぱりそういう意味で好きにはなれないのはしょうがないだろ??」
「まぁ、そうよね。好意って向けられたからって、相手のことを本当に好きになれるとは限らないものね。そう考えると私はバトアンが私を好きになってくれてよかったわ」
ちなみにそんな会話を交わしながらも相変わらずジスレニスはバトアンの膝の上だった。




