第三十三話 美人秘書の焦り
「まったく、何なのですかっ! あの若者達は!」
私の苛立ちはなかなか収まらない。
その理由は、今回の業務――廃坑探索で一緒に連れて行ったアストロとラフレスタ高等騎士学校の一部の生徒に向けての不満だ。
郊外授業を今回はウチで請け負った形だが、普段は寮生活している彼らが開放的な気分になり、羽目を外すのは、多少は大目に見てやってもいいうと思う。
しかし、今回とある一組の男女は、度を過ぎてかなりの羽目を外していたと言わざるを負えない。
学校の目の届かないのをいいことに、かなりの回数、男女の睦み合いを実践していたようだ。
一応、彼らは隠れてヤッていたつもりが、そんなこと部隊のリーダを務めている私から見れば幼稚な隠ぺい工作だ。
夜な夜なお楽しみだったのは良く解っていのよ!
「自由な形の恋愛。ふん、結構な事ですね!」
再び私は苛立を口に出す。
今回の廃坑探索には様々な予定外が重なった。
元々はこの廃坑はライオネル様が知り合いの商会から買い取った魔力鉱石採掘場であり、廃坑同然だったために三年に一度の安全巡視という簡単な仕事の筈だった。
しかし、今回の予定外だったことは、この廃坑が邪悪な魔術師の一団によって乗っ取られていたこと、住み着いていたのが盗賊くだりの男達と、ライオネル様へ報告することは多かった。
そんな事件と比べると、いち学生が起こした不純異性交遊など些細な出来事だ。
ライオネル様からは「そうか。健全な男女ならば、そんな事もあるだろう。見て見ぬふりをしてやるのも大人の務めだな」と不問にした。
その意図は理解できる・・・いや、駄目、納得できない。
こんなにも私が真面目に仕事しているのに、どうして彼らは何を気楽な人生を楽しむことが許されるのだろう。
ここで、納得できない気持ちへとつながってしまうのは、ライオネル様から聞いた来訪者のこと――私が不在にしている時、キャサリンが訪ねて来て、自らの結婚を報告したことを聞いたからだろう・・・
キャサリン・シスコットは私と同じ学校に通っていた親友。
その彼女とジャスティ・フェイザーなる男性は私と中等学校まで同じ学校に在籍していた幼馴染達。
そして、現在、キャサリンはジャスティと結婚を果たしたらしい。
本来ならば、それは微笑ましい出来事であり、私は彼女達を祝福してあげたい気持ちになるだろう。
このジェスティとはライオネル様の一件で、いろいろ因縁のある貴族だけど、それでも、私の幼馴染だ。
ライオネル様には、もう、これからエリオス家にはちょっかいを出さないと宣言を受している。
それを信じてあげたいし、キャサリンの幸せを願ってあげたい気持ちは本物だと思う。
しかし、キャサリンから私に宛てられた手紙の内容が、私を更に苛々とさせる。
――私はジャスティと婚姻を果たしたわ。とても幸せなの――(中略)――エレイナ、貴女も早く結婚なさい。ああ、この手紙書いている最中も彼の手が私の身体を愛撫してくれる。ああ、これ以上気持を高めて、私を一体どうしようというのぉ・・・(ここで書体が激しく乱れる)・・・ともかく、貴女も早く結婚してなさい。そして、私が今感じている幸福の絶頂をアナタにも感じて欲しいの・・・親友のキャサリンより――
「なんですかっ! この官能小説のような手紙はっ!!」
私に対して喧嘩を売っているとしか思えない親友からの手紙に、私の苛立ちは増幅される。
ここで手紙を思いっきり床へと投げ捨てる。
今が自室でひとりなのが良かった。
もし、この姿を誰かに見られていれば、私に対するイメージは大きくダウンしただろう。
私はこの商会で他人からどう見られているか解っている。
『清楚でいつも冷静を崩さない、完璧な秘書女性で、ライオネル・エリオスの有能な右腕』という印象だ。
しかし、本当の中身は違う、主であるライオネル様の寵愛をいつも欲しがる自己中心的な要望に塗れた寂しい女である。
