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21 最終話

「ここに来るのは三年振りだね」


 丘の上の公園の端にある転落防止用の手すりに手を掛けて、夜風に流される自身の髪を手で抑えつつ、淋しげに微笑みながら、そんな懐古を零したのは、浩之とは十三年来の幼馴染である藤堂唯花(とうどうゆいか)だ。


 その隣にいる浩之は返事をするでもなく、ただボンヤリと眼下に広がる街の灯りを見続けていた。


 この光景を見るのはあの夢を除けば実に三年振りであり。けれど、夜の帳が下りたあとの光に彩られた街並みを見下ろすのは初めてで。それを以って浩之は、自身があの頃よりも少し大人になったのだと、そんな感慨深さがあった。


 ただ、ここに訪れたらもっと感傷的になるかと予想していたが浩之だったが、そんなこともなく、その心はとても凪いでいて。そんな平静の中、空を見上げてみれば、そこに広がるのは普段よりも近く感じる満月が浮かぶ満天の星空であり。夢で見たあの光景とは随分と違うものだな、と浩之がボンヤリと考えていると、


「ヒロはあの日、この公園で私に告白してくれたんだよね」


「……そうだな」


 唯花が零したその問いかけるような確認には、懐かしむような寂しさが含まれていて。浩之はなるべく感情を込めずに、ただ淡々と事実だけを乗せて、それに返した。


 そんな浩之の脳裏に浮かぶのは、やはりあの日の光景で。あの鮮やかな夕焼けも、その影に隠れた唯花のシルエットも、戸惑いを帯びた拒絶の声も、その全てを今もなお鮮明な映像のように思い出すことができる。けれどきっと、唯花はそうではないのだろう──と、そんな事を考えていると、


「私ね、今でもあの日のことを夢に見るの」


「………………」


 まるで懺悔でもするかのような憂いを帯びた告白が零されて、思ってもみなかった浩之は驚きを込めて声の持ち主を見やる。


 するとそこにあるのは、自嘲するような笑みを浮かべて星空を見上げる儚げな姿で。その姿を見た浩之は、先ほどまで同じ星空を眺めていただろう事実だけが、ただ嬉しかった。


「あの日のヒロは朝からずっとおかしくってさ。なんでかなーって思って聞いてみても、『あとで分かるから』って言うばっかりで、それ以上は何も答えてくれなくって──それがすっごく不満だったな」


「……唯花を驚かせたかったんだよ。──せっかくの告白だったし」


 大きく上向いた姿勢で夜空を見上げ続ける唯花は淡々と──けれど、少し拗ねたような、そんな声色で以って、思いの丈を訥々(とつとつ)と零していく。バツが悪い浩之は、苦笑を浮かべながら言い訳をするに留まり。それを聞いた唯花はクスクスと声に出して笑うと、手すりを掴んだまま、肘をピンと伸ばして更に上向くような姿勢になって、今度は少し声を弾ませながら、


「うん、そうだね。だから、あの日のヒロはずっと上の空で、教室で起きた〝あの事〟なんて全く気づいてもいなくて、部活が終わった夕暮れの帰り道で、この場所に寄りたいって急に言い出して、そして私に告白してきた──でしょ?」


 まるで楽しかった思い出を語るようにして、告白までのくだりを述べた唯花は、最後に発した断言するようなその問いかけを以って、その亜麻色の瞳を浩之の正面に向けると──少し眉尻を下げた困ったような微笑を浮かべた。


 その力強くも儚げな姿は、背景に添えた満月を伴う夜空の煌めきも相まって、いっそ幻想的ですらあり──魅せられた浩之は息を呑むばかりで言葉が発せず、緩慢とした首肯を以って、それへの返答とした。


 それを見た唯花は緊張を解きほぐすかのように、胸に掌を当てて、一つ小さく息を吐いたのち。その手を握りしめてから、訴えかけるようにして、


「──でねッ。あの日、教室で何があったのかっていうとねッ……その……」


 だが、そこまで言うと、まだ覚悟が足りないのか、開いた口をキュッと引き結んでしまい、胸で握ったその手をほどいて、続く言葉を内に留めてしまった。対する浩之も極度の緊張から喉を鳴らして固唾を呑む。


 浩之は告白してからの三年間、唯花に『まだ早い』と言われて断られたのはずっと、異性として見てもらえないからだと思ってきた。けれどそうではなくて、唯花はあの告白を断っていないと思っていて、そしてその原因はあの日にあった〝何か〟らしい。


