第三十九話 帝皇との会談
ジョージオ兄の拘束に成功した俺。
これで、ラフレスタの乱を鎮めたられたと思っていた俺だったが、その後、戦闘は少し続く。
ロッテル達に任せていた獅子の尾傭兵団の駐屯地の戦闘は壮絶だったようで、傭兵団の幹部達の抵抗が思いのほか強く、今回の敵の首謀者である獅子の尾傭兵団の団長ヴィシュミネが最期の抵抗を見せた。
それは驚きの行動だったが、最期はヴィシュミネが悪魔のような姿に変わり、見境なく襲ってきたのだ。
これは彼が持つ魔剣ベメリーヌの作用によるものらしいが、暴走状態のヴィシュミネは本当に悪魔のような姿となり、人の命を魔力に変換して吸収する悪行を行う。
白魔女ハルさんとアクト君の活躍により、この悪魔はなんとか成敗できたが、もし、彼らが居なければ、我々の被害は計り知れない・・・そう思える激闘であった。
そんな結末もあったが、結果的に俺達は勝った。
最期に悪魔的なったヴィシュミネに殺された人は堪らないだろうが、彼のそんな末路は俺にとって都合がよく、悪魔を成敗した解放同盟、と勧善懲悪的な構図になったのは不幸中の幸いだろう。
戦って死んでいった者には申し訳ないが、俺はこの状況を最大限に利用させて貰おう。
「解放同盟が悪魔に勝ったぞ!」
そんな俺達に都合良い噂がラフレスタ中に広がるのは、特に苦労を要しなかったのは言うまでもない。
こうして、俺達にとって望ましい勝ち方ができた。
しかし、問題は次から次へとやって来るものだ・・・
ラフレスタを解放した直後に俺達は謎の軍団に包囲されているとの情報が入る。
「目撃情報によると、友軍の中央騎士隊じゃないのか?」
「見た目にはそのようだが、向こうはラフレスタを包囲した段階で進軍が停止しているようだ。俺達が『美女の流血』で支配されているのかと警戒しているんじゃないか?」
「それはこちらも同じだ。アイツらが友軍である保証は何もない。奴らこそ『美女の流血』で支配されているかもしれんぞ!」
そんなに疑心暗鬼喜が、我々、解放同盟内でも漏れ聞こえてくる。
相談の結果、行動は慎重に行こう事になり、しばらく両軍の睨み合いが続く結果につながる。
結局、これが一日中続き、次の日の朝までこの緊張状態は続いている。
「ライオネル様、おはようございます」
もう、俺の秘書に徹しているエレイナが朝、俺を起こしに来る。
「エレイナ、あまり寝られてないようだな」
「ライオネル様こそ、一睡もされていないのではないですか?」
「・・・ああ、この状況で安眠できるほど私の神経は太くない」
俺達は互いの性格を良く解っているので、互いが十分な睡眠が取れなかったことは互いが理解できた。
次の展開をいろいろと考えてしまうと寝られなくなるのだ。
もし、アイツらが友軍で無かった場合、どう行動すれば、俺達は生き残られるのか・・・そんな事を次々と考えてしまう。
「お互いに苦労の絶えない性格をしているな」
そう考えると俺とエレイナは似た者同士なのかも知れない。
そんな親近感を感じていたが、ここでハルさんがアクト君とグリーナ学長を伴って俺を訪ねてきた。
彼女達を見ると、眠気は無いようで、十分に睡眠を取ることができたようだ。
豪胆な彼女らの性格が羨ましい・・・
「大きい魔力を持つ人間がこのラフレスタに接近しているのを感じたわ」
「む! ハルさん。強大な魔力の気配を感じたようですね。それは我々にとって危機でしょうか?」
「現段階では流石に解らないわ。ただ、悪い予感はしないわよ」
ハルさんの直感では脅威を感じていないようだ。
白魔女である彼女の感覚を信じてみたいが、こればかりは実際に相手と会ってみないと解らない。
俺達は気配を感じたという方角の城門へと移動する。
そうすると、そこには一人の老婆が城門を守る衛士を相手に騒いでいた。
「先触れの使者が来てやったぞ、早く責任者を呼べ! 本当にぶっ壊すからな!」
老婆はなかなか横柄な声で騒いでいる。
その声にピンと来たのか、ここでハルさんがハッとなった。
「あれ? お母さんだ!」
「ライオネルさん、どうやらこの自称『先触れの使者』というのは、本物のリリアリア様で間違ありませんよ」
グリーナ大魔導士が自分の盟友の元宮廷魔術師長の顔と名前を見間違う筈が無い。
ハルさんの保護者がここに来た意味を一瞬考えてみる。
「おや? その声はハルかや。久しぶりじゃな。元気にしておったか?」
老婆は持っていた杖を高々に振り友好的な挨拶を返してきた。
「そんなところで一体何をやっているの? とりあえず、上がってくれば?」
ハルさんが気安く話すその姿は、まるで自分の家の二階にでも上がってくるような口上である。
「ほう、そうじゃな。その方が話しは早そうじゃ。よっこらしょっと」
老婆はゆっくりと腰を上げると、ふわっと魔法で浮き上がる。
それはとてもスムーズな無詠唱の魔法の行使であり、達人クラスの魔術はその実力の高さを示している。
こうして、この老婆は瞬く間に城壁まで浮かび上がり、すっとハルさんの隣に降り立った。
「おお、役者が全員揃っておるみたいじゃなぁ!」
「ええそうね。ハルさんが大きな魔力の気配の接近を察知したから、まさかとは思ったけど」
グリーナ学長はそう言って、自分の旧知の友人に久しぶりの挨拶をする。
「なるほど、この娘は益々に感が鋭くなったようじゃな。そして、この人物がライオネル・エリオスじゃろ?」
老婆は解放同盟のリーダーである俺を正確に言い当てた。
「いかにもそうです。そして、あなたは?」
大体察しが付くが、一応初対面なので相手の名前を問う。
「儂か、儂は元宮廷魔術師長のリリアリアじゃよ」
