必要
パンツを見られてから数日後。
放課後にこめかみを押さえながらレイドがレノアの所にやって来ていた。
「仲直りしたんじゃなかったのか?」
「……してない。しない。」
ぷくっと頬を膨らませそっぽを向くレノアを前にしてレイドは頭を抱えた。
「理由はともあれ、なんとかしてくれ……これを。」
これと言って指さされたのはレイドの後に出来たカビの塊。
背後からズモモモモと音が聞こえて来そうなくらいのどんよりとした空気を纏っている。それが、レイドの後にひっついているのである。
「知らないわよ。レイドが何とかすれば良いじゃない?」
レノアがフンと顔をそらして言えば、レイドははぁ……と小さく溜息をついていた。
この2人は……とレイドは密かに心で毒づく。
半年間こじれに拗れ散々振り回されて、何とか仲直りさせたのに……。
たかだかパンツ一枚見た、見ないでまた揉めるとは。
(いい加減にしてくれないかな。)
「わかった……。それなら俺が何とかしますよ。レノア様。」
レイドは柔らかく微笑むが、目が全く笑っていない。
(ん?レイドが様をつけたって事は……。)
レイドは怒っている時、様をつける。
わかりやすい昔からの彼の癖。
この癖が出ている内になんとかしなければ、レイドの怒りは恐ろしい。
もちろん、レノアだけでなくレノもその事は熟知している。
「俺もいい加減このカビの塊にはうんざりで。お二人は婚約破棄したままなんですよね?」
それならと、レイドは言葉を続ける。
「レノ様は公爵の爵位が有りますが故に、最近では各方面のご令嬢が婚約したいと申し出も有りますし。」
レノア様はレノ様が必要ないんですよね?
それなら、他の誰かのものになってもいいんですよねとニヤリと笑うレイドの背景は黒い。
「え……。」
(レノが……他の人に?)
今更だがそんことを、考えた事すら無い。
他の誰かにレノは微笑む?
他の誰かをその腕に抱く?
なぜ今まで思いもよらなかったのだろう。
ゲームのシナリオ通り、レノルートに入ればレノはレノアから離れないと思っていた。
だってそう言う筋書きだから。
「じゃあ、私はこれからレノ様の婚約の紹介状でも書きましょうかね。レノ様には早急にお相手が必要みたいですから。」
そう言うとレイドはサッサとレノを連れてレノアの前から立ち去っていった。
レイドが立ち去る姿を、ただジッとレノアはみつめていた。
―――――――
レノアはボンヤリ中庭で芝生の上に寝転がり月を見ていた。
アレからどうやって学校から屋敷に戻っていたのか、屋敷に戻ってからの記憶があまりない。けれど、何となく部屋には居たくなく屋敷に戻ってからはずっと中庭でこうして寝そべり天を仰いでいた事はわかる。
最初は薄い夕暮れの空だったのに……。
気付けば空を飾るのは月に様変わりしていた。
(レノがもし他の人とくっついたらこれは何ルートになるのかな)
確か誰にも必要とされない、つまり誰とも恋愛なしのレノアはこの後……。
バッドエンドいきだ。
「やっぱりレノアも誰にも必要とされないんだなぁ……。」
月を取ろうと空に手を伸ばすも、その手は月に届くはずもなく虚無を掴む。
「違うだろう?誰も必要としていないのはレノア様じゃないのか?」
突然視界に入ってきたのは軽く息切れしているレイドだった。
額にはうっすら汗が滲んでいる。
「レイド?どうしたの?レノは?」
レノは誰かの手を取ることにしたの?
レノは?
ぽけっーと聞けば、レイドはおもむろにレノアの頬をつねりあげた。
「ひ、ひひゃい!」
「痛いに決まってるでしょう?痛くしているんだから!」
何処の年頃のご令嬢がこんな所でゴロゴロ寝転んでるんですか!?今何時だと思ってるんですか!
言葉を発する度にレイドのつねりは痛くなる。
「ごひゃんにゃはい。ほうひはへん。」
余りにも痛いのでレノアは涙目になる。
とりあえず謝ればレイドの手は離される。
どうやら帰宅後から誰にも言わず部屋から居なくなり、姿が見えないため屋敷では騒ぎになっているようだ。
そのため、そちらにいないかと連絡を受けたレイドもレノアが失踪した原因に心当たりが有ることから捜索に加わったようだった。
「レノには言ってないけど、アイツの頭の中は愛しい姫の事でいっぱいだから。直ぐに気付くだろうな。」
レイドが呟けば、レノアはその呟きに過敏に反応してしまう。
「愛しい姫……?レノ……もう婚約者が決まったの?」
頬を擦りながらレノアがレイドに目を向ければ、レイドは呆れながら再びレノアをつねった。
「い、痛いってば!」
今度は先程と違い直ぐに手は離されたけれど、つねられれば痛いのだ。
「レノア様?一つ聞きたいのですが、貴方はそんなにレノが要らないのですか?」
私が、レノを要らない?
「レノだけじゃない、俺もお前には要らないのか?アノード嬢も、リリアン姉妹も、皆お前には必要ないのか?お前は皆がお前から離れたらそれでいいのか?お前はそれを黙って見てるのか?」
皆が自分から離れたら……。
レノアは俯き力なく答える。
「皆が私を必要ないなら……離れるのは仕方ないじゃない。」
必要とされないなら、捨てられるだけだから。
必要とされない人間なんだからどうしようもない。
「違うだろ。それは、ずるくないか?全て人任せだ。自分ばかり悲劇の人ぶりすぎだ。お前は、離したくないと何か足掻いたか?離れないで欲しいと何かしたか?」
「え……。」
レノアは顔をあげ、レイドを見る。
「レノア。お前が要らないなら俺はこんな風に心配して探したりしない。見て見ろ?屋敷の人達の慌てぶり。皆がお前が心配で探して要るのに、お前はそれに気付かないふりしてるだけだ。ロゼッタさんなんてレノをかなり疑ってたぞ。」
振り向いて屋敷を見れば、心なしか屋敷では御嬢様ーと叫ぶ慌ただしそうな音が聞こえる。
(皆は本当は私を必要としてくれていた?)
捨てられるのが怖くて、面と向かってお前は必要ないと言われるのが怖くて避けていたのはレノアの方。
「……レイド?ごめん、ごめんなさい。」
ギュッとレイドに抱き着けばレイドはいつもの用に優しく頭を撫でてくれた。
「レノア。俺にはお前が必要だよ?ただ、その……。今日のはすまなかった。俺がお前に意地悪し過ぎた。」
ふるふると抱き着きながらレノアは首を振る。
「違う。私が……悪いの。ごめんなさいレイド。私にもレイドは必要だよ!!」
涙目でレイドを見上げればレイドは苦笑いしていた。
「あー……。レノア?それは俺も嬉しいんだけど、アレにも言ってやって欲しいんだよね。アレの頭の中は愛しい姫でいっぱいって言ったろ?」
レイドにくるりと回転させられれば、レノアの背後にいつの間に居たのだろう、レイドを睨みつけるレノが立っていた。
ここまでお読みくださりありがとう御座います。
レイドさん。いい人ですよ。




