突然の真実
「旦那様お呼びでしょうか。」
ドアをノックし中の人の返答を待つ。
するとカチャリとドアが開き先程の人物、スカーレットが現れて室内へ促される。部屋の主はその姿を見るとイタズラっ子がするような笑みでレノにといかける。
「あぁ、レノ。さっきスカーレットから聞いたよ。あれは売っちゃダメだし、何か欲しいものでも有るのかい?」
「いえ……。そう言うわけでは。」
レノがスカーレットを恨めしく見ればしれっとした顔をしている。
そんなレノとスカーレットを眺めるエレク家の当主はケラケラと笑う。
「そう、それなら良かった。君にアレを売らせるような事をしたら僕は色んな人達から責められてしまうよ。そうそう、スカーレットの告げ口は許してあげてね。彼は君が心配で心配でならないんだよ?」
そう言うとエレク家の当主はレノの頭を撫でた。
「すいません。」
「いいよ。謝らなくて。でも、困ったことが有ればちゃんと教えてね?僕は君をちゃんと育てるって君のお母さんと約束したんだから。」
それはらば……俺の父とは?
父はいったいどんな人で爵位は有ったのか?若しかしたら当主は知っているのではないか?当主はレノの父について語ることはなかった。
けれど、色んな人に責められるとは?レノには身内は亡くなった母しかいない。
そもそもなぜ平民にここまで優しくしてくれるのか。少なくともレノの母親はただのメイドでしか無かったはず。彼女には爵位も後ろ盾も無かった。
けれどそれが言葉になって発されることはなく、いつも口から出かかる質問は喉の奥へと追いやられる。
子供ながらにわかっていた。ここの当主に捨てられればレノに明日はないと。生きるためにはここにいて、当主のご機嫌を損ねては行けないのだと。
思わず手に力が入ってしまう。
そんな様子のレノには気付かないふりをしてい当主は言葉を続ける。
「そう言えばレノ?なんでレノアは濡れて帰ってきたんだい?最近レノアはやたらと倒れたりケガをしたりで落ち着かないようだけど……。」
そこまで言われてレノははっとした。
(そうか……それで自分は呼ばれたのか。)
レノアの近況を心配する親心ってやつか。
「お嬢様は今日はバケツの水をひっくり返してしまったようです。その……ご自分の体格以上の事を最近積極的になされるようで……。」
当主にするには苦しすぎる言い訳。
でも、何となく本当のことを言わない方が良さそうな案件。そうレノは判断し言い訳をひねり出した。
「そうか……。あの子は身長が小さいからね。あんまり自分ではわかっていないようだけど。でも、まぁ……それはそれであの子の可愛い所なんだけどね。それに生意気というか、妙にツンケンしちゃう所とかあり得ないくらい可愛すぎて天使かよっていうね。」
クスリと笑う当主は親馬鹿全開である。
「それに意外にお転婆だしね。あぶなっかしくて見てるとハラハラしちゃう。そろそろまともな婚約者でもつけてあげれば少しはお転婆落ち着くかな?ねえ、レノ?どう思う?」
「え……。」
(リスに婚約者……。)
「そ、それは……。」
(嫌だ。それは嫌だ。)
「……そう……で、すね。」
(嫌だ。リスに婚約者なんていらない。誰にも渡したくない。)
本音とは真逆の言葉が口から出る度にレノの鼓動は早くなる。
婚約者なんて……あり得ない。
唇を無意識に噛みしめる。
そんなレノの様子に少しだけ当主は目を細めるとレノには気付かれないようにスカーレットと顔を見合わせる。
スカーレットはニッコリ微笑んでいるのであながち今のタイミングは丁度良いのかも知れない。ただ、父としてはかなり複雑なんだけどと当主はコッソリため息をつく。
「そっか。じゃあレノアに婚約者をつけよう。だけど、可愛い天使なレノアをまかせるならそれなりの身分がないとダメだよね。レノもそう思うでしょ?」
(また、身分。)
「そう…ですね。」
(ミブンガホシイ。)
もう、俯いてしまいまともに当主の顔を見ることが出来ない。
本音を言えばここから今すぐ出て行きたい。この部屋を出たらレノアをめちゃくちゃにして嫁に行けない用にしてしまえばいい。
震える拳に更に力を入れてしまう。