「ええ゛ーーーーっ!!!」
ここで一番の驚きの声を発したのは、俺ではなく、真っ先に対応した若い衛士だったのが面白かった・・・
そんな茶番もあったが、リリアリア様を今は正式な使者として迎え、その後はラフレスタ城の一室へと移動し、解放同盟の幹部を集めた。
各人の自己紹介もほどほどにして本題に入る。
「つまり、帝皇陛下が来られると・・・」
俺はリリアリア様が先触れの使者として来た意味を理解し、その内容を反芻する。
「そうじゃ、大体の状況はこちら側でも把握しつつある。今後の沙汰はデュラン陛下自ら直々に行うことになるじゃろう」
「はあー・・・わかりました」
ここで俺は実にガッカリとする。
俺としては、今後の運営や話の進め方、中央政府との交渉についていろいろと画策していたところだったのに、ここでいきなり帝皇が出てくるのは全くの予想外だったからだ。
エストリア帝国民として帝皇に逆らうなど考えられない。
それは自分が帝国民であるという事を否定するようなものだから。
そういう風に生まれた頃より教育で刷り込まれている。
俺としても、その事を自覚しているだけに実に残念であった。
帝皇の沙汰を否定してまで自分の意見を通すことなど、全く以って自信がない。
それこそ、そんな行為自体が民衆より『反逆』と言われてしまうからだ。
俺達が治めなくてはならないのは民衆である。
その民衆から反感があれば、理想の社会などその礎から崩れかねない・・・
俺は近くのエレイナに「俺の三日天下は終わったよ・・・」とぼやいていてしまう。
「それでは、午後には陛下が入城なされる。二、三十人程度が入れる部屋を準備しておくのじゃ。人選はこちらで済ませておる」
リリアリア様はそう述べ、帝皇側で人選を済ませた紙を渡された。
俺はそのリストを見て・・・ふぅーと息を吐くしか反応できなかった。
こうして、リリアリア様は一旦向こうの陣に帰って行く。
「エレイナ、すまない。俺はお前を宰相にはできないかも知れない」
「ライオネル様、そんなにあからさまにガッカリしないでください。帝皇様が直接される沙汰を否定することなど、簡単にはできませんから」
「・・・そうだなぁ。ああー、結局俺達はエストリア帝国人なんだよなぁ~。畜生! 最後の美味しいところを全て帝皇に持っていかれたー」
ここでの俺の愚痴は敬意も何もあったものじゃない。
只、夢破れた哀れな革命家である・・・
そんな俺を哀れに思ったのだろうか、ゲンプ伯爵が俺にフォローをしてくれる。
「ライオネル殿、それほど悲観するものではないぞ。俺の知るデュラン様は厳しいお方だが、それでも最終的には皆が納得できる調停をしてくれるお方だ。貴殿の功績には何らかの形で応えてくれるはずだ」
「・・・そうなる事を期待しておきましょう」
俺は全く期待の籠らない態度でそう返す。
こうして午後となり、帝皇デュラン様がラフレスタにやってきた。
帝皇の来訪を告げる煌びやかなラッパの音色が響き渡り、荘厳な馬車の隊列が城壁都市ラフレスタに入ってくる。
市井の民は帝皇様が来ることを知らされており、大通りに出て帝皇様の来訪を歓迎している。
ラフレスタ解放と相まって、最近で一番の盛り上りだ。
これが只の勝利祝業なら願ってもない雰囲気なのだが・・・
しかし、俺の顔色は重い。
どんな恩賞で誤魔化されるのかと思うと、あまりに良い予感がしてこない。
俺のここでの本当の望みとは、ラフレスタの統治権とラフレスタ領内に限り貴族制の廃止と、誰でも自由に商売ができる権利だ。
貴族からの横槍が入らない自由で開かれた市場は、経済が発展し、領民の心の自由を育むだろう。
それは、エストリア帝国の一部の統治権を寄越せ、と帝皇様に要求するようなものである。
そんなこと到底認めて貰えるとは思えない、だから俺は時間を掛けるつもりだった。
帝皇がそれを認めざる負えないぐらいに実績を作るために、時間を掛けて既成事実作りをする予定だったのだのに・・・
あー、こりゃもう駄目だ。
俺は早くも諦めモードである。
「ライオネル様、もう少ししっかりしてください」
隣のエレイナからそんな指摘をされるほど、俺がやる気なしモードになっていた。
畜生、俺のこれまでの頑張りは何だったのだろう・・・虚しい風が俺の心中でビュービューと吹いてやがる。
そんな内事情を他所に、帝皇様の乗る馬車はラフレスタ城の正門までやってきた。
「帝皇様がご到着された。皆の者、敬意を示せ!」
数瞬前に着いた馬車から近衛兵が降りて位置に付き、帝皇デュラン様の到着を全員に告げる。
俺達は直立不動で頭を垂れる。
それを待っていたかのように帝皇の乗る馬車の扉が開き、その中からリリアリア様に連れられて、帝皇デュラン様が降りて来られた。
俺の心の中は残念モードなのだが、それを公の場では自分の真意を隠すのはまだできているようである。
頭を垂れて敬意を示す俺達を一望した帝皇デュラン様は満足したようだ。
「皆、楽にして良いぞ」
帝皇デュラン様は低くよく通る声で、出迎えた俺達に対して楽にするようにと許可された。
「貴殿が解放同盟のリーダーであるライオネル・エリオスであるな」
「ハッ」
デュラン様の呼び掛けに応じ、俺は背筋を正す。
心の中では落胆していても、俺は子供の頃より貴族としての礼儀作法を完璧に躾けられていた。
必要に応じてこのように礼儀作法を完璧に熟す技がある。
相手が帝皇様であっても上手くこの機能は働いているようだった。
んん? 帝皇様は初対面の筈だが・・
ここで俺は何処が会った事あるような気がした。
気のせいだろうか?
