第三十七話 ラフレスタの乱と解放同盟の活躍(前編)
デルテ渓谷に落とされたハルさんがラフレスタに戻ってきた。
その意味を考えると、俺はすぐに悪い予感が脳裏をよぎった。
白魔女のハルさんは皇族に暴力を振るったとして既にお尋ね者になっている。
手配書が多く出回っているラフレスタの街中に彼女が戻ってくるという意味は、観念して捕まるために戻ってきたのではないと思う。
彼女ほどの実力があれば、警備隊や公的権力から逃げエストリア帝国から脱出することも可能なはずだ。
それでもここに戻ってきたという意味・・・それは、彼女が決着をつける意思がある、そう理解した。
ジュリオ第三皇子と対決して、問題を根底から解決しようとしているのではないか?
そう推理した。
皇族と直に対決するなど、普通のエストリア人には考えが及ばないが、非常識な彼女ならば無茶をやってのける、そんな気がした。
「もう、ひと働きしてくる」
俺はハルさんがラフレスタに戻って来るという情報を得た直後、そう応えて、『消魔布』を手に取った。
「私も同行します」
と、エレイナも胸騒ぎがしたのか、俺に随伴するという。
「いいでしょう」
俺は許可して彼女の身体を引き寄せる。
こうしてふたりで身を寄せ合って、『消魔布』を被って姿を隠し、我々はラフレスタの大通りを進み、ハルさんが戻ってくるらしいラフレスタ東側の城壁近くに潜む。
しばらく待つと、情報どおり灰色ローブ姿のアストロ魔法女学院の制服を着たハルさんがアクト君と共に堂々とした態度で帰ってきた。
予想に違わず、彼らはラフレスタ入場の際に城門を守る衛士に止められて、別室へと連行された。
「ハルさんとアクトさん・・・大丈夫でしょうか?」
エレイナはふたりが連行されたのを見て心配している。
自分自身が数日前まで虜囚となっていたので、彼らのこれからの処遇を心配したのだろう。
「おそらく、今のところは大丈夫だろう。すぐに拷問などは流石にできない筈だ・・・」
俺はエレイナに余計な心配を掛けさせないために、一応そう答えたが、確信は持てない。
何だろうか? 街中が殺気立っている・・・そんな気がしてならない。
ラフレスタの雰囲気が普通じゃない・・・そんな予感がしていた。
「あっ、ロイ隊長が来ました」
エレイナは最近よく知る第二警備隊の隊長の姿を確認したようだ。
過去から因縁のあるラフレスタ第二警備隊は前任者の隊長は最悪の人物であった。
賄賂に職務怠慢、違法捜査と悪党の見本のような男だったが、アドラント警備隊管理局局長(今は警備隊総隊長だ)にその悪事がバレて解任されて以来、その後釜としてやって来た人物がこのロイなる隊長だった。
彼は素行も良く、真面目で正義感も強く、良識ある人物として評判も良い。
人間としては信頼に値する・・・しかし、我々、月光の狼からすると警備隊の人間は無能な方が都合良いのは皮肉な話だ。
「うむ、彼ならば、強引な捜査はすまい」
俺はそう予測して、結果、そのとおりになった。
アクト君とハルさんは、窓の無い護送用の馬車に乗せられて移動させられる。
それを尾行すると、彼らはジュリオ殿下の屋敷に連れて行かれた。
「エレイナ、侵入するぞ」
「ええっ!? 皇族の別荘にですか?」
ここで思わず躊躇するエレイナ。
無理もない、我々が皇族の屋敷に侵入するなど、恐れ多い・・・そんなことがエストリア帝国の貴族として刷り込まれている常識であった。
皇族に立てつくなど赦されることでない。
しかし、ここのジュリオ殿下がエレイナを拘束して、拷問を命じた相手でもある。
俺の中では彼はもう敵として認定していた。
「そうだ。行くぞ!」
俺はまだ躊躇しているエレイナを促して、ジュリオ殿下の屋敷に侵入する。
『消魔布』を被る我らは敵には全く察知されない。
難なく、屋敷へ侵入すると広い屋内を進んで、ハルさんとアクト君が連れられている部屋を見つけ出し、誰かがドアを開けた隙に、同室に侵入して息を潜めた。
室内の様子は拘束したハルさんを中央に立たせて、その周囲をジュリオ殿下の配下の者と学長を初めとした高等学校に所属している関係者がぐるりと周囲を囲んでいる。
そして、そこにはロイ第二警備隊隊長と警備総隊長のアドラント氏もいた。
「なんだ。これは、まるで魔女裁判のようじゃないか・・・」
俺は他者に気付かれないよう小声でそんな感想をエレイナに漏らす。
ハルさんを糾弾している演出は滑稽であり、安っぽい演劇でも観せられているようであった。
しばらくやりとりを観ていると、ジュリオ殿下からハルさんを追い詰めるような台詞が次々と述べられる。
「ハルよ、お前の罪状はそれだけではあるまい。お前の正体については調べがついておるのだぞ! 単刀直入に言わせもらおう。其方は『白魔女』であろう。それも本物の方のな」
ここでジュリオ殿下はズバリと彼女本質を付いた。
なんだ、芝居は三文役者だが、中身はなかなかに鋭い・・・俺はジュリオ殿下の下らない芝居姿はあまり評価できなかったが、その言葉が真実に辿り着いていることだけは評価してやる。
これは皇子の周りに居る人物が能力の高い人物なのだろう。
ハルさんが白魔女であることは俺が既に知っている事実だが、ここにいる彼女の同級生達や学長はこの事実に大きな衝撃を受けているようだった。
こうして、ハルさんの正体が白日の元に晒された。
「これで、其方の罪状はさらに増え、帝国反逆罪が追加される。この帝国反逆罪が確定すると、残念な事に其方の未来は『死罪』を免れることはないし、自分はおろか三親等にも連帯責任が及ぶのだ。例え、逃げたとしても無駄である。手配書は帝国全土に配られるし、其方のような青黒い髪と黒い瞳を持つ容姿など滅多におらぬ。直ぐに捜査の網にかかる事となろうぞ」
ここで不敵な笑みを浮かべるジュリオ第三皇子。
彼がこんな顔になってしまう気持ちを俺は理解できる。
自分より偉い者など居ないとして、今おきている事が、全て自分の掌の上で回っていると確信している時の顔だ。
それはかつての俺の顔である。
自信満々のジュリオ皇子であるが、これを見ているのと少々辛い。
何故なら、それはかつての自分の愚かさを見せられているようであったからだ。
「・・・端的に言うと、私と取引をしたい訳ね」
しかし、ここでハルさんは負けていない。
追い詰められている状況でこの受け応えは、彼女の胆力とは相当なものだと思う。
「そのとおりだ!」
ここでジュリオ殿下の顔が綻んだ。