 しかし、あの日はずっと上の空だった浩之は、何があったのか全く認識しておらず、何一つ覚えがない。だからこそ、唯花の言葉を待つ。どのような事があれば、そんな認識のズレが起こり得るのか──それを三年越しの今、遂に知るために。


 覚悟を決めた浩之は、亜麻色の瞳を見つめながら、コクリと一つ頷きを示す。すると唯花も覚悟を決めたようで、その瞳に力を込めると、一つ頷き返して──遂にその口を徐々に開けていき、淡々とした口調で、


「あの日はね、保健体育の授業で────〝性教育〟を習った日なの」


「…………………………は?」


 真剣な表情の唯花から淡々と発せられたその内容は、あまりにも突拍子がないもので。呑み込めない浩之はポカンと口を開けたまま、ただただ絶句。当の唯花は自らの発言を恥ずかしく思ったのか、頬に朱を差し、フイと視線を逸らすと、まるで言い訳でもするかのようにして口早に、


「そ、そのせいでね、教室中がその話題でもちきりになっちゃってね、仲の良い男女が揶揄われたりして大変だったの。そ、その……私とかヒロも、もちろんその対象でね、私なんか特に酷くてね──────」


 相当恥ずかしかった思い出のようで、唯花は胸の前で両手の指をモジモジとさせながら、シドロモドロで語り続ける。しかし当の浩之は、最初の発言で既に放心しており、そっちの情報はほとんど頭に入って来ない有様だった。


 だが、暫くして、ようやく我に返った浩之は──しかし、どうしても確信を持つことができずに。未だに当時の状況を語り続ける唯花の上腕をガシリと両手で掴むと、戸惑いと焦りを()い交ぜにしたように詰めながら、


「唯花、今、その日に何があったって言った?」


「い、いや、だから……その……あの日は……保健体育でね……えっと……」


「唯花、ちゃんと言ってくれ!」


「だ、だから……保健体育で……せ、性……教育を……その……」


「唯花ッ! 頼むからッ!!」


 真っ赤な顔で視線を彷徨わせながらゴニョゴニョと口ごもるばかりの唯花に業を煮やした浩之は、上腕を掴んだ手を揺さぶりながら怒鳴りつけるように懇願した。すると、唯花は真っ赤な顔を更に赤くしながらも、大きく息を吸って頬を膨らませると、それを解き放つようにして、


「だーかーらーッ! ヒロが私に告白してきたのは、保健体育で〝性教育〟を習った日だって言ってんのよッ!! バカァーーーーッ!!」


「な、なんだってーーーーーーッ!!?」


 全力の雄叫びで以って、とんでもない真実を告げられた浩之は、理解は出来たが信じられなさすぎて、合唱するように大絶叫。


 性教育の授業を受けたその日に告白するとか、性衝動(リビドー)大噴火(スパーキン)しちゃった愚か者の所業であり、そんなデリカシーの欠片もない者は十回くらい死んだ方がいい。そして、そんな十回くらい死んだ方がいい人物こそ、何を隠そう、


「俺、そんな日に告白しちゃったのーーーーッ!!?」


 意図せず人生最大のやらかしをしていたと知った浩之は、頭を抱えて天を仰ぎながらの人生最凶の恥ずか死にながらの悶え死に大地獄。


 そんな人として終わっている行為をしたにもかかわらず唯花にフラれた、と嘆くとかお門違いすぎて軽く二回は死ねる。というか、そんな事をした人と一緒にいたいとか普通は思わない。身近に潜むどころか完全に丸出しな危険人物であり、即刻距離を取るべき事案。──にもかかわらず、唯花は一緒にいてくれるわけで、それはつまり、


「あれ? ひょっとして唯花って本当に俺のことを好きだったりするの?」


 天を仰いで悶えていた浩之は、顔を覆っていた両手を少し離して首を傾げた。


 もし、そんな危険人物と一緒に居続けるとしたら、それは〝そんな危険性を孕んだ人でも構わない〟場合である。それはつまり、唯花にとって浩之はそういった事が起こり得てもいい人物──つまり、異性として好いている人物となるわけで。