しかし、今のそんな事はどうだっていい。
「このラフレスタをよく守った。褒めてやろうぞ」
「勿体無いお言葉です」
帝皇デュラン様より直接に褒美の言葉を貰うと言う帝国国民にとって最大級の栄誉が与えられても、俺は頭をひとつ垂れるだけで済ませる。
本当は飛び上がるほどに嬉しいと感じているが、それは長年続く帝国の刷り込み教育により与えられた帝皇が支配するのに都合の良い感情なのかも知れないと・・・このときの俺の心内でそんな事を感じてしまっていた。
そうでも思わないと、自分の理想の社会を作ろうとしていた志を忘れてしまいそうになる。
そのように俺は心の中で葛藤していたが、帝皇デュラン様はそんな事など微塵の興味も示さず、「さあ、会談を始めようぞ」と早々に会談を促す。
俺は帝皇様の求めに応じて、急ごしらえで準備した会議室へと案内した。
帝皇デュラン様と解放同盟との会談に用意した部屋は、ラフレスタ城の中でもそれなりに品位の高い造りであるが、それでも帝皇貴族としては簡素な部類に属した部屋だったのだろう。
帝皇様に付添う使用人の数人かが眉を潜めたが、帝皇デュラン様自身そんな些細な事など気にしなかったので、彼らからこの場で文句を言われることはなかった。
そんな少しピリッとした雰囲気で会談が始まる。
ここで、帝国側の出席者は帝皇デュラン様を筆頭に、宮廷魔術師長ジルジオ・レイクランド様、宮廷近衛騎士隊長シュルツ・グラファイト様、宮廷神官長ファリス・ティエット様、中央第一騎士隊長官クレゴリィン・ホーンズ様、そして、リリアリア様の計六名。
対する解放同盟側は、同盟の盟主である俺と、副官のエレイナ、正統ラフレスタ家の四女であるユヨー、ラフレスタ高等騎士学校校長のクロイッツ・ゲンプ伯爵、アストロ魔法女学院学長のグリーナ様、神学校ラフレスタ支部代表のプロメウス・ヒュッテルト氏、解放同盟に協力したロッテル・アクライト氏の合計七名。
そして、驚いたことに、最後の戦いで主導的な役割を果たした者の参加も命じられた。
それは元警備隊総隊長アドラント・スクレイパー、元第二警備隊隊長ロイ、副隊長フィーロ・アラガテ、神学校のマジョーレ司祭、ラフレスタ高等騎士学校四年生のアクト・ブレッタ君、セリウス・アイデント君、フィッシャー・クレスタ君、アストロ魔法女学院四年生のハルさん、ローリアン・トリスタさん、クラリスさんの合計十名。
こうして、総勢二十三名によるラフレスタ戦後の会談が始まった。
「先ずは状況を簡潔に述べよ」
帝皇デュラン様の命を受けて、宮廷魔術師長ジルジオ様が現状について報告を行う。
「ゴルト歴一〇二三年九月七日午後六時に領主ジョージオ・ラフレスタの独立宣言より始められた反乱。以降、これは『ラフレスタの乱』と称させて頂きます。そして、その後の顛末について報告しましょう。それは・・・・」
このとき、ジルジオ様によって情報を精査してまとめられた報告は概ねの真実の内容であり、的確で、そして、簡潔にまとめられていた。
ジョージオ兄の宣言により始まったラフレスタの乱だが、その黒幕は獅子の尾傭兵団によるものであった事。
獅子の尾傭兵団の幹部、特に副官カーサなる人物が造り出した『美女の流血』と呼ばれる魔法の支配薬によって多くの人間が洗脳させてしまった事。
洗脳された人物は多数、多岐に渡り、その中にジュリオ第三皇子も含まれている事。
獅子の尾傭兵団は人攫い、特に魔術師の拉致を目的のひとつとしていた事。
その騒乱の首謀者は傭兵団団長であるヴィシュミネであり、他の幹部と共に解放同盟の有志により全員が既に処断された事が報告された。
本当に正確な情報を把握している・・・俺は彼らの情報収集力に驚かされる。
その報告に対して、帝皇デュラン様の反応は冷ややかだ。
「フン。この獅子の尾傭兵団なる集団の背後には当然『黒幕』がおるのであろうな」
そう忌々しくそう聞くデュラン様は相手が既に目星ついているのだろう、と周囲に思わせぶりの態度で示していた。
「お察しのとおりです。やはり背後にはボルトロール王国がいるのでしょう。まぁ、しかし、今回の件を問うても、いつものように知らぬ、存ぜんぬ、を通すと思われますが・・・」
ジルジオ様が答えた内容も帝皇デュラン様にとって予想の範疇だったようで、大きく顔色を変える事は無い。
「デュラン様。ここはひとつ攻勢をしてみては如何でしょうか? こうも我が帝国を蹂躙されるままでは相手から弱腰とも思われかねませぬ」
第一騎士隊長官であるクレゴリィン様は帝皇デュラン様にボルトロール王国への侵攻を提案する。
ここでデュラン様は何かを考え込み、そして、次に解放同盟へ一時的に協力していたロッテル氏に意見を求めた。
「ロッテルよ、お前の意見も聞こう。彼らと直接に一戦交えた卿ならば、感じる事も多かった筈だ」
