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「浩之君、まさか唯花ちゃんと付き合い始めた……なんてわけではないよね?」
バイト先のファミレスのスタッフルームに到着した途端、浩之にそう声を掛けてきたのは、唯花の彼氏というのは誤情報だった爽やかイケメン──桐嶋聖、その人である。
ちなみに、何故そんな勘違いをされているのかというと、今現在、浩之の左腕には絶対女王な超絶美少女──藤堂唯花が腕を絡めながら手は恋人繋ぎという状態で張り付いているからだ。
先ほどまではそんな事をしていなかったのだが、何故だかファミレスに到着した途端、まるで誰かに見せつけるかのようにそんな事をしだして──しかし、急な密着に焦った浩之が逃れようとするも、「離れるの禁止だから」と暴君な唯花に腕力と言う名の強権を発動され、浩之は渋々と異性として意識してませんムーブで凌ぎつつ現在に至る。
そんなわけで、いつもの爽やかスマイルながらも何故か頬をヒクつかせている聖先輩に唯花と付き合い始めたと勘違いされるのも仕方がないわけで。ただやはり、きちんと訂正すべきだろう、と考えた浩之が否を唱えるべく口を開こうとするも──それよりも早く、一歩前に出た唯花が、
「うふふ、まあ、そんなところですよ?」
「あはは、僕は浩之君に聞いたんだけど?」
「うふふ、ヒロは恥ずかしがり屋なんで私が代弁したんですよ?」
「あはは、僕と浩之君の仲で恥ずかしがる事なんて何一つ無いからね。そんな無駄な配慮は一切無用だよ?」
「うふふ、いっそヒロは聖さんの存在自体を恥ずかしく思ってそうですけどね?」
「あはは、唯花ちゃんは面白い事を言うねー」
「うふふ、聖さんほどじゃないですよー」
「あはははははは──」
「うふふふふふふ──」
──何ぞこれ?
何故だか急に、唯花と聖先輩は人当たりの良い朗らかな笑みを浮かべ合いながら、奇妙な応酬を始めた。
唯花は付き合ってもないの付き合っていそうな空気を醸し出し、聖先輩は大した仲でもないのに仲が良さそうな空気を醸し出している。
当の浩之はそんな二人の様子を不思議に思うものの、ややあって、フロアでは暇な時にこういった架空話で盛り上がるのがブームなのだろう、と思い至る。
実際、浩之も小学校の頃はよく架空のテレビ番組や漫画などを言い合って盛り上がったり、自分が漫画キャラになったごっこ遊びに興じていた。ちなみに、親戚の幼子なんかは、架空の公開動画のタイトルを言い合うという現代ならではの媒体でその遊びに興じているらしい。
ただ、その遊び自体は唯花受け──つまり、女子受けがあまり良くなかったため、男子特有のものだったと認識しており。その上、この歳でやる人は少なそうなイメージではある──が、そこはきっとイケメン無罪でインフルエンサーな聖先輩がゴリ押して流行らしたのだろうと、未だに朗らかな笑みを浮かべて、唯花と架空遊びに興じている聖先輩の姿を見て納得。
ならまあ、もし話題を振られたら乗った方がいいのかな? ──と浩之が考えていると、
「ヒロと私はもう付き合っているようなものだもんね? ね?」
浩之の顔を覗き込みながら満面の笑みで以って、期待するような瞳でパチクリパチクリと忙しなく瞬きをする唯花の姿を見て、やはり乗った方が良いようだ──と浩之は完全に理解。なので、首肯を交えつつ、
「ああ、そうだな。まだちゃんと告白はできてないけど、それはまた追々きちんとするから──期待しててくれ」
「え、えへへ、うん。き、期待してるからッ」
役者になったつもりで出来る限り爽やかな笑みで以って浩之がそう宣言をすると。唯花はまるで本気にでもしたかのように、見る間に頬を真っ赤に染め上げて、手でそれを隠しつつ視線を逸らすと、期待の言葉ではにかんだ。