 しかし、告白した時に『まだ早い』と唯花に断られているし──とまで考えて浩之は思い出す。


 唯花は電話で『断っていない』と言っていた。それはつまり、別の事に対して『まだ早い』と言ったということであり、先ほど唯花が叫んだ事実と照合すると、まさしくそこには正解らしきものが存在していて──思い至った浩之は、恐る恐ると唯花に顔を向けると、


「なあ、唯花。俺が告白した時に言ってた『まだ早い』って、ひょっとして──〝性教育〟的な意味?」


「……()()()()()が目的で告白されたなんて嫌だったから、どうなのか確認したってだけで、別に断ってなんてないんだからね。──バカ」


「ははっ、マジかよ……」


 唯花は赤くなった顔を恥ずかしそうに逸しながらも、横目で浩之を見捉えて、拗ねたようにそう零す。


 確かにそう疑いたくなる気持ちも分かるわけで。それを以って浩之は、自身の愚かさのせいで、いかにバカバカしい事が起きたのかを完全に理解。結果、乾いた笑いを浮かべながら、頬を引きつらせるに至る。


 つまり、三年前に浩之が告白した際、たまたまその日に〝性教育〟の授業があって、教室はそれで大盛りあがり。散々茶化されて意識しまくりな唯花は、浩之がそういった目的で告白してきたのではないかと疑心暗鬼に陥って、『そういうのは、まだ早いんじゃないか?』と試しに問いかけてみたところ、浩之から『あはは、だよなー』と〝()()()()()()()()()から告白したけど、やっぱやめとくわ〟的な最低な返しをされてしまったわけだ。


 しかし浩之的には、告白を意識しまくっていたせいで〝性教育〟の件に気づいておらず、唯花が自分を傷つけないために優しく断ったのだと勘違いして、『あはは、だよなー』と唯花に気を使って、傷ついていないアピールに及んだだけであり。


 そして、その後の三年間はずっと唯花が自分を好きになってくれるのを──つまり、〝唯花の態度が変わる〟のをただひたすら待ち望んで。けれど、唯花は〝ずっと浩之が好きだった〟ため、その態度が変わることはなかった。


 ──と、そこまで考えた浩之は、そうなると唯花はどうなんだろうと思い至り、


「なあ、なんで唯花はずっと俺が好きだったのに告白してこなかったんだ?」


「……あの日以降、ヒロが私に興味を失ったと思ったの。そんな状態で告白なんてできるわけないでしょ。──バカ」


「ははっ、なるほど……俺も結構頑張ったもんなぁ……」


 唯花から三つ目のバカの勲章を賜った浩之は、どういう意味か直ぐさま理解して、白目を剥いて呆れたように天を仰ぐ。


 浩之は唯花にフラれてから〝異性として意識していませんムーブ〟に徹していた。そして、それが見事に効果てきめんで、唯花は自分への興味が失われたと思って二の足を踏むこととなり。


 結果、二人揃って仲良く二の足を踏んだせいで、本来なら恋人になれていた三年間を無駄に消費してしまったわけだ。


「ははっ、笑えねー」


 精神がドッと疲れ切って体の力が抜けた浩之は、しゃがみ込んで遠い目で星空を眺めだす。


 すると、その視界を阻むようにして、腕を組んで仁王立ちした唯花が立ち塞がり。そのつぶらな亜麻色の瞳を眇めつつ、拗ねるように口を尖らせながら、


「ちなみに、私なんてそれを知ったと同時にヒロから〝あと六日だけの観賞用〟なんて酷いことを言われたんだからね?」


「ははっ、マジで面目ねえ……はぁ……」


 猛省しろと咎めてくるその亜麻色の瞳の圧力を以って、精神が平伏しきった浩之はガックリと項垂れての意気消沈。


 どうやら、あの出来事は浩之にとっての黒歴史であり、また唯花にとってもまさにそうであるらしい。だがむしろ、心を傷つけられた分だけ唯花の方が重症かもしれない──と思い至った瞬間、浩之はもうダメで、


「なあ、唯花」


「……なに……よ、──ッ」


 急に真剣な表情になった浩之は、しゃがんだ姿勢のまま唯花を見やる。その真剣な瞳には己に渦巻く激情が溢れかえっていて、それに捉えられた唯花は固唾を呑んで押し黙った。


 見つめ合う二人の間にあるのは、浩之の中に渦巻く激情を瞳を通して唯花に見せつけるという行為のみであり。その向けられている感情が自身に対する狂おしいほどの〝何か〟なのだと感じ取った唯花の頬には自然と朱が差していく。