「ハッ!」
帝皇デュラン様から発言の許可を得たロッテル氏は自分の感じた事を素直に述べる。
「今回、戦い結んだ獅子の尾傭兵団の幹部達は恐ろしいほどに高い能力を有した手練れでした。それでいて、祖国への忠誠は高い・・・普通あれほどに個々の能力が高い者は、自分の欲に駆られて祖国を裏切る、もしくは、自分の利益の為にいろいろと働き出しそうなものですが、彼らは・・・少なくとも団長のヴィシュミネという人物は、そんな人柄には見せませんでした。彼らがそこまでにして国家へ忠誠を誓う理由については単純に忠誠心があるだけとは思えません。何らかの弱みを握られているのか、それとも、国の教育により高い忠誠心を強く刷り込まれているのか。それとも更なる強者が存在していて、その恐怖により彼らを縛っているのか・・・詳細は解りかねます。それらを総合的に加味すると・・・」
「卿の結論は、侮り難し相手である、ということか・・・」
帝皇デュラン様はロッテル氏の意見を飲み込む。
「御意に」
ロッテル氏も自分の言ったかった事が正しく伝わっていると認識し、短く同意の言葉を出した。
「つまり、無暗に攻めれば、手痛いしっぺ返しを喰らう可能性もあるということか・・・まあよい・・・この件は、しばらく静観するとしよう」
ここで帝皇デュラン様の決定に異を唱える者はいなかった。
「ときにロッテルよ。今回は貴様らしくない失態であったな」
「ハッ。私が付いていながら、ジュリオ様にとって大変な恥をかかせてしまいました。この罪の償いは、どのような事でも受け入る所存です」
首を垂れるロッテル。
「ジュリオ以下、今回の件に関わった者は現在治療が必要であろう。全員にはしばらく謹慎を言い渡す。ジュリオ本人については獅子の尾傭兵団に操られていたとは言え、死人も多く出た今回の事件は誰かが責任を取らねばならん。正式な沙汰は追って公表するが・・・ジュリオの失脚は免れぬと思え」
帝皇デュラン様の決定はそれまでジュリオ殿下を推してきたロッテル氏にとって非常に残念であるが、これでも沙汰としては相当に軽い方だと思う。
今回の事件の大きさを考えると、死罪となる可能性もあったからだ。
ジュリオ様本人も含めて、死罪はまだ命じられていない。
ロッテル氏としてはこの決定が覆らない事を祈るばかりだろう。
「しかし、ロッテルよ。卿は罰を受ける前に、まずは東に行って仕事をしてくるが良い。卿の第二軍は、既に二週間ほど前にクリステに向けて進軍をさせている」
「クリステにですか!」
「そうだ。クリステの地は獅子の尾傭兵団の本拠地だった土地だ。獅子の尾傭兵団を隠れ蓑にしたボルトロール王国から侵略を受けておる。事実そうであろう? ライオネル・エリオスよ。何か知っていることはあるか?」
帝皇デュラン様はここでいきなり俺に向き直り、事実の確認を促される。
この帝皇様は鋭い・・・
「そ、そうです・・・確かにジョージオ公が最後に交渉していた相手はクリステの領主でした」
俺はいきなり自分に振られたことに少々驚きながらも、最期に秘密の部屋で自分が見聞きした事を正直に話す。
俺からそれを聞き、帝皇デュラン様は自分の得た情報が正しかった事を改めて実感しているようだ。
「現在のクリステは例の洗脳薬物を使われて支配が完了していると見てよい。気付くのが遅かった故、我々も対処が遅れてしまった。相手側の支配も相当根深い筈だ。ロッテルは自分の第二軍と合流して、クリステ解放に尽力せよ。そして、その仕事が終わってから卿の処分を考えよう」
「ハッ! 御意に」
帝皇デュラン様からの任務を受領したロッテル氏は着席する。
ロッテル氏はここで何かを心に留めると、それ以降この会談で口を開くようなことは無かった。
帝皇デュラン様はそんなロッテル氏との会話を終え、ここで明るい話題に切り替えてくる。
「それほどに危険な存在であった『獅子の尾傭兵団』。その幹部達を抹殺できたのが、君達の働きによるものだな」
ここで帝皇デュラン様の興味は学生達に向いた。
「特にアクト・ブレッタよ。其方は件の団長ヴィシュミネ、副団長カーサ、そして、強者の怪人ギエフ、狂人フェルメニカを斬った人物と聞いておるぞ。誠にたいした者よ」
「いえ、恐縮です。今回は運が良かっただけ。そう肝に命じております」
それはエストリアの頂点に立つ人物より直々に褒められるという大変栄誉な事であったが、それでもアクト君は平常運転であり、常に変わらない彼の姿がそこにあった。
そんなアクト君の姿を見て、ハルさんも何故か嬉しそうにしている。
それを観てなのか、横からリリアリア様の茶々が入った。
「この坊やはねぇ。儂の娘のパートナーになるらしいんじゃよ」
「ちょっ、お母さん。何を言って!」
