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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第三部 ヴェルディの野望
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第三十八話 ラフレスタの乱と解放同盟の活躍(後編)

 俺はエリオス商会の地下に設けられた秘密基地に戻ってきた。

 これはジョージオ兄がラフレスタ独立の宣言をして、街に戒厳令が敷かれたから警備隊組織が大混乱になり、まともに機能していないからだ。

 俺が元々使っていたエリオス商会も今は解散状態であり、誰も居ないのをいいことに、既にここは放棄されたと見なされたのか、誰も警戒していない。

 そんな古巣に俺は遠慮なく戻ってきた。

 ただ使い慣れている理由だけで俺はここに戻ってきた訳ではない、俺にはこれからこの場所をラフレスタ解放の運動の拠点とするつもりである。

 不当に始まった内乱からラフレスタを解放する、それが今日から俺の組織の新たなる使命になったから、ここが俺達の全てが始まったここがアジトとして最適であると思ったからだ。

 

「エレイナ、どうだ。首尾よく契約書をまとめられたか?」

「ええ。ライオネル様。指示どおり契約書の準備は終わりましたので、最終確認をお願いします」

「うむ・・・」


 俺は急ごしらえを命じた俺達の新しい組織『解放同盟』の契約書に目を通す。

 今日を以て、俺はラフレスタを魔の手の支配から解放する『解放同盟』なる組織を立ち上げたのだ。

 それは『月光の狼』を母体とした抵抗組織であり、このラフレスタを不当に支配している獅子の尾傭兵団、その傭兵団の傀儡となっているジョージオ兄からラフレスタを解放することが目的だ。

 これは正義の観点からやらなければならない仕事でもあるが、それに加えて、俺にはこれがチャンスになると思った。

 これらが俺の野望――新しい仕組みの国造りの礎にするためには好機だと思ったからだ。

 これぐらいの内乱というイベントが無いと変革など起こせないと感じた。

 こうして、俺は今回のピンチを最大限に利用して、躍進してやるぞ、そう思う。

 そして、俺の新たな同志となる幹部連中が俺の呼びかけに集まってきた。

 それはアストロ魔法女学院、ラフレスタ高等騎士学校、ラフレスタ商会組合など、いずれもこの城壁都市ラフレスタで名のある組織の長達である。

 この中でも商会組合長のグローナット氏は俺とは旧知の中である。

 

「ライオネルさん、まさか貴方が月光の狼の統領だったとは・・・しかし、貴方の人柄は十分承知しています。もうこうなれば、我々商会組合は貴方と共に進みましょう」


 グローナット氏は会った直後、俺への支持表明をしてくれる。

 彼には昔から世話に成りっ放しである、この人柄の良い組合長には頭が上がらないな。

 

「グローナットさん、支持表明ありがとうございます。私の愛するラフレスタを解放するために尽力します。これからもご支援をよろしく」


 俺は商人らしく平身低頭で協力を依頼する。

 次に協力を表明してくれたのはアストロ魔法女学院のグリーナ学長であった。

 この人とはハルさんとのつながりによって最近縁のある人だった。

 

「ライオネルさん。ここは貴方の数奇な運命に賭けましょう。私達を勝たせてくださいね」


 彼女が長となっているアストロ魔法女学院は、つい先日、獅子の尾傭兵団から襲撃を受けており、傭兵団を完全に敵認定している。

 ここの学生も数名が拉致されてようとしていたので、獅子の尾傭兵団に対する恨みも一入(ひとしお)であり、俺も仲間として引き入れやすい。

 同じく傭兵団に恨みを持つのが、ラフレスタ高等騎士学校であり、ここの校長であるゲンプ伯爵からも好意的に協力をして貰えた。

 

「儂のところもライオネル殿に協力しよう。共に帝国の危機を乗り越えようぞ。カーッカッカッカ―」


 特徴的な笑い声で背中をバンバンと叩かれる。

 まったく、熱血的な伯爵様である。

 こうして全面的に協力を申し出てくれるのは、やはり先日ジュリオ殿下の屋敷の一件が強く関係していると思う。

 同じ理由で、アドラント・スクレイパー元ラフレスタ警備隊総隊長とロイ元第二警備隊隊長、ロッテル・アクライト元中央騎士隊長官が協力を表明してくれた。

 彼らは各々に思惑はあると思うが、それでも先日のジュリオ殿下の屋敷での顛末によって俺の立場を理解して貰った。

 昨日までは月光の狼と敵対する関係であったのに・・・不思議なものである。

 それでも彼らには正義の心がある。

 ラフレスタを解放したいと思う気持ちは同じだ。

 

「・・・すると何か、このラフレスタを解放した後、ライオネル氏は貴族を初めとした特権階級を廃止するよう帝皇様に働きかけるというのだな」


 彼らに契約書の概要を説明した直後、そんな台詞がロッテル氏より出る。

 

「そうです。私は平等で公平な社会を実現させたい。そこには貴族という支配階級は邪魔になると思っていますので。このラフレスタを『特区』として認めてもらいたいです。そのように帝皇様へ働きかけるつもりです」


 ここで俺は自分の野望を説明しておく。

 当然だが、帝皇の忠実な家来と自称しているロッテル氏はあまりいい顔をしない。

 その様子を見たアドラントが助け船を出してくれる。

 

「まあまあ、ロッテル様。ここは一旦鎮めてください。ライオネル氏がヴェルディ様ならば、きっと上手くやってくれます。特権階級に蔓延る悪だけを排除し、理想の社会を上手く実現させてくれるでしょう」


 やけに俺を推してくると思うが、彼は元々そうであった。

 ヴェルディ・ラフレスタの信奉者として一番理解していたのは彼であったと思い直す。

 

「随分、人柄を買われているな、ライオネル・エリオスよ・・・貴様の中身がヴェルディ・ラフレスタだとしても、この企みは帝国貴族としてあまり容認はできない。一歩間違えば帝国反逆罪となる可能性もある・・・しかし、今は緊急事態だ。少し(・・)は大目に見てやろう。積極的な協力はしないが、邪魔しないとだけは誓っておこう。その前に傭兵団の駆逐と殿下の救出が優先されるがな」


 俺は一番難しいと思っていたロッテル氏からの協力が、消極的であるが協力してくれる約束を取り付けることができた。

 その後、姪のユヨー・ラフレスタ嬢からも協力を得ることができた。

 そして、今までと同じく白魔女のハルさん、アクト君からも同様の協力を得た。

 こうして解放同盟の主要メンバーから契約書に承認のサインが得られた。

 もうここまでくれば解放同盟が成立できたに等しい。

 その後、俺は主要メンバー以外の面子とも会談し、ここで解放同盟を正式に発動させる。

 神学校や他の有名校、神学校、魔術師協会も加わり、俺達の人員規模は一万人以上に膨れ上がった。

 よし、これでようやく獅子の尾傭兵団と戦争ができる規模になったぞ。

 しかし、敵もやり手で、この解放同盟の決起式にスパイを紛れ込ませてきた。

 敵の魔法薬で支配されたスパイは隙を見て、要人であるゲンプ伯爵を暗殺しようしたのだ。

 ここは白魔女のハルさんの活躍により、未遂で終わらすことができたが、それでも敵に俺達の解放同盟が発足し、大規模な反乱を起こそうとしているのが察知されてしまう。

 

「これは早く行動した方がいいな。時間が経てば経つほど敵は守りを固めることができる。クズクズしていれば不利になってしまうのは明白だ。こうならないよう今直ぐにでも攻勢をかけようと思う。今から二時間後には行動を開始したい」

 

 俺は敵が守りを完全に固めてしまう前に行動開始することを決断する。

 そして、各位に指示を出し、早くも反転攻勢を始めることにした。

 作戦は単純である。

 部隊をふたつに分け、ひとつは政治的な拠点であるラフレスタ城を、もうひとつは軍事的な拠点である獅子の尾傭兵団の駐屯拠点を叩くというものである。

 獅子の尾傭兵団の駐屯地では相当な戦闘が想定されるので、ここに多くの兵を投入する。

 我々の最大戦力である白魔女もそちら組だ。

 

