第四十二話 クリステに残された希望
まるで反社会組織の抗争のようにいきなりクリステ領へと攻め入った俺達は、そのままの成り行きで助けたマイヤー家の屋敷を拠点として居座る事にした。
それは、このマイヤー家、実はクリステで名家として有名であり、民衆に人気も高い貴族であり、支援者は多い。
俺達がクリステ解放の任を帝皇より請けたことをマイヤー家にゆかりのある人達が知ると、いろいろと便宜を図ってくれる。
それに加え、俺達が助けた少女、アリス・マイヤーは存命しているマイヤー家の最後の存在であり、結果的に当主になってしまったことも意味が大きい。
「おお、アリス様、よくご無事で」
騒ぎを聞きつけて現れた老騎士は目に涙を浮かべ、アリス・マイヤーが生き残ったのを喜んだ。
「リスロー・ザンジバル卿、貴方こそ無事で良かったです。私は解放同盟の皆様に助けられました。しかし、お父様とお母様は・・・」
気丈にそんな顛末を述べるこの少女は貴族として高い倫理観のある教育を受けていたのだろう。
一家が惨殺されたと言うのにシッカリとしている。
俺が思うに、今、彼女を動かしているのはクリステに対する深い愛情。
この地を悪の手から解放するという使命感だ。
「残念です。ジュバイア公がマイヤー家に向かったと聞き、胸騒ぎがして、急いで馳せ参じたのですが・・・」
「いいえ。シュバイア様は完全に変わられています。悪魔が憑いたとの噂もあながち間違いではないのかも知れません。お父様とお母様を殺害したことを、私は絶対に赦せません」
「やはり、シュバイア公には悪魔が憑いてしまったのですね」
「いや、それは違うと思う」
ここで俺は口を挟む。
「貴方は?」
「私は解放同盟のリーダーでライオネル・エリオスと申します」
「私を助けて頂いた方ですよ」
「アリス様を。そうなると貴方は恩人ですな」
アリス・マイヤーから俺の事を正しく説明してくれたので、一気にこの老人からも信用された。
やはりマイヤー家の名声は高いのだろう。
「いいえ。我々は成すべきことを行っただけです。それにアリスさん直接を救ったのは私ではなく、ウィル・ブレッタ君だ」
「ウィル様・・・」
アリスの眼がウィル君の姿を探している。
彼女にとってウィル君とは、自分を窮地で救ってくれた白馬の王子様なのだろう。
アリスの視線に憧れの色が籠るのが解った。
良い事だ。
絶望を懐くよりも希望を持った方が、彼女の人生をプラスへと運ぶ筈だ。
「シュバイア・デン・クリステは悪魔なんかに憑かれているのではない。彼は『美女の流血』と呼ばれる魔法薬で心を支配されているのだろう」
「『美女の流血』ですか? それは聞いたことのない魔法薬ですね」
「そうだ。ここに駐留する『獅子の尾傭兵団』の奴らが開発した秘密の魔法薬だからな。同じ薬物でラフレスタは大混乱になった。ここクリステはその支配がラフレスタよりも長いはずだ。支配の根はより深く太いだろう・・・」
「・・・なるほど、騒動の黒幕は『獅子の尾傭兵団』と言う事ですかな・・・どおりで、シャバイア様やルバイア様が可笑しくなった時期と合います」
老リスロー卿は腕組みをして、何かを納得した様子だった。
彼としてもここ最近のクリステ上層部がオカシイと思っていたのだろう。
ちなみに、ここで出てくるシャバイア公とは、領主であるルバイア・デン・クリステの弟に当たる存在であり、重要人物である。
「今回、そのルバイア様が老朽化を理由にラゼット砦を放棄すると決定がされて、それでマイヤー様(アリス嬢のお父様)が異議を唱えたことが発端となり騒動へと発展したのです」
「なねほど、ラゼット砦とは東のボルトロール王国の国境守備の砦だな」
