遙人とレノア
熱にうなされながらレノアはなぜか青砥遙人だった頃の自分を思い出していた。
青砥遙人の時は風邪を引いても誰も心配などしてくれなかった。いつも何が起こったときも全て1人で対処していた。施設に居たときは職員がそれなりに健康管理はしてくれていたがそこには愛情などと言うものは感じられなかった。ただ、彼らは施設にいる利用者の1人である遙人に決められた手順でたんたんと施設を出るまでの期間のみ最低限の生活をさせてくれていただけだった。
施設をでれば誰かに心配されることも、する事もない。
だから、例え彼女が出来たとしてもいつか捨てられて1人になると思うとなかなか本気にはなれないでいた。そしていつも最後に遙人は誰も愛せない人ねとフラれていた。
人に固執しても結局最後は1人になる。
誰も遙人は必要ない。産みの親ですら必要無かったから施設に置いていった。罪滅ぼしなのか、なんなのか唯一名前だけを与えて。
レノアになった今もそう。今は両親からの愛情が貰えてはいるが、結局はこの世界でも女であるレノアが家督を継ぐことはない。所詮嫁に出されて家督の糧になるか、婿をとるか何処かの子息を養子にとるかの為だけに居る存在だ。親からの愛情だってきっとそこまでだろう。
もしかしたらレノを学校にわざわざ通わせているのはそのためなのかも知れない。彼なら充分エレク家をついで行けるだろう。
レノアが本当に必要な訳ではない。
このゲームだってそうだ。レノアはヒロインが物語を進めるためだけにいる存在だ。それがたまたま悪役令嬢が人気になったからといって主役の座を与えられても結局は死亡や幽閉など1人で居ることを強いられる未来があるだけだ。
何よりレノアが必要とされていれば皆のように直ぐにカップリング成功しているだろう。
レノだってきっとアノード嬢を求めている。その事にレノアの胸はチクリと痛む。
(遙人もレノアも必要ないのかもな。)
ふとそんなことを思ってしまった。しかし、直ぐにその考えを辞めた。
(ちがう。遙人とレノアは一緒じゃない。)
少なくとも遙人の親とレノアの親は一緒なんかじゃ無い。今は遙人の人生では無い。レノアの人生だ。
風邪で気持ちが弱ってるだけだと考えを否定する。
レノだって歩み寄ろうとしてくれたからペンのお返しにくれたんだ。きっと要らない人には歩み寄りなんかしない。
さっきだって、何だかんだ行ってちゃんと屋敷に運んでくれた。……アノード嬢にレノアの傍に居ろと言われたからだろうけど……。
それでも傍に居てくれた。寒くて震える身体をずっと抱き締めてくれていた。その温もりが嬉しくて、暖かくて。でもアノード嬢からの言いつけだからと考えると悲しくて腹が立って。
それでもあの温もりがまだ欲しくて。
でも、気付いたらもう居なくってまた1人で…。それがどうしようもなく淋しくて。
馬車の中でも、今でも自分の感情がよくわからない。
もしかしたらこれはゲームの強制力で、レノアにレノの鞭打幽閉ルートへの前触れか事故死ルートに進んでいることを知らしめているのかもしれない。
レノのあの目はどう見ても好感度が上がっていて幻のハッピーエンドとは行きそうも無い。
そこまで考えて再びレノアは自分の考えが暗くなっていることに気付く。
(ちがう!風邪のせい。まだ好感度の結果が出るであろう卒業まで時間がある。)
レノアは首元にそっと手を添えるといつもそこにある物がないことに気がついた。
「あれ?ない?」
着替えた時にロゼッタが外してくれたのだろうか?何となく気になってしまいふらつく頭を抑えながら起き上がりいつも着替えの際に置かれるアクセサリー置き場に目をやるもそこにはないようだ。
(後でロゼッタに聞いてみよう。)
そう思って再びベッドに戻るも一度気になってしまうとやはりなんだか落ち着かないものだ。
落ちないようにネックレスにしていたのに……。着替えの時に外れたのに気づかずドレスに紛れたのか?
はたまた、何処かで何かの拍子に外れてしまったのか…。
「んー……。気になる。」
まだ熱でぼーっとする頭と身体を動かしレノアはストールを羽織ると自分が通ったであろう場所を探し出した。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
風邪引くと人恋しくなりますよねー?