「エレイナには申し訳ないが、ハルさんと同じ組で戦ってくれないか?」

「解りました。私は貴方様にすべてを捧げております。ここで見事に役に立つことを証明しましょう」


 ここで自信たっぷりにそう応えるエレイナが清々しかった。

 

「俺としてはお前に危険な役割をさせるのが忍びないのだが・・・」

「何を言っているのですか、それは今更ですよ。それよりも、こんな状態になってしまったラフレスタならば何処にいても危険度は変わりません。勿論、私は負けません。昔、私と約束をしてくれましたよね。私を貴方の国の王妃にしてくれるって」

「そんな約束をした覚えは無いぞ。俺とお前のした約束とは、宰相に向いている、だ」

「まったく、本当に私を使い潰すおつもりですねぇ~」


 そう答えたエレイナはどこか嬉しそうであった。

 そんな冗談はさておき、これだけは伝えておく。

 

「エレイナ、絶対死ぬなよ。お前が死ねば、この先、俺はやっていく自信が無い・・・」

「ええ解っていますよ。死んでしまえば、助けて貰った価値がありませんものね。それに私は貴方の宰相をやるまで死ぬわけにはいきませんよ」


 粋な事言うエレイナに報酬を少し前払いしてやろう。

 ここで俺は彼女を抱き、軽い接吻を返してやった。

 

「キャッ!」


 俺からの突然の報酬に驚くエレイナからはそんな声が聞こえてきたが、その目はウットリとしていて拒絶してない。

 その姿をハルさんとアクト君に見られて、俺は少し虚勢を張ることにした。

 

「こいつは大人の挨拶だぞ」


 少し格好をつけて俺はそんな言い訳をする。

 俺はまだエレイナの逢瀬を堂々と人前で見せられる覚悟ができていなのかも知れない。

 そんな心の揺らぎをエレイナには読み取られる。

 

「いいえ、これは大人の契約証です。こうしておけば簡単に死にませんから」


 直後にエレイナからはそう宣言されて、今度はエレイナの方から積極的に接吻してきた。

 これはエレイナなりにハルさんへ見せつけているのだろう。

 その姿にハルさんとアクト君が諸手を挙げて呆れているのが解る・・・ちょっと大人気ないエレイナの行動は癪だが・・・

 しかし、これで俺の活力が沸いてきたのは事実だ。

 よし、この戦い絶対に負けられんな。

 勝ってやるぞ!

 

 

 

 そんな茶番はあったが・・・

 こうして、俺達、解放同盟は二手に分かれて敵に夜襲を掛けることになった。

 当然、俺はラフレスタ城を攻める側だ。

 ラフレスタ城近くへ移動すると、すでに敵は陣を固め、ラフレスタ城の守りは万全。

 ここを占拠するおびただしい数の敵の傭兵団を見て俺は嘆息する。

 

「ふぅ、ざっと見て千人ほどの守りか・・・ やはり敵は我々の行動を察知していたらしい。街中の警備兵をすべてここに集結させた訳だな」

 

 俺はラフレスタ城の近く建物に潜んで、そんな現状を嘆いた。

 

「そのようですね。どうされます? 叔父様」

 

 同行するユヨーより今後の進め方について問いわれる。

 

「別の部隊が傭兵団の本拠地を襲撃している今が最大のチャンスであるのは間違いない。もう引き返せない・・・それに叔父様というは止めて欲しいものだが・・・」

「誰が何と言おうと、貴方が私の叔父様であるという事実に変わりはありません。姿は変わっても過去は変えようも無いのですから」

 

 ユヨーは俺の呼称の訂正を拒む。

 

「まったく、頑固な姪だこと。一体誰に似たのか・・・まぁ、この期に及べばもう好きに呼べばいいさ・・・さて、それよりもこの状況をどうするかが先決だな・・・」

 

 俺は姪との不毛な議論に発展する事をさっさと諦めて、目先の課題に対してのみ頭脳を巡らす。

 そして、俺が悩む間に、街の東側から大きな火の手が何本も上がるのが窓から確認した。

 

「あちら側では始まったか」

 

 ロッテル達の別働隊が獅子の尾傭兵団の拠点で作戦行動を開始した事を知る。

 その戦乱の様子はラフレスタ居城で警備をする獅子の尾傭兵達にも伝わったようで、彼らは口々に騒ぎはじめ、やがて守りを固めていた敵の半数の兵が本隊の応援へと駆けつける様子が見て取れた。

 

「おお、少しは減ったぞ。チャンスになったか!」

 

 それでも、ざっと見て五百人ほど残っているが・・・これならば、なんとかなるかも知れない。

 そう思って、俺は攻撃の狼煙を上げることにした。

 

「今しかないと思いますが、皆さんどうですかな?」

「よろしいですわよ。それでは。私が役に立つところをお見せしましょう」

 

 グリーナ学長はそう述べ、それまで座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり、複雑な長い呪文の詠唱を始めた。

 

「~~~遥かな時を旅する精霊よ。紛いの生命に宿りしたまえ」

 

 そう呪文を締めくくると、傭兵達が詰める近くの空間が歪んで、やがて、巨大な人の形をした半透明の塊が姿を現す。

 

「なっ、なんだ。こいつは!」

「ひっ! こっちにも、もう一体出た!」

 

 すぐさま大騒ぎになるが、この騒ぎの原因はグリーナ学長の召喚した人工精霊という魔法であった。

 

「先程から観察していれば、敵の中にも魔術師の姿が何人か居ますね・・・それは、ここが重要な施設ですので、守りを固めるための魔術師の布陣であると思いますが、果たして彼らがどれほどの優秀なのでしょうか?」

 

 グリーナ学長は相手を値踏むように現在潜む貴族の館の窓からは敵の傭兵達の中に居る魔術師をひとりひとりを観察している。

 

「魔物でも召喚したのか? こんなもの、俺の魔法で焼き払ってやるぜ!」


 血気盛んなひとりの魔術師が自分の得意な魔法を安易に行使しようとする。

 

「炎よ、焼き尽くせ!」

 

 彼の短い詠唱と共に炎の魔法を具現化させ、人工精霊に向かって放たれる。

 

「魔法詠唱の速さと攻撃力は・・・まぁまぁの中程度ですが・・・」

 

 グリーナは敵の魔術師をそう評価した。

 炎の魔法は人工精霊に迫り・・・そして、命中するが、表面の防護結界に阻まれて、その内部まで攻撃は届かない。

 

「何だと!」


 人工精霊の異常さに今更気付いた敵の魔術師であったが、時既に遅しである。

 人工精霊はその魔法を反射して、その結果、魔法を放った本人とその周囲を道連れにする結末。

 

「ギァアーーーー!」

 

 グリーナ学長が行使する魔法は恐ろしい魔法であった。

 ここで彼女は無敵の精霊軍団を召喚した。

 そう評すれば妥当なのかも知れない。

 自分迫る魔法を全て反射させて、そして、物理的な攻撃は無効化する。

 そんな無敵の敵の出現に、敵は成す統べなく敗退して行く。

 

「敵の魔術師の頭脳は並以下でしたね。己の技を過信しています。正体不明の敵に全力の魔法を放ってはいけません。尤も、彼は中途半端な威力の魔術師だったようですので、致命傷だけは避けられましたが・・・」

 

 最後まで先生口調のグリーナ学長は、ここで行われる戦いの残酷さを言葉の仮面で隠し、俺にそっと微笑んでくる。

 

「こんなものでしょうね。私はハルさんほどに器用ではありません。向かってくる敵を多少殺めてしまう事になりそうですが、それは構いませんよね?」

 

 俺はここでこの偉大な魔女の恐ろしさの一端に触れたような気になったが、それでも彼女が主張することには共感できる部分もあった。

 

「うむ、上出来です。綺麗事だけで物事は回りません。そうならば、遠慮なく思いっ切りやってください。悪名は解放同盟の盟主である私が全て責任を持ちましょう」

 

 俺のそんな決意を覚悟に、グリーナ学長は満足しているようであった。

 

「解りました。それでは、私は貴方の駒となりましょう。さぁ、参りますわよ!」

 

