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03

「こういう時って、一旦は距離を置く展開になるもんなんじゃねーの?」


「──ん? 今、なんて言ったの?」


「イエ、ナンデモナイデス……」


「ふーん?」


「…………」


 保健室のベッドに横たわりながら、ボンヤリと天井を見つめて、誰とはなく零した浩之の呟き(ツイート)は、ベッド脇の椅子に座っている耳聡い幼馴染に拾われ、相も変わらず、直ぐさま返信(リプライ)


 唯一の救いは、ハムハムと食べているサンドイッチの咀嚼音によって内容までは伝わらなかったことだろう。しかし、答えを濁す浩之に向けられるのは納得していない、と眇められた亜麻色の瞳で。完全にバツが悪い浩之は視線を遮るように背を向けての拒否(ブロック)に徹する。


 結局あの後、「体調が悪いヒロを放っておけるわけないでしょ!」と唯花に一蹴され、一緒に保健室に来ることとなった浩之。


 冷静になって考えれば、面倒見の良い唯花が病人を放って昼食に行くなどありえぬ話で。結局、唯花と距離を置きたい浩之の願いは叶わずじまい。その上、熱はなかったが念の為にと、昼休みの間はベッドで横になることを義務付けられて、唯花という監視官に昼食がてら見守られて現在に至る。


 ちなみに、先生は昼食で席を外しているため、保健室にいるのは浩之と唯花の二人のみ。


 密室空間で唯花と二人きりなど、今の浩之が最も望まぬ状況であり。いつもなら軽口の一つでも叩きあっているところだが、今はなんのキャッチボールも望むところではない。何を投げても、結局は恋人のことが気になってしまい、絶対にそれを暴投してしまうのが浩之だからだ。


 それに、今日は二度の致命傷(クリティカルヒット)により浩之の精神は風前の灯。事を起こすにしても、せめてか一晩──いや、一ヶ月は英気を養ってから、というのが浩之のライフプラン。


 準備不足で犬死するなど愚か者の所業だと考える浩之は、どちらかと言えば、こまめにレベル上げをして、ラストエリクサーには決して手を出さないタイプ。そんなラストエリクサー症候群な浩之なので、こんな弱りきった精神で一歩踏み出すことなど絶対にしない。そのことは、気力満タンにもかかわらず、一歩も踏み出せなかった三年間の実績で証明済みだ。


 と、そんな事を考えながら浩之が現実逃避し続けていると、


「ねえ、ヒロ?」


「…………」


「ヒロはさ、彼女が欲しいの?」


「…………」


 唯花から発せられた零すようなその問いかけは、まさしく今、最も触れてほしくない話題だった。なので浩之はギュッと目をつむって寝たふりによるスルーを決行。


 唯花という幼馴染は自分の恋路を邪魔する姉的な存在であって、決してこんな話題を振ってこないのは豊富な幼馴染人生で身に染みている浩之。


 つまり、この話題の行き着く先は、話題の中心を浩之から唯花に移して、最終的には唯花から『実は恋人がいる』とカミングアウトされる流れなわけで。


 それは浩之にとって最も起きてほしくない最悪の想定外だった。


 自分から話題を振らなければ──知ろうとさえしなければ、今までのように幼馴染という関係をズルズルと享受できるのではないかと、そんな浅ましい考えを浩之は抱いていた。


 にもかかわらず、まさか唯花から話題に出すなんて──とまで考えて、浩之は自分が思い違いをしていることに気がついた。


 むしろ、恋人を作る気だと宣言したのは浩之が先だった。今朝方、彼女を作って唯花から離れるつもりだと──そう宣言したばかりなのだ。


 にもかかわらず、唯花に恋人がいるという現実を目の当たりにした瞬間、知りたくないと逃げだす始末は、身勝手が過ぎる。こんな幼馴染ならいない方がマシだ──そう唯花から罵られても仕方がないほどに。


 そもそも、今朝の今で急に話す気になったのだから、その心変わりは浩之の宣言が発端なのは明白で。それに今まで浩之が異性と交流するのを散々邪魔してきた唯花だが、自らに恋人がいると知られてなお続けるとは考えづらい。


 つまり、唯花が言わんとしていることは、幼馴染を解消してお互い恋人、ないしは恋人作りを優先しよう──と、そういうことなのだろうと察する浩之。


 恋人がいてなお、今までのような超至近距離な関係──二人にとっての〝幼馴染〟を続けるなどありえないのだから。


 ──唯花の提案を誠意をもって受け入れよう。


 浩之はそう覚悟する。


 フラれてからの三年間、唯花の優しさに浩之はずっと甘えてきた。気まずさから距離を置こうとしても、必ず元に戻してくれて。決して告白のことを話題に出すことはなかった。


 その気遣いのお陰で三年も長く好きな娘と幼馴染を続けられたのだ。最後くらい覚悟を決めなければ男が廃る。


「ヒロは私のこと──」


「唯花は好きな人がいるのか?」


 覚悟を決めた浩之は、バサリと大きな音を立てながら、掛け布団ごと勢いよく上半身を起こすと、唯花を見やってそう尋ねた。


 丁度、発言が被ってしまって申し訳ない気持ちになるも、どうせ帰着点は分かりきっているのだし、多少すっ飛ばしても大丈夫だろうと自己弁護する浩之。むしろ、今まで散々気遣ってもらった分、最後くらいは唯花に楽をさせてやるべきだろうと奮起に至る。


