表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

05

「さて、どうしたもんかな……」


 バイトが終わり、自宅に着いた浩之は風呂上がりの体のままベッドで横になり、スマホを掲げて途方に暮れていた。


 スマホが映すのはメッセージアプリのトーク画面。背景はハート柄のピンク地で、相手の名前には藤堂唯花の四文字。何を隠そう、相手は元幼馴染の藤堂唯花(とうどうゆいか)だ。


 ちなみに、背景をハート柄のピンク地に設定したのは、有無を言わさない暴君兼元幼馴染の唯花だ。本人曰く、『幼馴染の背景はこれくらいで丁度良いの!』とのこと。


 しかし、パンツは柄物好きな浩之だが、背景は実用性を好むため、デフォルトの青単色に戻したいと常々思っている。が、前に戻して元幼馴染が怒髪天だったので、甘んじて受け入れて現在に至る。


 画面に映る履歴の最後は、唯花の『ヒロがいつの間にか顔を近づけてたせいだからね!』というお叱りに対する、浩之の五体投地スタンプ。


 浩之的には、更に一つ前の『立ち上がった時にたまたま顔の一部が接触したようだけど気にしないように』を昇華した『浩之の唇は唯花の顔のどこに触れたのか?』で無限妄想マラソンに耽るのが本懐なのだが、残念ながら緊急性の高い〝幼馴染再開宣言〟を唯花に発令するという任務が急務。


 ただ、普段は唯花から発令される側な浩之なので、今回もそうならないかな──とか淡い期待を抱いているものの、今回は浩之が〝幼馴染解消宣言〟を発令したので、再開宣言も浩之で然るべき案件。


 とはいえ、分かっていても筆が進まないのが実情で。


 唯花のためにと解消した浩之が、舌の根乾かぬうちに唯花のために再開したいとか、どの口で言えというのか? ──という話である。下手をすると唯花の機嫌を完全に損ねる危険性すらあるため、その案は当然却下。


 次案としては、『唯花のために解消したけど、俺のために再開してくれないか?』といった内容になるが、そもそも〝俺のために〟って何ぞ? ──という話である。


 浩之としてはまた唯花と一緒にいれるので嬉しいわけだが。フラれてからの三年間、唯花に対して〝異性として意識してませんムーブ〟に徹してきており。今更、『実は一緒にいれるだけで嬉しいんだ』と本音を伝えたところで、フラれ済みな上に彼氏持ちの唯花にドン引きされるのは必然。なので、この案も当然却下。


 ──となると、残るは、


「弟、宣言か……」


 拗らせブラコンな姉的存在だと行動で主張してくる唯花だが、それを口頭や文面にて宣言されたことは一度もない。ならばいっそ、〝義姉弟宣言〟をこちらから発令すれば、唯花は喜んで受け入れてくれるんじゃなかろうか? ──というのが浩之の結論だった。


 それによって浩之の恋心は封殺されてしまうわけだが、どの道一歩を踏み出す勇気が持てない浩之にとっては、今までと何も変わらないのが悲しい現実。


 そもそも、今の唯花は彼氏持ちなので勇気を持ったところで何が出来るわけでもなく。何かしたとしても、それは純粋に唯花の身を案じている聖先輩の信頼を裏切る──という人として最低な行為に他ならない。


 ならばいっそ、〝義姉弟宣言〟を以って自身の枷としてしまえば、唯花に彼氏がいるという事実に対しても多少は踏ん切りがつくはずで。むしろ、そうする事こそ最善なのでは? ──と思えてくる始末。


「はぁ……なんにせよ、他に選択肢なんて無いしな」


 浩之が望んだ道は既に三年前に絶たれており、その後の三年間でも一向に光明は見い出せていない。


 ただ、唯花から時折向けられる熱がどうしても浩之の心をざわつかせるも、あれがそういった類のものでないのは三年前の告白で身に沁みており、二度と間違えまいと浩之は心に固く誓っている。


 結局はどう足掻いたところで、自身に残された道は〝義姉弟宣言〟しかないのだと悟り、諦めた浩之はスマホの画面と睨めっこを始める。


「さて、なんて書くべきか」


 〝義姉弟宣言〟をすると決心した浩之ではあるが、告白がメッセージアプリで済まされる昨今。現代っ子でヘタレな浩之の宣言は、もちろん今開いている唯花との個人トークに投稿一択。