 ラフレスタ最強の大魔女は俺の言葉に満足し、そう応えると、颯爽と潜む貴族の屋敷から飛び出して、戦場に出陣して行く。

 俺達は彼女に続き、混乱の戦場を馳せる。

 そして、ここでの混乱を上手く利用して、戦況を有利に進める。

 ここでも俺は部隊を分けた。

 ラフレスタ城内に侵入するのは俺やグリーナ学長など重要人物のみとする。

 そして、外で暴れ続けさせるのはそれ以外の兵隊だ。

 勿論、外で暴れて貰うのは陽動が目的。

 その指揮官にジェンとアタラを当てた。

 彼らは有能だが、個として力を発揮するよりも、遊撃役として部隊を指揮し、外で暴れて貰う方が向いている。

 ラフレスタの居城に一緒に侵入するのは別の精鋭達に担って貰うことにした。

 こうして俺達別働隊は領主の部屋を目指し、ラフレスタ城中に侵入を果たす。

 『消魔布』のお陰で物理的にも魔法的にも隠密行動が可能となり、俺達は敵に発見されることなく城内を進んだ。

 しかし、そんな安易な隠密行動も、とある部屋の扉を開けた時に終わりを迎える事になる。

 

ドカーーーン

 

 盛大な爆発が起こり、扉を開けた月光の狼の構成員が爆風をまともに受けて吹き飛ばされてしまう。

 そして、その直後、彼は壁に激突して、グシャという音がした。

 爆風の衝撃で潰されて即死したのだ。

 くっそう!

 

「く・・・これは魔素爆弾か!」

 

 幸運にも無事だった俺は、すぐにこの爆発の正体を看破する。

 それは先のデルテ渓谷の戦いで白魔女を窮地に追い込んだ敵の秘密兵器・・・魔素爆弾の存在をよく覚えていたからだ。

 床一面に撒かれた銀色の砂は魔法を帯びて鈍く発光している。

 これは魔素爆弾が活性化している証左であった。

 

「消魔布を捨てろ! 魔法も魔剣も駄目だ。魔素爆弾が反応してしまうぞ」

 

 俺の的確な指示に従った解放同盟の彼らはこれ以上の被害を出さない。

 犠牲者は最初のひとりだけで済んだ。

 しかし、この先は消魔布による隠密行動ができない。

 これを見越していたのか、部屋の向こう側からは完全武装の騎士達が大勢で雪崩れ込んできた。

 ここで、先頭を進むひと際煌びやかな鎧を着た隊長風の男がその鎧兜を開ける。

 

「おお。一体どんな下賤な狼藉者が侵入してきたかと思えば、ライオネル・エリオスか・・・それにアドラント・スクレイパーもいるではないか! 盗賊風情と組むとは、其方も地に落ちたものよのおぅ。ムハハハ」

 

 自慢の自慢の髭を震わせて俺達を見下すように笑うのはラフレスタ騎士長の貴族ゲリッツ・ザレフトだ。

 奴の顔も名前も知っている。

 俺の中では使えないヤツだとして覚えている。

 

「ゲリッツ・ザレフトか。貴様こそ、悪魔に魂を売ったようだな」

 

 アドラント、彼もよく知るこの人物にそう悪態を吐きつけていた。

 

「何を言うか、この謀反人め! 正当なラフレスタ家に仕えるのが我らの使命であるぞ。それを貴様は命令には従わぬとは!」

「違うな、ゲリッツ・ザレフト。我ら帝国貴族は時として正義のために行動する必要がある。領主であるジォージオ・ラフレスタ卿が道を踏み外したとき、それを正すのが我ら帝国貴族の役目でもある。帝皇に反旗を翻すなど、正気の沙汰とは思えない。領民や学生を拉致して殺傷する暴挙を目にして、私もようやく目が覚めた。我らがジョージオ・ラフレスタ卿は本当に狂ってしまったようだ」

「何を言うか! 我らが盟主を愚弄するとは不敬な奴め。この儂が成敗してくれるわ!」

 

 ここでゲリッツ・ザレフトは怒りで顔が真赤に染まった。

 そして、鎧兜を被り直し、素早い動きでアドラントに斬りかかってきた。

 

「何!」

 

 ゲリッツの突然の凶行に驚きながらも、アドラントは自ら剣で何とかゲリッツの攻撃を躱す。

 ゲリッツ・ザレフトの鋼鉄製の剣は少し前までのアドラントのいた場所の空を切り、石の床に突き刺さった。

 石をも貫く豪剣の技であるが、俺はここですぐに彼の異変に気付いた。

 このゲリッツという人物はいろんな意味で生粋の貴族騎士であったのを俺もよく覚えている。

 つまり、人に指示をするばかりで、自ら動く事はほとんど無い人物なのである。

 勿論、腕っ節も弱く、これをよく覚えていた俺は、ここでの彼らしくない行動に大いなる違和感を得た。

 同じ感覚はアドラントも感じていたらしい。

 つまり、部下を差し置いて自らが矢面に立ち戦う姿など、ゲリッツ・ザレフトという男にはあり得ない行動なのである。

 

「お前・・・ 一体何が!」

 

 そんな驚くアドラントの顔を見て、ゲリッツは得意げに語る。

 

「フフフ・・・ 我は生まれ変わったのだ。我ら騎士隊はカーサ殿の洗礼を受けたのである。契りを結び最強の力を手に入れたのだ!」

「何を言っているのか全く訳が解らんが・・・どうやら貴様も獅子の尾傭兵団に何かされたようだな」

「うるさい狐め。さぁ、部下達よ、鬨の声を挙げよ。今こそ我らラフレスタ騎士隊の力を示す時が来たぞ。一斉にかかれーーーっ!」

「「「うおー!」」」

 

 攻撃の許しを得た完全武装の騎士隊達がここで声高々になる。

 そして、圧倒的な数の完全武装の騎士達が俺達に襲い掛かった。

 これで万事休すか・・・そう思った俺であったが、そこで救いの手が差し伸べられた。

 自分の横を何かが通り過ぎたかと思えば、それは大きく迂回し騎士達の横から襲い掛かる。

 そして、大爆発が起きた。

 

ドカーーーーーーン

 

「ギャーーーーー!!!!」


 魔素爆弾がこの魔法に反応して、大爆発を起こした結果でもあるが、それは魔法を使っていない筈の騎士達の中心で起きたのだ。

 密集していたため、彼らに逃げ場は無く、爆風に吹き飛ばされて将棋倒しとなる。

 そして、動けない騎士達に第二波の魔法が降り注いだ。

 

ドカーーーーーーン

 

 ここで、再び魔法が発動して、それに魔素爆弾が吸い寄せられて同じ爆発が再び起こり、今度は騎士の四肢が完全に吹き飛んだ者もいた。

 

「うわーーー。やめてくれ!!」

 

 ここで、痛みと恐怖によって混乱する騎士達だが、その攻撃を実行したのはアドラントの後方に立つ、この街で最高の大魔導士によるものであった。

 

「魔素爆弾・・・一見すれば魔術師に対して優れた防衛手段であると思われますが、術者が領域外に出ていれば、何の脅威も感じませんね」

 

 冷静にそのような言葉で評すのはアストロ魔法女学院のグリーナ学長である。

 

「ましてや、私は、魔力の制御が大得意です。攻撃魔力に指向性を与えて、術者との繋がりを切断した状態で飛ばすことなど、ほら、このとおり簡単なのですよ」

 

 三度、同じ事をする。

 彼女より放たれた純粋な魔力の塊は、複雑な軌道を描き、魔素爆弾の砂が敷き詰められた床へと落下する。

 当然、そこに存在している魔素爆弾がこの魔力に反応して暴走状態となり、臨界を迎えて、そして・・・

 

ドカーーーーーーーン

 

「ぐわーーーーー」

 

 再び大爆発が起こった。

 良くも悪くも騎士達は以前の白魔女との戦いの顛末を目にしていて、あの圧倒的な破壊力を持ち無敵だった白魔女・・・そんな彼女さえも無力化できた『魔素爆弾』の力を過信してしまったのだろう。

 デルテ渓谷の時は白魔女を魔素爆弾の敷き詰められた罠の中央へと誘い出し、そのタイミングで魔素爆弾を活性化させていたので、彼女を魔素爆弾の檻に閉じ込める事が成功していた。