このときに見せた優しさは偽りであり、相手が罠に嵌った事を喜んでいるのだろう。
そんな自分の感情を出してしまう彼はまだまだ未熟者だ。
まだまだの青二才だと思ってしまう。
「しかし、本来ならば許されぬほどの罪を犯した其方だが・・・そんな其方を予が買ってやろう。予の力で、其方の罪を全て無かった事にしてやろうじゃないか。帝国内の自由と平安を約束してやろう。しかし、その対価として、予の軍門に下るのだ。予のために動き・考え・手足となって働くのだ。予はそれほどまでに其方のことを高く評価しておるのだぞ」
勝ち誇り、相手からそんな譲歩を引き出そうとジュリオ殿下。
明らかに自分に陶酔した姿である。
俺は早くもこの三文芝居に飽きてきた。
そんな気持ちで事の成り行きを見守っていると・・・場面は次へと進んで行く。
「そこまでして私に肩入れするのは何故でしょうか? ジュリオ殿下の、本当の目的を是非ともこの場でお聞かせ願いたいものです」
「本当の目的とな・・・ それは知れたことよ。魔道具師として優秀な技術を持つ其方を、他の誰よりも予の手元に置いておきたい、というのが本音だな」
役者という見方をすると、ハルさんの方が何枚も上手である。
観察していてそう思った矢先、遂にハルさんからの反撃が始まった。
「この嘘つき男! あなたが私に期待しているのはそんな事じゃない・・・あなたが私に求めているのは『七賢人』の代わりでしょ!」
「な、なぜそれを!!!」
ジュリオ殿下は巧みな話術と完璧な体裁でハルさんを陥れたつもりだったようだが、ハルさんは白魔女だぞ。
ジュリオ殿下は魔術師の拘束具でハルさんの魔法を封じたと思っているようだけど、それは甘い。
彼女の莫大な魔力を考えるとそんな通常規模の拘束具で封じるなんてできない。
きっと今も無詠唱の魔法で心を読んでいるに違いない。
白魔女のハルさんにはそれができる能力を持っているのだから、こうした交渉事もハルさんには殿下の手の内は筒抜けだと思う。
「アクト。皆に説明してあげて」
「・・・『七賢人』。それはエストリア帝国の創世記に登場した架空の人物を示しており、この物語はエストリア帝国出生の民はおろか、ゴルト大陸中の人間ならば、一度は聞いているほどの有名な御伽話だ・・・エリトリア帝国の創世記の伝承によると、戦乱の続く世で、後に初代帝皇となる人物がこの争いを収めようと決意した時、天より光が差し込み、そして、彼の元に七人の賢者が現れた。彼らは高い知識と技術を持っており、初代帝皇に様々な助言を行うことで乱世を見事に平定し、そして、初代帝皇はエストリア帝国を建国する。この七賢人はエリトリア帝国が無事に立国できた事を見届けると天に帰って行く。そんな物語だ」
アクト君がハルさんに求められて簡単に物語のあらすじを説明する、ハルさんがそれに続く。
彼らの方が役者として上手のようであり、話に引き込まれる。
「そうね。でもこの有名な御伽話には、どうやらちょっとした秘密があるようよ。この物語は初代帝皇によって巧みに広められた話しらしいし、これには真実と嘘が混ぜられている。特に七賢人の台頭は荒唐無稽な話しのようだけど、半分は本当、半分は嘘の話し。真実の部分は、彼らが高い技術を持ち有能な人材であった事と、様々な知恵を初代帝皇に授けた事かしらね。そのお陰で初代帝皇は帝国を律する事ができたと言っても過言ではない功績だったようね」
まさか・・・という呟きが辺りから聞こえる。
その七賢人の逸話とはエストリア帝国創世記の御伽話として有名であり、その出来過ぎた話しから、誰しもが空想上の創作物であると認識していた。
しかし、ハルさんがこうして話す姿には、どこか真実味があり、この御伽話の半分が真実だったと彼女が言うと、本当にそういう風に思えてくるから不思議だった。
「そして、この七賢人の話の嘘の部分・・・それは、彼らが天から来て天に帰ったという事ね。彼らは決して神の使いではなく普通の人間だったと初代帝皇は認めていた。それでも、初代帝皇は自らの判断で彼らの存在を神聖化して隠す事にしたようね。何故なら、彼らの持つ高い技術と高度な知識は、あのときの時代からすると数世代も先を行くような技術だったようで、利用の仕方ひとつで強大な力にもなった。この技術力の悪用を恐れた初代帝皇は、彼らは天の住人として扱い、戦いが終わった今はもうこの地には存在しない、と宣言して、彼らを歴史の表舞台から消し去ったの。そうでしょ? ジュリオ皇子」
「くっ・・・ふ・・ふ・・ふふふ。どうやら其方はすべてを解っていて、この予に言わせたいようだな。よかろう。聞かせてやろうではないか、我らが皇族一族のみに伝わる伝承をな!」
ここでジュリオ殿下はもう完全に開き直った。
うむ、これは自然だな。
やはり素の姿というものは演技ではできないものなのだろう。
俺はこの時の皇子の姿勢を心の中で評価する。
「其方の言うとおり、初代帝皇ランス・ファデリン・エストリアは確かに七賢人の存在を歴史の表舞台から消した。彼らが格別の力を持っていたのも事実だが、歴史の表舞台から消すことを要求したのは七賢人の方からの申し出だったと聞いておる。それに何を隠そう、後に初代帝皇ランスの妻になった人物は七賢人のひとりだと言われているしな」
「!!!」
ここで皇族の身に伝えられている真実を聞かされて、一同が驚く。
俺も少し驚いている。
しかし、この話は噂で聞いた事がある。
「七賢人は決して天の人ではない。我々と変わらない人間であったと聞いておる・・・」
「そう。彼らは異邦人だった・・・私と同じようにね」
「!!!」
ここでハルさんから衝撃の告白。
俺はここでハルさんの口から出た言葉に我が耳を疑う。
しかし、当のジュリオはその言葉を予想していたようだった。
「遂に認めたな」
「この期に及んで誤魔化し続けるのは難しいと判断したからよ。それよりも話を続けて頂戴」
ハルさんに促されてジュリオ殿下は自分の話を続ける。
「そう、彼らは天から降り注ぐ光と伴にこの世界に現れた。その場に偶然居合わせた初代帝皇ランスが、彼らと邂逅を図り、温かくこの世界に迎い入れたと聞いておる。彼らがこの世界に来たのはまったく事故のようなもの。彼らは自分達がどうやってこの世界に来たのかさえ解らない状況だったらしい。彼ら異邦人は魔法を全く使えなかったが、その代りに我々とは次元の異なる高い技術力と文明を持っていたようだ。そして、彼らの知識は千年前の乱世において大いなる武器となった。異邦人達と良好な関係を続けていた初代帝皇ランスは、彼らの協力を得て戦いに明け暮れる世界を平定できるほどの力を得られたと聞いておる。異邦人がもたらす知識はその時代においては、それほどに強力な影響力があったのだよ」