「季語は何がいいかな?」


 眉根を寄せながら真剣に悩む浩之の脳裏に浮かぶのは、業務連絡さながらの定型文。季語に始まり、結びで終わる、全くカジュアルではないそれを選択するあたり、浩之の宣言能力の低さが明白。


 もうすぐ梅雨入りなので、季語にそれを採用し。けれども、それだけでは味気ないので、季語を増やし。いきなり本題に入るのも(せわ)しないので、前振りに最近見た芸能ニュースを添えて──






     *






「で、できたッ……!」


 一時間にも及ぶ制作期間を経て、達成感に満たされている浩之の目に映るのは、百行超えの超大作。長大な前文に始まり、蛇足な末文で終わる、主文が三行ほどの所謂(いわゆる)、迷惑コメントである。


 しかし、ランナーズハイならぬライターズハイに陥り、テンションアゲアゲな浩之は盲目のままに狂喜乱舞。書き上げた達成感に投稿欲求を刺激され、


「これで勝つるッ!」


 意気揚々と投稿ボタンを押下。結果、浩之のスマホの画面は自身の長文で埋め尽くされ、


「あれ? これ、ヤバくね?」


 投稿直後に自らの失態に気づいて青ざめた浩之は、激しく動揺の真っ最中。さっきまでアゲアゲだったテンションはサゲサゲでガクブル。最高の出来だと思った力作は、今や不気味な怪文書に見える始末。


 一時の高揚感で投稿ボタンをポチってしまった己の浅慮さに後悔の浩之。


 何故、投稿前に気づかなかったのか。何故、こんな長文を書いてしまったのか。


 それはきっと、コメントを書く欄はあまり縦に伸びずスクロールする仕様なので、いまいち全容が掴めないせいもあるな──と、一部で的を射ていそうな考察を交えつつ。


 そんなことより、早く投稿を削除しないと──と、ようやく気付いた浩之だが、


「き、既読がついてるぅッ……!?」


 ──ムンクの叫びな浩之の叫び。


 浩之が投稿したのは仲直りが目的のコメントだが、その実態は怪文書だ。こんなものを受け取って『はい、仲直りしましょう』という奇怪な人を浩之は知らないし、いても近づかない。


 そんなわけでノーマルな唯花は、これを見てドン引きしているでファイナルアンサーな浩之は、幼馴染なのに義弟ポジという新ジャンルを確立できるはずが、自らの行いによって泡と消えて阿鼻叫喚。


 本当に騒ぐとご近所迷惑なので胸中のみで大絶叫中の浩之だが、せめて質問サイトでどうしたらよいかを尋ねるくらいはした方がよいだろう──と、パニック思考でまた一つ黒歴史を増やそうとした瞬間、


「ヒ、ヒィィッ……!?」


 浩之のスマホから鳴り響くのは通話の着信音。そして、着信相手として表示されているのは、藤堂唯花という四文字。


 現実逃避したい浩之の脳裏をよぎるのは、こんな短時間であれを全部読んだのか──という驚愕と、通話アプリではなく、ちゃんとメッセージアプリの通話機能を選んで偉いな──という金銭的な称賛だ。


 さて、称賛するからには理由があって、もちろん浩之と唯花の家はWi-Fi完備。家にいる間はギガが減らないので大いに光ファイバーを活用すべきだろう。


 と、そんな現実逃避をした浩之だが、三秒以内に電話に出なかったため、唯花から叱咤される未来が確定。しかし、それでも出ないわけにはいかず、恐る恐る通話ボタンをポチると、


「はい、長谷川です」


『…………馬鹿にしてるの?』


「反省してます……」


 人とは何故、すべると分かっているギャグをやるのか──と浩之は問いかけたい。


 ちなみに今のは、『スマホという個人宛てなのに、家電のように苗字を名乗る』という似て非なる二つのデバイスを用いた、古典的な現代ギャグだ。ただし、古典なのに現代なそれは、まさに見知らぬ番号に行うと個人情報の流出なので、ご注意願いたい──と、内心という宛先無き場で浩之が注意喚起を行なっていると、


『義姉弟になりたいって、何?』


「そ、そのままの意味、だけど……」


 唯花の声色は多分に苛立ちを含んでおり、戸惑う浩之は端的にそう応じざるをえない。


 そもそも、それを望んでいるのは唯花であって、浩之は気持ちを押し殺して妥協で提案したにすぎない。──けれど、喜んでもらえるはずのそれは何故だかお気に召さなかったようで、


