第三十九話 第二騎士団の幹部
こうして俺はラフレスタからエストリア帝国の東の端クリステ領へと旅立つ。
帝国の西のラフレスタ領と東のクリステ領、本来ならば、このふたつの領に接点は無いほど物理的に離れているが、意外にもこのふたつの領は歴史的に交流が深い。
それは三百年前にあった『辺境開拓』事業に発端がある。
そのとき、ラフレスタの発展に大きく寄与した英雄グレイニコル・ラフレスタと遊戯を結んだ相手がヒューゴ・デン・クリステであり、その由で両家の友好的な交流関係が永年続いているらしい。
俺達ラフレスタ家の教えにも、クリステ家とは長い信頼関係があって、その友好を絶やさぬようにと強く伝えられている。
ラフレスタ家はクリステ家以外にもマース家とも仲が良いのだが、それも三百年前の『辺境開拓』に関係する。
しかし、もうラフレスタ家を除籍となってしまった俺としてはどうでも良い話だが、それに今回のようにラフレスタ領を滅茶苦茶にした獅子の尾傭兵団を差し向けたクリステ家と絶縁関係に発展しようと、誰も文句は言わないだろう。
俺は当然怒っているし、ルバイヤが薬物支配から脱してまともな状態に戻ったとしても脳筋体質の奴と俺とでは波長が全く合わない予感がしている。
いずれにしても、ルディア・デン・クリステは、もう、美女の流血で支配が完了した悪人だ。
説得によるクリステ領の解放など俺はもう諦めており、こうなれば、悪人として成敗してやろうと思う。
そんな事を思いながら、俺はラフレスタ領を出発して約一箇月の馬車旅を経て、クリステ周辺までやって来た。
揺れる馬車の中、俺の隣に何の疑いも無しにエレイナが座る。
既に馬車の車内で俺の隣席はエレイナの特等席になっていると誰もが認めていた。
「申し訳ありません。ライオネル様、私の水筒を取らせてください」
あるときそんなワザとらしい要求をしてきた。
彼女は着座のまま身体を捻り、狭い車内で俺の頭上の置く荷物に手を出す彼女。
そんなことをすると、エレイナの薄い胸が服越しに俺の顔へ全開で当たる。
彼女もワザとやっているのだろうが・・・俺を挑発するのも程々にして欲しいと思う。
目の前に座っているアタラが笑いを堪えているじゃないか!
「ライオネル様、モテますねー。羨ましい限りです」
「煩いぞ、アタラ!」
俺は茶化された仕返しに怒鳴ってみたが、それもあまり効果が無い。
それもその筈、最近のエレイナは、もうあまり周囲の視線を気にせず、俺への愛情表現を止めてくれないからだ。
皆と一緒に旅をしていると言うのに、宿に着けば、人目も気にせず毎晩俺の部屋にやってくる。
彼女からの好意を断らない俺も悪いのだが、それにしても毎日だぞ!
エレイナがこんなに性欲の強い女性だと思わなかった・・・もし俺でなければ、脱落するレベルだ。
このままではあっという間に子供ができてしまうかも知れない。
あぁ、子供の名前を考えなくては・・・
そんな未確定の将来の事が頭に過ったが、ここでロッテル氏より真面目な話題が出されて、俺の意識は現実の世界へと戻ってきた。
「まずはクリステの状況を知る必要がある。このまま東に進めばクリステ領の北側にあるディゾン村に入る。そこで私の部隊の幹部が待機していると聞く」
「解りました。先ずは情報収集ですね。我々も解放同盟もそれなりの大所帯ですから、無暗に戦場に突撃する訳にはいけません」
今回、俺についてきてくれた解放同盟はラフレスタの時の全員じゃない。
それは当然だと思う。
俺に協力してくれた解放同盟は、ラフレスタを解放するという目的の元に集まってくれた有志達だ。
ラフレスタの解放が成された今、彼らをこの先の俺の野望に付き合わせるのは難しい。
それでも月光の狼を基軸にかなりの人間が残ってくれた。
ジェンやアタラ、ベン、サリアなど古株が残ってくれたのは当然として、最近、月光の狼に仲間入りした若い連中も多い。
彼らの目的は様々――純粋な正義の心に燃え、ラフレスタと同じように困っているクリステの民を助けたい者、単純にエリオス商会が解散となってしまい、喰うに困り仕方なく協力してくれている者、自由と解放を求めて俺の思想に従ってくれる者と・・・