ここでジュリオ殿下はゆっくりと席を立ち、自らの話を続ける。
まるで自分の偉大な語り部として演じているようであり、少し気に入らない。
「世が平定した後、争いが無くなった世の中でも異邦人達の知識はとても役に立ったらしい。彼らの知識は、今、我々が使っている言葉や文化、政治、経済、法律、全ての事の起源に関係するほど強い影響力があったのだ」
「その後、彼らはどうなったの?」
「千年も前の話しなので正確な事は解らないが・・・初代帝皇の妻になった者、貴族になった者、放浪の旅に出た者、隠居した者などの伝承が残っておる。そして、すべての者がこの地で生涯を終えたと記録されておる。この世界の人と交わり、その子孫の血は薄まり、やがてはこの世界の人の一部となる。予もその子孫のひとりなのであろう」
「つまり、元の世界に戻れたものは一人もいないということ?」
「そうだ」
ジュリオ殿下がニヤリとする。
ようやく長い話を終わろうとしているのだろう。
俺は冷めた気持ちでジュリオ殿下の演説を聞いてやる。
まったくの不敬な姿だが、それは俺の心が冷めているからなのだろうか。
「だから、其方が何処に逃げようとも、逃げられる場所など初めから無いのだ。『この世界』という檻からは逃れる事はできない。其方は予の元に来るべきなのだ。身の安全は保証するし、待遇も悪いようにはせんぞ」
「だから『お断り』だと言っているでしょう。あなたのその先の目的は解っている。私を新しい七賢人として祀りあげる事。そして、あなたの真の目的は私の女性としての身体。あなたの子を私に身籠らせて、自分を初代帝皇と同じように振る舞うことで、権威争いで優位な立場にいたいだけ。そのためならば、あなたはアクトを暗殺することだって厭わない。私達がそんな事に巻き込まれるなんて御免だわ」
ハルさんが今まで以上に強い口調でジュリオ皇子に対して拒絶の態度を示す。
しかし、ジュリオ殿下ももう遠慮はしなかった。
ここで殿下は、それで何が悪い、と居直ったのだ。
「ふん。やはり其方は帝国内の矜持が何たるかを解っていないようだ。帝国では帝皇が最も尊き存在である。帝皇が中心となり未来永劫に栄える。それがこのエストリア帝国の理だ。その理のために国民が存在し、貴族が存在し、領土が存在し、社会がそのように動いている。これはこの帝国では変わらぬもの、変えられないものなのだ。全ての物事が帝皇の威光によって動いておる。今よりもより良き社会、より平等な社会を作るためには、強大な力が必要である。それは予が帝皇になる事で初めて手に入る力であり、予が帝皇の座に就いた暁にはこの帝国をもっと発展させる事ができるだろう。そのためにはまず帝皇の座に就く事が重要なのだ。そのために其方は予に身を捧げればよいのだ。其方の力を予のために使え。初代帝皇ランスの妻がそうしたようにな」
「嫌よ!」
ジュリオ殿下からの度重なる勧誘をここできっぱりと断るハル。
ここで清々しいほどのハルさんの態度に、俺の胸の内に溜まっていた胸糞悪い感情がスッとするのを感じる。
俺達の運命を翻弄してきたのが、このような帝国社会の柵だ。
もう俺の心はこんな柵などない世界へ行きたいと羨望している。
まるで俺達の心の要望を代弁してくれているようで、ここでのハルさんの意思は鉄よりも固く、ジュリオ殿下に付け入る隙などをまったく与えない。
ジュリオ殿下の忍耐はこれで限界を迎えることになる。
「小癪な女め! 予が歓待の礼を尽して下手に出ていれば、つけ上がりよって!!」
ジュリオ皇子の怒気によりこの場の温度が一気に低下する。
「ハルよ。其方はいまいち現実が理解できていないようだが、このエストリア帝国において皇族の命令は絶対である。その意味が解るであろう、アクト・ブレッタよ。この目の前に居る無礼な女に苦痛を与えよ。予に危害を加えた無礼な女だ。片腕を切り落としてしまえ!」
ジュリオ皇子によって非情な命令がアクトに下された。
「何、心配する事はない。この屋敷には優秀な癒し手が駐在しておる。例え、片腕が無くなろうとも命に別条は起こらん。まぁ、多少は生活が不便になるぐらいだ」
ジュリオ皇子は普段の彼からは絶対に見せない残忍な笑みを浮かべる。
アクトは皇子の命令に黙していたが、それに代わり脇に控えていたロッテル氏がこの殿下の暴挙を止めに入る。
「ジ、ジュリオ殿下。これは少しやり過ぎですぞ」
「ロッテルよ、黙れ! これにはエストリア帝国の皇族としての威厳がかかっておる。たかが小娘ひとりごとき、従わせられなくて何が皇族だ!」
ジュリオはここで激高し、ロッテル氏を退けた。
思わず絶句してしまうロッテル氏であったが、そんな事にはお構いなしとしてジュリオ皇子はアクト君に迫る。
「さぁ、早く履行するのだ、アクトよ。お前がやらねばブレッタ家は逆賊となるぞ。今こそ帝国に仕える貴族として責務を果たす時だ」
そのジュリオ皇子の言葉に、ようやく動き出すアクト。
彼は剣の柄に手をかけた。
アクト君の行動を見てエレイナが俺の手を強く握る。
「まあ、エレイナ心配するな。見ていろ、彼の覚悟を」
これは声を落とし、エレイナに心配するなと伝えてやる。
俺は初めから解っていた。
あのデルテ渓谷から落とされて、ここラフレスタにふたりで戻ってきた意味を。
このふたりはもう一線を超えている。
それは愛情とか肉体関係とかいう意味ではない、そんなものなど超越した何かをこのふたりはもう共有していると思った。
そうでなければ、ふたりがここに戻ってくるほどの覚悟は生まれないだろう。
彼らの互いの頭の良さ故にアクト君がハルさんと共にここへ戻ってくるには相当の覚悟が必要だということを、俺はもう理解していた。
「お、おい、アクト。何をやっている。止めろーー!」
まだアクト君の覚悟を理解できていない彼の友達がハッとなって、アクト君の行動を止めようとした。
当のハルさんはあたかももう観念したように手錠のかけられた両腕を上げている。
「アクトーーーーーッ!」
アクト君の事をまだ信じられない友達が叫ぶのとアクト君が剣を抜いたのはほぼ同時。
彼が魔剣を抜くと、それは凄まじい速さで振り抜かれる。
キンッ!
