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二日目の2 ~怪しげなピンクが現れた!~



 校舎の端っこにある階段の、さらにその下の一見ただの用具入れ。その前で木蔦先輩は止まった。そして含み笑いをする。


「ここが! オカルト研究会の最強の部室です!」


 金属製の扉を彼女が開けると、そこには暗闇と蝋燭の光があった。壁際に作られた棚に、真ん中に集められて置いてある学習机が数個、そしてよくわからないものが有象無象。


 中に入ってみると、その乱雑さに押しつぶされそうになる。なによりもただの用具入れが、普通の教室よりも広いわけがない。だから、思った感想は一つだけだ。


「狭いですね」


 閉塞感。それが私がオカルト研究会の部屋に抱いた気持ちである。

 壁から天井まで黒一色で塗り替えられ、蛍光灯はついていない。そのため、真ん中に集められた机の上に置かれた蝋燭がやたらと目立っていた。


「ひどい! ひどいですよ白粉さん! 立地のスペース上仕方ないんですよ!」

「階段下の用具室ってどこかの魔法使いですか」


 こんな形で再現されていると思うと、イギリス人も泣いていることだろうに。

 そんな場所に慣れたように、辺りをゴソゴソを弄る先輩を眺めていると、不意に声がした。


「魔法使いだよ~」


 慌てて振り返ると、閉められた扉の前に一人の女性がいた。制服を着ているために生徒なのは間違い無いだろう。それでも少し、疑ってしまうのはその異質さだ。

 明らかに短いミニスカートに、改造されてフードがつき、袖部分が長いセーラ―服、極めつけはショッキングピンクの色をした長髪である。さらに、鼻先まで無造作に伸ばされた前髪のせいで、表情を読み取ることすらできない。


 そんな彼女がにやにやと笑いながらこちらを見ていたのだ。


「えっ、人がいた」

「本当だ、人がいます!」


 『人』と呼んでしまったのはそのあまりの不審者のようないでたちのせいであろうか。

 明らかにオカルト研究会にぴったりなその風貌は私どころか、先輩までも驚かせていた。


 ピンクの少女は、頭を掻きながら苦笑する。ちらりと見えた八重歯が、どこかドラキュラを想像させた。


「……ひどいなぁ、菫ちゃんが呼んだっていうのに」

「はっ、忘れてました。白粉ちゃんとお昼を食べることに目的が入れ替わってました」

「先輩って本当、天然ですよね」


 なんで先輩まで驚いていたのだか……。

 そんな対応に目の前の彼女もショックを受けたような、手で涙をふく真似をする。


「お昼休みになって、大急ぎでここにきてまだかんまだかなと待つこと十五分、誰も来なくて寂しかったんだよね」

「……そんなに待ってないですね」

「先輩をこんなに合わせてしまうなんて、私は未熟な後輩です……」


 ショッキングピンクの彼女はどうやら先輩の先輩であるようだった。ということは三年生か。

 と推測しているうちに軽い紹介を木蔦先輩がしてくれた。


「で、この方がオカルト研究会部長のランさんですか」

「はーいそうでーす、私が部長のラン・フォールアウトでーす!」


 元気に腕を上げ長い袖をプラプラとさせる。吊り上がった口角で笑っているようには見えるけれど、眼は笑っていない。そんな気がした。


「せ、先輩! それで頼んだことなんですけど」

「あーはいはい、呪いを見てほしいって話ね」

「それで、本当に私にかかっているんですか?」


 ようやく本題に突入である。

 親指と人差し指で輪っかを作り、それを目に当てるようなしぐさをしながら私を覗き込む彼女は真っ赤な口をあんぐりと開けた。


「うーん、かかってるねぇ、京香ちゃんにはばっちりかかってるよ」

「……名前、名乗りましたっけ?」


 個人情報の筒向け具合に、この部活にはストーカー予備軍しかいないのかと心配になる。そこまで有名人じゃなかったと自分でも思うのに、なぜここまで知られているのか不思議だ。

 はっきりとした説明が欲しいところであったが、しかし、ランさんからは明後日の回答が出るのだ。


「そんなの聞かなくたってわかるわよぉ。なんてたって学園の魔法使いだし。白粉京香ちゃん、年齢は十六歳、誕生日は四月九日で一週間前に迎えている。身長百六十七センチ、体型は上から――」

