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13-2.


「いや、あの、姉さんに魅力がないって言ってるわけじゃないからね。思ってないから、お、怒らないで」


 こちらの沈黙を怒りと取ったのか、グスタフは慌てて言葉を足す。

 私は「怒ってないわよ」と弟の頭をなで、その一方で確かにそれはそうかもしれないなと、その疑問に心中うなずいていた。


 卑下するわけじゃないけど、実際私は女性としての魅力にあふれているとはとてもいえない。

 一方、グスタフの言うように、ジュリアスにとっては女なんてより取り見取りで、それこそいくらでも寵妃を迎えることができる。こちらに遠慮する義理だってないはずだ。


 ここのところ襲撃やらで立て込んでいたこともあって、そんなことを考える余裕もなかったけど、なるほど言われてみれば気になるところではあった。


 ……どうして彼はこんな自分を気にかけてくれるのだろう。

 魅力はともかく、必要とされているとは思う。信頼されていると思うし、私もそんな彼を主人として信じている。


 ただ、身代わりの流れでそうなったとはいえ、未だに私一人だけを寵妃としている理由は何か。

 一人の女として惚れ込まれているかというと……正直、そこまでの自信はない。


(まあ、『私という女が好き』……『ソフィアだから好き』……なんて思ってもらえれば一番嬉しいんだけれど……。そうじゃないからこうやって引っかかるのよね……)


 そこでふと思い至る。

 私を傍に置いてくれる理由が私の中に存在しないのなら──逆に言えば、それは外的要因に求められるのではないか。

 つまり、家柄や血筋のような内面とは関係がないもの。ちょっと嫌な答えだけど、彼が欲しているのはもしかしてそういうものなのでは。


(この場合……吸血種の場合なら、家柄や血筋というよりは血そのもの。私の血の特性、かな……。でも、ジュリアス様は解呪の血に重きを置いてるわけじゃなさそうだったけど……)



『──どんなことでも失態のないようにと気が焦るのは、自分を良く見せようと思っているからだ。つまり、お前にはきちんとした自我がある。俺にとってそれは喜ばしいことなんだよ』



『俺の血は強すぎるんだよ。口から摂取すれば対象者の意志を根こそぎ奪い、それ以外の箇所から侵入すれば、物理的に体を乗っ取り、操ることができる──』



「……あっ」


 そうやって考えを巡らせ、彼のこれまでの言動を反芻した時。

 不意に気付いてしまった。

 その真意に。

 ジュリアスの今までの発言や態度。それらの点と点がつながって、はっきりとした一本の線となる。


 先の言葉を彼がどんな意図で言ったのか、あの時はわからなかった。

 けど、その人柄を深く知った今、思考は自然と答えに行き着く。


 つまり。


(私が……彼の血を飲んでも自我を保っていられるから……。だから私が寵妃としてふさわしいってこと……?)


「あぁ……そっか」


「……姉さん?」


「確かにこれならすべてつじつまが合う。そういうことだったのね……」


 不審がるグスタフに構わず、私は納得して独りちる。


 要するに、解呪の力によって血の支配を受けない私以外にいないのだ。

 ジュリアスの血は強すぎる──であれば、おそらく他のどんな女性に血を飲ませても、飲まされた者の意思や自我は奪われ、操り人形のようになってしまうのだろう。


 それを良しとするジュリアスではない。

 だからこそ、彼は今まで寵妃を迎えようとはしなかった。


(そして……私だけは唯一、その法則に当てはまらない)


 解呪の血ゆえに私は誰の支配を受けることもない。

 

 言うなれば、寵妃でありながら彼の横に並び立てるのは、『解呪のソフィア』ただ一人。


(だからきっと……それが私を寵妃にしている理由……)


 そういえば、私が斬られた時も彼は何かを叫んでいた。

 あれも血の支配による従属をさせたくなかったからだと考えれば合点がいく。



『選ぶがいい。安らかな死か、煉獄の生か。望む方をくれてやる──』



 彼の言った『煉獄の生』。すなわちそれは、血で私の心が囚われてしまうことを指していたのではないか。


 思い返せばジュリアスは初対面の時からこちらを気遣ってくれていた。

 一見わがままなようでも、彼は私の意思を軽んずるようなことはしない。

 それゆえ、血を飲ませることをためらい、私に選ばせた。



『……許せよ』



 それでも、あの時は解呪の特性などないと思っていた。

 煉獄の生を強いることへの罪悪感。

 謝罪の言葉をつぶやき、傷が治った後でも喜びの表情を消したのは、そういうことだからだ。


 考えれば考えるほど、色々なことがつながっていく。


 ただ、その一方で歯がゆいと思う気持ちも私の中に湧き上がる。


(薄々わかってはいたけど……本当の意味で好きになってくれてるわけじゃないのよね……。残念だけど)


 残念だけど。

 意外なことに、浮かんできたその言葉をすんなりと受け入れている自分がいた。


 いつからそんなふうに考えるようになったのだろう。

 けれど、もはや否定しようもなかった。

 

 いつしか私は彼に惹かれ、彼に愛されたいと思うようになっていた。

 

(でも、彼の方はそうじゃない……。うぅん、それでも……今はそうだとしても……。少なくとも私を信頼してくれることは確かなんだから。信頼だけじゃない、いつかはそれ以上の感情で、ジュリアス様を振り向かせることができたなら──)


 しかし、私のそんな思考は扉を開け放つ音で中断される。


 バン、という大きな音に振り返ると、タニアが部屋へと駆け込んで来た。

 ノックもなく、息を切らせて絶え絶えな姿で。珍しくその時の彼女は、普段の優雅さがまったく見られなかった。


 タニアは今にも倒れそうな様子で、私を見つけて安堵の息を吐く。


「あぁ、良かった、ソフィア様だけでもご無事が確認できて……! こちらにいらっしゃったのですね……!」


「ど、どうしたの、タニア?」


 そうして彼女に尋ね、返ってきたのは今までで一番信じられない答えだった。

 ……どう考えてもありえないこと。

 最初私は、タニアが何を言っているのかすらわからなかったほどだ。


 けれども、その報告は事実であり、私は一つの決断を迫られることになる。


「──ソフィア様、今からわたくしがお伝えしますこと、どうか心をお静めになってお聞きくださいませ。そして、なにとぞ軽挙なさらぬよう、失礼ながら先に申し上げておきます」


 それは──我が主ジュリアスが、ルーファス王子に捕らわれたという報せだった。



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