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一日目 ~呪いをかけられたらしい~

「貴方のことを呪いました。 私とキスしないと百日後に死にます」


 そんなことを笑顔でいうのは、私の一年先輩の木蔦菫きつたすみれであった。

 小さくて、可憐で、学園のアイドルで、生徒会長で、かなりの人気者である。ただし、曰くつきの――


 そう、彼女は人を呪うらしい。

 ……らしいというのは、噂自体はあったものの、実際にそんな体験談を見聞きしたことが今までなかったからだ。

 そもそも、生徒会長でありながらオカルト研究会に所属していたり、その上、顔もよく成績も優秀。嫉妬からの嫌がらせもなし、彼女の周りでは万事がうまくいくなんて話になれば、悪魔と契約したとか呪ってるとか色々と疑われもするだろう。

 だから、色々な部分が一般生徒とかけ離れていることを揶揄された結果の話だと、そう認識していたのだ。

 だから、私は今、実際に呪われてみて、驚きを隠せなかった。


「は? それっていったい……」


 開いた口を無理やりに動かして、そう聞き返すも、木蔦菫はこてんと首をかしげる。

 そして、頬を赤らめて、いたずらっ子のような笑顔を浮かべるのだ。その様子は、まるで天使のようだったが、呪いという悪魔な二文字が頭から離れなかった。


「これは絶対です。私と貴方は黒魔術によって赤い糸が結ばれたのです。 さぁ、キスをしましょう」


 ワットイズディス、アイドントアンダースタンド。

 頭の中で架空のアメリカ人が叫んでいた。正直言ってわけがわからない。現実で起こったことに脳みその処理が追いついていない。ジッと彼女を見つめるしか出来ない私の口は開きっぱなしだ。

 

 しかし、追いついていようがいまいが、世界は私を待ってくれない。等速の世界の中、一人が合点がいっている彼女はふわっと口を綻ばした。

 

 そして、目を閉じて長い睫と少しだけ尖らされた唇を私に差し出してくる。同年代の男子なら誰もが欲しいであろうそれが目と鼻の先に鎮座していた。フワフワの栗毛が風に乗って揺れ、甘い香りが鼻孔をくすぐった。


 小さな顔がまるで誘っているかのように、無防備に、愛らしく、放り出されているのだ。その魔力は同性である私でも逆らうのが難しい。いまだに処理落ちを起こしそうな頭とやけに熱い頬がそれを雄弁に語っていた。

 吸い寄せられてしまいそうで、勢いのままキスをしてしまいそうで、私は慌てて目をそらす。

 熱さを覚ますため、ひらひらと掌で顔を仰いでいると、先輩は不思議そうに目を開けた。


 キラキラと輝く茶色の瞳が、私のことを覗き込んでいたのを横目で盗み見る。


「これって何かのジョークですか?」

「私はいつも本気ですけど」


 真顔でそう言ってのける彼女に、私はかけられた呪いの意味を確かめずにはいられなかった。

 きっと、正常な感性の人間ならば、こう捉えるしかないと願う。


「じゃあ、これって告白、みたいなもの?」

「……そう言われると照れますね」


 元々赤かった彼女の頬が、さらに色を増す。目元も少し潤んでおり、投げかけられる視線が私をくらりさせる。

 正直なところ、悪い気持ちはしなかった。告白を受けてしまい、キスをする。呪いが解ける。それで、ハッピーになれるような、そんな魅力が彼女にはあった。

 だけれども、それを是とすることに私の溶けかかった理性がブレーキをかける。


 彼女が私を好きになる理由がわからないのだ。


 そもそも、木蔦菫という人間に私という人間が認知されていると思っていなかったのだ。

 背も高く、目つきも悪い。髪や耳を飾り立てて、多少はチャラチャラとした見た目をしているとはいえ、いたって善良な生徒のつもりである。何か問題を起こしたこともない。だから、知られる機会なんてない。

 知っていたとしても、きっと彼女は私を良くは思わない。その認識と今の状況が合致しないのだ。

 その一つのエラーは、私の脳内をすんでのところで冷静に戻す。


 呪いをかけられたのはいい。解決法が提示されている。

 キスをするのはまあいい。ファーストキスだけど。

 だけど、彼女が私とキスをしたい理由がわからない。

 先輩が私を好きだとしても、その根拠がわからない。


 理由のわからないことは、なんとなくで先輩との間柄が進んでしまうことは、なんとなく嫌だった。


 そのために、私は彼女の告白をはぐらかそうと決めた。

 脳の回路を切り替えて、戸惑ってないように見せかける。そして、何事も感じてないように、私は木蔦菫へと、問いを投げかけるのだ。


「疑問なんですけど、呪いがちゃんとかかったという確認とかは?」

「確認する前にキス、しませんか?」


 しかし、彼女はあきらめが悪かった。

 唇を尖らして、背伸びをし、私に近づこうとしてくるのだ。

 その肩を慌てて掴み、距離を取ろうとすると、今度はその頬が膨れ上がる。

 困ったことに、木蔦菫はむっとした顔も可愛かった。


 またもや引き込まれそうになるので、瞳や表情から視線をそらし、私は眉を寄せて彼女の説得に試みた。


「でももし失敗してたらキスのし損じゃありません? 私的に」


 その一言で彼女はハッとする。そして、渋々と、一歩、二歩と引き下がった。

 良かった、彼女が人の立場から考えられる人間で……。先輩の立場からすればキスのし損なんてこともないというのに。

 そんな天然なところに、頬が緩んでしまうのを感じた。


「むむ、確かにそうかも……」

「じゃあ、そういうことで、確認出来たらまた来てください。それじゃ」


 踵を返して帰ろうとすると、今度は私の腕が掴まれた。さっきまでと立場が逆転である。


「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ! もしちゃんとかけれてたら百日後には死んじゃうんだよ?」