 しかし、今回は膨大な魔素爆弾の砂を活性化できるほどの力量を持つ魔術師がこの場には居なかった。

 そのため、獅子の尾傭兵団の実力ある誰がによって予め活性化させた砂をこの場所まで運んできただけなのだ。

 あの時とはまるで状況が違うこと・・・そんな単純な事さえも理解できないラフレスタの阿呆騎士団達共。

 彼らの中で決定的に何かが欠落していた。

 これは後から解ったことだが、これがカーサの術により妄信的な忠誠心と身体能力の強化を受けただけの人間の弱点でもある。

 自分にそんな術が掛けられている事を全く気付けない騎士長ゲリッツは、部下が血の海に溺れていることを未だに頭の中で正しく理解できずにいた。

 

「この悪魔の魔女めが! 我の剣で成敗してくれるわ!!」

 

 ここで、ゲリッツはアドラントからグリーナ学長へと標的を切り替えて、飛びかかろうとする。

 しかし、グリーナ学長はここで自分の仕事に手抜きをすることは無い。

 短い詠唱と共に同様の魔力の塊を生成し、これをゲリッツ・ザレフトにぶつける。

 彼は後方に大きく弾き飛ばされ、そして、自分の身体に纏わり付く魔力に魔素爆弾が引き寄せられて・・・

 そんな騎士長が魔素爆弾の敷き詰められた砂の中央に落下したとき・・・より一層盛大な爆発が起きる。

 

ドカーーーーーーーーーーーーーーーン!

 

 文字どおりここで身体が爆散し、四肢を含めて鎧共々粉々に吹き飛び、周囲の騎士にも多大な被害を与える結果になる。

 こうして壮絶な最期を迎えたゲリッツ騎士長であったが、その末路が利いたのか、それともここで明確な指揮系統が無くなってしまったことによるものなのか、残された騎士達は素直に自分達の負けを認めて投降することへとつながる。

 あまりにも呆気ない結末であったが、こうして、俺達、解放同盟側の被害は最小限に済まされたのは喜ばしい事である。

 しかし、アドラントを始めとしてここに居た解放同盟の面々は、あの温厚な人物として名高いグリーナ学長の別の冷徹な側面を見せられてしまった・・・

 彼女とは決して敵対してはならない・・・そんな印象を強く持ってしまう俺達。

 この事件以降、俺達はグリーナ学長に対して前よりも丁寧に接するようになったのは言うまでも無い・・・

 

 

 

 そんな戦闘もあったが、俺達はラフレスタ城の中を再び進む。

 かつては俺の住まいであったこのラフレスタの居城は数年経ってもその内部構造が変わることも無く、迷わず自分の兄が詰めていると思われる『領主の間』を目指して進む。

 こうして、俺達が目的の部屋へと続く扉を開けると、果たしてその部屋の中には目的の人物が居た。

 

「やはりここにいたか、ジョージオ兄者」

 

 ここで、俺は自分の幼年の頃からの兄への呼称を隠さず使った。

 対するジョージオ兄は、ぞろぞろと入ってくる不躾な侵入者達を快く思わない眼差しで厳しく見返してくる。

 

「ふん、本当に賊のようになってしまったな、ヴェルディ・・・いや、我が家を放蕩された貴様にはもうその名前は使うまい・・・ライオネル・エリオスよ!」

「ほう、随分と横柄な物言いになったな。どうした? いつもの女言葉は?」

 

 俺の『女言葉』の一言でジョージオの顔は真赤に染まる。

 

「う、うるさいわねん。その言葉を使うと、威厳が無いって怒られるのよん!」

「お!? 素が出たな。それに一体誰から怒られると言うのだ。領主の座まで登り詰めたお前を叱る存在なんてこのラフレスタには居ない筈だぞ」

「そ、それは・・・」

 

 そこまで言い及び、ここでジョージオ兄はハッとする。

 

「それは、どうでもいいことだ!」

 

 ジョージオ兄は再び自分を威厳の殻で被りなおす。

 それは滑稽な姿であったが、これで俺はある程度確信が付いた。

 

「まあいいさ。どうせその相手とは獅子の傭兵団のボスだろうな・・・それにここはもうすぐ陥落する。お前は俺達の虜囚となり、その地位から転落するのだ」

「益々、賊らしくなってきたな、ヴェルディ・・・いや、貴様は既にライオネル・エリオスなのだから。我が家とは関係のない存在だ」

「二度同じ事を言うとは・・・先の騎士隊と同じように敵の麻薬によって知能が低下しているのか? まぁ、それは結構な事だ。私も自分がライオネルと呼ばれる事に馴れてきているし、今ではこの名前に少々誇りのようなものを感じているぞ」

 

 ここでジョージオ兄の様子は腸が煮える思いをしているようである。

 きっと、饒舌に回る俺の舌に言い返す事ができず、それが耐えられないのだろう。

 

「ジョージオ兄。悔しがるのは解るが、今の状況を冷静に考えてみろ。今、ここにいる解放同盟の面々は帝国を代表する大魔導士のグリーナ学長。年老いても豪剣なクロイッツ・ゲンプ校長。街の正義を守るアドラント・スクレイパー警備隊総隊長とロイ警備隊隊長。最高の癒し手であるマジョーレ司祭。そして、月光の狼の精鋭である五人がいる。文官肌であるお前達を拘束するなど訳もない事だ」

 

「そうです、お父様。今ならまだ間に合います。投降してください! 私から寛大な処置になるようにお願いしますから」

 

 同行したユヨーも自らの事を忘れるなと主張した。

 実は、さらにユヨーに付添うカントとフィッシャーもいたが、この会話に入ろうとするほどに豪胆な彼らではないようだ。

 

「ふん、我が家を勘当されて、すぐに敵側に寝返るなど、本当に恥知らずな娘よのう、ユヨーよ。お前が約束されたのは何だ! 我が退いた後の地位か? それとも金か? 男か?」

 

 実の父から卑下されているのに多少のショックを受けながらも、ユヨーはここで怯まない。

 

「お父様、そんな事を・・・私は今でもラフレスタ家の事を考えています。そして、今のお父様が進んでいる道は沢山の人を悲しませる事につながっているのですよ。人として決して許される行為では・・・」

「黙れーーーーーーーッ!!!!」

 

 ここでジョージオ兄は怒号を発し、実娘から容赦のない指摘を遮った。

 

「三女のくせに実の親の私に意見するなど! 我を裸の王様と舐めるなぁ!」

 

 ここでジョージオ兄の号令により、そこに居た兄の側近達が一斉に剣を抜いた。

 しかし、それは俺が指摘したとおり、元々が文官肌の人間達であり、弱々しい身体に覚束ない剣の裁き姿が頼りない。

 おや? 俺はここで気付いたが、その文官のひとりに、ジャスティ・フェイザーがいるじゃないか?

 

「だから駄目だと言っているのに・・・お前達、ジョージオ公を組み伏せろ」

 

 ここで俺は自分の部下の精鋭五人に命令を出した。

 彼らは統領の俺からの命令を正しく理解し、そして、速やかに次の行動を開始する。

 白魔女の魔道具で強化し、歴戦の経験を持つ精鋭五人と、俄か仕立ての文官肌の人間とでは格が違い過ぎた。

 死なない程度に痛めつけて、ここでの全ての敵を虜囚とするのは簡単な仕事であると誰もが思っていた。

 しかし、ここで計算違いが起こる。

 

「む!」

 

 何らかの魔力の波動を察知したグリーナ学長は、ほぼ反射的に魔法防壁を展開する事に成功した。

 その一瞬後、大爆発が俺らの目前で起きる。


ドーーーン


 先鋒立てて敵を拘束しようとした五人の精鋭達はグリーナの魔法防壁が届かず、敵の魔法の大爆発に巻き込まれて吹き飛ばされてしまった。

 ある者は焼かれて、ある者や凍らされて、ある者は無数の風の刃に切り刻まれて、そして、その後から来た爆風により吹き飛ばされてしまうのであった。

 そして、壁に打ち付けられた彼らは、呻き声を挙げる者は誰ひとりとして存在しなかった。

 それはこの魔法攻撃を受けた時点で彼らは即死級の傷を受けてしまったからだ。

 こうして領主の間は一瞬で血だらけの殺戮の現場となる。

 