そんな様子を見た浩之が、随分と本格的にやるんだな──と関心していると、今度は聖先輩が、
「そんなッ……僕の浩之君が、遂に唯花ちゃんの毒牙にッ……」
──と、何やら昼ドラの愛憎劇的な演技をし始めた。
普段は爽やかなイケメンスマイルしかしない聖先輩が──いや、前回やたらと性的に興奮した姿を見た気もするが──とにかく、珍しく感情だだ流しで悔しそうに歯噛みするその様子から、本当にこの架空遊びが大好きなのだと理解した浩之は、やはりここは乗るべきなのだろうと考えて、
「すみません、聖先輩……俺、やっぱり唯花が好きだから、先輩の気持ちには応えられません……」
「──────ッ」
眉根を寄せて申し訳なさそうな表情になった浩之は、俯くようにして少し顔を逸らすと、そう謝罪の言葉を零した。それを聞いた聖先輩はハッと息を呑むようにして瞠目するも──しかし、ややあって、困ったように眉尻を下げて自嘲するように微笑むと、
「そっか……浩之君は僕の気持ちに、気づいていたんだね……」
「はい、その……黙っていてすみませんでした……」
まるで懺悔でもするかのような諦めを含んだ聖先輩のその迫真の告白を聞いた浩之は、やはり自分の選択は正しかったのだと確信し、そのまま申し訳無さそうな謝罪を以って架空遊びを続行。それを受けて聖先輩は弱々しくも困ったような──そんな労うような笑みを浮かべると、頭を緩やかに振りながら、
「いや、いいんだ……お陰で今まで浩之君のパンイチ姿とパンツコレクションを堪能させてもらったからね。むしろお礼を言いたいくらいさ……今まで──どうもありがとう」
「聖先輩……」
聖先輩は悲しむように眉尻を下げながらも──しかし、その気持ちに一区切りつけたような清々しい笑みを浮かべて浩之を見つめる。それに対して浩之は、その意を汲むようにして困ったような曖昧な笑みで以って、それを見つめ返す。
その心を通じ合わせたような──けれど、哀愁を含んだ情景はいっそ、まさに今、一つの物語が終わりを告げたようですらあり。そして、その最後の一コマを飾るような二人が見つめ合う──その儚くも微笑ましさが漂う姿からは、これから先、道を違えることになるだろう二人にとって、それはきっと一つの大切な思い出として心に残り続けて、ふとした拍子にでも思い出しては、懐かしくもほろ苦い気持ちに包まれることになるだろうことが優に想像がつくも──しかし、浩之は内心でドン引きしていた。
こんな高が架空遊びで、ガチでやられている更衣室へ突入されまくり行為のことをブッ込まれるとか、これから先、聖先輩にパンツ一丁を晒す度に、「やっべ、またコレクションされちゃったよ」とか考えてしまって、今まで以上にウンザリするだろうことが必至な浩之。
そもそも男同士でこんなやりとりをしても喜ぶのはBL狂いの鈴子だけであって、今現在において誰得なんだ? ──という話である。
けれど、聖先輩は未だに余韻に浸っているし、唯花もなんか目尻に涙を浮かべてウンウンと頷いているしで。もうそろそろ嫌気が差しすぎて、この茶番をとっとと終えたい浩之なわけだが──しかし、なんか壊したら非難されそうな雰囲気すぎて、何も出来ずで途方に暮れ中。
誰かどうにかしてくれないかな──などと浩之が考えていると、
「うっはー! ヒジxヒロが意味ありげに微笑み合ってるとか尊みが秀吉すぎて誰得ですか!? 私得ですッ!! ごちそうさまですッ!!」
──やべぇのが来た。
浩之は今最も現れてはならない人物が現れてしまったのだと即座に理解。
『誰得だよ?』と嘆いた浩之ではあるが、実際に得する奴が現れてしまうと収拾がつかなくなる危険性が高く、これから先の展開が一切読めなくて冷や汗ダラダラ。
闖入者に見られるのを恥ずかしく思って架空遊びを終えてくれたら何よりだが、煽られて更なるBL展開を迎える可能性がやはり濃厚であり、普段鈴子が描いている漫画の展開とか強要されたら地獄絵図なのは必至──ではあるが、唯花から禁止令が発令されているため、浩之は一度もそれを見たことがない。