 暫くそうしていた二人であったが、浩之は唯花から目を離すことなくゆっくりと立ち上がると、挟むように唯花の上腕に両手を添えて、少し力を込めながら、


「好き」


 ──淡々と愛の言葉を囁いた。


「────ひゃッ!?」


 その言葉は唯花に強請(ねだ)られて囁いていたものに比べると酷く装飾を欠いていて、ただ簡素なだけであり。しかし、だからこそ、感情も無くただの音でしかないその二文字は、言葉にならない想いを──伝えきれない想いを届けるに相応しく、それこそが〝愛の気持ち〟に添えるために必要な〝愛の言葉〟だと感じさせるほどだった。


 そのため、浩之の真剣な瞳から溢れだす激情に捉えられていた唯花は、そのたった二文字が耳朶を掠めた瞬間、まるで共鳴するかのようにその二つが体の中で暴れ狂い、向けられていた激情が狂おしいほどの〝求愛〟なのだと思い知らされるに至り──瞬時に顔を沸騰させるばかりか、堪えきれずに跳ねるような悲鳴を上げた。


 けれど、それでもなお、全く収まらない浩之は溢れ出すままに、しかし淡々とした口調で、


「すげー好き」


「──ちょッ」


「大好き」


「──待ってッ」


「愛してる」


「──ひうッ」


「結婚してくれ」


「──それはまだ早いからッ!!」


 我を忘れた浩之がまくし立てるように愛の気持ちで攻め立てて。顔を真っ赤にした唯花は浩之の胸を押して突き放そうとするも。やや腰砕けになっているようで、上手く力が入らずに僅かに隙間を空けるに留まり。けれど、そこまで言って、少し我を取り戻した浩之は申し訳無さそうに眉尻を下げながら、


「待たせた分も、傷つけた分も、全部全部償いたい。──なあ、俺はどうしたらいい?」


 それは尋ねるというよりも懇願に近しく。ただ、その困ったように縋る瞳が宿す光からは、この激情を早く唯花に流し込みたいと切望している仄暗さが見て取れて。それに当てられた唯花は頬を染めながらフルリと身を震わせるも、自身を落ち着けるように俯いてホゥと一つ息を吐いてから、


「なら、まず言うべきことがあるでしょ? ──三年も待たされたんだから」


「ははっ、そっか……そりゃ──そうだよな」


 胸をトンと叩かれて拗ねるように咎められた浩之は、自嘲するように一つ溜め息を吐いてから、覚悟を決めて顔を引き締める。それはまるで三年前のあの時のような表情で──けれどもう、それ以外は何もかもが違くて。


 二人を映すのは夜の帳が下りた月明かりで、期待するように微笑む唯花の表情はよく見て取れて、返される返事は間違いなく色好いもので。これからはきっとこの景色こそがこの場所での想い出になるのだろう──そう浩之は感じた。だからこそ、告白の言葉に、


「俺と付き合ってほしい」


 ──三年前と同じ言葉を選んだ。


 すると唯花は少し驚いたように瞠目して、ただ直ぐに楽しそうにクスリと笑うと、


「そういうのは、まだ早いんじゃない──かな?」


 ──三年前と同じ質問を返した。


 けれど、その声に戸惑いは一切なくて、どちらかと言えば(からか)うようであり。だからこそ、浩之は返す言葉で、


「いや、俺は唯花が好きなだけだよ。俺以外の誰かが唯花の隣にいるなんて絶対に我慢ならないんだ。だから俺を、幼馴染じゃなくて──唯花の恋人にしてほしい」


 ──三年前からの想いを告げた。


 すると、唯花は目尻に涙を浮かべて──けれど、拗ねたような満面の笑みで以って、


「もっと早くそう言ってよね。──バカ」


 ──遅すぎると罵倒してきた。


 そのまま唯花は背伸びをするように体を寄せてきて、次いで訪れたのは唇に触れる柔らかな感触で──その瞬間、これは二度目なのだと浩之は理解した。


 なら、自分は一体どこから間違えていたんだろう? ──そう思った浩之は、後で事の顛末(ストーリー)最初(スタート)から唯花に一つ一つ確認してみようと心に決めた。だって、


 ──ずっと両片思いだったという物語破綻(クリティカルエラー)が起きたのだから。

 これにて本編は完結です。


 次話の唯花視点(1〜6話)を以って、本作は完結となります。

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