「私は見世物ではないのだけど」
「あれが『毒食令嬢』?」
「まぁ、あんなにかわいらしい見た目をしているのに毒なんて食べるの?」
ジスレニスは、その日、婚約者であるバトアンと共に王宮へとやってきていた。というのも、第二王子の友人候補を探すためという名目の元、同年代の子息令嬢が王宮に招待されたためだ。
『毒食令嬢』と呼ばれ始める前は、継母の影響で外とのかかわりがなかった。そして『毒食令嬢』として噂になってからは、すっかり周りから敬遠されている。
「あいつら……っ」
「バトアン、いちいち何か言おうとしなくていいよ? 私が毒が大好きで食べているのは事実だし」
バトアンはジスレニスが何か言われていることが我慢がならないのか、何か言おうとしてジスレニス本人に止められていた。
それに対してバトアンは不満そうな表情を浮かべている。そんなバトアンの腕にジスレニスはしがみつく。
「ジスレニス?」
「ふふ、見せつけてあげようよ。何か言って揉めるよりも、こうしてくっついて黙らせる方が楽しいよ?」
何だかんだジスレニスに文句を言っている令嬢たちは、バトアンが婚約者であることを羨ましがっている様子なので、敢えてくっついてみることにしたようだ。ジスレニスは中々良い性格をしていると言えるだろう。
ちなみにその様子を見た令嬢たちは何処か悔しそうにしていた。あとバトアンは自分が結婚相手として優良物件だと思われていることが分かっていないのでジスレニスが何故突然くっつきだしたか分かっていない。でもジスレニスが嬉しそうなのでいいかと思っている。
さて、現在、彼らがいるのは王宮内にある庭園である。王宮にはいくつもの庭園があるのだが、これは本宮の南側に位置する大きな庭園である。その場は王宮に務める庭師たちの手によって整えられており、色とりどりの花々が咲き誇っている。
その中には微々たるものだが毒を含むものもあった。少し肌が荒れる程度のもので、基本的に鑑賞用として親しまれている花だ。
その花をじーっと見ているジスレニス。
「……ジスレニス。王宮で毒草食うなよ?」
「分かっているよ。屋敷に帰ってからにする」
すっかりジスレニスのことを把握しているバトアンに言われた言葉に、ジスレニスは頷く。
ジスレニスの頭の中はすっかり、家に帰ったらどの毒を食べようかなとそんな妄想でいっぱいである。ただ毒を食べるのが好物でもジスレニスは普通の食事も好きなので、王宮で食べられるお菓子を楽しみにしていた。
沢山の子息令嬢たちが集まる中で、ジスレニスはバトアンの隣に腰かけてクッキーを食べていた。
「美味しい!」
嬉しそうに顔を破顔させているジスレニスのことを、バトアンは優しい目で見ていた。
婚約者同士のとても微笑ましい光景なのだが、周りからしてみれば『毒食令嬢』が食べているクッキーならば毒が含まれているのではないかなどといらぬ心配をしていたりもした。
ジスレニスとバトアンの周りは、綺麗に人がいない。
「誰も寄ってこないわね」
「ジスレニスが『毒食令嬢』だって広まっているからだろ。でも毒を食う趣味があるだけなのに、皆、びびりすぎだろう」
「バトアンが珍しいんだよ」
そんな会話をしながら二人で笑いあっていると、急にその場がシーンとなる。どうやら今回の主役である第二王子がこれから登場するらしい。
正直言って王族とかどうでもいいと思っているジスレニスであるが、仮にも伯爵令嬢なので一旦クッキーを食べる手を止めた。流石に第二王子が現れた時にクッキーをバクバク食べていたら目立つこと間違いなしだからだ。
そして第二王子が現れる。
第二王子は、金色の髪と瞳を持つ、やんちゃそうな見た目をした少年であった。
どうやらこの場が設けられたこと自体不満そうな様子で、じろじろと子息令嬢たちを見る。
その視線が何だか嫌な感じ! とジスレニスは思っていたが、令嬢たちはまるで獲物を狙うかのように第二王子を見ていた。第二王子に婚約者がまだいないので、婚約者の座を狙っているのだろう。
「なんか、凄いギラギラしてるね」
「王族の婚約者になりたい奴が多いんだろ」
「……婚約者持ちまでギラギラしているのは何で?」
「王族を落とすことが出来れば、婚約者を入れ替えようとしているんだろ」
「えー……なんか、そういうのやめた方がいいと思うのだけど」
婚約者と一緒にきていない令嬢は、まだ見ていないところでがっつくのならばまだ分かるのだが、婚約者と一緒にきていてそういう態度の令嬢がジスレニスには理解が出来なかった。
(中には婚約者側もそれを推奨してそうなのもある? うーん、政略結婚だから? 理解が出来ない)
ジスレニスは理解が出来ないなと思いながらも、第二王子たちに群がる子息子女たちを横目にバトアンとのんびりとしていた。
このままのんびりと過ごして帰ろうと思っていたジスレニスの耳に、急にこんな声が聞こえる。
「そういえば『毒食令嬢』とかいうやつがいるんだろう! どいつだ?」
第二王子がそんなことを言い出してしまったので、ジスレニスは急に注目を浴びることになってしまった。
「私は見世物ではないのだけど」
ジスレニスは面倒そうに独り言をつぶやいた。その独りごとを聞いていたのは隣にいたバトアンだけであった。