「い、一体何が???」

 

 事態が飲み込めずにいた俺であったが、それに呼応するようにジョージオ兄の後方の扉が開き、ここからぞろぞろと新たな人物が姿を現した。

 ここで、姿を現したのは自分の顔の全面を覆う銀色の魔仮面を装着した男女数名。

 

「いつの間に!」

 

 グリーナ学長でさえもそう口に出し驚くほど完璧に気配を魔法で隠蔽した集団がそこにいた・・・

 このグループの中で年長者と思われる魔仮面の女性がそっとジョージオ兄の前に歩み出でて、俺に向かい貴族女性として相応しい優雅なお辞儀をしてくる。

 

「お久しゅうございますわ、ヴェルディ様。若かれし頃に一度、貴方に口説かれたこともあるエトワールにございます。覚えていらっしゃいますわよね?」

 

 彼女のそんな言葉で、周囲の注目が俺に集まる。

 ここで俺は嫌な汗が出た。

 

「う!」

 

 思わずそんな呻き声を挙げてしまった俺は、ここで俺がヴェルディ時代にしでかした数多くの悪行のひとつを思い出してしまったからだ。

 かつての俺は容姿も優れ、頭もよく、金も、権力もある立場の人間であった。

 その立場を利用し女性との一晩の関係を持つことなど、当時の俺にとっては些細な娯楽だったのである。

 多くの女性に手を出したが、その中でもエトワールという女性の名前は忘れる筈はない。

 何故ならば、このエトワールはジョージオ兄の婚約者なのだからだ。

 当時、婚約が既に発表されていた自分の兄の妻になる女性に手を出そうとしたことでさえも、暇と能力を持て余していた俺の中では、大きなスリルを伴う娯楽のひとつに過ぎない。

 

「貴方は昔、私に愛を語り、こう言いましたよね・・・『能無しの兄を追い出して一緒にラフレスタを支配しよう』と・・・」

 

 ここであまりに嬉しくない過去を暴露されてしまい、明らかに狼狽してしまう俺。

 グリーナ学長やユヨーなどの女性陣からは明らかに冷たい視線が注がれており、俺の心は傷付いた。

 そんな心理的なダメージを負っている俺に構うこともなく、エトワールからの言葉の攻撃は続けられる。

 

「あの時、私は貴方からの甘言を全て断りましたが・・・今はその判断が正しかった事を確信しております」

 

 そう述べると彼女は銀色の魔仮面で顔を覆われているにもかかわらず、うっとりするのが周囲にも解るほどの行動に出たのだ。

 彼女は固い表情を崩さないジョージオ兄の顔に手を回すと、仮面越しに熱烈な口付けをした。

 そして、色の籠った声で皆に聞こえるようにこう口にする。

 

「だって、ジョージオは今でもこれほどに私を愛してくれます。そして、その愛の結晶の我が子達と共に、賊に落ちて穢れた輩をこうして殲滅する喜びが訪れたのですから!」

 

 エトワールの色が籠った声は解放同盟の面々へと向けられる。

 正直、ぞっとした。

 狂気と歪む愛に染まったこの女性の姿は、ここで理由のない恐怖を感じさせるに十分な兵器であった。

 

「さぁ、饗宴の始まりですわ。邪な魔女は火あぶりに、老獪な剣士は鳥葬に、裏切った警備隊総隊長には煮えた油を生きながらにして飲ませて差し上げますわ。出来損ないの娘には奴隷に身を落として毎日下級兵士にでも犯されればいい・・・そして、賊にまで落ちた憐れな義弟は、その身体を全て切り刻み、最後の血の一滴さえもこの世に残さないですわ」

 

 エトワールは自分の台詞にうっとりとしながら、同じく魔仮面を装着した自らの子供達に号令を発する。

 

「さあて、ここで懲罰を始めましょう」

 

 こうして魔仮面を装着した四人の男女の敵は母親の号令を合図にして解放同盟である俺達に襲い掛かってきた。

 

「くっ、こいつらめ!」

 

 俺は思わず悪態をつく。

 それもそのはず、ここでジョージオ兄を守る最後の敵として現れたのは、そのジョージオ兄の家族達であったからだ。

 ラフレスタ解放という使命を帯びる俺であったが、この戦いはただ勝てばいいのではない。

 俺には勝利した後のラフレスタの統治と自分の夢――自由で平等な社会の実現――そのためには民衆を導くためには、今回の戦で綺麗に勝つことも要求されているからだ。

 双方の陣営にそれなりの死人は出ているこの現状で、禍根は未来に残るだろうが、だからこそ、真の敵が「獅子の尾傭兵団だった」という事にして、「それ以外の人間は操られていただけ」という結論にしなくてはならない。

 事実も概ねそうであろうと俺は確信していたし、それならばこの戦いの犠牲者はできるだけ最小限に留めたいという思いが俺には芽生えていた。

 そういう意味で俺はジョージオ兄を含めた現在のラフレスタ一族を全て抹殺するつもりもなく、ただ政権から失脚させればそれでいい。

 魔法や剣などの武才を持たないジョージオ兄だからこそ、ここで側近さえ無力化すれば勝ちだと思っていたが・・・現実は違っていたようだ。

 ここでジョージオ兄の最後の砦として立ち塞がったのは、彼の妻であり、彼の子供達だった。

 彼女達はジョージオ兄よりも魔法や剣術を使えるが、それでもジョージオ兄より若干ましというレベルだったはずだ。

 しかし、獅子の尾傭兵団の恐ろしい魔法薬による洗脳が完了しており、今の彼女達は聞く耳を持たなく、かつ、実力も底上げされて未知数である。

 それに加えて、魔法の仮面により桁違いに能力が増強(ブースト)されていた。

 

ガキーーーン!

 

 ジョージオ兄の長男ニルガリアから放たれた重い剣の一撃を受ける俺。

 自分自身も魔道具の腕輪で強化された腕力を使い、その上に魔法付与のある小剣で受けているが、それでも強化されていることが嘘のように、受けた時のあまりの衝撃に思わず後退りしてしまう。

 ニルガリアはその細身からは信じられないぐらい腕力を発揮して、人間離れした動きで俺に次の一撃を叩き込むが、そうはさせまいとゲンプ伯爵が助けに入ってくれた。

 

「ふん!」

 

 ここで奮気と共にゲンプの豪剣が放たれる。

 

ガキーーン、ガキーーン、ガキーーン

 

 金属と金属の激しくぶつかる音を響き、ゲンプ伯爵の一撃一撃は必殺の強さを帯びていた。

 対するニルガリアはそんなゲンプ伯爵の力強い攻撃など感じさせないように自身の細腕で軽く往なしている。

 それはどこか非現実的な姿であり、明らかに不自然な攻防であったが、それでもニルガリアがゲンプ伯爵の豪剣を軽く防いでいるのは事実である。

 それほどに現在のニルガリアはゲンプ伯爵の豪剣程度では脅威に感じていないのだろう。

 そして、ニルガリアはそんな防御をしながら、ぶつぶつと呪文を唱えている。

 この状況で、同時並行で魔法を行使するためだ。

 

「させるか!」

 

 近くにいた警備隊隊長ロイが槍でニルガリアを激しく叩いた。

 ゲンプ伯爵の豪剣とロイ隊長の槍技を浴びせられたニルガリアはさすがにこれ以上無理と感じたようで、魔法の詠唱を中断して飛び退いた。

 軽く飛ぶような所作だが、それでもニルガリアはこれで高い天井まで飛び上がり、そして、どんな魔法の効果なのか、天井に足を吸い付けて逆向きに立って見せた。

 

「ふぅ、恐ろしい実力だ・・・束縛は無理であろう」

 

 ゲンプ伯爵は重く息を吐いて、俺に手加減は無理だと進言してくる。

 

「そのようです」

 