 しかし、第一声に成功した浩之のはずが、何故だか唯花は真っ赤な顔で口をハクハクと動かすばかりで二の句を継げない様子。不思議に思った浩之は首を傾げるも、ややあって、自分が勢いよく起きすぎたせいで驚いたのだと気付いて猛省。しかし、時間は有限で、このままではお昼休みが終わってしまう。


 仕切り直すためにコホンと一つ咳をした浩之は、今度はゆっくりとした口調で、


「唯花は好きな人がいるのか?」


「──ッ、も、もし、仮にいたとしてッ。だったらなんなのよッ……!」


「──え? えっとぉ……」


 跳ね返すように放たれた唯花からの怒声を受けて、完全に想定外な浩之は返事に詰まって口ごもる。


 穏やかなムードでカミングアウトの流れに乗るはずが、実際に返されたのは怒鳴るような威嚇による頓挫であり、何故そうなったのか理解ができない浩之は盛大にパニック。


 そもそも会話の流れ的に、浩之に対して恋人が欲しいか聞いて、次いで唯花はどうなんだと流れて、実は恋人がいる──というカミングアウトな帰着のはずで。


 先ほどの問いかけは唯花に水を向けるきっかけとしての純然たる模範解答。なのに、唯花から返されたのは不満の声なミステリー。


 どういうことなのかと困惑する浩之は必死に脳をフル回転。その結果、唯花は弟と認識している自分と恋バナをするのが気恥ずかしいのだと察する。


 告白のこともあって、これまで二人はこういった話題を避けてきた。そのため、いくら覚悟を決めようとも、やはり気恥ずかしさが(まさ)ってしまい、先ほどのようにツンツンしてしまうのだろうと得心の浩之。──であれば、浩之のとるべき行動は決まっている。


「大丈夫。唯花が誰を好きでも、俺は全然全くこれっぽっちも気にしないから」


「──ッ、はあッ!? 何よそれッ!!」


 痛む心を笑顔で隠し、良好なムード作りのために良き理解者を演じる浩之。けれど、何故だか唯花の機嫌は悪化の一途。どうしたものかと内心で焦りまくりな浩之は、とにかく理解者っぽい事をまくし立てるべきだと結論づける。


 今度はベッドから腰を上げて、唯花を見下ろす形で身振り手振りのオーバーリアクションを交えつつ、


「いや、ほら。せっかく好きな人ができたんなら、俺なんかを構ってないで、その人との時間を大切してほしいわけで。──つまり何が言いたいのかっていうと、これからは俺のことなんか気にせずに、好きに過ごしてくれて構わないよってことで。そしたら、俺も自由時間が増えて、恋人を作るワンチャンがツーチャンに増えたりするかもだし。──まあ、お互い別の道を歩もうともズッ友だし、タイムラインとインスタは確認するよってことで、オーライ?」


 心にもない事を言い続ける浩之の視線は泳ぎまくりで、ふざけ口調の残念感。ワタワタと大振りなジェスチャーも相まって、その様相は完全に道化のそれ。けれど、真面目に言うと泣いてしまうだろうから、それくらいは勘弁してほしいな、というのが浩之の本音なわけで。


 冷や汗ダラダラでなんとか意味を成したであろう発言を終えて、恐る恐る唯花に目を向ければ──俯いており、その表情は伺えない。


 立ち上がって失敗したな──とか、告白の時にも表情が見れず、今回も見れずで。大事な時に相手の顔が見えない呪いにでも掛かってるのかな、教会ってどこにあったかな──とか、そんな下らない事を考えて、浩之が現実逃避していると、


「……つまり、ヒロは私との幼馴染を止めたいってこと?」


「──え? あー、突き詰めるとそういう事になるの……かな?」


 異性同士である以上、恋人が出来たならお互い距離を取った方がいいのは当然の事実。止めたいわけではないが、止めないといけないと浩之は覚悟した。なので、止めることになる、という結果だけを見れば、それはきっと誤差の範疇だろう、と考えてのその返答。


