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「浩之、お前随分と盛大にやらかしてたな」
一限の途中で目を覚ました浩之が授業終わりのタイミングで教室に戻り、自席に座ってスマホで調べ物をしていると、心の友ランキング暫定二位の友人──的場武に声を掛けられた。
呆れ顔で溜め息を吐いているあたり、明らかに今朝の浩之の痴態について言及しているようだが。浩之はそんな様子など一切気にせず、スマホの画面を向けながら朗らかに笑いかけると、
「武、これ見てくれよ! この学校、昼は給食なんだってよ! 高校にもなって給食とか逆に凄くねーか?」
「おい、浩之」
「しかも、こっちの高校なんて校内にコンビニがあるらしいぞ! 購買とコンビニのどっちに行くか悩んじまいそうだな?」
「おい」
「あっ、でも、こっちもいいなー。けど、家から少し遠すぎんだよなー」
「浩之! 現実を見ろッ!」
「──ッ、現実を見てるから転校先を探してんだろうがッ!」
無視され続けた武が机に手をついて詰めるように怒鳴るも。それに対して浩之は、スマホの画面を強く指差しながら、額をつけるほど詰め返して逆ギレする始末。
それもそのはずで。
一限の途中で目覚めた浩之はひたすら家から通える範囲の高校を検索していた。それも全ては今朝の痴態によって、もはやこの学校でまともな生活を送るのは不可能だと考えたからである。
──全校生徒の前で公開告白してアッパーでのされた男。
それが浩之に刻まれた烙印であり、そんな業を背負って後ろ指を指されながら生きていくなど、浩之に到底できるはずもなかった。
そもそもパニック思考ではあったが、あの行動自体はある程度の人数に見られるのを覚悟していた浩之。だが、まさか自身の声帯があんなにも大音量を放つなど完全に想定外であり、そのせいで校内視聴率ほぼ100%という驚異的な数字を叩き出すに至ったわけだ。
今更ながら他の処置を取るべきだった──などと思いはしても、既に手遅れであり、もはや打てる手立てもない。
なので、転校という逃げの一手を直ぐさま選択した浩之なわけだが──何故だか武は、ヤレヤレと呆れたように肩を竦めだし、
「別にあれくらいなら、お前であれば特に問題ないと思うぞ? だからまあ、そんなに気にするな」
「いや、あれを気にしなくていいとか、俺って周りからどう思われてんのか逆に不安なんだけど?」
あれ程の痴態を晒しておいてなお、『まあ、あの人ならそんなもんだよね』と思われているのだとしたら、それこそ由々しき事態である。むしろ、そんな針のむしろの中で生活していたのだとしたら、これからは生活態度を改める必要すらある。
「まあそんな事はいいとして、浩之──戻れてよかったな」
「そんな事っておい。──つーか、何がだよ?」
「いや、DXランチを犠牲にした甲斐があったなと──そう思っただけだよ」
抽象的な物言いに対して浩之が眉根を寄せて訝しむも、やたらと達観した様子で苦笑を浮かべるに留まる武。その様相は何やら凄くやり遂げた感があり、もはやエピローグっぽさすら醸し出しているわけだが、浩之の物語はこれからもまだまだ続くわけで、
「お前、そんな訳知り顔ばっかりしてるとモテずに生涯独身だかんな?」
「安心しろ、お前と違って俺は──その他大勢によくモテる」
「うっわ、モテ男発言とかマジうぜぇ。流石は力強いバット捌きに定評のある四番バッター。筋肉ムキムキで体力無尽蔵そうだし、なんか──モテそうだもんな?」
「そこまでの発言をしておいてなお、オチの一つも出ないあたりに、お前のそっちに対する情報がいかに制限されているかが伺えるよ」
「何がだよ?」
「いや、結局どっちが主導権を握っているのかは知らんが、精々よろしくやってくれと──そう思っただけだよ」
「ホントお前、そういうとこだかんな?」
曖昧な表現で訳知り顔を繰り返す武に対して、両手指差しで遺憾の意を表明する浩之。だが、全く相手にされず、結局は不満を募らせるに留まるばかりであり──しかし、ふと大事なことを思い出した浩之は、
「つーか、あの約束もう終わりにしていいか? なんか色々とさ──ヤバいんだよ」