顔を真赤にして抗議するハルさん、このお陰で場の雰囲気は一気に和む。
出席した解放同盟の面々も、既にふたりの関係を知る者や、そうだろうなと感付いている者は、このやりとりに思わず笑みを溢した。
こういう話題は殺伐とした事件が続く現状、いい薬である。
ハルさんは顔を真赤にしながらも、皆からの祝福を受けて、幸せを感じているようだったのが印象的だ。
しかし、だからこそ帝皇デュラン様が発した次の一言・・・それが皆に衝撃を与えた。
「そうだな。我が帝国の勇者の心を射止めたのは、さすが、異世界からの『来訪者』だけの事はあろうな」
「!!!」
帝皇デュラン様からのその一言が会談の参加者達に大きな衝撃を与えた。
解放同盟の中でもハルさんの出生の秘密を知っていた者のは俺とエレイナ、ゲンプ伯爵、グリーナ学長、ロッテル氏、マジョーレ氏、そして、学生達だけの筈である。
「何ぃぃーっ!?」
帝国中央政府側の人間も当のデュラン様とリリアリア様以外この事実を知らなかったようで、素で驚いた顔を晒している。
「まさか・・・そんな。七賢人の伝説ではあるまいし・・・」
常に冷静を崩していなかった宮廷魔術師長ジルジオ様でさえ、口をパクパクさせている。
「デュラン。あんた、知っていたんだね!」
リリアリア様は思わず帝皇陛下に素でそう喋ってしまったが、この時のリリアリア様の不敬を正す者は誰も現れなかった。
それほどに全員が驚いた瞬間であった。
「フフフ、予の情報網を侮るではないわ。入ってきてよいぞ」
ここでデュラン様は悪戯が成功した悪餓鬼のように愉快な顔を覗かせて、誰かを呼ぶ。
その求めに応じて入ってきた人物とは・・・
「エリー、あなた!」
ハルさんは部屋に小柄な少女に、見覚えがあるようだった。
アストロの学生であることを示す灰色のローブを着ているので、ハルさんの後輩だろうか?
「改めて紹介しよう。予の遠戚であるエリーじゃ」
「そんな! エリーには隠している素振が全く見えなかったのに・・・」
驚くハルさん。
ここでグリーナ学長が俺に捕捉をしてくる。
「このエリーさんの実家はレストロール領で有名なレイモンド商会の娘ですわ」
「レイモンド商会・・・どこかで聞いた名前だなぁ・・・」
「ライオネル様、それってご老卿の商会ですよ」
エレイナが答えを教えてくれた。
なんと! あそこの娘がアストロ魔法女学院に入学しているのは初耳だったが、そんな娘を帝皇様の指示でスパイとして潜り込ませていたのが更に驚きである。
「ハルは『どうして? 私には人の心が読めるのに・・・』 と思っているのじゃろうが、この娘には、ほら」
帝皇様がエリーの髪をかき上げると、そこには真珠のような小さく目立たないイヤリングがふたつあった。
そして、同じようなものを帝皇デュラン様も装着している。
「それは・・・もしかして、心を偽る魔道具!」
この時、ハルさんがその可能性について初めて気付く。
「ハルお姉さま・・・ごめんなさい」
ここで、エリーは真珠のイヤリング(心の透視を妨害する魔道具)を外して、涙目になった。
「なるほどね。見事にやられたわ。身内に間者がいたなんて・・・道理でこの王様はいろいろと私の事を知っていると思ったのよ・・・例のクラインとナブールだけじゃなかったようね」
諦めムードのハル。
クラインとナブールは月光の狼と合流した帝国南の反政府組織『アレックス解放団』に所属する若手だが、昔、白魔女から指摘があり、間者である可能性は解っていた。
なかなか足を出さず、また、害も出なかったので、放置していたが・・・
なるほど、彼らが帝皇様直属の間者だったならば、いろいろ帝皇様が事実を知っているのも納得できる。
どうやら俺達は早くから帝皇様にマークされていたらしい。
それに第三皇子であるジュリオ殿下でさえも、ハルさんの事を相当調べていたのだ。
帝皇デュラン様がその権威と力を使えば、それ以上に調べることは簡単だったのだろう。
ハルさんも誤魔化せるのをどうやらここまで、と諦めたようであった。
「赦せ、ハルよ。そして、エリーは悪くないぞ。恨むならば、それを命じた予を恨むがよい」
「ええ、そうするわ、王様。確かに今でもエリーは私を尊敬してくれている。どうやらそれだけは本物のようだしね」
そんなハルさんの評価にこのエリ―と呼ばれる美少女もはにかんで応える。
「それで、私をどうする気? ジュリオ殿下のように囲うの?」
ハルさんの口からそんな言葉が出た途端、彼女を守るようにアクト君かハルさんの前に出た。
ううん、格好いいねぇ~
「フフフ、予はそんな事をせんよ。白魔女の怒りを買いたくはないからな」
帝皇デュラン様が飄々とそう言ってのける姿は、どこか俺に似ていると思ってしまう。
やっぱり、この帝皇様はどこかで会っていないか?