 すると、それを聞いた唯花が俯いたまま「そっか」と納得するような声を出したので、ようやく肩の荷が降りた浩之は胸を撫で下ろして安堵の吐息。


 やり切った達成感はあるが、代わりに浩之の心はズタのボロ。好きな娘の恋を応援する幼馴染ポジのツラさが身に染みすぎて、これからは世に溢れる負けポジに感情移入しすぎて大号泣待ったなしを確信。


 そもそも、幼馴染は負けフラグ的な扱いである昨今。まさにそうなってしまった浩之は負けヒロインならぬ、負けヒーローな立場なわけで。


 世の負け幼馴染の多くは想いを胸に秘めたまま、急に現れた勝ちヒロインに主人公を掠め取られてしまうが。玉砕したとはいえ告白した経歴の持ち主である浩之は、その点において、まだ頑張った方の負け幼馴染であると自己弁護したい所存だ。


 そんなわけで、役割を終えてクランクアップ直前の浩之的には、引き際を見極めたのち、全速力でトイレに直行からの大号泣ムーブをしたいわけだが。何故だか唯花が俯いたまま返事をくれず、待てど暮らせど音沙汰なしで、まさに待てを食らった犬の状態。


 このままでは埒があかなそうなので、声を掛けようと少し屈んだ浩之は、


「おーい、唯花」


「******とめないんだからッ……!」


 俯いたままの唯花から発せられた、呻くような囁き声は、残念なことに同時に発してしまった己の声で中途半端にしか聞けずじまいな悲しい浩之。


 それでも一番大事な、幼馴染を解消するのを「とめない」という唯花の同意だけは、キッチリと聞こえたわけなので、これを以って自分と唯花の関係は終わったのだと判断する浩之。


 既に泣きたい浩之ではあったが、トイレまでは我慢しようと奮い立ち、別れの挨拶をしようとした瞬間、


「────ッ、え?」


 唯花の頭部を映していたはずの己の視界が急に暗くなり、訳がわからず盛大に硬直。すると、次いで訪れたのは唇に触れる柔らかな感触で──何が起きたか理解できない浩之は完全にフリーズ。


 けれど、覆っていたそれが離れると、そこにあるの見慣れた幼馴染の顔で、その表情を見た浩之は絶句して息を呑む。


 熱を帯びて潤んだ瞳は艶めかしく、赤く染まった頬は愛らしい、弱々しく下がった眉尻を見れば、そこにはいつもの勝気さは微塵も無く。それは庇護すべき対象である──そう本能が察する。


 何か言わないと──そう激しく焦燥に駆られるも、このまま唯花を見続けていたい、という渇望に阻まれて思考が全く働かない。何かが起こったはずだと認識するも、脳がそれを処理できない。


 ただ分かるのは、目の前にいるのは大好きな幼馴染で。その表情がいつになく儚げで。消えてしまいそうなそれを引き留めるために、自分は何かを言わなければならない、という使命感のみ。けれど、鈍る頭は機能を果たさず、ついと出た言葉は、


「唯花は、やっぱり可愛いなぁ」


 ──そんなただの浩之の本音であった。


 三年分の想いがともなったそれは、酷く甘い熱を帯びてしまい、自身がそんな声を出したことに浩之は驚きすらした。


 唯花にフラれてからの三年、浩之は一度として、唯花に対して異性と意識するような発言や態度を示したことがない。それは唯花と幼馴染という関係を続けるための浩之なりの処世術であった。


 もちろん唯花から問われれば社交辞令に属する範囲で回答はした。けれど、そこに気持ちを込めることはなく──いや、浴衣姿とか可愛すぎてちょっと込もったこともあるが──とにかく、こんなにも、ただ純粋に自らの気持ちを込めたのは実に三年ぶりで、あの告白以来であった。


 ──やらかしてしまった。


 そう理解した浩之の全身からは急速に血の気が引いていく。──どうにかしなければ、と焦りばかりが頭を空回る。


 十三年間の唯花との幼馴染を円満解消しようと決めたのだ。そのためにやりたくもない道化を演じた。なのに、このままでは全て無駄になってしまう。


 一刻も早く何か言い繕う必要がある。けれど鈍る頭は、今なお動きが悪く。それでも懸命に言の葉を掻き集めて、


「えっと、今のは──」


「も、もう大丈夫そうだしッ! わ、私、行くねッ!」


「え? ちょッ、えーー?」


 急に顔を真っ赤にした唯花は上擦った声の残響だけを残して、物凄い勢いで走り出し、扉に頭を一回打ちつけたのち、扉を開けて保健室の外へと飛び出していった。


 一方、扉に向けて手を掲げた姿勢で一人取り残された浩之は、ここまで慌てた唯花は初めて見たな──と現実逃避する傍らで、ようやく脳が先ほどの事象を処理しきり、


「あれ? 俺、さっきキスされなかった?」


 同意を求めるように発したそれは、誰に届くでもなく、空気抵抗に阻まれて、その役割を終えた。

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