それに加えて、困ったことに純粋に暴れたいだけと言う者も何割かは居る。
しかし、俺は彼ら全てを受け入れた。
数は力なり、結局はそうなのだ。
自分の気に入った者ばかりを集めても、それは自己満足に終わってしまう。
俺は目的達成のために心を鬼にする必要があるのだろう。
それほどの覚悟を持っているつもりだ。
そんなことを思え俺自身も、クリステを救うのは純粋な正義心からだけじゃない。
帝皇様よりクリステ解放を餌として釣られたからだ。
本当に俺に統治権を認めてくれるかどうかは解らないが、書記官もいる前で宣言したあの台詞はその場しのぎじゃない、そう信じたい・・・
その統治権に期待しているのが、月光の狼と合流したアレックス解放団の面々である。
彼ら曰く、特権権益に蔓延る貴族共が居ない社会ならば、それに自分達が食い込めるならば、と期待しているようだ。
元々彼らの行動規範はエストリア帝国南部で虐げられた民族解放だった筈だが・・・それを問いただすと、「ライオネル様に協力することが、白魔女様へ忠誠を示すことになりますので、これは建前です」とは解放団の長であるサルマンが白々しく答えやがった。
どうやら彼らの白魔女からの魅惑魔法はまだ解けないでいるらしい、俺はとりあえずこのまこの魔法がこのまま解けないことを願うばかりだ。
そんな今この瞬間はどうでもいい彼らの欲望の事を考えていたが、馬車がディゾンなる場所に着いたらしい。
ディゾン村の郊外に野陣として張られているひときわ大きな天蓋の前で馬車が停まった。
馬車のドアが開けられ、外に出てみると、俺らは立派な白銀の鎧を身に着けた帝国中央騎士団の荘厳な出向を受けた。
何だか偉くなった気がするから不思議だ。
「ご苦労様」
俺は偉そうにそんな労いの言葉を騎士達に掛ける。
しかし、この騎士達は現段階では俺に敬意を払っているのではない。
「皆、久しぶりだな。戦場に遅れてすまない」
「否。我ら第二張横騎士団はロッテル長官の先触れとして戦地に赴いておりました。長官のご来訪を我らは心よりお待ちしておりました」
ロッテル氏に礼を尽くす出迎えの言葉を滞りなく伝えるのは騎士団の副官らしき人物からだ。
その雰囲気だけで、ロッテル氏へ多大な忠誠を示しているのが解る。
「うむ。アーガス。現状を聞かせて欲しい」
ロッテル氏も自分の信頼のおける部下がいつも通りなのを確認して、早速、現状の情報把握について促す。
こうして、俺達は天蓋の中へと案内された。
「紹介しよう」
そんな言葉がロッテル氏から出されて、中央第二騎士隊の幹部各位の紹介を受けた。
「なるほど、貴方が解放同盟のリーダー、ライオネル・エリオス様ですね」
先程、出迎えの挨拶をした騎士団の副官と思わしき人物からは俺達を侮る事なく、友好的に挨拶をしてくれる。
これには俺も少し面食らった。
俺が中央騎士団に持つイメージとは、傲慢で、口先だけは偉そうにしているオッサンだ。
ラフレスタの騎士隊もそうだった・・・しかし、ロッテル氏の部下は少なくとも違っているようだ。
何処の馬の骨とも解らない俺や女性のエレイナにさえも敬意を払ってくれている。
ここで副官の男は、俺達の活躍はクリステ周辺に赴く騎士達にも情報として届いているのだと言う。
それはラフレスタ解放を『英雄譚』として帝皇デュラン様が率先して民衆に宣伝しているからだろう。
その『英雄譚』の中で俺達の活躍は脚色されていたので、変な誤解を受けているかもしれない。
チョットだけそんな心配をしてみたが、もし、そうだったとても俺達はこの舞台の上で踊るしかない。
この際だ、その脚色とやらを最大限利用させて貰おう。
「ラフレスタの英雄達にこちらの幹部を紹介しておこう」
ロッテル氏も少し調子に乗り、そんな立派な口調で中央第二騎士団の幹部の面々の紹介を進めた。
「副官のアーガス・プロトです」