そんな醜い女性の要望の姿を必死に隠すために、常に冷静を装っているのだ。
そんな我慢の連続の私をこのキャサリンやあの学生たちは、私が我慢しているのをあざ笑っているように感じた。
(もっと欲望に素直になればいい・・・)
そんな自分の心の内なる欲望の声が聞こえてきた事なんて何度もある。
それでも、ライオネル・エリオス様の中身は、ヴェルディ・ラフレスタ様。
本当の彼から見れば、私なんか、そこらへんに生える雑草のような身分であり、私とは釣り合わない天上人だ。
もし、一晩の遊戯を求められるならば、それに応じるのはやぶさかじゃない。
しかし、本気で愛して、あの人の子供を身籠るならば・・・
「キャッ、駄目、耐えられない」
そうなれば、もう、私と彼は家族となってしまう。
「駄目よ、エレイナ・・・そんなの立場を利用した職権乱用じゃない」
真面目なもうひとりの自分が、欲望の塗れた私の考えを否定する。
落ち着け、落ち着け、と自分の心に言い聞かせる。
下腹部が熱くなるのを、生物としての欲求を・・・何とか鎮める。
こうして今回も自分の欲望に勝てたが、この先、この勝負、もう何度も勝てる気がしなかった。
「ライオネル様が外遊されるときは、時々、私を可愛がって貰えれるのにぃ・・・」
過去、帝都に同行した以来、恒例となっている旅の道中の宿は同じ部屋で寝ることがふたりの習わしになっている。
それにまた期待してしまった。
そこで行われるのは、ただ、私を抱いてくれるだけ、キス以上の行為はしない・・・それが、いつからか互いの暗黙の了解になってしまったが、それでも、抱かれている瞬間は満足感が得られるのだ。
自分が女性である事を自覚させられる。
納得はしている・・・つまり、だが、本当にそうだろうか? 最近の私は自信が無くなってきた。
そんな情緒不安定な状態で、今回の廃坑探索で見せつけられた自由な恋愛の形、そして、親友の結婚・・・
私も、いい歳になったと自覚している・・・いつの間にか今年で三十一歳だ。
結婚適齢期はとっくに過ぎて、晩婚に近い年齢だ。
「ああ・・・ライオネル様との子供が欲しいわ」
ここで私の口から欲望が声となって吐き出された。
好きな人との子供を得る機会。
どうしてキャサリンには許されて、私には許されないのだろうか。
これは納得いかないのだろう。
そんな欲求不満が爆発しそうな私に、チャンスがやってきた。
ある日、エリオス商会に来訪したハルさんから思い掛けない誘いを受けた。
その日のハルさんはどこか余裕のない顔をしていたから、何かあるだろうとは女の勘だ。
「エレイナさん、実は・・・ごく個人的な相談に乗って頂きたく、この建物の地下の手前から三番目の部屋で相談をしたいのですけど」
「えっ!」
ここで学生のハルさんが示したのは、我ら月光の狼のアジトとなってい秘密の部屋の存在である。
私は一瞬警戒した。
ハルさんは我々の仲間として、ライオネル様がその正体を打ち明けていたが、それでもまだ完全に信用はできない。
「何故それを・・・・ジョセフ、あなたはもういいわ。下がりなさい」
閉店間際の店内で一緒にハルさんの相手をしていた若い職員をここで下がらせる。
彼は月光の狼とは無関係の人間だったから、この先の会話を聞かれる訳にはいかない。
若い職員はあまり納得いっていなかったが、この商会の実質的なナンバーツーである私からの命令に逆らう事もできず、この場を後にする。
「ハルさん、貴女・・・まぁいいわ。行きましょう」
ハルさんから並々ならぬ気迫を感じた私は、ハルさんの求めどおり、その部屋へと移動を開始した。
エリオス商会の薄暗い地下へと降り、奥の部屋の壁になっているところで私は魔法を唱える。
その魔法に反応して、石造りの壁が横へとスライドし、秘密の入口が姿を現す。