「遺書だけは残しておきますんで」

「それじゃ私が殺したみたいになるじゃない!」


 視線がぐるぐると定まっていない彼女の頭から、湯気が見える気がした。知恵熱だろうか……。

 呪いを信じる彼女も、またそれによって死ぬ心配をしている彼女も、愛らしく見える。だから、自然と笑みがこぼれてしまう。

 だからそれを誤魔化すために、私は皮肉めいたことを言うのだ。


「実際、そうなんじゃないすか?」

「うっ、冷たいよ白粉さん……、そういうところも好きですけど」


 頬を染めて、そう言ってのける彼女に、私は胸がどきりと跳ねた。

 不意打ちでいわれた好きの言葉は、私の脳漿で激しく木霊する。


 ぐわんぐわんと揺れる脳みそは、赤らんだ頬も、どきどきと音を立てる心臓も、その全てを抑える方法を思いつかなかった。

 だから、素直な言葉が口から漏れてしまう。


「初めてちゃんと言葉にされた気がする」

「はっ、これは愛を確認するための誘導だったんですね!」


 一転二転と表情を変える彼女を見ていると、彼女が私を好きになる理由なんてものがどうでもよくなってくる気がした。

 多分、騙すとか呪うとか、そういう悪意とは無関係な性格なのだと不思議と確信していた。

 なにより、こうして少し話すだけで楽しかった。


 だから、せめて、彼女が私を好きだって言葉をきちんとした形で聞きたい。そう思った。

 

 目をそらさずに、きちんと、まっすぐと彼女に向き直る。

 蛍光灯と夕日と、いろいろな光が混ざり合って、赤いのかなんだかよくわからない色をした彼女と、同じ顔をしているであろう私。お互いの視線がばっちりとぶつかっているのを感じる。


 驚かされてばかりなことをやり返すために、私は精一杯に不敵な笑みを浮かべた。


「先輩、告白するならちゃんとしてください。そうしたら私もちゃんと答えますから」


 目を合わせていると先輩の顔がさらにどんどん赤くなっていく。頬から耳へ登っていき、数秒後にはゆでだこ状態になった彼女がそこにいた。

 その熱さに耐えられなかったのか、彼女はぱっと私から顔を逸らす。

 そして地面にへたり込んで、両手で覆ってしまうのだ。


「う、うぅ、それじゃふられた時のダメージが」


 そんなことをぼやく彼女に、私の胸は嗜虐めいたものと、愛らしさでいっぱいになる。

 同じように地面に座り込んで、私は先輩を覗き込んだ。

 ぐるぐるとさまよう視線が、私を捉えるとともに、より一層頬が赤くなる。


 撫でるように柔らかな髪を触り、小さな耳元に顔を寄せた。

 どこか、金木犀の香りが鼻孔をくすぐる。


「ほら、ちゃんと目を見て」

「く、付き合わないと死ぬ呪いにしておけば……」


 頑張って目を合わせようとするも、恥ずかしさに耐えられなかったのか彼女はとたんに立ち上がる。

 実質告白しているようなものなのに、何をこんなに躊躇うのか。そこに呆れるも、可愛いなと思う。


 夕日の中、先輩である木蔦菫は私に呪いをかけた。

 多分、それは私が彼女を好きになる呪いだ。そのことに気づいた私はひとりでにニヤリと笑う。そして、このことはしばらく秘密にしておこうと思ったのだ。


「う、うぅ~、お、覚えておいてくださいね~!」

 呻き、捨て台詞を吐いて逃げていく先輩を見て、私はひらひらと手を振る。


 そして、いつの間にか熱くなっていた頬を抑えて私は呟いた。

「……へたれたな、先輩」



 ──もし、先輩が告白をきちんとしていたら、どうなっていただろう。

 そんな仮定の話を考えて、私はため息をつく。

 きっと、まだお互いにお互いを知っていない。だから、きちんと知って、先輩にちゃんと告白のセリフを吐かせて、それで──


 そんなことを考えながら、私はカバンを取った。

 吹き抜けていく風に体を覚ましていると、自然に鼻歌が喉から漏れた。


***


 その時の私はきっとまだ気づいていない、今日かけられた呪いはキスとか死ぬとかそんな生やさしいものではないことに。

 多分、先輩がかけた呪いはもっとおぞましく、あるいは可愛らしい呪いなのだ。

 

 誰かのことをずっと考えてしまったり、それだけで胸が詰まったりして苦しく、切なくなってしまう。

 誰かのことを思うあまり汚くなってしまったり、できないことができてしまったり、いつも以上に頑張れたりもする。

 誰かと一緒にいるだけで胸が温かくなったり、嬉しくなってしまう。


 そんな呪いのことを「恋心を抱く」って、誰かがそう呼んでいるのを、私は聞いたことがある。

 だけど、きっとこの時の私は認めないんだろう。


***

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