ロッテル氏と似た真面目な雰囲気を持つ彼を見て、俺は組織とは似た気質の人物が集まるものだと思ってしまった。
そう感じた矢先に、それを否定する言葉が飛んで来る。
「あー駄目駄目、堅苦しいのは俺達の流儀に反するぜ」
そんな気さくな言葉はアーガス氏の後ろに立つ優男風の青年からのものだった。
「俺達、第二騎士団ってのは、自由人の集まりな訳よ・・・堅苦しいのって駄目なんだよなぁ~」
「こら、カインズ。最初ぐらい、行儀良くしておけ!」
アーガスのその言葉で周囲に笑いが起きた。
どうやら、この砕けた感じが、第二騎士団の本性らしい。
「ライオネル殿、すまない。こいつらには品行方正とは何たるかを常に教えているつもりなのだが・・・」
そう言い訳するロッテル氏は頭を抱えていた。
「ロッテル殿、私も義賊団の統領をやっていましたので、この雰囲気は嫌いじゃないですよ。行儀作法なんて私達の方が悪いでしょう。ここはザックバランで行きましょう。ちゃんと仕事さえして貰えれば、私は何も文句を言いません」
その言い方に棘を感じたのか、カインズという青年は片眉を挙げる反応を見せた。
「おーー、こいつは・・・俺達がちゃんと仕事ができるかどうか示せとは・・・言ってくれるじゃねーか!」
チンピラ風のその物言いは、俺よりもエレイナを刺激したようだ。
彼女が俺の前に出て、俺を庇うような仕草をした。
「ほう。こんな可愛い秘書女性を侍らせて、良い身分だーねっ!」
「下品な物言いですね。言葉が過ぎますよ!」
「何ぃ!」
ここで、一触即発かと思ったが、ロッテル氏が止めに入った。
「おい、カインズ止めておけ、彼女――エレイナ女史が本気になれば、お前が確実に切り刻まれるぞ!」
「ええっ!?」
驚くカインズ青年。
それはそうだろう、こんな華奢な女性が、俺達の中で一番の剣の使い手だとは思わないからな。
「ともかく、舐めた口調はこの先改めるんだな。ライオネル氏とエレイナ女史を含めた彼ら解放同盟はラフレスタでの激戦を生き抜いてきたんだ。中途半端な者などひとりもいないと肝に銘じよ!」
ロッテル氏からの厳しい指摘により、カインズ青年も諸手を挙げて矛を収めてくれた。
どうやら、この第二騎士団はそれなりに癖のある連中の集まりのようだが、ロッテル氏には一定の敬意を払っているから統制を保っているのだろう。
「しょっぱなから、申し訳ない。うちの第二騎士団は品がなくてなぁ。しかし、仕事はきっちりする。そこだけは私が保証しよう」
「うむ。期待しています。我ら解放同盟も元々は義賊団の集まりです。多少品が無い方が付き合い易いでしょう。それでは、今後、クリステ解放に向けて協力する仲間となります。私からもよろしく願います」
俺はうちの連中の方が迷惑を掛けそうで、ここで先に謝っておく。
何だか、これぐらいの連中の方が、うちの構成員とも上手くやっていけそうな気がした。
きっと、ガチガチの貴族騎士団だったらうちの連中は皆気疲れするだろうから・・・
「我々の問題児が迷惑かけたわね」
ここで謝罪を口にするのは女性魔術師だ。
「私は魔術師団長のマーガレット・メシア。宮廷魔術師からこちらの騎士団に出向中の身ではありますが、今後はよろしくお願いいたします」
エレイナより少し年下の魔術師だ。
しかも、宮廷魔術師出身とは腕は帝国の保証付きだと思う。
「もしかして、貴女はアストロ魔法女学院出身者でしょうか?」
「ええ、そうですよ。後輩達を助けて貰ったようで、感謝しますわ。ライオネル閣下」
「私は閣下と呼ばれる身分ではありません。ただの義賊団のリーダーです」
「それでも、私の第二の故郷であるラフレスタを守った英雄には違いありません。私は閣下と呼ばせて貰います」
「ふむ。そうですか。貴女が私の事をどう呼ぼうと構いませんが・・・しかし、私の近親者からは普通にライオネルで呼ばせますよ」
俺は慌ててそう言っておく。
そうでもしないとエレイナが変な対抗意識を燃やされても困るからだ。
「それではライオネル閣下。我らをクリステ解放で勝利に導いてくださいませ。ラフレスタのように」