 俺はゲンプ伯爵の意図を正確に察し、周辺を見回すと、状況はすでに乱戦となっていた。

 ラフレスタ婦人であるエトワール嬢はグリーナ学長に襲いかかり、次男トゥールはアドラントとマジョーレに戦いを挑んでいた。

 長女フランチェスカと五女ヘレーナは、ユヨー、カント、フィッシャーと対峙している。

 

(まさか姉妹で戦うことになろうとは・・・)

 

 心優しきユヨーが抱く心の痛みを察する俺であったが、だからこそ、と最後には自分が全て責任を持つべきだと改めて思い直す。

 

「相手の束縛は無理・・・ならば、死傷させることも厭わない。すべての責任はこの私、ヴェルディ・・・いや、ライオネル・エリオスが持つ!・・・だから、この場で全員が勝んだ!!」

 

 自らを鼓舞するため、俺は敢えて大きな声を発し己の決断を叫ぶ。

 しかし、その言葉が癪に障ったのは敵側の人間である。

 その敵が真っ先に襲い掛かったのはユヨー達に対してであった。

 

「シャーーーーッ」

 

 蛇のような奇声を挙げて飛びかかるのはヘレーナ・ラフレスタという十七歳の少女であり、ユヨーの妹に当たる存在である。

 ユヨーとよく似た華奢な少女の彼女だが、今は魔仮面の力により高い敏捷性を得た敵になっていた。

 華奢な彼女から考えられない素早い動きであり、その鋭い爪でユヨーを切り裂こうと縦横無尽の攻撃を繰り広げてきた。

 

「ヘレーナ! 止めて」

 

 ユヨーはそう叫び懇願するが、これで耳を貸す今のヘレーナではない。

 魔法により硬質化させた爪を振るい、それによりユヨーのアストロ魔法女学院のローブは既に幾筋の切り傷が刻まれている。

 ユヨーの守りを受け持つフィッシャー君が、あまり得意ではない剣を用いてヘレーナを迎え撃つ。

 

「この、お転婆の娘め!」

 

 しかし、今のヘレーナは、か弱くて頼りないラフレスタ家の末娘ではない。

 不慣れなフィッシャー君の剣など自身の硬質の爪で絡め取ると、あっと言う間にフィッシャー君から剣を奪い、空中へと放り投げた。

 

「わっ!」

 

 フィッシャー君が驚きの声を挙げるが、その直後、彼は衝撃に襲われた。

 ヘレーナの蹴りが彼の側頭部に炸裂したからだ。

 身長の低いヘレーナは、自分が淑女である事も忘れて、スカートの中身を盛大に晒して派手な蹴り技を放ったが、フィッシャー君はそれを鑑賞する余裕もなく、首ごと身体を盛大に曲げて空中を一回転する。

 

「フィッシャー!」

 

 カント君がフィッシャー君の身を案じて叫ぶ。

 そのフィッシャー君は派手に回転した後に床に激しく叩き付けられたが、即死するほどのダメージは受けていなかったらしい。

 

「うーーーっ、痛てぇなぁ! まったく。首が折れたらどうするんだよ」

 

 こんな時でも口だけは達者なフィッシャー君が抗議の声を挙げている。

 俺はホッとした。

 

「無駄に頑丈な奴」

 

 ヘレーナはフィッシャー君にとどめをさすために、硬質の爪で突き出そうとする。

 このときのフィッシャー君はフラフラの隙だらけ状態であり、このままならば凶器と化したヘレーナの硬質の爪により貫かれてしまうところだった。

 

ドスッ!

 

 ここでフィッシャーに迫るヘレーナの爪の攻撃を防いだのは、意外にもカント君からの支援だ。

 カント君はいつも持ち歩くぶ厚い魔導書を投げて、ヘレーナの爪がフィッシャー君を貫く前に、その長い爪に突き刺したのだ。

 ヘレーナは忌々しく顔を歪めたが、この場で力押しに決着がすぐに着かないこと感覚的に悟ると、大きく後ろへ飛び退く。

 そして、次の攻撃として矢面に出てきたのは長女であるフランチェスカだった。

 

「光よ、貫け!」

 

 ここで彼女が魔法の呪文の結びの部分を唱えると、フランチェスカの求めに応じて魔法の光線による攻撃が炸裂した。

 この魔法の光線は純粋に光のエネルギーだけではなく、収束した高熱も帯びている。

 触れた者を全て焼き尽くす必殺の光線攻撃であり、普通の人間であれば接触すれば只では済まない。

 しかし、対するユヨーも、アストロに所属しているだけあって防御魔法に関しては比較的に得意だったようだ。

 

「光を遮る闇の壁よ、我を守りたまえ」

 

 防御魔法はユヨーの詠唱どおりに発動し、味方三人を守る黒い魔法の壁が現れて、フランチェスカの行使する魔法の光線を遮った。

 

「チッ! そう言えば、この妹、昔から防御魔法だけは得意だったことを忘れていましたわ」

 

 フランチェスカはその秀麗な容姿に似合わず、忌々しそうに下品な舌打ちをする。

 その実の姉妹に向かいユヨーは説得を行う。

 

「フランチェスカ姉様、お気を確かにしてください。ヘレーナもよ! どうして、家族同士で戦わなくてはならないのですか!」


 自分の姉妹をなんと説得するユヨーであったが、その程度で相手の敵意が削がれるほど支配薬『美女の流血』の支配力は甘くない。

 フランチェスカは「裏切者には死あるのみよ」と短くユヨーに吐き捨てると、攻守が入れ替わり、再びヘレーナが前に出てきた。

 彼女は自分の爪に深々と刺さったカントの魔導書を投げ捨てて振り抜き、再び切れ味鋭い硬質の爪を輝かせた。

 ヘレーナの硬質の爪による攻撃は、光の魔法防御に特化した『闇の壁』では防御できない。

 ヘレーナはいとも簡単に『闇の壁』を切り裂き、術者であるユヨーに危害を加えようとする。

 

「キャッ」

 

 ユヨーはその爪が自分に突き刺さるのを恐れて、短い悲鳴を挙げてしまう。

 しかし、それはまたしても未然に防がれる。

 

ガキーーン!

 

 硬質な金属同士のぶつかる音が響き、ここでユヨーを守ったのはマジョーレ氏の戦槌だ。

 

「ふぃーー、間に合ったわい」

 

 マジョーレ氏は少し遠いところにいたが、ユヨー達が不利だと見抜き駆けつけたのだ。

 老練の司祭は自身の持つ聖なる力を宿した戦槌を盾にして、ヘレーナの魔力の籠った硬質の爪に対抗する。

 この聖なる力の籠ったマジョーレ氏の戦槌を破壊するのは、いかに魔仮面と魔法薬で強化されていたとしてもヘレーナでは力不足だった。

 そう感じたヘレーナはまた下がり、そして、後ろで詠唱により魔法を溜めていたフランチェスカが再び前に出て、光の魔法を放つ。

 その魔法攻撃をユヨーが魔法防壁を新たに行使して防ぎ、そして、また、次にヘレーナが前に出て、その魔法防壁を壊す。

 そうするとマジョーレ氏の戦槌がその攻撃を防ぎ、再びヘレーナが下がる・・・

 こうして、千日手のような消耗戦が続けられるのであった。

 

 

 同じような消耗戦は俺のところでも起っていた。

 

「ゲンプ伯爵、助けてくれ」

 

 俺の求めに応じてゲンプ伯爵は俺に迫る必殺の複数の剣技を防いでくれた。

 

ガン、ガン、ガン

 