そんな疑問が心に過る。
「ただし・・・」
「ただし?」
「ハルがこの帝国に多少の愛着と恩義を感じてくれるのであれば・・・其方の持つ魔法の仮面と同じものを三つ、予のために造ってくれんか?」
「それを一体何のために使うの?」
「・・・・秘密じゃ」
「・・・・」
「・・・・」
沈黙と少しの緊迫感が漂うが・・・結局、ハルさんはすぐに折れた
この場で抵抗したところで、もうどうにもならないし、帝皇相手に恩を売るのも悪くないと考えたようだ。
「・・・・解ったわ。そのかわり、私に対してこの先『不干渉』を通して貰えるのであれば、ね」
「勿論だとも。約束しよう。それに必要ものは全て準備するし、それ相応の報酬も与えようぞ」
デュランはハルからの条件を快諾し、報酬も約束する。
「契約成立だな。しかし、書記官よ、この事は議事に残すではないぞ。帝国の最高機密扱いじゃ。他の者もこのハルが異邦人であること。それに関わる事。これから話すことも門外不出じゃ。墓場まで持っていくが良い。それがハルから申し出ている『不干渉』という約束を守る事だからな」
デュラン様の指示どおり、会談の内容を記録していた書記官はここでペンを置き、今、記録したノートの頁を破って捨て、それを別の者が魔法の炎で燃やして炭にした。
連携の取れた格好良い所作である。
もしかすれば、彼らは普段からこのような事を訓練しているのかも知れない。
そんな下世話な評価をしてみたが、ここで重要なのはこれじゃない。
思わず注意が削がれるところだった。
恐るべし、中央政府!
こうして、デュラン様から会談再開の申し出がない限り、ここから先はごくごく私的な非公式の会見の場となるようだ。
「それでは、予にも見せて貰おうかのぉ。このラフレスタの乱を収めた真の功労者である魔女の姿を」
その言葉はデュラン様が白魔女の正体を既に把握している事を示している。
観念したハルさんは「まったく、しょうがないわね・・・」と、ローブの懐に忍ばせた特製の魔法袋からひとつの白い仮面を取り出す。
ゆっくりとした所作でその仮面を装着した直後、大きな変化が起きる。
俺は最近見慣れてきたが、初めて見た者の驚愕は手に取るように解る。
あまりにも多くの魔素がハルに向かって収斂し、生じた魔法によって強く光り輝く彼女。
そして、その光り輝く中から現れたるのは・・・・絶世の美女である。
「おおお!」
突然の白魔女の登場に驚きよりも、彼女の美しさと神々しさに感嘆の言葉を発する人が続出した。
美しい白魔女の姿に目が眩んだのもあるだろうが、これが白魔女の常時発動している魅惑の魔法にやられた者が殆どだろう。
どうだ、凄いだろう! と俺は何故か得意気になる。
そんな子供染みた気持ちが悟られたのか、エレイナにここで足を踏まれた。
痛てぇーっ!
「また、この娘は・・・とんでもない物を造ったね」
ハルさんのエストリア帝国で戸籍上の母親である大魔導士リリアリア様からそんな呟きが漏れ聞こえる。
「やはり、この力・・・ジュリオがハルに目が眩んだのは、この娘の持つ麗しさだけではない!」
帝皇デュラン様もハルさんの価値を正当に評価した。
「本当に、とてつもない力を感じるわい・・・ハルが『懐中時計』を初めとする高性能な魔道具を作っていた事はグリーナから聞いておったが・・・これは報告が無かったのう」
「私だってこれを知ったのはごく最近ですよ。もしもハルさんがこんなのを作っていると知れば、即退学を考えるか、それとも、即卒業させていたわよ。この魔道具を没収して・・・」
グリーナ学長はリリアリア様にそんな言い訳をしている。
それほどまでにこの『白仮面』は魔法の専門家であるふたりが慌てるほどの力を秘めているのが解る。
そんな魔法の仮面を三つ所望する帝皇デュラン様が、これを一体何に使うのかと考えると、少しだけ不安になる。
当のデュラン様はそんな事はどうでも良いと、話を先に進める。
「さぁ、これで其方も予も、自由に話せるだろう。なんせ、リリアリアはハルの事について一言も教えてくれんかったからなぁ」
「言える訳なかろうがっ!」
「ムハハハ」
非公式の場であり、砕けたリリアリア様の言葉遣いと、それを何も気にしない帝皇デュラン様の姿を見ると、このふたりの関係はこれが自然なのだろうか?