畏まり、そう述べたこの女魔術師は、流石に帝国中央政府の宮廷魔術師から出向で来ているだけあり、まともな人だ。
そう思っていたのだが・・・
「すげえ、マーガレットさんが人の名前をちゃんと覚えているぜ。いつもならば十回ぐらい聞かないと覚えないのに・・・」
「煩い。この何だったかの優男! 余計な事言わないで。私だって失礼が無いように昨日ようやく覚えたんだから!」
どうやらこの魔術師は人の名前を覚えるのが苦手なようだ。
うん、いいぞ、人には得手・不得手があってしかるべきなのだ。
ちなみに、まだ、このカインズ青年の名前も覚えていないらしい・・・
「ハハハ、マーガレット嬢の覚え悪いのは人の名前だけじゃ。魔法の呪文は一級品だから、安心する、ぬし」
そう笑って彼女の実力を保証してくれたのは、銀髪のおかっぱ頭と髭が良く似合う老人・・・ではない。
身体を動かし易い軽装で身に包む格闘家のような人間だった。
「儂はマゾール・ジャーマンだ、ぬし。格闘系魔術師だからちょっと変わっておるが、実力は若い者には負けん、ぬし」
”ぬし”が語尾に着く、怪しい老格闘家だったが、筋肉の付き方とかを見ると、彼も只者じゃないと思う。
それに格闘系魔術師とは珍しい存在だ。
確か、ハルさんの友人にもそれを使う人が居たので知っている。
平手で相手に接触しただけでドカーンとやって、あり得ない衝撃力で人を飛ばす技を使う接近戦を得意とする魔法戦闘家のことだ。
「そして、彼はロック・ゴーゴンだ、ぬし。口下手だけど、ここ一番で頼りになる怪力の戦士だ、ぬし」
マゾールの紹介でその後ろにした巨漢の戦士が一礼をした。
「うぉほ」
そんな特徴的な挨拶をしてくれる戦士は、どこか安心感があり本当に頼りになりそうだと思う。
それから、第二騎士団のいろいろな人と初対面の挨拶を交わしたが、最後のひとりになって、俺はここで金髪の青年と会う。
その顔は感情の揺らぎを他人に悟らせない仏帳面だが、やはり、似ている。
「君は、もしかして、ブレッタ家の者でしょうか?」
「ええそうです。ウィル・ブレッタ。どうして私の事をブレッタ家の者だと解りました?」
「それは、貴方の弟さんを良く知っているからですよ」
ここで俺を遮り、エレイナがいち早くそう答える。
何故か、嬉しそうだ・・・
俺もここで謝意を伝えておく。
「ええ、そうです。本当に、本当に、アクト君にはお世話に成りました」
「弟が・・・それはこちらこそ、あの半端者がお世話をおかけしました。ブレッタ流剣術士としてはまだまだ半人前のアクトです。いろいろご迷惑をお掛けしたのではないですか?」
感情を見せずにそんな厳しい事を言ってくれるウィル・ブレッタだが、やはり、アクト君と同じ雰囲気を持っている。
私は一気にこの青年に対する親近感が上がったような気がする。
次にロッテル氏がこの会話に加わってきた。
「ウィル君、アクト君は剣術士としても、人間としても素晴らしかった。彼とハルさんが居なければ、向こうでの戦いは厳しいものになっただろうね」
「ハルさん?」
ロッテル氏から入ったフォローにウィル・ブレッタは疑問符を浮かべる。
「そう言えば話していなかったな。ハルさんとはアクト君の彼女だよ。あのふたりの協力があってラフレスタで、獅子の尾傭兵団の首魁『ヴィシュミネ』を倒す事ができたのだ」
「アクトに新しい彼女ができた!?」
ウィル君がここでそれだけの事実に驚いていた。
彼から唯一感情的なものが見られたような気がする。
しかし、その後、直ぐに彼は冷静の仮面を被り・・・
「なるほど、アクトもようやく、過去のあの件を乗り越えたんだな」
それだけを口から溢すと何らかの感傷に浸るように黙り込んでしまった。
どうやらアクト君の兄は内向的性格のようだ。
弟のアクト君と違って、ウィル君には取っ付き難さを感じたが、それでも礼儀正しい性格はブレッタ兄弟で共有しているのだけは解った。
俺がそんな評価をしていると、ここで喧騒が天蓋に入ってくる。
「大変だ。傭兵団の奴ら、遂に市民を粛正しだしたぞ!」




