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09

「やあ、浩之君。早速来てくれたんだね」


 昨日の今日で早速唯花のバイト帰りを送るため、浩之がいつものように無駄に重たい鉄扉から裏口入店して、通路を抜けてスタッフルームに到達すると。そこに現れたのは、シックなモノトーンのウェイター服を着こなし、椅子に座って脚を組みつつ、手をヒラヒラと振ってくる爽やかイケメン──桐嶋聖(きりしまひじり)、その人だった。


 唯花の彼氏という肩書きを持つその人物を見た瞬間、相も変わらず、浩之の眉間には自然と力が入る。が、グッと堪えて、


「……聖先輩、お疲れ様です」


 そう無難に応答を果たす。


 多少毒を吐いたところでこの爽やかイメケンが何処吹く風なのは重々承知な浩之だが、これ以上男としての格の違いを見せつけられるのは精神衛生上よろしくないため、しばらくは大人しくする方針だ。


 ただ、もうすぐ唯花が抜けて人手が減るタイミングで休憩に入っていることに違和感を感じた浩之は、


「こんな時間に休憩なんて珍しいですね?」


「あはは、流石に頼むだけ頼んで一人で待っててもらうのは申し訳ないからね。話し相手にでもなろうと思ってさ」


 ニコリと微笑んで爽やかに応答する聖先輩。唯花だけでなく浩之へのケアも抜かりない完璧超人っぷりに、敗北感から頬が引きつりそうになる浩之だが、グッと堪えて笑顔を作ると、


「いえ、俺は一人で全然平気なんで仕事に戻ってくださいよ」


「いやいや、そういうわけにはいかないよ。やっぱり頼みっぱなしなのは心苦しいしね」


「いえいえ、こちらこそ心苦し過ぎるんで、俺のことなんて一切気にせず仕事に戻ってくださいよ」


「あはは、浩之君は謙虚だなー。ほら、そんな事はいいから、立ってないでこっちに座りなよ」


「いや、でもホントに全然──」


「いいから、いいから。ほら、早く座って」


「……失礼します」


 浩之からのお断りなどなんのその。その全てを受け流して自らの意見をゴリ押ししてきた上に、隣の椅子を引いて着席すら促してくる始末。聖先輩のこのような反応に慣れている浩之は『あ、これ絶対に譲る気がないやつだ』と察して渋々説得を断念。


 基本的に物腰柔らかな爽やかイケメンである聖先輩がこんなにゴリ押すことなど滅多にない。しかし、ここまで頑なだということは、聖先輩が持つ独自の琴線に何かしらが触れてしまったようであり、これ以上は何を言っても無駄だというのは、常日頃、更衣室に押しかけられてパンツ一丁を晒し続けている浩之は重々承知。仕方がないので聖先輩に促されるまま隣に座った。


 とはいえ、特に話す話題も無い二人の間には沈黙が流れるのみ。


 どうにかしようと考える浩之だが、直ぐに思いつく話題は二人が付き合っていることに関してのみ。だが、二人の馴れ初めや惚気話など絶対に聞きたくないのが本音であり。もし聞いてしまったら、殺意の波動に目覚める自信が浩之にはある。


 そのため、他の話題を探しているのだが、普段は唯花や聖先輩から一方的に話題を振られることが多い受け身体質のため、こういった時に話題を提供することを苦手としていた。


 とはいえ、このままだと最も聞きたくない話題が振られる危険性があるため、浩之は目を閉じて、腕を組みつつ、首を捻って、必死にウンウンと唸って話題を探す。


 すると、その様子を覗き込むようにして暫く楽しげに観賞していた聖先輩は、


「そういえば、唯花ちゃんと喧嘩でもしたのかい?」


「──ッ、唯花と、ですか?」


 急に聞き捨てならない話題を振られた浩之は唸るのをやめて、すぐさま目を見開く。すると、思いの外すぐ近くに聖先輩の顔があったため、悪い意味でドキリとして肩をビクつかせるも、なんとか堪えて困惑を表明。その姿を見た聖先輩は一瞬だけ口角を上げたものの、すぐさま困ったように眉尻を下げて、