ハルさんがここでデュラン様に問う。
「それで、王様は私に何を聞きたいのかしら?」
「そうであるな。まずはハルの生まれた世界のこと、そして、その国の事を話して欲しい。其方の知識からして我々の世界よりも遥かに文明が進んでいるのだろう? 私を含めて、皆にその話を聞かせてくれるだけでも利益があるというものだ」
「いいわ」
ハルさんはそう言って光の魔法で映像を作る。
青と白でできた球体が宙に浮かんだ。
「これが私の生まれた星『地球』よ。この星には海があって陸もある。そう、ここのゴルトの世界と同じようなものね」
この地球という天体がグルグルと回りながら映像は次第に拡大されていく。
「私が生まれて、そして、所属していた国家は『サガミノクニ』と呼ばれる小国よ。尤もこの世界は三度の世界的大戦を経験していて、そのときの教訓から大国はすべて解体されて存在しないわ。小国だけになっているのよ。世界中どの国も経済的な尺度によって均等になるよう分割されているわ」
「ほう、それは興味深いな。しかし、全てか小国となると軍事的な活動が難しいであろう。それでいてよく秩序と治安が保たれるものだ」
「私も詳しい説明ができるほど政治や軍事に関する知識は無いけれども、私達『サガミノクニ』は世界的にも治安が良く、恵まれた国だと言われていたのは確かよ」
ハルさんはそう言いながら映像を動かす。
地球で一番大きな大陸の東海洋部付近にある南北に細長い島へと映像が移り、その島の東側のひとつの地区がさらに拡大された。
そして、映像がその国の街の風景へと切り替わる。
平坦に舗装された広くて綺麗な道路と高層の建造物群。
そして、街を行き交う馬が無いのにどうして動いているのか解らない車両と多くの人々。
その人間は全てが黒い髪で黒い瞳、色の薄い肌はハルさんの特徴と合致する民族であることがよく解る。
尤も、このハルさんの髪は青味がかかっているが・・・
「私がこの街で生まれて、西暦二一〇四年の十五歳になるまでこの国に居たわ」
そこで映像が切り替わる。
密室内で起きた爆発の映像。
「そして、ある日、私は事故に遭遇し・・・気が付けば、こちらの世界へと飛ばされていた。もう、四年も前の話しになるわね」
映像はクレソンの郊外に始まり、港町、リリアリア様との日々、そして、ラフレスタへ・・・と、今につながる映像が走馬灯のように次々と現れては消えていった。
「私は故郷に帰りたい・・・だけど、その方法がまるで解らない・・・だけと諦める訳にはいかない・・・いつかきっとその方法を見つけてみせるわ。そのために魔法を学んでいる。魔道具の研究をしているのも、それが目的よ」
ハルさんは遠い目をした。
そして、周囲へと視線を移しアクト君と視線が合う。
アクトはハルに「うん」と互いに頷きを見せる。
ふたりの間には既に言葉はいらない。
そう思えるほど互いに信頼しているのが良く解った。
「ふむ。貴女の境遇には大いに同情はできるが、元に世界に帰る方法、こればかりは帝国一の権威を持つ予でも、どうすることもならん」
「そのようね。もし既にその技術があったのならば、ジュリオ殿下もこんな無茶はせずに異邦人を好きなだけ獲得できていただろうし、例の七賢人も遂に元の世界に戻れなかったと記録にあるらしいから、こればかりは自分で探すしかないわ・・・」
「力になれなくて、すまんな・・・」
重い雰囲気になるが、場の雰囲気を入れ替えるため、ここで帝皇デュラン様は敢えて話題を変える。
「しかし、ハルの居た世界の政治・経済・軍事、そして、優れた文明については個人的に関心がある。もう少しこの老人の世間話しに付き合ってもらえぬかな?」
「ええ、私が答えられることならば」
ここでハルさんは、帝皇デュラン様からの願いを素直に請けることにしたようだ。
ハルさんはデュラン様からの質問に対してひとつひとつ丁寧に答えていく。
彼女の世界の人口に始まり、国家の政治体制はどうなっているのか、国軍はどれほどの規模なのか、治安をどうやって維持しているのか、経済の話しや税の話し、国民の娯楽や教育制度など多岐の話題になった。
ハルさんも博学者であり、簡潔に物事を説明して、時折、魔法を用いたイメージを映像と音で表現する技術はハルさんが得意な説明方法だ。
聞き手の興味と感心を強く刺激し、どんどんとハルさんのペースに引き込まれていく。
そんな訳で、帝皇デュラン様も、少しだけ、と言っていながら、かなり長い時間をハルとの問答に使っているのに気付いたのは、このやりとりが始まってから二時間も経過した頃であった。
「・・・うむ、民衆の代表が政治の長となり、協議で物事を決める。国家規模も小さいとなれば、何も決まらぬのではないかな?」
「逆にそれが良いと言われているわ。物事を決めたり、組織の動きは遅いかも知れないけど、重要な事案ほど慎重に考えて動くべきなのよ。もし間違った決定をして愚かな戦争をするよりも、それは何倍も良い事。私達の住む世界の価値観は、そういうところなの」
「なるほどな。世界の全てを滅ぼせるほどの兵器を持つ文明というものは、力を持つ側も賢くならなければ、自滅してしまう・・・そういうことなのだろう」
帝皇デュラン様はここで何かを閃いたようだ。
「・・・ふむ・・・・なるほど・・・・これは面白いかも知れんな。ライオネル・エリオスよ?」
突然、デュラン様は俺の方を向いた。
「この民主主義という思想をどう思う?」