甲高い金属音がして、時間が数秒間止まったような沈黙。
そして・・・ゆっくりとハルさんの自由を奪っていた手錠に亀裂が走り、それが上下にズレる。
その亀裂はやがて金属製の拘束具全体に拡がり、そして・・・粉々に砕け散った。
粉末状になった手錠の残骸には幾分かは魔力が纏っており、アクト君の使用している魔剣に吸収されて、そして、黒い霞になって宙へと消えた。
まったく非常識な魔法を吸収する破壊工作だが、それが彼の使った剣が魔剣であるという証左だ。
魔量抵抗体質者である彼が魔剣を扱えている―――そんな驚きの光景でもあっが、これでハルさんは自由の身となり、アクト君はその戒めを破った魔剣を今度はジュリオ皇子に向かって突き立てる。
「これが俺の答えだ!」
アクトはハルの脇に立ち、ジュリオ皇子へ挑むようにして目を逸らさなかった。
ジュリオ皇子はそんなアクト君の行動に歯ぎしりを覚えているようだ。
「こ、小癪な! お前の選択が一族を路頭に迷わす結果になるのだぞ。解っているのか?」
ここでアクト君は負けていない。
「ブレッタ家の剣は帝国を守るための剣でもあるが、それは皇族を守るためではない。正しき者、弱き者を守る剣であれ。それがブレッタ家の習わしだ。俺にとってハルは何があっても守るべき存在。守らなければならない存在。これだけは誰にも文句は言わせない! 父や兄も解ってくれると思う。もし、万にひとつ賛同を得られなかった場合、俺は父や兄だって斬る。ブレッタ家と縁を切っても構わない!」
堂々と、そして、清々とジュリオ皇子に自分の正論を述べるアクト。
その姿は何処か晴れ晴れしく、男ながらにカッコいい奴と思った。
ふと、エレイナを見てみるとウットリとしてやがる。
コイツ・・・まさかにアクト君に惚れたりしないよな。
俺にそんな小さい嫉妬心が沸いてきた。
相変わらず、俺も小さい男だ・・・
「さぁ、ハル。これで俺はお前と伴に進めるぞ。何があってもお前を守り、全世界を敵に回しても君を信じるんだ」
彼は右手で剣を持ち、左手はハルに向かって掌を広げる。
「アクト!」
ハルさんはアクト君を迷いなく迎え入れて、そして、その身を預ける。
ふたりは互いに身を寄せ合うように密着して、アクトの魔剣だけはジュリオ皇子に向けらて威嚇したままだ。
おお、ホントにかっこいい。
アクト君は主役級の役者だね。
ここで俺が茶化すのは、決して嫉妬心からではないよ・・・そう信じよう。
「ぐぬぬぬ。愚民のアクトめ! 予に恥をかかせよって。しかし、お前たちが反乱する事を全く予想できなかった予では無いわ。来たれ守護者よ!」
ここでアクト君に虚仮にされた事で、ジュリオ皇子は最後の手段に出た。
彼の声に呼応するように、突然に窓から室内へと疾風が入ってくる。
そして、その魔法の風に乗り現れたのはふたりの女性魔術師。
「なっ、お前たちは!!!」
その人物を見たアクト君が驚きの声を挙げてしまった理由を俺は初め理解できなかった。
確かに、際どい衣装――女性の素肌の殆どを晒した魅惑の衣装を纏う変態女性魔術師の登場には驚くばかりだが・・・
おい、エレイナ、俺を抓るな!
そして、彼女達は顔の全面を覆う不気味な銀色の仮面を被っていた。
怪しい、怪し過ぎる。
「お前たち! もしかして、サラとエリザベス・・・さん?」
「・・・」
「・・・そうよ、アクト」
ここでのアクト君の誰何を肯定する彼女達。
彼女達は仮面を静かに外す。
そして、現れた顔を見て、アクト君が大きく動揺したのを解った。
そこで現れたのはアストロ魔法女学院の筆頭生徒エリザベス・ケルト女史と、ラフレスタ高等騎士学校のサラ・フラダム女史であった。
サラさんとは直接の面識はなかったが、エリザベスさんは筆頭生徒なのでアストロ魔法女学院で見かける顔である。
ふたりはアクト君の友達であったアクト君と良く行動を共にしている。
月光の狼でもよく話題になる女性達であり、その存在は知っていた。
そして、彼女達は数日前に拉致された被害者として聞いていたから尚更だ。
白魔女ハルさんが必死に探していた女性達である。
ここで、ジュリオ殿下に呼ばれて彼女達が登場した意味を考えてみる。
それはこの拉致にジュリオ殿下も関わっていたと見るべきか・・・いや、それとも・・・様々な可能性を考えて唸る俺の頭脳。
その後、ふたりの女性から攻撃を受けるハルさん達。
それが凄まじい魔法戦へと発展し、荒事をよく知る俺達であっても戦慄してしまうほどの強烈な魔法合戦となった。
魔法の仮面を被る彼女達は相当にパワーアップしたからである。
これに対抗するためハルさんも白魔女に変身し、ふたりの猛攻に応戦する。
凄まじい魔法合戦となり、この部屋が半壊してしまうほどの被害になった。
俺も加勢するべきが・・・そう迷っているうちにここでの戦いは唐突に終わりを迎える。
エリザベス女史が大技を放とうしている時、ジュリオ殿下に異変が起こったからだ。
「それで、終わりだ。さあ、エリザ・・・ぐ?・・・?? うぇ!? あ、あぎ、あぎゃーーーーーーーーっ!」
それは突然に始まった。
ここでジュリオ殿下が突然に絶叫を挙げて苦しみだした。
「嗚呼、主よ!お気を確かに」
「・・・渇く・・・ひどく渇く・・・ぐっ・・・ぐぐお」
細かい痙攣を起こして、ジュリオ殿下の容体はみるみる悪くなっていく。
そうなるとサラ女史の判断は早かった。
「エリザベス、これは姐様に看ていただく必要があるわ。すぐに撤退するわよ」
「解りましたわ」
ふたりはジュリオ皇子を肩に抱くと、エリザベスさんが魔法攻撃で空けた穴から外へと移動し、駆け出していった。
「まっ、待て。サラ!」
現場から颯爽と逃走するサラ達に待てとアクト君は言うが、それに従う彼女達ではない。
「おい、待て! 敵を逃がすな!! 追え!」
ロッテル氏が慌てて追撃の指示を部下達に出すが、魔法の仮面の力で強化された彼女達の身体能力に追いつく筈はなかった。
日の傾きはじめたラフレスタの街の中にその姿を見失ってしまう。
こうして、ここでの生死を賭けた戦闘は唐突に終わった。
残された人間は少し呆けたようである。
人間はあまりに多くの情報に触れると、その現実に頭脳の処理が追い付かず、呆然としてしまうのだろうか。
今の状況は正にそうだが、それでもここで年長者であるグリーナ学長は、なんとか、いつもの調子に戻ろうと自身のプライドにかけて努力しているようである。
「本当に、今日は驚かされる事が立て続けに起こりますね」
彼女はため息混じりに乱れた白髪を直し、ハルさんとアクト君に向き合う。
「まずは、ハルさん、アクトさん、助かりました。貴方達が機転を利かせてくれなければ、私達は今頃あの世に行っていたでしょう。ありがとう」