「レノ?その手はもう少し力を抜いた方がいいよ。血が出てる。」
そう言われてはっとして当主を見れば当主は苦笑いしている。
「ごめん。ちょっと君を虐めすぎた。スカーレット、レノの手当を。」
「全く。」
普段表情を崩すことのない執事は当主にむかってため息をつくとレノの手を広げいつの間用意したのか包帯を巻き出す。
(あ、本当に血が出てた……。)
ぼーっと処置されている手を見ているとスカーレットが口を開く。
「全く……旦那様は人が悪い。第二王子にケガさせてどうするんですか。さっさと話を進めろクソが。」
「うわっ……でた。スカーレットの毒舌。それ怖いから辞めた方がいいよスカーレット。」
「良いからさっさと言って上げてください。そんなに娘を手放すのがいやなんですか?いい加減子離れしろガキが。はい、出来ました。レノ様も自分の意見を押し殺してばかり居ないでハッキリ言葉にお出しになった方が良いですよ。貴方はこのリグサイド王国の第二王子でいらっしゃるのですから。」
「へ?」
「ああ!スカーレット!それ!僕が今言おうとした言葉!」
「レノ様。貴方はこの国の王の正統なる息子です。貴方のお母様は確かにただのメイドでしたが、貴方のお母様と父である国王はちゃんと愛し合っていましたよ。ただ、彼らにも身分だけはどうすることもできなかった。それで王も現王妃と結婚させられ、思っていたよりも早く王妃も子供をみごもってしまって。しかも、最悪なタイミングで似た時期に貴方の母上も貴方をみごもった。だから貴方のお母様は派閥争いを避けるために国王から身を引いたんです。でも王は諦めが悪く我々はずっと貴方の母上と貴方を探していたんです。ただ……すぐに見付ける事が出来なかったのは悔やまれましたが。貴方の母上は自分の亡き後貴方だけは本当に幸せにしたかったのでしょう。我々に居場所を教えてくれた時は正直感謝でしかありませんでしたよ。」
そう言うとスカーレットは静かにレノに対して頭を下げた。
「ちょっ!スカーレット様!何を…!」
レノが慌てふためきエレク家の当主を見ればエレク家の当主はヤレヤレと頭をおさえていた。
「え?あの…旦那様?」
レノが恐る恐る当主に声を絞り出せば当主もまた真顔になって語り出す。
「スカーレットの言っていることは本当ですよ。僕がネタばらししたかったのに……。スカーレットのバーカ。」
そう言って当主はスカーレットにベロを出せばスカーレットは当主を睨む。
「僕らはずっと貴方を見守りお育てする使命がありました。レノ・ベリーサ・サンドレア第二王子。ただ、直ぐに教えて差し上げられなかったのはまぁ、色々とタイミングみていたからですが……。もちろん国王はここに貴方が居ることも知ってます。でも国王が貴方の存在を認めれば王位継承を阻まれると第一王子派に貴方の命を狙われる可能性もなきにしもあらずでしょう?だから色々考えて貴方が自分の生きる道を自分で決める頃合いを見計らってたんだけど……。」
コホンと当主は咳払いをするとモニョモニョと何かを呟いていた。
「だから、さっさとしゃべれよ。バカが……。」
スカーレットは当主の頭を小突く。
「うう……だって、スカーレット。いくら第二王子でも僕の可愛いレノアが……。」
「はいはい。」
ついて行けずに呆けているレノを尻目にスカーレットに小突かれる旦那様は何故か涙目になっている。
「全く……。ここ最近、レノア様が第一王子の婚約者候補を降りてからと言うものレノア様への求婚が後を絶たないんですよ。でも、正直私も旦那様もレノア様が対した事も無い男の所に嫁ぐのは正直胸クソ悪くて。」
レノは不思議とリスの話題だけは冷静に頭に入ってくる。自分の知らない所でそんなにリスが狙われて居たなんて……。考えるだけでゾッとする。
「それで、旦那様と言ってたんですよね。レノ様が一番婚約者として相応しいんじゃないのかって。」
楽しそうに笑顔を見せるスカーレットと対照的に旦那様はげっそり肩を落としていた。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
親馬鹿全開ー!