「わかりました! わかりましたからそれ以上言わなくていいです!」

「まぁ、今のは守護霊から全部聞いたんだけどね。気になるなら、恋の遍歴から好きな食べ物、前世まで聞かせてあげるわよぉ」

「……もう突っ込みませんから」


 信じるか信じないかは置いておいて、下手に聞くと恥ずかしい思いをしてしまいそうだ。

 それに、木蔦先輩に変な情報与えたくないし……。

 横目でちらりと彼女の様子を見ると、目を真ん丸にして驚いていた。

 ……だから何で貴方が驚いてるの?


「え、先輩魔法使いなんですか!?」

「菫ちゃんには出会ったときに言ったし、そこそこ有名な噂だと思ったんだけどなぁ……」

「私は友達いませんし」

「すみません、忘れてました!」


 呆れたようにランさんがため息をつく。それに合わせて、私も肩をすくめた。

 数日話していて確信したが、先輩は残念な子属性だ、多分。


「なんでこれで成績はいいのかしらねぇ」

「学年一位です!」


 誇らし気に胸を張る彼女を放置して、私はランさんに確認を求める。


「……それで、本当にかかってるんですか?」

「かかってるわよぉ、女の子にキスしないと死ぬ呪いよ」

「やった、私、成功してますよ!」


 嬉しそうに頬を緩ませる彼女はかわいらしかったが、それはそうとして私が死ぬかもしれない状況に陥っているのは少し納得がいかない。


「呪いや黒魔術が本当に存在してたとは」

「もしなかったら、この部は存在できてないからねぇ。でもまぁ、成功させるとはね」

「思いの力です! 好きの力です!」

「先輩、私のこと好きなんですか?」


 私が鋭く木蔦先輩に切り込むと、彼女の頬に一気に朱色がさす。自分で発言しておいて、誰かに突っ込まれるとそれを恥ずかしがってしまうのはここ数日ですでに分かっている反応である。


「……うっ、それはっ! その――」

「ほんと、何でそこで照れるんだか……」

「ダメです! ほら、キスしましょう! 白粉さん! このままでは死んでしまいます!」


 誤魔化すように背伸びをして顔を近づけようとするが、私と彼女にはリーチの差があった。十センチは身長が離れているうえに、腕の長さも全然違う。だから、簡単に彼女のことを引きはがせるのだ。

 腕を伸ばして、体を離すと、彼女が悲しそうにこちらを見つめているのがよくわかる。しかし、そんな子犬のような瞳に屈する私でもなかった。


「ランさん、呪いは女の子とキスすれば解けるんですよね」

「そうよぉ、まぁ条件が簡単だし普通にキスして解くのがいいと思うわ」

「ほら、先輩もそういってますし! いつでもどうぞ!」


 念入りに確認をしていると、先輩からの圧が強くなる。ぐいぐいと近づこうとしてくる彼女に耐えつつ、私はニヤニヤ笑って見守っているランさんに視線を投げかけた。


「女の子なら、木蔦先輩じゃなくてランさんでもいいんですよね?」

「えっ!?」


 その瞬間、先輩の体から力が抜けていくのを感じる。おそらく、この展開は予想外だったのだろう。

 少し赤らんでいた頬から血の気が抜けていき、一瞬で真っ青になった。さらに、足か崩れそうになったので、慌てて腕で支える。

 先輩が慌てふためく姿を見たくて意地悪を言っていたのだが、さすがにショックを受けすぎだ。ちょっと申し訳なくなってくる。

 しかし、今度はランさんが追撃の手を止めなかった。


「そうよぉ、菫ちゃんじゃなくても問題ないわ」

「えっ!? えぇぇぇぇえええ!?」


 女の子とキスをするのが条件なのだ。それは必ずしも彼女である必要がない。

 昨日も付き合わないと死ぬ呪いにしておけば、なんて言っていたけれども、根本的に詰めが甘すぎるのだ。だから、からかいたくなってしまう。


「最悪、妹と無理やりすれば解けるわけか……」

「ダメ! そんなの駄目です!」


 そんな私のつぶやきに、彼女は指で罰を作ってアピールする。しかし、彼女の拒否は感情論で理屈ではないのだ。


「……なんで、ダメなんですか?」

「それは、その……、なんでもです! ほら、肉親とのキスはノーカンです!」

「そうなんですか? ランさん」

「うーん、逆にどう思う?」


 ランさんが私に聞き返すも、そこに先輩は大声で割って入った。


「ダメったら、ダメなんです!」

 焦りと興奮でいつの間にか、また顔を真っ赤にさせている彼女を見ていると、頬が緩みそうになる。もっと見たい、可愛い反応を引き出したい、そんな欲望が胸の底から昇ってくるのを確かに感じていた。