今朝の唯花の壊れっぷりを思い出した浩之は、自身を掻き抱きながらブルリと身を震わせた。
五分毎に快楽物質を摂取しないと正気を保てないとか、もはや完全に中毒である。これ以上の過剰摂取を続けたら依存度が更に増して、最終的には唯花に背負われながら常に愛を囁き続けるという、子泣き爺の亜種にでも至りそうで恐怖な浩之。
唯花と両想いになれたと思ったら、まさかの快楽物質を提供し続ける下僕と成り下がっていたなど、どう考えても幼馴染から降格である。
今朝はいかにして唯花に告白しようかばかり考えていた浩之だが、今や、いかにして唯花の依存度を下げるかにその内容はシフトしていた。
なので、まずは過剰摂取を止めさせたい浩之なわけだが──しかし、武は首を横に振ると、
「いや、残りの五日間はキッチリとやってもらう。まあ、これは俺なりのお前に対する──罰だ」
「罰ってお前……」
引く様子のない武の態度に狼狽える浩之。罰は罰でも、乙女ゲームごっこをやらされるという罰ゲームである。しかも、それに熱を上げているのは唯花なのに、実際に熱を上げて愛を囁くのは浩之の役目という拷問仕様。
「でもまあ、これでようやくお前らも付き合えたわけだし、悪い事ばかりでは無かっただろう?」
「は? 付き合ってないけど?」
「──────は?」
好々爺の様相で満足げな笑みを浮かべた武に対して、何を馬鹿な事をとばかりに呆れ顔を返す浩之。すると、先ほどまでの風格は何処へやら、唖然とした顔で瞠目しだす武。しかし、ややあって、気を持ち直すと焦った様子で口早に、
「今朝、校門前で浩之が愛を叫んで、照れた藤堂さんにぶっ飛ばされていたよな?」
「……まあ、そうだな」
訴えかけるように事実確認をしてくる武に対して、直近の黒歴史を持ち出された浩之は不貞腐れながらも渋々同意。しかし、武は興奮冷めやらぬ様子で更に詰めるようにして、
「付き合い始めたテンションでそんな馬鹿をやらかしたんじゃないのか?」
「いや、全然全く違うけど?」
「じゃあ、なんでそんな事をしたんだ?」
「唯花に言えって言われたから。全力で言ってみた」
「つまり、付き合ってるんだよな?」
「いや、付き合ってないけど?」
「………………」
「………………」
「お前ら、本当になんなんだッ……」
「ははっ、俺が知りてーよ」
まるで極度の目眩にでも見舞われたかのように眉間を抑えてよろめく武。それに対して浩之は乾いた笑いを浮かべて肩を竦めるばかり。
幼馴染から恋人に昇格できると思いきや、まさかの下僕に降格処分。いっそ今朝の心に撒き散らした薔薇代と慰謝料を請求したいくらいなわけで──ただ、武の様子をチャンスと捉えた浩之は、ズズイと身を乗り出して、
「なんか勘違いしてたみたいだし、もう止めていいよな? な?」
「……いや、続けろ」
「は? なんでだよ?」
「なんかもう──お前らにムカついたからだ」
「いやいや、そんな感情論はやめようぜ。さっきまでのクールなお前は何処に行ったんだよ? 自分を取り戻せよ。──な?」
「……お前にそれを言われると無性に腹が立つな。──絶対に続けろ。異論は認めん」
「おいおい、そんな横暴はお前らしくないぞ? 一見、無愛想に見えて、ダンボールに入った捨て猫に傘を差したり、泣いている迷子を親元まで届ける──実はそんな心根の優しい大柄な強面男、それこそが本当のお前だろ?」
「人の設定に勝手にヤンキー漫画の主人公みたいなのを足すんじゃない。──まあ、やった事はあるが」
「ははっ、マジかよ、武。お前それで彼女がいないって──終わってんな?」
「ぶっ飛ばすぞ、優柔不断野郎」
「優柔不断じゃありませんー。ヘタレなだけですー。どちらかと言えば、即断即決でヘタれてますー」
「マジでウザいな……。──というか、それが分かってるなら少しは改善しろ」
「はっ、それができねーからヘタレなんだよ! 真性のヘタレを舐めんじゃねーぞ?」
「ホントにお前は……はあ、もういい。とにかく続けろ。──話は以上だ」
「あっ、ちょ、武──」
自席へと戻る武を引き留めようと手をのばすも、ちょうど授業開始のチャイムが鳴って時間切れ。残念なことに約束は継続となってしまった浩之はガックリと項垂れて、どうにか唯花対策をしようと頭を切り替えることにした。