「今日の唯花ちゃんは、どうしてかずっとピリピリしていてね。ひょっとしたら浩之君と喧嘩でもしたのかなって思ってさ」


「そう、ですか……」


 浩之の脳裏に浮かぶのは保健室での唯花の姿。まるで焦燥にでも支配されたかのような悲痛な面持ちで──いっそ絶望しているようにさえ思えた。


 あんなにも取り乱した唯花を見たのは初めてだったため、やはりどうしても頭から離れない。しかし、浩之はどのようにして唯花に声を掛けるべきか、考えあぐねていた。


 あの時の唯花は、あれだけの焦燥を見せてなお、その事について一切弁明せずに保健室を飛び出して行ったのだ。それは即ち、女王様ごっこに興じているのがバレたくないための行動であると推測できる。


 であれば、面と向かって『俺と一緒に女王様ごっこしようぜ!』と申し出るのは完全に下策。下手をすると、女王様ごっこに興じていたのがバレたのを恥ずかしく思った唯花が、今後はその一切を断ってしまう可能性がある。


 もしそうなってしまえば、あれほどの焦燥に駆られる娯楽の代替などそう簡単に見つかるはずもなく。最悪の場合、安易に刺激が得られる犯罪や薬物に手を出してしまう恐れがある。浩之は唯花にそんな末路など辿ってほしくなかった。


 だからこそ浩之は悩む。


 どうしたら本人に気づかれずに女王様ごっこ欲を満足させ──欲求不満を解消させてあげられるのか、を。


 しかし、いくら考えても妙案など思い浮かばず、浩之の胸中には段々と焦りが募っていく。


 このまま何もできなければ、唯花の欲求不満は溜まる一方。それはいずれ限界を迎え、唯花の身を破滅に導く。


 それを防ぐために自分は何かをしなければならない──そう焦燥に駆られる浩之だが、そういった類に関する知識や経験が皆無なため、そもそも打開策を講じるための情報が欠如しており。そのため、巡る思考は意味を成さず、時間と共に焦燥だけが増していく。


 そして巡らせ続けた思考は、遂に終局を迎え、全ての思索を終えてなお、答えを得られなかった浩之は、ただ呆然とし──絶望へと至る。


 浩之の胸中は自身への無力さに支配され、目尻にはいっそ涙さえ浮かびだすと、


「浩之君、大丈夫かい?」


「聖……先輩……」


 いつの間にか浩之は机に肘をついて項垂れていたようで、聖先輩は浩之の背中を優しくさすりながら、心配そうに顔を覗き込んでいた。


 その姿を見た浩之は、もしかして聖先輩なら──と、藁にもすがる思いで聖先輩の両肩に強く掴むと、


「実は俺、聖先輩に相談したい事があって!」


「あはは、僕でよかったらなんでも相談してよ」


 必死の剣幕の浩之に対し、自分の胸をドンと叩いて、いつも通り朗らかに受け入れる聖先輩。いつもは気にくわないその余裕でさえ、今の浩之にはいっそ頼もしく思えて、思いの丈をぶつけるかのような勢いで、


「俺、欲求不満なのを解消したいんです! でも、自分だけじゃどうしたら発散できるのか全然想像つかなくて! けど、経験豊富な聖先輩なら、なんとかしてくれるんじゃないかって思って! だから……だから、俺ッ!」


「お、落ち着いて、浩之君ッ」


「──あッ、す、すみません……」


 戸惑った様子の聖先輩に宥められて、浩之はようやく自身が焦りすぎていたことに気づく。まくし立ててしまうと理解できるものも理解できないだろう──そう思い至った浩之は、一度深呼吸をして心を落ち着けると、聖先輩の肩に置いたままの手に少し力を込めて、真剣な表情で、