『どういうつもり?』


「…………」


 苛立ちが一層濃くなる声色を受け、浩之は当惑してただただ沈黙。


 どういうつもりも、こういうつもりも、浩之は自分に残された最後の希望に縋っただけで、答えなど何も持ち合わせてはいない。全ては現状による強制──つまりは、外的強制であり、そこに浩之の意思など一切含まれないのが実情だ。


 選ばれなかった浩之に出来るのは、残されたそれが如何に素晴らしいか自身に述べ、諭し、洗脳し、感謝して享受することのみ。でなければ、唯花と一緒にいることが叶わない。


『ヒロは私とどうなりたいの?』


「…………」


 ──なんて残酷な問いかけだろう。


 浩之が願う道を絶ったのは唯花本人であり、浩之にはどうすることも出来ない。もし今、思いの丈をぶつけたところで、返ってくるのは分かりきった拒絶の刃。傷つきすぎた今の浩之にはもう、それに耐える余力など残されてはいない。


 ただ、もし叶うなら、唯花に想われ、恋人となり、ゆくゆくは結婚して、一生を添い遂げたい──そう浩之は願ってしまう。たとえそれが叶わぬ願いだと分かっていても。


 ありえぬ未来に想いを馳せた浩之は、滲む視界を片手で塞ぐ。何もかもが嫌になって、ついと零れたのは、


「唯花こそ、俺とどうなりたいんだ?」


『────ッ』


 呻くようにして跳ね返したそれに対する返答は、漏れ聞こえた息を呑む音。


 浩之の願いは全て絶たれた。であれば、あとは唯花に委ねるしかない。恋人にもなれず、義弟にもなれなければ、唯花にとって浩之とはなんだというのか。


 もういっそ、赤の他人である──そうハッキリと宣言してくれれば、浩之だって流石に諦めがつく。


 しばらくの間は自暴自棄になり、不登校になり、異世界転生を望むかもしれない──が、それだけだ。結局、最後には踏ん切りがつくはずで、浩之の人生はまだまだ続く。


 たとえそこに、ずっと一緒だった、大好きな幼馴染がいなくとも。


「はぁ……」


 陰鬱な己に疲れ果てて、浩之は小さく息を零す。すると、


『私は、今のままがいい……』


「──────ッ!」


 電話の向こうから発せられたか細い声は、浩之が今まさに思っていた通りのもので。声が漏れぬように、浩之は強く唇を噛み締める。


 紛れもなく唯花は言ったのだ。今のままがいい──と、幼馴染を止めて関係を絶った、今のままがいい、と。


 つまり、唯花は──浩之を拒絶した。


 覚悟していた浩之だが、自身から溢れ出る涙を止める術も、胸を抉る痛みを緩和する術も、何も持ち合わせてはいない。


 ただ屈み。ただ耐える。


 けれど、嗚咽を漏らす無様だけは晒すまいと、強く歯噛みし、手で塞ぐ。視界すら閉ざした浩之が感じるのは、締め付けるような胸の痛みと、鼻を抜ける鉄の苦味だけ。それだけが、己がまだ生きているという証拠であった。


 いっそ死んでしまいたい──そう願う浩之だったが、最後の理性がまだやるべき事があると叱咤する。


 耳からズレていたそれをおもむろに戻した浩之は、全ての力を以って嗚咽に耐え、


「わか……った……」


 呻くように掠れた声ではあったが、確かに告げたそれを残して、浩之はスマホの画面に触れて、最後の繋がりを断った。


 後に残るのは、切れた通話履歴と自らの愚行に埋め尽くされたトーク画面。悔いるように眉根を寄せてそれを見つめる浩之は、大粒の涙を目に浮かべながら、


「俺……ホント、バカだなぁ……」


 確かにあったはずのそれは、自らの愚行で全て失ったのだと──そう突きつけられているようで。


 もう何も見たくなくて。何も考えたくなくて。スマホの電源を落として、浩之は(うずくま)る。しかし、目を閉じても浮かぶのは、やはり大好きな幼馴染の顔で。


 その瞳が自分を映すことは二度と無い──そう悟り、浩之はただひたすらに嗚咽を漏らし続ける。


 三年前にフラれた浩之だが、優しい幼馴染は関係を続けてくれた。けれどもう、それすら無くなり、浩之と唯花はただの他人となった。


 その事がどうしようもなくツラくて、苦しくて、悲しくて。いつまでも胸の痛みが消えない浩之は、手で強く胸を握りしめて、叫ぶように嗚咽し続ける。


 この胸の痛みも、涙も、いつかは枯れ果ててくれるだろう──それだけが浩之に残された最後の希望だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