ともあれ、浩之としては下手に動かずに傍観に徹するのみ。何故なら、常日頃、鈴子に揶揄われている浩之が下手に口出しすると火に油を注ぐ結果にしかなり得ないと分かりきっているからだ。
そんな中、最初に動いたのは──聖先輩だった。
「あはは、僕というよりは、唯花ちゃんと付き合い始めたみたいなんだよ」
「うっはー! ラブラブ手繋ぎゴチです!! ユイ先輩おめおめです!! 祝、ユイxヒロ!!」
「ふふっ、ありがと、鈴ちゃん」
聖先輩に指差しで視線を誘導されて、ようやく唯花の存在に気づいたらしい鈴子は、浩之と繋がっているその手を見た瞬間、両手親指立てで腕を突き出して、そのままの勢いで唯花の空いている方の手を両手で取るとブンブンと勢いよく振り出した。そんなハイテンションを受けている当の唯花は一切動じることなく、ただ嬉しそうに笑みを返すばかりで。
その光景を真横で見ている浩之は、すぐそこにあった大好きなBLを放置して、男女カップリングを満面の笑みで祝福する鈴子の様子に『コイツのこのブレ、ホントなんなんだよ』と呆れ顔。ただ、あのまま苦痛しかないBLをやらされるよりは、大好きな唯花と恋人ごっこをする方が全然嬉しいため、沈黙を以ってコッソリと意思表明。
そして、もちろんそんな浩之の意図に気づくこともなく二人は浩之を置き去りにして、
「遂にユイ先輩の十年来の初恋が実っちゃったのですね! 部外者な私でさえ狂喜が乱舞して、飯ウマすぎて今すぐ賄いを所望しちゃいます!!」
「もー、部外者なんて言わないでよ。鈴ちゃんが教えてくれたからこそ、こうしてヒロと心が通じ合えたんだから」
「うっはー! 私、恋のキューピットですか!? ヤバくないですか!? 十年来の初恋を実らせちゃうとか、出世コース待ったなしじゃないですか!!」
「ふふっ、本当にありがと、鈴ちゃん」
「いえいえいえいえ、尊みが秀吉過ぎるユイ先輩の役に立てたなら、冥利に尽き過ぎて、草履でもなんでもレンジでチンして熱々でお持ちしますから、是非、女部屋ならぬヒロ先輩部屋で愛し愛されレッツゴー!!」
「鈴ちゃん、そういう話題はヒロの前ではダメだから──ね?」
「たっはー、すみません! テンションが大噴火しちゃって、つい!! だって、十年来の初恋が大噴火して遂に実っちゃって、十年来の初恋ウマーー!!」
二人のやりとりはハイテンションな鈴子を唯花が嗜めるようなものであり──しかし、架空遊びだとしても、どうしても鈴子の発言に対してモヤモヤした浩之は、
「鈴子、流石に十年来は言い過ぎだろ。──んな事、絶対にありえねーんだからよ」
「もー、ヒロ先輩は相変わらず、ダメダメで、ニブチンで、乙女の敵で、ユイ先輩専用の総受けですね」
「専用ならもう総受けじゃねーだろ……」
「そんな些細な事はどうでもいいの、です、よ! 大切なのは、ユイ先輩がヒロ先輩のことを十年間好きで在り続けたのを否定するとかいう、ミジンコ発言をしたこと、なの、です、よッ!!」
「いや、だから、それは──」
「ねえ、ヒロ」
強い調子の鈴子に人差し指で鼻先を押された浩之は少し仰け反りながらも、自身が三年前にフラれた事実を以って反論しようとするも、それは唯花の声掛けによって止められてしまい。唯花を見やれば、そこに在るのは困ったように眉尻を下げた顔で──そんな唯花は、覚悟を決めるように一つ息を吐くと、浩之を真っ直ぐに見据えて、
「バイトが終わったら寄りたい場所があるの。そこで三年前の事──全部話すから」
その瞳はとても真剣で、きっと自分はそれを知る必要があるのだと、そう感じた浩之はゆっくりとした首肯で以って返答を示した。
──こうして浩之は遂に、三年前の真実を知る機会を得ることとなった。