「俺、聖先輩に頼みたいことがあるんです。聖先輩、お願いですから、俺と──」


「ヒロッ! こんな所で何してるのッ!」


「──ッ!? ゆ、唯花ッ……」


 急に声を掛けられ、肩をビクつかせた浩之は直ぐさまフロアへと続く扉を見やる。すると、そこにいたのは、ピンク地に白エプロンのスタンダードなウェイトレス服と怒気を纏った亜麻色の髪の超絶美少女──藤堂唯花(とうどうゆいか)の姿があった。


 その姿を見た瞬間、浩之は自分が如何に愚かな行為をしていたのか気づいて青ざめる。


 唯花を待っていたのだから、唯花が来るのは当たり前で。にもかかわらず、唯花に絶対に聞かれてはいけない相談事をこの場でしようとしていたのだ。それはあり得ぬほどの浅慮さであり、一歩間違えばこの場を以って唯花の人生を破滅に導いた可能性すらある。


 浩之は自身のあり得ぬ失態に血の気が引いた顔でただただ呆然とし、声にならない声を漏らし続ける。


 すると唯花は煌めく亜麻色の髪を翻しながら、カツカツと足早なヒール音を響かせて浩之に近づくと、浩之の襟首を両手で掴んで椅子から無理矢理立たせて、


「ねえ、ヒロ。聖さんとなんの話をしてたの?」


「え、えっと……その……」


 唯花の瞳は剣呑で、先ほどの会話を聞かれたのだと理解した浩之は焦りだす。


 何かを言って誤魔化さなければならない。けれど、それを成し得るはずの頭は鈍りきって働く気配が一切なく。そのため浩之は、ただ曖昧に口ごもって目を泳がせるばかりに陥り。業を煮やした様子の唯花がイライラとした口調で、


「ねえ、ヒロは()()()なの?」


「そ、そっち……?」


 訝しむように目を眇めた唯花から、何やら抽象的な問いを投げかけられて、意味が分からない浩之はただただ困惑。あっちとか、そっちとか、急に言われてもどっちなのか浩之には皆目見当もつかない。


 すると唯花は、そんな困惑し続ける浩之の様子を見ながら深く溜め息を吐くと、


「ヒロ、もうこのバイト辞めよう」


「────え?」


 どうして急にそんな事を言われたのか分からない浩之は困惑を増すばかり。今の会話のどこにそんな要素があったのか何一つ理解が及ばない。


 ひょっとすると、()()()にあったのかもしれないが、浩之にはそっちがどっちの方角なのかすら未だに掴めていない有様だ。


 唯花が話す内容が何一つ理解できない浩之は、唯花に首を締められながら、ただひたすら困惑の疑問符を浮かべるばかり。そんな中、いつの間にか側に立っていた聖先輩は宥めるようにして、浩之の首を絞め続けている唯花の腕に手を置くと、


「苦しそうだし、そろそろ離してあげたらどうかな?」


「聖さんには関係ないでしょッ」


 ギロリと──まるで親の仇でも見るような視線を聖先輩に向ける唯花。しかし、聖先輩は気にした様子もなく肩をすくめると、


「でも、浩之君が相談したい相手は僕みたいだし、どっちかって言うと唯花ちゃんの方が関係ないんじゃないかな?」


「──ッ、私はヒロの幼馴染です。関係ない事なんて何一つありません」


「それはちょっと傲慢なんじゃないかな? 実際、浩之君が相談したい相手は僕であって、唯花ちゃんには何一つ言うつもりがないみたい、だよ?」


「それは……でも、ヒロに限ってそんな事あるわけ……」


 その瞳には先ほどまでの剣呑さは既になく、唯花は縋るような瞳を浩之に向ける。しかし、バツが悪い浩之はただ視線を逸らすのみ。それを見て笑みを深めた聖先輩は、


「ほら、いくら幼馴染でも異性だと言いづらい事もあるだろうし、ここは僕に任せてくれない、かな?」


「でも、それじゃあ……」


 楽しげに微笑む聖先輩に対して、唯花は悔しげに歯噛みして俯く。


 視線を逸していた浩之だったが、いっそ泣いてしまいそうなその表情を横目に捉えた瞬間、その胸はギュウと締めつけられる。


 浩之はそんな顔をさせたくてこんな事態を引き起こしたのではない。唯花に笑っていてほしいから──幸せでいてほしいからこそ思い悩んでいるのだ。けれど、それを口に出すことはできない。それは唯花に身の破滅をもたらすから。