ラゼット砦とは、俺の知識の中にもある帝国で重要な砦の名前である。
クリステ領の東に位置し、国境として国防を担う重要な拠点だ。
「『獅子の尾傭兵団』それは隠れ蓑であり、その実はボルトロール王国の特殊部隊だ」
「なんとっ!」
俺からの情報に老リスロー卿とアリス嬢は驚いた様子だった。
「そんな・・・私達は騙されていたのか・・・彼の傭兵団は、クリステ発展のため、いろいろと協力してくれたというのに・・・」
「それはすっかり騙されていでしょうなぁ。奴らがボルトロール王国の手先であると言う情報は傭兵団の団長であるヴィシュミネ本人から聞いた確かな情報です」
俺はラフレスタ解放の際にロッテル隊と戦闘になったヴィシュミネ本人がその事実を漏らしていたことを聞いていた。
対していたのは白魔女のハルさんなので嘘は通じない。
「団長をはじめ幹部の全てはラフレスタにて討ちました。ここで残る傭兵団は残党でしょうが、我々は関係者全てを捕らえて討ちたいと思っています」
「現在、このクリステの傭兵団をまとめる人物はふたりです。傭兵団剣術士のゲルリアと傭兵団魔術師のヘレーヌ。ふたりともこのクリステに残る傭兵団まとめている共同代表者です」
「そのふたりはイドアルカと呼ばれるボルトロール王国の特殊部隊に所属している可能性が大きい。そうならば、彼らはかなりの手練れだと思われますので、用心してください。できれば、倒すのは我々に任せて頂ければと思います」
「いいや。もし、彼がクリステ支配の黒幕とすれば、我々の方で決着を付けたいです」
「お気持ちは察します。しかし、相手は強敵です。命は大切にして欲しい。それに我々は力が持っています。おい、エレイナ見せてやれ」
俺は副官のエレイナに実力誇示を指示した。
そうすると彼女はその場で抜剣して、剣術の模範となる型を次々と披露する。
ヒュン、ヒュン、ヒュン
細剣をすさまじい速さで振る彼女・・・魔女の腕輪で強化されたその姿はもう人間技ではなかった。
すさまじい剣技を目にして、呆気に捉われる老リスロー卿とアリス嬢。
「敵は、魔法薬で強化された強化兵。最低これぐらいできないと相手になりませんよ」
こうして、俺の指摘に納得したようで、敵の幹部の束縛や討伐は我々に任せる約束を取り付けたのは言うまでもない。
うん、エレイナいい仕事だ。
「エレイナさん。格好良いです」
アリス嬢に余計な憧れを植え付けたかも知れないが・・・
そんなこともありながら、俺達は拠点整備を進めた。
俺達は解放同盟と中央第二騎士団の拠点はこのマイヤー家の屋敷を本拠地として、比較的治安が整っている街の東部を支配する事ができた。
これには街の民衆から絶大な協力があったからだ。
ここでも、やはりマイヤー家の名声が大いに役に立った。
東部に貴族街があることも大きい、美女の流血による支配が、貴族に対してそれほど蔓延していなかったのだ、そもそもクリステは貴族個々に対してそれほど権利を委譲しておらず、クリステ家直轄にて行政システムが出来上がっていたことも大きい。
クリステ家に近い極一部の有力貴族がクリステを支配して動かしていたので、結果的に美女の流血の支配はそこを狙い撃ちにされており、他の貴族まで手が回らなかったようである。
俺としてはその方が良かった。
成敗する対象が少ないほど、将来に残るであろう禍根は少なくできると思えたからだ。
俺達はこうして、クリステでの支配領域を増やし、小競り合いを仕掛けてくる敵に対しては三交代制の陣を布いて対処していく。
ある意味で機械的な作業のみで、自分達の安全領域を確保する事ができた。
俺達がマイヤー家を助けたのは幸運だった。
これで少しは希望が持てるな・・・