グリーナ学長はこの場を代表して、自分たちの教え子に素直に礼を述べる。
「本当に助かったぞ。儂もあんな凄い魔法を見たのは初めてだったが、今回は運がいいのか悪いのか・・・結果的にはなんとか助かったというところだな」
気が付けばゲンプ校長もグリーナ学長の脇にいる。
そして、選抜生徒達、警備隊のロイ隊長とフィーロ副隊長と、アクト君とハルさんに縁のある人達が集まる。
彼らは一様にアクト君とハルさんの無事の帰還を祝福し、そして、自分達を守ってくれたことに対して感謝の言葉を述べる。
ひととおり会話した後で、ハルさんはグリーナ学長に向き直った。
「グリーナ学長、まずは研究室の備品を勝手に持ち出して、申し訳ありませんでした」
ここで深々と頭を下げるハルさん。
「いいのよ、ハルさん。貴方としても追い詰められて、どうしようもなかったのは理解しているわ。研究室の備品については後で返却してくれれば、今回は特別に赦しましょう。それよりも、今はこれからをどうするかが重要ですね。これは私の勘なのだけど・・・これからはあまりいい事が起こる予感がしていませんから」
グリーナ学長のこのときの予言に他の皆も互いに顔を見合わせる。
それは、ここにいた全員が全く同じ予感を持っていたようだが、俺も同じ意見だぞ。
「次の話題に変えましょう。貴方が白魔女だとすると、ハルさん、貴女は『月光の狼』ともつながっているという事になるわね。どこまでの関係で、『月光の狼』や貴女はどういう目的で行動していたのかしら?」
「確かに私は『月光の狼』とは協力関係にありました。それについては・・・」
ここでハルさんは隠れている俺の方に顔を向ける。
それはグリーナ学長から見れば、そっぽを向く形となった。
「皆の前では言いにくい事かしら? それならば、場所と時間を改めて聞かせて・・・」
「いや、そう言うことじゃないんです。それは私の口から話すよりも、本人達から直接話してもらったほうがいいかなと思って・・・そこに居るんでしょ? 姿を現したら!」
ハルさんは何も見えないはずの空間にそう叫ぶ。
参ったな、これはちょっと格好悪い登場になりそうだ。
俺はいろいろ諦めて、『消魔布』への魔力の供給を止めた。
こうして、俺とエレイナは全員の前に姿を現す。
「ライオネルさん! エレイナさん!」
アクト君は俺達の顔を見て驚いている。
どうやら、俺達の存在が解っていたのは、ハルさんだけだったようだ。
「本当に、今日は・・・いったい、何回、人を驚かせれば気が済むの、あなた達は!」
グリーナ学長は驚きと共に呆れ顔になる。
彼女達は今日もう何度も何度も驚かされたために、慣れてきたのかも知れない。
そんなグリーナ学長を他所に、ハルさんから遠慮ない口調で話かけられる。
「どうせ、初めから見ていたんでしょう? ライオネルとエレイナ」
「ハルさんの姿で、我々の名前を呼び捨てにされると、少し違和感がありますな。あははは」
少々格好悪い登場になってしまったが、ここで俺は意を正して皆と向かい合った。
「そうです。私たちは初めからここに侵入していました。もし、万が一の事があれば、ハルさんをお助けしようと思っていましたが・・・これは少しお節介でしたね。ハルさんには既に優秀な騎士が守りに就いていたようですし」
そして、直ぐに本題に入ろう。
俺はジュリオ殿下のような芝居役者は似合わない。
「さて、月光の狼の事に関しては、首領である私の口から述べさせていただくとしよう」
俺は意を正し、グリーナ学長と向き合う。
「まず、最初に言っておきますが・・・我ら『月光の狼』は白魔女と協力関係はありましたが、アストロ魔法女学院生のハルさんとは魔道具の取引相手以上の関係はありませんでした。白魔女の正体がハルさんであると私が知ったのもごく最近です。エレイナを奪還する作戦の直前でしたので、それは一週間と経っておりません」
「それは本当なのですね」
グリーナ学長から真偽を問いかける。
「グリーナ学長。義賊団の首領である私を信じて欲しい、と言ってもおかしい話しかも知れませんが、これが真実です」
「・・・いいわ、今は貴方を信じましょう」
これで雰囲気が変わった。
普段から徳が高く、善なる人としての印象の深い彼女が「信じる」と言ったことにより、俺に対する周辺からの視線は随分と柔らかくなったと感じた。
いいなぁー、徳のある人物は。
「グリーナ学長、私を信じていただけるようで感謝します。そして、質問にあった私達の目的についてお答えしましょう」
「続けて下さい」
「『月光の狼』の活動の最終目的は、虐げられた立場にある人達の地位向上であり、それは特権階級に居る人間だけが既得権益を得ているこの現状を打破し、新しい社会構造を作る事です」
ここで俺の話を黙って聞いていたゲンプ校長が首を突っ込んできた。
「なるほど義賊らしいな。しかし、教育者である儂が言うのも何だが、綺麗事だけではこの世の中は回るまい。特にこの帝国は帝皇を頂点とした貴族共が支配する社会である。非常に残念なことではあるが、上に立つ者が常に正しき者とは限るまいな」
ゲンプ校長が言うように、支配者階級の人物の全てが公明正大で完璧な人格者で占められているとは限らない。
「ご指摘のように、現実はそう甘くはありません。我々が唱えている理想論がどれだけ夢物語であるかは、実は私でも解っているつもりですよ。ハハハ」
「ライオネルさん。そろそろ貴方の真の目的を教えて貰えないかしら。私達も莫迦ではないのよ」
「なるほど。流石にグリーナ学長とゲンプ校長は、私の考えをある程度はお見通しのようですね。本来ならばもう少し隠しておきたいところでしたが・・・もう、そういう状況ではないでしょうから隠す必要も無くなりました。全てをお話ししましょう」
ここで俺は咳払いをひとつすると自身の雰囲気を一遍させる。
それまでの、物腰柔らかでありながら、時折、人を食ったような愉快な態度を示す男の姿から、昔のヴェルディを思い出し、凛々しく、いい意味で尊大な雰囲気を持つ男へと変貌させた。
俺もこれぐらいの演技はできる役者なのだ。
「まず、私の本来の名前は『ライオネル』ではありません。私の本当の名前は『ヴェルディ』と申します」
彼の話を聞いた中で、この名前に最も強く反応した人物が一名いた。
「えっ!?」
その声の主はユヨー・ラフレスタ。
ここで、俺と彼女の視線が交差する。
「そこのユヨーさん。私の名前でピンと来たようだね・・・そう。私の名前はヴェルディ・ラフレスタだ」
「そ、そんな・・・叔父は死んだと・・・」
「そう聞かされていたのだろう、ジョージオ兄にね」
ユヨーは俺の言葉に、思い当たる節があったようで、愕然となるのが解った。
死んでいたはずの自分の叔父が、突然目の前に現れて「今は生きている」と言われれば、それは混乱するものも当然であった。