 浩之は唇を噛み締めて心の痛みに耐えながらも唯花を見続ける。すると少しして、悲しげな亜麻色の瞳と目が合ったかと思えば、ゆっくりと零すようにして、


「ヒロは、聖さんがいいの?」


「え? あ、ああ……」


 悲しみを多分に含んだ弱々しい問いに対し、戸惑どいながらも浩之は肯定を返した。


 内容を唯花にバレるわけにはいかず、かといって親しくない相手に唯花の嗜好の相談などできるわけもなく。結果、浩之としては唯花の彼氏である聖先輩に頼るしかない。そのため、そう答えるしかなかったのだが、何故だか唯花は淋しそうにすると、


「そっ……か……」


 そう小さく零して、フラフラとした足取りで女子更衣室へと消えていった。


 あとに残された浩之はその儚げな後ろ姿がどうしても頭から離れず、ずっと唯花が消えていった女子更衣室の扉を見続ける。けれど、少しして、


「で、浩之君。さっきの続きなんだけど」


「──え? ああ、そうですね」


 弾んだ声を出した聖先輩に肩をガシッと強く掴まれ、ようやく我に返った浩之は視線を移す。するとそこには、いつもより笑みを深めて息づかいが荒い様子の聖先輩が眼前に迫っていた。


 何故そんなにもグイグイと食いついてきているのか不思議な浩之だったが、自分の彼女に対する話題なのでそうもなるだろう、と直ぐさま納得。


 しかし、その様相からは性的な興奮を感じるため、唯花に対してそういう目を向けられるのが堪らなく嫌に感じた浩之は顔を少し(しか)める。が、これから唯花について相談する相手なので、なんとかグッと堪えて。今度は感情的になりすぎないように注意しながら訥々(とつとつ)と、


「その……なんて表現したらいいか分からないんですけど……、どうやら辛抱できないくらい欲求不満になってしまっているようで……。だから俺、それを解消したくて仕方がなくて……。けど、俺にはそんな経験なんて全くないから、いくら一人で頑張ってみても、全然発散できる気がしなくて……」


「そっか、そんなに溜まっちゃってるんだね。それは苦しいよね。──それで僕に発散するのを手伝ってほしい、と?」


 少し伏せ目がちに零した浩之の覚束ない言葉の意味を汲み取ったようで、ウンウンと力強く頷いた聖先輩は、先を促すように浩之の肩に乗せている手に力を込めた。その頼り甲斐のある様子を受けた浩之は、やはり自分の考えは間違っていなかったのだと確信して。跳ねるように顔を上げると、訴えかけるような真剣な声色で以って、


「そ、そうなんです! 聖先輩なら経験豊富そうだし、なんとかしてくれるんじゃないかって、そう思って!」


「まあ、それなりに経験はあるからね。僕に任せてくれれば、必ず満足させると約束するよ」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ、もちろん」


 縋るような浩之の期待を受けた聖先輩は、鷹揚に頷くと満面の笑みで以って絶対の自負を表明した。その堂々とした風格に感銘を受けた浩之は、その顔に喜色を浮かべて破顔へと至り。遂に活路を見出したことを噛みしめながら、


「よかったぁッ……、これで唯花が道を踏み外さずに済みますッ……、本当に──本当にありがとうございますッ!」


「あはは、そんなに喜んでもらえて嬉し──ん? 唯花ちゃん?」


「え? ええ、唯花ですけど?」


「………………」


「………………」


 何故だか急に聖先輩が当たり前のことを聞いてきたため、不思議に思った浩之は首を傾げながらも肯定を返す。すると何故か、聖先輩は笑顔のままピシリと固まって動かなくなってしまい、浩之はその様子を見ながら、一体どうしたのだろう? ──と、疑問符を浮かべるばかりに留まり。