 複数の剣はすべて残像を残すほどの素早い剣撃であり、元を辿れば、その攻撃はひとりの男から繰り出されたものだ。

 ひとりの男がひとつの剣をただひたすら早く振った結果がこれなのだ。

 魔仮面と美女の流血という魔法薬によって強化(ブースト)されたニルガリアは、今、達人級の魔法戦士として君臨していた。

 その攻撃をゲンプ伯爵が何とか防いでくれている。

 元々に大した剣技を持たないニルガリアでさえも、魔仮面を装着した彼は強敵になっているのだ。

 そんなニルガリアのような存在が、他にも四名ばかり存在している。

 婦人のエトワール嬢は、元々それなりに使えていた水の魔法が、魔仮面の力によって今は達人級の魔術師になり、大魔導士のグリーナ学長と互角に渡り合っていた。

 超高速の呪文の詠唱と複数魔法の重ね掛けという高等技を駆使し、当代のラフレスタで一番の存在と謳われる大魔導士グリーナ学長とも互角以上の力で対峙できているのだ。

 対する側のグリーナ学長は顔色があまり良くない。

 グリーナ学長はエトワール嬢からの魔法を自らの魔法で対応する傍ら、同時に人工精霊を数体使役していたからである。

 人工精霊との魔力的なつながりを切ることもできたが、そうすると、人工精霊の制御が効かなくなり、現在ラフレスタ城前の広場で戦う解放同盟の同志にも攻撃をしかねないからだ。

 グリーナ学長は自分の魔力行使の過多によりオーバーヒートになりそうな頭を何とか酷使して、エトワール嬢と対決している。

 そんな魔術師同士の戦いの傍らでアドラントとロイはトゥールの奇襲を受けていた。

 トゥールの攻撃は神出鬼没。

 風の魔法を纏った彼の技は予測不能の高速攻撃であり、遊撃手として一級だった。

 それなりに剣の腕を持つアドラントや、頑丈な戦士であるロイ、このふたりを相手にしても全く引けを取らない。

 むしろ、魔法的な強化の無いアドラントやロイがこのトゥールに対応できている事の方が奇跡のような状況であった。

 俺が別の方向に視線を移すと、そこにはユヨー達と対決するフランチェスカとヘレーナの姿がある。

 このふたりはエトワール、ニルガリア、トゥールと比較すると戦闘能力は一段階低いように思えたが、それでもふたりで連携し、恐ろしい力を持つ存在であることに違いは無い。

 ユヨーとマジョーレ氏が善戦しているものの、既に持久戦のような戦いになっている。

 相手が魔力の枯渇を狙う戦法であることは明白なのだが、その意図が解ってもそれを防ぐ手段が無い今、悔しくも有効な戦法であることを俺は否めない。

 くっそう。

 そして、その俺は現在対峙するニルガリアと目が合う。

 ここでニルガリアはゲンプ伯爵と一度距離を取り、ひと呼吸置いたところであったが、それでも全く疲れを見せていなかった。

 

「逆賊の叔父には、地獄の業火で罪を償ってもらうとしよう」

 

 ニルガリアからそんな言葉が漏れた直後、彼の魔力の気配が高まった。

 

「不味い。散開しろっ!」

 

 俺の直感にゲンプ伯爵は素直に従い、後ろへと飛び退く。

 一瞬置き、ニルガリアの剣が燃え上がり、そして、そこから火の玉が打ち出された。

 

ド―――ン

 

 俺達が数舜前まで居た場所は火の玉の魔法が着弾して、大きく燃え上がる。

 

「ここまで魔法を自由自在に扱えるようになっているとは!」

 

 俺は忌々しく呟いた。

 元々、ニルガリアは魔法が得意ではなかったと思っていたが、それも魔仮面と魔法薬の力に加えて、ニルガリアに与えられた魔剣による強化(ブースト)もあるのだろうと分析する。

 俺はこの厄介な敵をどうやって対処するか・・・いや、どうやって自分達が生き残るかを必死に模索する。

 

 

 

 強大な剣と剣、魔法と魔法が交差するこの現場でのカント君。

 ここで彼は何を閃いたようだ。

 

「フィッシャー! 人工精霊の時と同じだ。やれるかい?」

 

 カント君が思い付いた事をいろいろとすっ飛ばし、近くのフィッシャー君に叫ぶ。

 しばらく置いて、フィッシャー君が頷いたことを認めると、カント君は手で印を結び、魔法の呪文の詠唱を始めた。

 何を始める気だ?

 ふたりが突然に詠唱を始めたが、そんなことをいちいち気にするフランチェスカでは無かった。

 彼女の中でカント君とフィッシャー君は雑魚扱いでだったのだろう、彼女が本気で対処するのはユヨーとマジョーレ氏に対してなのだ。

 フランチェスカがそう思い、目前のユヨーを倒す事に専念しているようだ。

 

「もう、そろそろ駄目なのでしょ? 諦めなさい!」

 

 フランチェスカの予想どおり、ユヨーはもう何度目になるか解らない光の攻撃魔法を防いでいたが、もう集中力が限界のようで、身体がふらついていた。

 魔法行使過多による魔力枯渇の初期症状である。

 もう、こうなってしまうと魔術師は隙だらけとなり、負け状態なのである。

 

「さあ、最期はさめてもの情けよ。苦しまないで逝かせて差し上げるわ」

 

 フランチェスカがその美貌に似合わず獰猛な舌舐めずりをすると、今まで以上に強い魔法の詠唱を始めた。

 そして、素早い詠唱はすぐに印を結び、このときのフランチェスカの最大級の魔法の光条が失神寸前のユヨーを襲おうとしていた。

 

「それは、させない!」

 

 そこに立ち塞がったのはカント君とフィッシャー君の魔法だった。

 ここで彼らの魔法が完成し、二人の手と手から出た魔力が結合すると、半透明の魔法の壁が現れる。

 

「行けーっ! 魔法反射!!」

 

 カント君の心からの叫びに応じるように半透明の壁は光を増して、フランチェスカからの光の魔法を跳ね返す。

 

「なっ!? ギャーーーー!!!」

 

 ここで女の悲鳴が獣のように木霊した。

 跳ね返された光の魔法は、フランチェスカの魔仮面の左半分に直撃した。

 凶悪な熱線を帯びた光の魔法は、フランチェスカの魔仮面に深刻なダメージを与え、無数のヒビが入り、やがて粉々に吹き飛ぶ。

 まるでその光線には質量があるように、フランチェスカは後ろに吹っ飛ばして、その射線は次の攻撃を控えていたヘレーナの腕へと偶然に当たる。

 

「ヒッ!!」

 

 ヘレーナは予想外の攻撃に驚き、短い悲鳴を発したが、彼女の意識はそこまでであった。

 光線は無情にも彼女の細腕を焼き切り、その右手が吹き飛ぶ。

 右腕が切られる痛みに耐えられるほどヘレーナの脳は忍耐強くなかったのである。

 そして、魔法の光線はまだ勢いを失っておらず、カントとフィッシャーが施した魔法反射の結界内に蓄えられていた。

 結界を微妙に動かして射線を変更するカント君とフィッシャー君。

 その狙った先は、魔仮面によって心を狂わされたラフレスタ家の者達。

 

「ぐわ!」

「どうして?!」

「いゃっ!」

 

 こうして、不意打ちに近い形で、その光線は、ニルガリア、トゥール、エトワールの順で命中する。

 それまで戦いが拮抗していた三人だが、この隙を見逃す俺達ではなかった。

 

「うおおおぉぉぉ!!!」

 

 俺とゲンプ伯爵、アドラント、ロイの四人は雄叫びと共に倒れた敵の三人に襲い掛かり、武器を蹴り飛ばして、相手に馬乗りになり魔仮面を両手で、その顔から引き剥がした。

 敵の三人は魔仮面が外れると、それまで纏っていた強大な魔力の気配が一気に霧散する。

 そうなると一気に形勢が逆転した。

 彼、彼女達の魔力は途端に低下し、一般人並みの攻撃力しかない。

 ここでグリーナ学長の土魔法が炸裂し、彼らの腰に戒めが掛けられて拘束することに成功する。

 しかし、魔仮面を剥がされて弱っている筈のエトワール嬢が、最後の力を振り絞って魔法の攻撃をしてきた。

 

「私達がただ負ける訳にはいかないの・・・せめてもの道連れよ!」

 

 ここで彼女が標的に選んだのは、自分達に最も深刻な危害を加えたラフレスタ高等騎士学校の青年カント君であった。

 エトワール嬢が放った水撃の柱は、魔仮面を剥がされて威力は大幅に低下していたが、それでも無防備なカントに危害を与えるには十分な威力であった。

 

ドンッ!