確かに俺は彼女の幼少期を知っている。
彼女と最後に合ったのはまだ言葉を話したての幼少期の頃、母であるエトワールに抱かれた幼女状態であり、俺が昔に脅した事を思い出した。
あのときには申し訳ない事をしたなぁ~と昔を懺悔する。
そして、このユヨーとは対象的にゲンプ校長は俺の言葉に懐疑的な視線を送っている。
「儂は立場上ジョージオ・ラフレスタ公とも面識はあるが、彼と貴殿とは容姿があまり似ておらんな」
ゲンプ校長はこの俺の言葉が本当かと疑っていたのだ。
「そう言われると思っていた。実は私はラフレスタ家から追放された身でね。追放の際に一種の呪いの様な魔法を受けて姿を変えられているのさ。ああ、私の話が信じられないのは解る。だからこれは私の戯言と受け取ってもらっても構わない。今更に私は自分がラフレスタ家の者だと強く主張したい訳ではないからね。それに、私は最近この『ライオネル・エリオス』という名前をとても気に入っているのだから・・・」
俺はそう言って清々しい顔をした。
ここで、ようやく秘密を暴露できて、少し楽になったような気もした。
しかし、これに異を唱える者が一名、現れた。
「う、嘘だ!そんなはずは無い!」
俺の生い立ち話に疑いの顔を隠そうともせず、そんな否定を口にするのはアドラント・スクレイパーだ。
「そんなはずはない。貴様があのヴェルディ様だと! あるはずが・・・ない! そんな・・・」
そんな顔をするアドラントは生前のヴェルディと親交があったのでそう思ったのだろう。
だから、俺の名前を騙ろうとする不信な奴・・・そんな疑いの目を俺に向けたのだ。
しかし、そんなアドラントに俺は落ち着いて対応をした。
「アドラントよ・・・君の家の三階の屋根裏部屋は今も健在かね?」
「なっ、何故、それを!」
俺から裏部屋の存在を聞かされたアドラント・スクレイパーは驚愕し、それ以降、口をつぐんでしまう。
それほどに彼の家の屋根裏部屋に・・・秘密のモノが隠されているのを俺は知っているのだ。
彼の驚きに俺は懐かしいものを感じる。
思えば、あの時期に友達と言える人物はこのアドラントひとりだったのかも知れない。
「・・・」
「まぁ、アドラントが私を疑うのも無理のない話だろう。歳も同じで、過去の私と親交のあった君の事だからな。私が亡くなったとされていたとき、君はひどく落ち込んだこともエレイナから聞いている」
「まさか・・・本当に・・・」
アドラント・スクレイパーは驚愕の真実を認めるべきかどうかを自分でも決められず、しかし、彼の中で淡い青春の思い出が詰まったあの「秘密の小部屋」を知る存在とは、やはり、あの頃に親交の深かったヴェルディの以外に考えられない、と思っているのだろう。
彼の妻や子供にさえも秘密にしているのを俺は知っている・・・
そうなると、この目の前の人物が・・・本当にヴェルディ・ラフレスタということになる。
彼の驚愕に固まった表情が、俺の存在の真実性を物語っていると思った。
かつての自分の友とも言えるアドラントが驚愕の彫像と化してしまったため、俺は彼を置き、初めに質問されたゲンプとの話合いを再開する。
「話が逸れましたな。結局、私が何を言いたかったのかというと、自分がジョージオの弟であり、かつては彼とラフレスタ家の跡目を巡って争っていた仲だったと言う事です」
「なるほどな。それが真実だと仮定すると、貴殿は自分を追放したラフレスタ家や兄に復讐を果たしたい・・・そして、ラフレスタの当主に返り咲くこと。それが貴殿の真の目的か!」
「ハハハハ、流石はゲンプ校長ですな!・・・っと言いたいところですが、残念ですがハズレです」
ここで俺はしてやったりとニヒルに笑ってやった。
「確かに一時期、私はジョージオ兄やラフレスタ一族を逆恨みして復讐を考えた事もあります。しかし、現在、そんな気持ちは薄らいでおります」
「・・・」
「あの頃の私は幼かった。自分が生まれ持ったときに与えられた過分な権力を、すべて自分の力だと勘違いしていたのですよ。領主の息子と言うだけで黙っていても皆が私に便宜を図り、恩を売り、頭を垂れた。それを当然だと私も思っていた。ユヨーさん、貴女もジョージオ兄からヴェルディ弟の悪評をいろいろと聞かされていたのではないでしょうか?」
ユヨーは恐れながらに、ゆっくりと俺の話を肯定する。
「そうですよね。私はジョージオ兄の事を散々虐めましたからね。あ!? ユヨーさん。ジョージオ兄に対して憎しみだけがあった訳ではありません。ただ、あの時は『長男』と言うだけで様々な物を手に入れていた彼が許せない事もあってね。散々と嫌がらせをしてしまいました。今となっては当時のラフレスタの家長に怒られて当然な事をしたと思っています。だから私を怖がらないでくれるとありがたい」
ユヨーの顔が強張ったのを見て俺はすかさずフォローを入れた。
「しかし、あの頃の私は酷かった。自らの力を誇示するために躍起になっていたものです。だから家族にも嫌われたのでしょうし、あの時の家長であった父が亡くなる直前、私は家族総出で嵌められ、暗殺されそうにもなったのです」
ここで俺は昔を思い出す。
何もかも懐かしい・・・愚行だった。
「それでも、最終的に暗殺される事はなかった・・・いや、できなかったと言うべきでしょうね・・・皮肉にも、私が救われたのは、父の子飼いだった魔術師に行わせた誓約によるもの。私達兄弟は自分を殺した者を殺し返す『呪い』のような魔法がかけられています」
俺はそれを言うと左腕を捲くり上腕部分に描かれた刺青のような紋様を見せる。
「この紋様、今は亡き父が我ら兄弟すべてに施したものです。ジョージオ兄にも同じものがあるはずですよ」
「・・・見た事は・・・あります」
ユヨーは自分の父であるジョージオに同じ紋様があるのを認めた。
「これは父が我々の跡目争いを危惧し、互いを傷つけないように施したものでした。特に当時は私がジョージオ兄を殺めるのではないかと周囲の人間は危惧していましたから・・・でも、実際には逆になりそうでしたけどね、ハハハ ・・・結果的に自分を犠牲にしてまで私を殺害したい者が現れるはずもなく、私は運良く生きながらえる事ができました・・・皮肉なものです」
俺はそう言い終わると、捲くっていた袖を戻し、話を続ける。
「結局、私はその父の子飼いだった魔術師の作り出した魔法の秘薬で姿を変えさせられ、ラフレスタ家から勘当を受けました。ラフレスタ家と僅かに所縁だけが残る貧しい商会のひとり息子として引取られ、そして、セレステア家からは私の監視役が出されました。その監視役だったエレイナには結果的にいろいろと苦労をかけさせました。それだけは、申し訳なかったと思っています」