 しかし、ややあって、先ほどの自分の発言には、名詞や目的語に多々抜けがあり、抽象的な物言いになっていたと気づいたため、改めて言い直そうと、また真剣な表情に戻すと、


「その……どうやら唯花が辛抱堪らないくらい〝女王様ごっこ〟にドハマりしているみたいで。けど、それを周りに知られるのは恥ずかしいようなんです。──だから俺、どうにかして唯花に気づかれないように発散させてあげたくて!」


「へー、そっかー」


 胸に掌を当てながら訴えかけるように熱を上げる浩之に対して、何故だか急に熱を失ったようにいつもの笑みで以って適当な応答の聖先輩。浩之はその様子を不思議に思うも、そんな事より先を促すべきだと考えて、


「どうしたらいいと思いますか?」


「いっそ、鞭で打たれたらいいんじゃないかな?」


「む、鞭でッ……!?」


 聖先輩はニッコリと微笑むと、全然全くこれっぽっちも興味がなさそうな優しい声色で、衝撃の解決策を提示してきた。それを聞いた浩之は、流石は経験豊富な聖先輩だ──と感心するも、そのあまりの過激な内容に固唾を呑むばかりだった。


 確かに熱を上げた目を向けられるだけで喜んでいた唯花だ。鞭を振るうなどという本格的なプレイなど垂涎ものだろう。なので、確かに欲求不満の解消に至れそうな気がする──が、果たしてそれでいいのだろうか。


 そう浩之は思い悩む。


 今でさえあそこまでドハマリしているのだ。これ以上の深みにハマってしまっては、もはや真っ当な道には戻れなくなる可能性が高い。


 確かにどうにかしたくて経験豊富な聖先輩に助言を求めたが、聖先輩は経験豊富すぎて、もはや上級者の域。ハマってはいても、熱を上げた目で見られたいという初心者止まりの唯花には少々刺激が強すぎる気が──とそこまで考えて浩之はハタと気づく。


 そもそも唯花と聖先輩は付き合っており。即ちいつかは、唯花とそういう行為をするのでは、と。


 どちらが鞭を振るうのかは分からない。しかし、確実に鞭は振るわれるはずで、もしかしたら二人で同時に振るって〝合わせ鞭〟みたいな合体技まで会得し出すのでは──と思い至った浩之は戦慄する。


 鞭を打ち合ったとしても、やはり腕力は聖先輩が上で、唯花はどうしても打たれる側に回ってしまうだろう。つまりこの鬼畜イケメンは唯花の柔肌に鞭を打ちつけて悦に浸る変態なのだ──そう確信に至った瞬間、浩之は怒気が沸騰した。


 ──そんな奴に唯花は渡さない!


 今までは完璧超人な聖先輩に一歩引いていた浩之だったが、そのような鬼畜に唯花を任せることなど出来るはずもなく。今この時を以って、三年間燻り続けた浩之の闘志にようやく火種が灯り、その火種は浩之の激情を以って爆発的に燃え広がり、遂には罪人すら裁く地獄の炎──業火の如く轟々と燃え盛った。


 そして、時を同じくして高校の制服に着替えて更衣室から出てきた唯花は、俯きながら沈んだ声で、


「ヒロ、やっぱり私──」


「聖先輩、お先に失礼します。──行くぞ、唯花」


「──きゃッ!? え、ヒロ!?」


 何かを言いかけた唯花の腕を掴んで、ギロリと聖先輩を一瞥した浩之は、足早に出口へと向かう。


 急に強引にされた唯花は手を引かれながら、ただ困惑するばかり。しかし、瞠目しながら浩之の後ろ姿を映すだけの亜麻色の瞳とは裏腹に、その頬は緩み、そして赤みを帯びていた。

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