 

 鈍い音ともに無防備なカントの背中に当たった水撃の柱は彼の内臓を強く打つ。

 

「ぐはッ!」

 

 強い衝撃とともに激しい痛みが彼を襲い、そして、大量の血が口から溢れる。

 それを見てエトワール嬢はご満悦になった。

 

「ふふふ、あなた・・・私達は負けてしまいましたけれども・・・少しは道連れを連れていきますわよ」

 

 そんな恍惚な表情を浮かべ、敵のひとりを倒したことに満足するエトワール。

 その凶行を目にしたアドラントは地面に寝そべり腰を拘束されながらも魔法を放ったエトワール嬢に対して憎しみが芽生えた。

 そして、怒りのあまり彼女を蹴る。

 

「この悪党めっ!」

「うぐっ!」

 

 脇腹を強く蹴られたエトワールは、堪らず胃の内容物を吐き出し、そして、気絶してしまう。

 その後、余計な反撃をさせぬように、他の三人も厳重に拘束したため現場は騒然となるが、ここでユヨーだけは時間が止まってしまい顔色が真っ青に染まる。

 

「・・・そんな、カント! カントーーーーっっっ!」

 

 彼女の涙は止まらず、今も彼女の腕の中で血を吐き続ける英雄の名前を必死に叫んでいた。

 カント君の負傷に取り乱すユヨーだが、ここに居たのは帝国で最高権威の治癒師のマジョーレ神父だ。

 彼の働きにより、カント君は一命をとりとめる。

 それでも後遺症は残るだろうと言われた。

 それだけが残念である。

 しかし、俺にはまだ仕事が残っていた。

 

「ヒッ!」


 ここで、俺の姿を見てビビりまくるのはジャスティ・フェイザーなる貴族。

 ジョージオ兄、ラフレスタ家の最後の砦として残された高級貴族の彼ではあるが、ここで俺達が示したのは圧倒的な暴力である。

 彼にとって俺という存在は面白くない人間である。

 彼の妻であるキャサリン嬢より、もう、俺の命は狙わない、と宣言されているが、それもそれは不承不承であったと思う。

 そんな怨敵に等しい俺が、ここで見せたのは必死の抗い・・・その暴力が自分へと向けられるのを恐れている・・・そんな目をしていた。

 

「ジャスティ・フェイザー、お前にはいろいろと借りがある。昔、警備隊の牢屋で殴られた事。お前が命じてエリオス家の父と母が死亡した事。エレイナを無理に振り向かせようとした事・・・・そんな因縁はいろいろあるが・・・」


ゴン!


「ぐわっ!」


 俺は一発だけ殴った。


「それで終わりにしてやる。ここでお前を殺しても、キャサリン嬢から恨まれる。キャサリン嬢はエレイナの親友だ。彼女から俺は恨まれる訳にはいかない」

「ヒッ!」


 俺は暗にお前はキャサリン嬢に助けられたと言っておく。

 ここで鼻血を出しただ頷くだけ男にこれ以上の価値は無い。

 俺は、ジャスティ・フェイザーが小者であると評価し、これ以上の追及を止めた。

 こんな奴に構っている暇などないのだ。

 俺はここで本当に拘束しなくてはならないジョージオ兄の存在を思い出した。

 そして、驚く。

 

「なにっ?! 居なくなっているぞ!」


 ここで、俺は忽然と姿を消してしまったジョージオ兄に気付く。

 うかつだった・・・


「畜生。どこに?? さっきまで彼はここに座っていた筈なのに・・・」


 俺は領主の椅子に腰かけていたのを見ていた。

 ここで俺と同じ疑問を持つのはグリーナ学長。

 

「そうです。エトワール様が倒される直後まで、ジョージオ様はこの玉座に座っていたのを私も確認しています。ですが、エトワール様が最後にカントを攻撃した一瞬の後に忽然と居なくなってしまったのです」

「そうか。となると・・・アレだな」

 

 俺には思い当たる節があった。

 

「ラフレスタ家に代々伝わる秘密の部屋があり、万が一の場合、そこに逃げられるような仕掛けが城にはいくつもあるのですよ」

 

 俺はそう言うと、玉座のひじ掛け部分を調べて、そこに魔力の籠った宝石の仕掛けがあるのを発見した。

 

「これだな・・・それでは、ちょっと行ってきます」

 

 俺はグリーナ学長にそう告げると魔力を込める。


「えっ!? ライオネルさん、もしかして!?」

 

 彼女は俺がこれから実行しようとしていることに勘付き、止めようとするが、それは間に合わせない。

 俺が本格的に魔力を注ぐと、その姿が揺らぎ始める。


「大丈夫です。あの秘密の部屋は外からは簡単に入られない。それに、転移するのもラフレスタ家の者しかできない仕組みですから・・・」

 

 それだけを言い残して、その直後、俺の身体に転移魔法が作用するのを感じた・・・

 

 

 

「・・・・そうか、それほどにか・・・・」

「そうなのよん。早く増援をお願いしたいのよねん」

 

 俺の予想どおり、転移先の小部屋にジョージオ兄がいて、彼は薄暗い秘密の部屋で鏡に映る人物に救援を申し出ていた。

 

「貴様には一万二千の軍勢を派遣しただろう。それで何もできなかったということならば、貴様が無能だったという訳だ」

 

 鏡に映る屈強な男はそう処断し、ジョージオ兄からの救援要請を拒否する。

 

「そんな! 酷いじゃない。私達は同志なのよ。見捨てるの?」

 

 ジョージオ兄は自分が虚勢を張るのも忘れて、いつもの女言葉に戻ってしまったようだが、それすら気付かない程に切羽詰まっているらしい。

 

「俺は冷静に物事を述べているだけだ。今から救援部隊を送っても一ヶ月以上はかかる・・・それにお前の敵は、すぐ後ろに立っているぞ」

「え? ヒッ!」

 

 ここで後ろに振り返ったジョージオ兄が悲鳴を挙げる。

 そこには、現在、ライオネル・エリオスと名乗るヴェルディ・ラフレスタが立っていたからだ。

 

 「このぉ~!」

 

 ジョージオ兄はやけくそになり、俺に殴り掛かったが、武芸に全く秀でない兄など、今の俺にとって敵にすらならない。

 彼はジョージオ兄の子供のようなパンチを受け流し、胸倉を両手で掴み締め上げた。

 

「ちょっと、降ろしなさいよ。う・・う・・・ヒッ・・・ウブブブ!」

 

 ジョージオ兄は空中に吊り上げられたまま、呻き声を上げてジタバタとするが、やがて静かになる。

 絞められて息が継続できず、失神してしまったためだ。

 こうして俺は呆気なく実兄であるジョージオ兄を無力化できたが、そんな事よりも鏡に映る人物の方が気になった。

 

「お前が兄を誑かしたのだな。クリステの領主・・・ルバイア・デン・クリステ!」

「ふん、盗賊風情が。気安く俺の名前を呼ぶでないぞ!」

 

 鏡の向こう側に映るクリスの領主は鋭い眼光で俺を睨み返してきた。

 俺もそのまましばらく睨み返したが、そこで外から大きな轟音が響き、俺の注意がそちら側に削がれる。

 はめ殺しとなる窓より夜のラフレスタの街を確認すると、街の東部で火の手が上がっている。

 獅子の尾傭兵団の本拠地の戦場で何かあったのだろう。

 俺は再び注意を鏡に戻したが、ここでルバイアの像が薄くなり始めていた。

 向こう側で魔法の通信を切ったようだ。

 まだ薄く残るその姿でルバイアは俺にこう告げる。

 

「もし、悔しければ、挑んで来るがいい・・・俺は逃げも隠れもせん・・・返り討ちにして・・・やるわ」

 

 そして、その姿が完全に消えた。

 

「獅子の尾傭兵団に・・・いや。ボルトロールの間者に操られた戦いの亡者め!」

 

 俺はそう吐き捨てると、気絶したジョージオを回収して、早々にこの部屋から転移する。

 

 よし、エレイナ、こちらは勝ったぞ。

 


 以上。ラフレスタの乱、ライオネル視線のダイジェスト版でした。やはり二万文字オーバーです。長いこの回を読まれた皆様、お疲れ様でした。私が本来描きたかったのはこの先の物語です。次回以降をお楽しみに~!


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