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四日目 ~実は私にもいるんです、知り合いが~

 家族内のキスはノーカン事件から二日、先輩は私の前に姿を現さなかった。暇と心を持て余した私は、放課後の学校を適当にぶらついてみる、という謎の遊びを始めたのだ。

 ……別に、探せば会えるかな、とか思ったわけじゃない。

 ただ、濃密で劇的だったあの放課後や昼休みから抜け切れてないのだ。元の陰鬱で何も起こらない生活に戻るには、楽しすぎたのだ。


 だから、なんとなく校舎同士をつなぐ連絡通路を通ったり、普段は寄り付かない職員室前を駆け足で通ったり、生徒会室の前に意味なくたってみたりもする。



 その結果、案内札の名前以外、ほかの教室と変わらないその部屋には明かりがついていることだけが分かった。中を覗くにも扉の窓には張り紙がされており、窓ガラスにはカーテンがかかっている。だから、誰がその中にいるのか全く分からなかったのだ。


 私は部屋の前で立ち尽くす。

 どうにかして中を確認できないかとうろうろしてみるも、その手掛かりもない。覗ける隙間も穴も、漏れる声すらないのだ。


「なにしてるの?」

「げっ、風宮じゃん」

「げっとはなによ」


 私の後ろで眉をひそめていた女子生徒、風宮かぜみや初花ういかは腰に手を当ててため息をつく。

 彼女は、私同じ中学出身であり、この高校の中で唯一知り合いと言っていい存在である。だけれども、私は少し風宮が苦手だ。


「そういう何でも口にしちゃうところは変わってないのね」


 ウェーブのかかった黒髪を手で撫でつけながら、彼女は呆れたようにつぶやいた。それを聞いて、私は少しむっととする。


 ……思ったことを口にするのは、割とお互い様だと思んだけど。


 だからなのかもしれない。同族嫌悪というやつである。嫌いとまではいかなくても、私は風宮と会話することに煩わしさを覚えてしまうのだ。彼女が友達ではなくて知り合いにカテゴライズさせる理由の一つでもある。