ここで、俺は自分の脇にぴったりと寄り添うエレイナの頭を撫でてやった。
エレイナは万感の想いで目を閉じ、俺からの謝罪を幸せそうに否定してくる。
「いいえ。あのときの私は貴族としての責務を忠実に果たしただけです。それにこれは、私達の運命だったのでしょう。まったくの後悔はありません」
エレイナは俺の手を優しく握り、そして、その美しい顔を紅く染める。
幸せそうなエレイナは、自分に酔っていると思ったが、ここで俺は余計な事を言わない。
周囲からの視線もいちいち気にせず、俺は自分の身上話を続ける。
「こうして、私はエリオス家の人間に生まれ変わりました。そして、そこでは非常に多くの事を学びました。世の中がいかに理不尽に溢れているのか。権力を持つ人間が、持てない人間をどう扱ってきたのか。少しのお金のために人生や人間関係を滅茶苦茶にしてしまう者。弱い者がさらに弱い者から搾取する事実。そして、かつての自分がどれだけ傲慢で偽善者だったかを思い知る日々でした」
俺は今までの自分の人生を回想する。
昔は傲慢だった自分の意識が、どうして今のようになったのかを思い直した。
「こうして月日は流れ、私はライオネル商会の経営の全てを育ての親から受け継ぎました。初めは微々たるものでしたが、それでも利益を徐々に積み重ねて、この商会は確実に大きくなっていきました。どうやら私には商才というものがあったらしい。こんな私にも才能を残してくれた神に感謝しつつも、私はこのまま静かに暮らして余生を全うしよう、そう思っていた・・・しかし、運命は私が静かに暮らす事を許してはくれなかったのです・・・私の商会が大きくなるにつれて、厄介事に接する機会が増えてきました。中でも権力闘争や利権争いの類は頻繁に遭遇する事になりました。私は自分の身を守るため、そして、この商会に関わる全ての人々を守るために、これらの謀に対処する必要に迫られました。しかし、元より私はこのラフレスタの貴族社会で頂点にいた存在でしたから、幼い時より権力闘争は日常茶飯事であり、そんな私から見れば商会程度の権力闘争など戯言のようなものです。そうして、私はこれらの問題を難なく対処し、自分の身に降りかかる火の粉をひとつひとつ排除していきました・・・そして、気が付くと、私の一派とも呼べる多くの仲間ができていたのです。仲間の多くは利権闘争の際に助けた立場の弱い商会の人々であり、それに加えて、かつては敵だった人達も今では私の仲間に加わりと、様々ですが、現在は私を盟主として慕ってくれる存在です。そして、大きな契機が訪れる。育ての両親だったエリオス夫妻が老齢で亡くなったのです」
ここで俺は少し嘘をつく。
本当はエリオスの父と母はラフレスタ家からの命令の余波で襲撃され死亡したのだ。
しかし、ここでその真実を述べて何になるのだろう。
そのラフレスタ家であるユヨーが困るだけだ。
俺に意図を正しく読み取ったエレイナだけが、ここで強く俺にしがみ付く。
ここれで俺はエレイナの頭を撫でてやり、黙っていろと促した。
こうして、利口な彼女はここで不要な主張をせずに黙ってくれた。
これは借りひとつだな・・・
後でどんな報酬を与えるか考えつつ、俺は話を続ける。
「私のような中途半端者を自分の子供と同じように愛を注いで育てくれた。しかも、清く生きる事の大切を教えてもらった育ての両親・・・返しきれぬほどの恩があったのに、本当に何も返せなくなってしまった。これを契機に私はある決断をしました。残りの人生は弱き者のために使おうと。弱き人のために戦おうと。少なくとも彼らが虐げられる事の無い社会を実現してみたいと思うに至ります。このために残りの人生を捧げよう。そう誓ったのです」
俺は直視してくるゲンプ校長を直視で返す。
ゲンプ学長は俺の真意を見抜こうとしているのだろう、俺も誠意を十分に伝えるために、ここで視線は逸らせてはいけない。
そう思っているとここでハルさんから助け船が出された。
「ライオネルの言っている事は本気よ。彼は本気で、健全な商会が自由に、安全に、平等に取引のできる社会の実現を模索していたわ」
と、ハルが口を添えてくれる。
「まったく、ハルさんには敵いませんな」
と笑みを浮かべた。
「ハルさんの言うとおり。私の目的は、平等で公平な社会を実現させたい。ただそれだけなのです。しかし、この簡単な事ひとつ・・それがどれ程この世で難しい事であるかは解っているつもりです。そういう意味も含めての決意でしたね」
俺はそう言い切る。
雰囲気から、周囲の者もようやくこれで納得いったと顔付きをしてくれた。
全員からの評判を総括する意味で、この場の年長者であるグリーナ学長が口を開いた。
「ライオネルさん。貴方の目的や生い立ちは理解しました。そして、ハルさんはこのライオネルさんの『独立運動』とも言える主張に共感し、結果的に協力した。そういう言うことでいいですね」
グリーナ学長の問いかけに微妙な顔つきでハルさんが答える。
「うーん、それは微妙に違います。私は基本的に傍観者。ライオネル達がどうなるかを見ているだけ。時々、少々助けることもあったけど、これも無償ではないわ。報酬もしっかり貰っているし」
ハルさんのそんな本音に、それまで黙って聞いていたクラリスさんが我慢できなかったようで、この話に割込んできた。
「そんなのずるい! 薄ら暗い事は他人に任せて、自らは高みからの見物だなんて・・・」
ハルの行動を批判する彼女だが、それについては俺が弁明してやる。
「ハハハハ。まぁ、そうハルさんを責めないでください。私には私の人生の目標があるのと同じく、ハルさんにはハルさんの人生の目標があります。ふたりの思惑が重なる部分だけを少し助力して貰ったと私は認識しています。だから、私はそれでいいのですよ。ただし、ハルさんにとっては”少々”程度の事だったのかも知れませんが、我々にとっては計り知れない大きな助けとなっていたのは事実です。ハルさんの助力なしに、今の我々の姿は無いと言っても過言ではありませんからね」
俺はそう断言する。
「ハルさんは、白魔女として圧倒的な力を持っていますが、彼女の一番の魅力はそれではありません。今まで誰も聞いたことのない魔道具を開発できる所にあると思います。この魔法が付与された布――我々は『消魔布』と呼んでいますが――も、ハルさんがエレイナ奪還作戦の時にこれが必要だと言い僅か二日の短期間で作ってしまいました。性能はこのとおり、被ってしまうと姿形はおろか、匂いや気配、魔力だって隠蔽してしまいます」
俺はそう言い『消魔布』で再び被って見せると、その姿が忽然と消えたため周囲が驚いた。
『消魔布』に流す魔力を解除して再び俺達は姿を現す。
