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9-2.


 国境を越えグランセアに入り、宿に荷物を置いた後で。

 私たちが最初に向かったのは、騎士団の駐屯所──ではなかった。


 やって来たのは城下町の中で一軒だけ外観の異なるお店。

 それはどこか異国のエキゾチックな趣を感じさせる酒場。


「こんなところに住んでいるのか? お前の弟は」


「いいえ、グスタフは寄宿舎だと思います。でも、夜になったら皆ここに集まるはずなので」


 東国料理屋『ヒノカワ』。ここはかつて私が所属していた第六小隊ゆかりの場所。その隊長のご家族──奥さんが営んでいる、いわゆる居酒屋だ。


 第六小隊の面々はその日の任務が終わるとだいたいがこの店で食事を摂り、お酒を飲んだり思い思いに騒いだりして日頃の憂さを晴らす。


 騎士団といっても私たちの隊はそんな高尚なものではなく、実質的には傭兵部隊といって差し支えない。

 騎士候の身分を持たない者ばかりで構成された、寄り合い所帯の隊なのだ。


 皆をまとめる小隊長も人種の異なる異国人。

 彼の名は、セイジュウロウ・サキサカ。

 二十年前グランセアに亡命してきた、漆黒の瞳と黒髪が特徴的な東国の剣士だ。


 私も城下で過ごした三年間はこの人に本当にお世話になり、多くを学ばせてもらった。

 体捌きに歩法、呼吸法も含めた剣術全般の技能を。また、戦いの術だけでなく、読み書きそろばんやお酒の飲み方に至るまで。


 誰にも言ったことはないけど、肉親以上に親だと思って尊敬している。


(思えば、ここでも色々あったなあ……)


 懐かしい建物を前にして、脳裏によみがえる騎士団での日々。

 のれんをくぐり、「おかみさん、いますか」と呼び掛ければ、隊長の奥さんであるサヤカさんがひょこりと顔を出す。

 彼女は私を見るなり「まあまあまあ、ソフィアちゃんじゃない!」と駆け寄ってくる。


 こみあげてくる思いを抑え、再会の挨拶もほどほどに、私はこれまでの経緯をサヤカさんに話す。

 グスタフに会いたい。弟はどこですか。そう尋ねると、今日は遠征任務に参加していて、帰ってくるのは明日の朝以降になるとのこと。

 ただ、小隊の人員のうち半数は通常シフトであるらしく、まさにその時見計らったように勤務を終えた彼らがお店に入ってくる。


 久方ぶりの再会。私を見て、一気に沸き立つかつての仲間たち。


 こちらも浮足立ち、嬉しいながらも「今夜はもう宿に戻るから」と断りを入れるが、その言葉はより大きな歓声にかき消され、店内はそのまま歓迎会のムードへとなだれ込んでしまう。


「あ、あのっ、ほんとごめん、みんな。今日は私一人で来たんじゃないの。連れの人もいるから、ね?」


「ソフィア、俺のことなら別に構わんぞ」


「えっ」


 そして、すぐ後ろにいたジュリアス──もといフリオに助けを求めようとしたところ、意外にも彼は店に留まることを良しとした。


「せっかくの帰郷なんだ。積もる話もあるだろう。どうせ今日は弟に会えないんだし、その間に羽根を伸ばしておくのも有りなんじゃないか」


「でも……いいんですか?」


「お前がここでどう過ごしていたのか俺も興味がある。酒でも飲みながら、他の奴からじっくり聞かせてもらうことにするさ」


 って、やけにあっさり許したと思ったら。

 あなたもお店に残るつもりですか。


「ねぇねぇ、ソフィアちゃん。ところでそちらのかっこいいお兄さんは?」


「あ、えっと」


「自己紹介が遅れてすまない。俺はファルケノス公爵家直属の騎士、フリオ・ファルサ。今回は公爵夫人の護衛として随行させてもらっている」


「護衛の騎士さん……そっかぁ。ソフィアちゃん、今は公爵夫人様なのよねえ」


「アルマタシオの男の人って、すらっとしていかにも騎士様って感じよね! うーん、うちの野蛮な男たちとは大違いだわ」


 私たちに向けられる好奇の視線。女性隊員たちはジュリアスの容貌に見惚れ、色めき立つ。

 ジュリアスは普段の奔放な振舞いが別人かと思うほど礼儀正しく、そしてにこやかに挨拶をして、あっという間に彼らの輪の中に溶け込んでしまった。


(猫被ってるし……。大丈夫……なの?)


 まあ、宿に戻らずこっちで食事をとるのはいいとしても。

 こうなるとむしろ自分のことより、ジュリアスが皆と上手くやれるかの方が心配になってくるんだけど。


 ……下賤の料理は舌が受け付けないとか言い出さないかしら。

 あるいは、酔っ払った隊員の誰かと喧嘩になったりとか……。


 良くない想像に頭を悩ませる私。その内心に気付いた様子もなく、ジュリアスはこちらを見やると、あどけない子供のような笑顔で私にウィンクしてみせた。



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