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婚約破棄

 「雨だ……。」

 レノアはポツポツと窓に当たる水滴と薄暗い空をボンヤリと眺めていた。


 今日はレノが再び王宮に呼び出されて行っていた。当然国を揺るがす一大事ではあるためレノアが同行する事など許されなかった為に今は屋敷で留守番していた。


 (レノは……王子に戻るのかな?)

 王宮にはレノの実の父が居る。やっぱり天涯孤独よりも身内が傍に居ると嬉しいだろうし。

 それに何より王子となれば権力や地位など格段に今よりも良くなる。


 (戻ってこない……かもな。)

 

 レノアが再び空を見れば雨は本格的に降り出していた。

 (……私を必要だって………言ったくせに……。)



 嬉しかったのに……。

 だから私だってあの時レノに……。


 ……いや、そもそもレノがレノアを必要とする理由なんてないはずだ。必要だったのは若しかしたら侯爵の爵位。

 中身がおっさんダダ漏れの悪役令嬢などそもそもお呼びでないのだ。

 だからいつも幽閉されたりむち打たれたりのエンドばかりだし、甘く囁くと言われる上半身裸むちうちだってきっと侯爵家の跡継ぎの為かもしれない……。


 レノアの乏しい想像の翼はどんどん地に堕ちていく。







 「お嬢様?窓ばかり見てどうしました?」

 

 レノアが窓から動かないものだから後から見かねたロゼッタが声をかけて来てくれた。

 「うーん。なんかなんかなんかでさー。」

 心ここに有らずなかんじでレノアが答えれば、ロゼッタはレノアに見えないようにしかめっ面になっていた。

 「そう言えば、お嬢様が前にお探しになられていたネックレスはみつかりました?」

 アクセサリーを綺麗に整えていたロゼッタがふと思いだしレノアに更に声をかければ盛大な溜息が帰ってくる。

 「アレね……。きっと、レノは無くしたから怒ったんだよね。勝手にブローチの形も変えちゃったし。だから……レノ返してくれないんだよね…。あれから何にもネックレスの話題出してもくれないし……。いや、きっともう私には何も特別を持つなって事なのよ……。やっぱり私は1人がお似合いなのね……。」


 ロゼッタがしまったと思っても時既に遅し。ブツブツと窓に張り付き暗い声でレノアが呟きはじめてしまった。

 レノアは今日の天気と相まってカビが生えてきそうな程憂鬱さをましていた。


 (話題作りを間違えましたわ。)

 私はお嬢様付のメイド失格だわ……。

 

 でも、まぁ……。こう言うときの御嬢様は放っておくのが1番!

 ロゼッタは割り切ってそそくさと部屋を後にする事にした。

 




 どのくらい窓に張り付いて居たのだろうか。

 レノアがふっと目を開けると既に窓の外は夜になり、何時の間にか雨はやんでいた。そして、ロゼッタもあれから来ていないのだろう。部屋には明かりがともっていない。そのおかげで窓の外をほんのりとした星明かりでも見ることが出来る。



 「私……もしかして張り付いたままで寝てたのかしら?」

 なんて事だ……。

 

 だけどやっぱり窓から離れられなかった。


 (こんな事もう何度有っただろう……。)



 遙人だったときも何度か施設の窓に張り付いて寝ていた事があった。いつか自分を必要としてくれる人が迎えに来てくれるんじゃ無いか。

 そんな思いで迎えを待ってしまっていた。


 今もあの時と同じ……。

 

 待つのも、迎えに来てもらえないのも同じ……。


 なんで……転生したんだろう。

 あのまま遙人として終わりたかった。


 レノアになった今は両親もいて愛されてなぜこんなに満たされないのだろう。

 遙人とレノアは違うのにどうしてこんなに似ているんだろう。


 窓に張り付きながらレノアがボンヤリしていると部家のドアがノックされた。


 (ロゼッタかな?)

 「はーい。勝手に入ってー。」

 ロゼッタと信じて疑わないレノアは振り向きもせず窓に張り付いたまま答える。するとそのまま扉は開き明かりもつけていない薄ぐらい部屋に誰かが入ってくる気配がした。

 そしてその気配は明かりをともそうとしているのが何となくわかる。

 

 (ロゼッタ明かりを付けにきたのね……。)


 「ねえ、ロゼッタ。部屋の明かりはつけないでね。部屋が明るいと外が見えなくなっちゃうから。」

 やはり振り向かずレノアが気配に声をかければ、そっと気配はこちらに近づいてきた。


 「外には何かあるのか?」

 

 その声にレノアは驚き後を振り向けば、レノアの顔の直ぐ近くにレノの顔がある。

 その顔はほんのり星明かりでもレノアの瞳には綺麗にうつる。

 「れれれれれれれれ!」

 「……レノです。」

 「しっ、しってるわよ!」

 優しく微笑むそのかおが余りにも近くて驚いてしまった。そして、レノのその唇に自分の唇が届きそうでレノアは一瞬、ほんの一瞬だけそれに触れたいとゴクリとつばを飲み込んでしまった。


 「只今帰りました。」

 「え、あ。うん。お帰りなさい。」


 そのやり取りだけでレノアはさっきまでのカビが生えそうな憂鬱さは晴れていく。けれどそれはつかの間のこと。直ぐに憂鬱さは戻ってきた。


 ……王宮はどうだったの?

 王子に……なるの?

 居なくなるの?


 言葉に出して聞けば良いのに、なぜか言葉が出てこずレノアは黙ってしまった。



 「リス……じゃなくて。レノア御嬢様。」

 改まってレノがレノアに向き合う。

 それが何だか嫌な予感しかしない。

 出来れば何だか聞きたくない。


 そっとレノアは俯くもレノはなんだか言いにくそうに言葉を続けようとする。 


 (言いたくなければ言わなきゃ良いのに。)

 聞きたくない。

 


 レノアの本心が聞かない方かいいとなぜか警告をならしている。

 聞きたくない。


 「御嬢様……。実は……御嬢様からの……その…婚約の話は取り消させてください。」


 俯いて居る顔をレノアが驚きであげれば今度はレノが俯く。

 「え?……それって……。」

 王子に戻るから。

 侯爵の爵位は要らないってこと?

 私は……要らない?


 「いや……その。俺の…勝手で。悪いんですが……。その。御嬢様からの婚約は……。」

 歯切れの悪いレノの言葉はレノアを否定しているように聞こえる。


 お前はもう必要ない。

 オマエイラナイ。


 「……解ったわ。私ももう貴方は必要ないわ。この部屋から今すぐ出て行って。」

 「え?り、リス?」

 驚いて顔をあげるレノからレノアは直ぐに離れると背を向けたまま言葉を続ける。

 これ以上レノから否定の言葉は聞きたくない。


 「そのリスって呼ぶの辞めてくださる?虫唾が走るわ。前から嫌だったのよ。私が小さいって馬鹿にされているようで。なに?急に王子になったからって私に今度は指図する気?貴方……成り上がりの分際で婚約破棄なんてとんだ勘違いね。」

 「リス!違う!違うんだ!俺はただ…!」

 「リスリス五月蠅いのよ!私は貴方が大っ嫌いだわ!何よ!ちょっと優しく庇って上げたら勘違い?辞めてくださる?鬱陶しい。貴方が出て行かないなら私がこの部屋から出て行くわよ!」

 「リス!」


 背中側からレノが何かを言って居た気がするがもう何も聞く気になれないレノアは全力で自分の部屋から飛び出していた。


  


 

ここまでお読みくださりありがとうございます。


レノさんは不器用な男…。

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