「どうです。自分が言うのも何ですが、これは凄いでしょう! こんな布一枚で、暗殺者でも何でもないズブの素人である私が、こうして皇族の屋敷へと侵入するのも簡単にできました。こんな常識を破壊しかねない魔道具を次々と作れること。それこそが彼女の一番の魅力だと思っています。だからジュリオ皇子がハルさんの事を七賢人の再来と言っていたのも、私は驚きこそしても、納得はできます」
一同は改めてハルさんの作った規格外の魔道具に驚愕したようだ。
俺が解りやすい実例を示したおかげで、再びハルさんの価値について納得したのだろう。
「ライオネル。私の魔道具の話はそれぐらいにして、話題を本題に戻さない?」
ハルさんからはここで話題が盛大に逸れているのを指摘された。
今、必要なのは自分の魔道具の性能誇示や販売をする事ではない。
今後について会話がしたいのだ。
「私には気になる事があったわ。さっきの戦いの時、エリザベスとサラの付けていた仮面。魔仮面と言っていたのかしら? あの魔仮面はこの白魔女の仮面と魔力の気配が似ていた・・・」
ハルさんは自分の白魔女の仮面を持ち上げて皆へと示す。
「魔力の流れ方。装着者から魔力を取込んで、それを力へと変換する行程がこの仮面とほぼ同じ。細かいところは違いもあったけど、少なくとも表面的に見える部分では同じような仕組みで魔力を補完している。この仮面の技術を『模写した』と言った方がいいのかも知れない。効率はあまり高く無さそうだったので、ある程度は廉価版とは思うのだけど・・・これとについては誰か事情を知る人は居ない?・・・エレイナが持っていた仮面はどうしたの?」
このハルさんの疑問に答えたのはロッテル氏だ。
彼はジュリオ皇子がここを出て行ってから「何故だ・・・」と呟き、ずっと頭を抱えて落ち込んでいたが、それでも自分の仕事を放棄する愚か者では無かったようだ。
「あの時、エレイナ女史の所有していた仮面は獅子の尾傭兵団に所属していたマクスウェルに渡した。彼は傭兵団の顧問魔術師を自称しているだけあり、魔術のみならず魔道具作りにも精通していたようだった。白魔女を追い込んだ魔素爆弾についても、彼のアイデアだった。かなりの実力を持っているのは明らかだし、彼はエレイナ女史の所有していた仮面に並々ならぬ興味を示していたのだ。実際、我々の陣営の魔道具師もあの仮面の解析を試みたが・・・とうてい手足が出ない代物だった」
「当り前よ! 万が一、敵に鹵獲されたことも想定して、いろいろと仕掛けを施しておいたのだから」
ハルさんはふくれっ面でそう答える。
自分の渾身の魔道具の仕掛けが早々敵に漏れては堪らないとの思いだった。
しかし、エリザベス女史とサラ女史がこの仮面を模写した魔道具を装着していた事実より、マクスウェルがエレイナに渡していた仮面の技術を解析することに成功したのだろう。
「そのマクスウェルって人は・・・あのシルクハットを被った変な紳士姿の男性だわよね」
そう言えば、戦場で傭兵団の幹部集団の中にシルクハットを被った変人が混ざっていたのを思い出す。
「獅子の尾傭兵団のマクスウェル。白魔女の仮面を模写した謎の魔仮面。そして、その魔仮面をつけて現れたのが、攫われたはずのエリザベスとサラ。ふたりの性格はおかしな事になっていた。特にサラは私にはともかく、アクトの言う事さえ聞かないほどに好戦的になっていた。そして、ジュリオ皇子も性格が変わってしまった。最後には謎の発作を起こしたけれども、この事に関してはエリザベスとサラも事情を知っているようだった・・・」
ハルさんは先ほどの戦いで得られた事実を次々と口に出してまとめていく。
「これらにつながる組織・・・どうやら、『獅子の傭兵団』にはいろいろと問いただす必要がありそうね」
ハルさんの様々な推理の結果、『獅子の尾傭兵団』が一番怪しいと結論を下す。
俺と一致している。
「そうだ! ジュリオ殿下が、あのような暴挙に出るのは到底考えられない!・・・きっと奴らに何かを細工されたに違いない!」
先程まで、何故だ・・・と散々苦悩していたロッテル氏が突然そう口を荒げる。
ロッテル氏もジュリオ殿下のあの豹変ぶりが信じられなかったようだ。
こうして、『獅子の尾傭兵団』に対する疑惑の目が向けられていようしていたが、ここでその議論を中断せざるえおえない出来事が起きた。
慌ただしく部屋に入って来たのはこの屋敷の使用人だった。
「ロッテル様、大変です。空が! 空が!」
使用人はただ驚きを身体で表現し、自分の上司たるロッテル氏に「空を見ろ」とだけ騒ぎ立てる。
「一体どうしたと言うのだ。何が起こった? 訳を言え」
ロッテル氏が問い正すも使用人は空の方を指差して、まともな会話にならない。
役に立たない使用人に業を煮やしたロッテル氏は、エリザベス女史達との戦闘によって空けられた壁の穴から外へと出る。
そして、空を確認すると、そこには驚きの光景が広がっていた。
茜色に染まったラフレスタの空に、ひとりの巨大な男の姿が映し出されていたのだ。
ロッテルに続く他の全員が唖然とする中、この巨大な人物を最もよく知るひとりが思わず口を開く。
「・・・お父様・・・」
ユヨー・ラフレスタが『お父様』と呼ぶ人物などただひとり。
この街の領主・・・いや、ラフレスタ地方の盟主であるジョージオ・ラフレスタ公にほかならない。
ここで、ジョージオ兄から、とんでもない宣言が飛び出る。
「――我々はこの悪辣な中央政府の支配を受ける訳にはいけない。私はここに決断する。今日を以て、我らラフレスタの民はエストリア帝国より独立を宣言する!」
長々しい口調の宣言をまとめるとこのようになる。
ここで強引に『独立』とは暴挙としか言いようがない。
それにあの様子、ジョージォ兄のいつもの口調じゃないな。
彼は女言葉が口癖であり、あのように悪い意味で凛々しく宣言するなど、違和感しかない。
俺は、ここで、危機感に加えて、大いなる可能性に気付いてしまった。
「エレイナ、直ぐに戻るぞ。これは大変なことになる」
言葉表面ではそんな危機を口にするが、これは俺にとってピンチがチャンスに変わるのではないかと閃いた。
俺の理想とはこんな非常事態でも起らない限り、実現などできないのだ。
逸る心を抑え、俺は『月光の狼』のアジトに戻り、そのプランについて必死に考えを巡らせることになる。
本編を読んで頂いた皆様にはお解りだとおもいますが、やっとラフレスタの乱に辿り着きました。ここでは、ライオネル視線としてできるだけダイジェスト版にまとめてお送りしております。それでも二万文字という長編の回に・・・なかなか上手くまとめられず申し訳ありません。サクッと終わりたいので、次回でラフレスタの乱を終わらせます。ここのシーンを詳しく楽しみたい方は本編「第一部:第九章から十章」を読み直してください。