 だから、私は先輩じゃなくてランさんにキスを求めるふりをするのだ。


「じゃあ、ランさん、キスしてくれますか?」

「ランさんもだめぇ!」

「そうねぇ、オカルト研究会に所属してくれたらしてあげてもいいけど」


 後輩の顔を立てて拒否すると思っていたけれど、以外にもノリノリである。

 まぁ、私が本心からそんなことを望んでいないと、わかっているからだろう。本当、底のしれない三年生だ。


 そんなランさんは用意していたように一枚の紙をポケットから取り出した。

 綺麗に折りたたまれていたそれを広げてみると、そこには入部届と書いてある。


「これに名前を書いてくれる?」

「そうですね、わかりました」

「な、なんでそんなことするんですかぁ!」


 ペンを持った私に言ったのか、それともランさんに言ったのか、先輩は小さな体を生かし、私の間に割り込んでくる。そして、机の上から入部届の取り、入口へと走っていった。あまりにも早い行動に、私の口は開いて塞がらない。


「あ、先輩こそ何してるんですか」

「ここにフリーの唇があるんですよ! ここにすれば万事解決しませんか!?」


 自分の唇を指して、高らかに叫ぶ彼女を見て、私はため息をつく。もちろん、つく振りであった。


「だって先輩、ちゃんと告白してくれないですし。今、ここでしてくれてもいいんですよ」


 そう切り返すと、やはり、先輩の顔は耳まで真っ赤になる。

 昨日と同じやり口で先輩は追い詰められてしまうのだ。ちょろいぜ、先輩。


 今度は私から彼女へと近づいていくと、どんどんと視線が泳ぎだし、さらには虚空を見つめるようになる。ドキドキという音がこちらまで聞こえてしまいそうなほど、彼女は縮こまっていた。


「そ、それはその、もっとムードとか、気合とかないと、それに恥ずかしいから……」

「もう言っちゃってるのもおんなじだと思うんだけどねぇ」

「それとこれとは違うんです! とにかく、白粉さんは私意外とキスしたらダメなんですからぁ!」


 ランさんの冷静な突っ込みに、先輩は我を取り戻し、扉を開けて外へと逃げだした。

 入部届を破りもせず、ポケットの中へと入れる辺り、変なところで律儀というべきなのだろうか……。

 そして、扉が再び閉まる前にもう一度――


「ダメなんですからね! この紙は没収します! 私以外とキスしたらなんですからね!」


 なんて言葉を残していくのだ。

 そのかわいらしい逃げ文句に心打たれつつも、今回の敗因は逃げ場があったことかな、なんて反省もしたりする。

 いつの間にか、向かいの椅子に座っていたランさんは優しく微笑むように、苦笑を漏らす。


「あんまり菫ちゃんをいじめちゃだめよ、京香ちゃん」

「先輩、可愛いですからつい……」

「それで、どうするぅ? 入部届の紙は新しく出せるけど」

「そうですね――」


 新しく髪を取り出した彼女を見て、私は目をぱちくりとさせる。

 先輩が逃げてしまったから、書く意味もあまりない。ランさんとキスするつもりもない。

 だから、私がとるべき行動は一つだけである。


「とりあえずは、お昼を食べます」


 持ってきたコンビニの袋から残りの菓子パンを取り出して、封を開ける。そして、それにかぶりついていると、ランさんはけらけらと笑ってこう聞いてきた。


「じゃあ紅茶でも入れてあげよっか」


 だから、ありがたく頂戴することにするのだ。


「ありがたくいただきます」


 こうして、私の長い昼休みは終わりを迎えたのだった。

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