 何も話さない私を、彼女はジトっとした目つきで見つめる。風宮の場合、ジッととした目つきは標準装備なのであるが、今はそれ以上に圧を感じてしまう。

 多分、それは私が疚しさを覚えてしまっているからだろう。

 木蔦生徒会長に会いに来ました、口が裂けても言えないし、さてなんて言い訳しようかと悩んでしまう。


「ほら、この辺になにかいたきがして」


口から出まかせを行ってみても、彼女の視線は私に絡まったままである。

 背中に冷や汗がツーっと伝っている感覚がした。


「……なにかって?」

「そうね――」


 変なことは言いたくない。もう言っているかもしれないけれど、これ以上嵩なくない。だから、私は頭を回す。


「人懐っこくて、可愛くて、のろ……」

「のろ?」


 危ないところで私は口を閉じたが、ますます風宮の視線は鋭くなってしまった。

 呪いなんて言葉を出してしまえば、誰を探しているかバレバレだ。それに可愛いとかも言ってしまったし……。

 可愛いのは合ってるけど、それを認めて口にするのは恥ずかしい。そうか、これが先輩が告白できない理由なのかもしれない。


「そう、動きがのろいのよ」

「鈍いのに見失うなんて変な話ね」


 彼女が顎を手で押さえる。それに私も頷いた。


「そう、変な話なんだよね」

「まぁ、何でもいいんだけどさ。そこ、どいてくれない?」

「ここ? なんで?」


 私が立っている場所は扉の前、ただ廊下を通るだけなら邪魔にならないはずだけど。

 それに私の知っている風宮初花という少女は、生徒会室になんて無縁な存在である。普通に遊んだりお洒落が好きで、友達が多くて輪の中心で――


 と思っていたのだが、どうやらその認識を改めないといけないらしい。

 私の向こうの扉をジッと見つめていた風宮を見て、私は唇をかみしめる。


「生徒会室、入りたいんだけど」

「風宮が? こんなところに?」

「仕事を少し手伝ってるのよ。変な話だと思う?」


 見た目では全く変わらない彼女を見て、私は頷いて見せた。


「まぁ、中学時代のことを思えばね。そんな真面目だったっけ?」

「色々あってね。それに、変わりたいと思ったらまずは行動からすべきよ」

「もう変わってるじゃん」


 昔の彼女なら、生徒会なんて面倒臭いの一言で終わらせていた。そして周りにいる人の真面目ちゃんだなんて言葉に同調して、揶揄して、笑っていただろう。

 まるであの時みたいに――


 私が少しの感傷に浸っていると、彼女は苦笑する。


「……変わらないまま後悔したくないからね。貴方は変わらないままね」

「別にそれで何かを感じていないからね」

「じゃ、そういうことだからどういてくれる?」


 彼女が私の肩に手を乗せた。そして、右に左にとぐいぐい動かそうとしてくる。

 だけれども、ここをのけない理由が一つ、私にはあった。


「……なんで動かないの?」

「今、私が動くと地球のエネルギーの法則が崩れて大変なことになります」

「意味わかんないんだけど」


 うん、私もわからないから仕方がない。

 適当にでっち上げた理由なんてのは置いておいて、ただ、私は先輩が彼女から何か聞いていないかなんてことが気になったりしていたのだ。

 だから、彼女との押し合いへし合いをやり過ごしながら、視線を投げかけた。


「生徒会長さんさ、何か私について言ってなかった?」

「白粉に?」

「ちょっとほら、入学早々やらかしちゃったじゃん」

「あぁ、そういえば性懲りもなくやらかしたわね。ま、心配するようなことは何も言ってないわ」

「本当? 同じ中学だから何か迷惑かけてないかと思ったんだけど」


 嘘も方便、というほど嘘ではなくて、迷惑が掛かってしまったなら申し訳ないなとは思う。

 まぁ、そこまで私の影響力なんてないだろうとは思っているけれど、それでも話の起こし方としては最適だ。

 当てはまるふしがあったのか、風宮は顎に手を当てて考える。


「まぁ、どういう人間かとかは聞かれたけど」


 ……やっぱり聞いてましたかそうですか。

 あの知りたがりのオカルト研究会がこんな生きた情報源を頬っておくとも思わない。

 私の情報の一部はおそらく目の前のこいつから漏れたのだ。まぁ、これは不可抗力だから仕方ないけれど。


 それよりも、重要なのは質問ではなくて解答だ。

 私は彼女の肩を掴み、眼を覗き込んだ。


「あー、どう答えたの?」

「どうってそれは――」


 ぶつかる視線と視線、瞬時に逸らされる瞳。少しだけ上気する頬が、なぜか彼女が照れていることを指し示していた。


「何で赤くなってるのよ」


 そう突っ込むと、彼女は私が近づけた顔ごと向こうへ押しやろうとするのだ。


「関係ないでしょ! ほらさっさとどいた!」

「気になるじゃん! 聞かせてよ!」


 風宮が叫ぶので、私も負けじと声を張り上げる。

 逃げようとする彼女に体をにじり寄らせると、その頬の赤さは勢いを増す。


「いつもは人の評判なんて気にしてないくせに!」

「私もちょっとは気にしているんだから!」


 なんてギャーギャーやっているのがいけなかったのかもしれない。

 もっとスマートに聞き出す方法があったのではないかと、私は後から思う。


 ……結果から言おう。結局、彼女がなんて答えたのかを私は聞けなかった。

 しかし、当初の目的を達成してしまっていた。それも、最悪の形で……。


 私の後ろの扉がガララと音を立てて開けられる。

 すると、そこにはうるさくしていたせいか眉を少し潜めた、そんな表情もまた可愛らしい彼女――


 ――木蔦菫先輩が立っていたのである。


 生徒会室の前であれだけ騒げばこんなことになるのも当たり前だった。

 先輩の前で醜態をさらしてしまっていることに気づいて、私は顔が熱くなるのをじっくりと感じていた。


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