突然、意見を求められた俺は、どう答えていいものか少し迷い、少しの間をおいて次のように答える。
「正直どういうものかは経験してみないことには、正しい評価はできないと思いますが・・・それを前提として答えるならば、ある側面で理想の社会のひとつかと思われます」
「どういうところが卿の思う理想の社会なのだ? 続けよ」
「法の下に平等であり、貴族も平民も無い身分制度。兵役も重税も無く、教育や文化水準が高く、経済活動も活発なようです。・・・誰しもが自由であることを許される社会である、そう思いました」
「この帝国よりも・・・でろう?」
「・・・恐縮ながら」
俺は遠慮しながらも、自分の感じた事を正直に答えた。
帝皇デュラン様から怒りを買う可能性も考えたが・・・このときは自分が感じた事をどうしても言っておきたかった。
今回はそれが正解だった。
帝皇デュラン様は口角を上げて愉快な顔を覗かせると、書記官に議事記録の再開を命じる。
「ライオネル・エリオスよ。其方は危機に瀕したラフレスタを救うために解放同盟を発足し、そのリーダーとして勇敢に戦い、見事にラフレスタ解放という目的を遂げた。その功績を高く評価し、もうひと働きして貰おうか」
「はい?」
突然の帝皇様からの突然の依頼に目を丸くする俺。
「明日よりロッテルと共に東へと向かうが良い。今尚、不当な占拠を受ける『クリステ』も見事に解放してみせよ。さすれば、彼の地の統治を卿に任してやろう」
「なんと!」
「このラフレスタは、帝都ザルツとあまりにも近いのだ。我が帝国と様相が異なる政治体制を認める事は難しい。しかし、クリステならば、それこそ国境の街である。そこに我が帝国と少し価値観の違う国ができたとしても、大きな問題にはならないだろう」
「そ、それは?!」
俺の肩が震えて、帝皇デュラン様は、うむ、と頷く。
どうやら、俺が望むことを帝皇デュラン様は解っているようだ。
「ライオネルがクリステの乱を平定できた後、その地方一帯を卿の治める国として『独立』を認めよう。卿が民主主義を理想と思うならば、それを見事に実現させてみるのも良い」
俺は自分の目の前で言われている事が信じられなかった。
それほどにこの帝皇デュラン様が宣言していることは、あり得ない事であったからだ。
エストリア帝国が自らその領地を割譲する話など、有史以来千年続くこの帝国の歴史において前例が無い。
しかし、帝皇デュラン様の目を見ると、俺を揶揄っている訳ではない。
書記官も冷静に帝皇の言葉を一語一語記載し、今の発言を公式なものとして記録している。
「本気・・・なのですか」
「嘘を言ってどうする。平等な社会を実現するのが卿の望みなのだろう? いつぞやに言っていたではないか、『自分が新しい国を興して、その国のリーダーになる。その国の名は、古代語で自由を意味するエクセリアにしたい』と」
「な、何故、それを!?」
ここで、俺は敬語を忘れるぐらいに驚き、飛び上がった。
確かに、いつか自分の理想が実現した暁には『エクセリア』という国の名をつけようと思っていたことがある。
しかし、それは誰にも話したことが無い・・・いや、一度だけ話したことが・・・
あれは、数年ほど前に、帝都ザルツへ赴いたとき――あのご老卿との会談取引が終わった夜、高級宿で意気投合した老商人に、この事を勢いで話してしまったことが・・・まさか・・・まさか!
「ふふふ。帝国の世の中とは本当に狭いものよのお。ライオネルよ」
思わせぶりの態度で示す帝皇デュラン様に、俺はこのとき、とても敵わないと思った。
あの時、老商人に扮していたのがこの帝皇だった・・・今、それを理解した。
それとは露知らず、俺は自分の思想や夢の話を調子良くこの帝皇デュラン様に語り聞かせていたのだ。
今、考えるとこれは偶然ではないのだろう。
既にあの時から、俺はこの帝皇様に目を付けられていたのだろう・・
(畜生、俺のチャンスはまだ潰えていなかった訳だ・・・)
「はっ。このライオネル・エリオス。帝皇デュラン陛下の意向を遂行するために、謹んでその命をお受けいたします」
俺はここで本当に位を正し、ここで帝皇デュラン様からの勅命を受けることにした。
そこには、いつもの俺の飄々とした姿は一切見せない。
「うむ。これで論功の話しも、まとまったな」
帝皇デュラン様もここで満足な表情を浮かべる。
齢を重ねた帝皇は、ここで、ふと、周りを見渡して、若い学生達を目にしてひとつの名案が浮かんだようだ。
「さて、これで会談は終わりにしたいが、ラフレスタの乱では多くの者が死傷する悲惨な事件であったことに変わりはない。悲惨な記憶があったとしても、民衆に希望を与えるのが為政者としての務めである。ハル以外の者は『英雄』として少しばかり働いてもらうぞ。我が宮廷魔術師長兼、宮廷吟遊詩人が格別の筆で働きをしてくれようぞ!」
そんな言葉を聞いた宮廷魔術師長ジルジオ・レイクランド様が少しだけ引き攣ったのが解った。
これで帝皇デュラン様の為人が俺にも何となく解ったような気がする。
この人は悪戯好きなのだと思った。
俺や真面目そうな宮廷魔術師長を手玉に取るのが大好きな、本当に愉快な(少し困った性格の)人らしい・・・・
「わははは。これで会談は閉幕とする」
帝皇デュランの豪快な笑い声が響く中、ここで、解放同盟と帝国中央政府の会談は終わりを迎えた。
こうして、俺は帝皇デュラン様に乗せられて自分の目的を果たすため、新たな戦地へと足を向けることになってしまった。