「この奥に進む、と言う意味を解っているわね」
この奥の領域は月光の狼のアジトであり、これより先に進むという意味は、ハルは月光の狼の支配下に入るという意味だった。
ハルは「はい」と短く応えた。
彼女の最後の意思を確認した私はハルさんと共に秘密の部屋に入り、再び呪文を唱えると石の壁が元に戻った。
これで外の空間とは隔絶されることになる。
それなりにお金をかけられているこの地下空間は物理的、魔法的に外の世界とは隔絶されており、秘密の話をするには格別の場所である。
それもそのはず、ここが月光の狼の本部アジトであり、我らが秘密の会合や作戦会議・報告をする場所であったからだ。
「ここに来たと言う事は、ハルさんは我ら月光の狼の一員になるという意思があると思っていいのね」
私は彼女の覚悟を再確認した。
「私が月光の狼の一員になるかは、とりあえず置いておくとして、先ずはこれを見てもらった方が、話が早いかと」
ハルさんはそう言うと、フードを脱いで眼鏡を外す。
一体何が始まるのかと思う私であったが、ハルさんが懐よりひとつの特徴的な仮面を取り出す。
それを目にした時、自分の顔色が変わるのを解った。
白を基調としたその仮面は、両目の覗く穴の縁に特徴的な朱の意匠が施されている。
そんな特徴的な意匠が施された白い仮面の存在を私が忘れる筈もない。
白魔女の仮面だ。
そして、ハルさんは何の躊躇もなく、その白仮面を被った。
その直後に光の魔法の奔流が起こり、その光の中から銀髪の美女が姿を現した。
この相手は私が義賊活動であまりにも見慣れた存在である。
「貴女・・・いや、貴女様は・・・」
私の声が震えている。
「そう。私はエミラルダ。世間では『白魔女』と言われている存在よ」
「そ・・・そんな、ハルさんが白魔女様だったなんて・・・」
信じられないと私は思うが、目の前で起こっていることは事実だ。
私は思わず、恐れ慄き、ひれ伏してしまった。
私からしてこのエミラルダという存在はライオネルの次に敬意を払わなくてはならない存在であり、ある部分で神のような存在であり、私が平伏すべき相手だったからだ。
「ハルさん、申し訳ありません。貴女様が今まで白魔女様だったなんて知らなくて・・・」
「エレイナさん、私に敬意なんて不要よ。頭を上げて」
私は恐る恐る頭を上げる。
「そう。そうしてくれないと、これから私の個人的なお願いができないから・・・」
笑みを浮かべるエミラルダであったが、ここで私は顔を引き攣らせながら、只々、白魔女様の役に立つべく、自分の首を縦に振る事しかできなかった。
そして、彼女からの依頼内容はこうである。
――アクトに自分の正体がバレてしまいそうだから、偽物として協力して欲しい――
まだ混乱している私の頭脳だが、このとき、天才的な閃きがひとつ浮かんだ。
「解りました。他ならぬハルさんからの願いです。このエレイナが一肌脱ぎましょう。その代わり私もひとつ依頼したい事項があります」
私はハルさんからの要求をふたつ返事で快諾し、ここで報酬について求める。
長く板についた商人の行動規範が遺憾なく発揮された瞬間だった。
ここで閃いた私自身の報酬とは、それまで持っていた要望を実現させる唯一の手段である。
心を見ることのできる白魔女様は私の考えなどをここで一瞬のうちに見抜き、その綺麗な顔の眉ひとつをピーンと跳ね上げた。
彼女は何でもお見通しなのが解った瞬間だ。
「エレイナさん・・・貴女って・・・」
「そう、私も人の欲があります・・・それは私が女なのですから」
私が知るところではライオネル様が唯一女性の身体に興味を持っている対象が、この白魔女と言う女性だ。
ハルさんが今明かされた計画とは、私が白魔女に扮してアクトさんの前へと現れる事・・・つまり、同じことをライオネル様の前でもしていい訳であり、彼の子供を身籠ることのできる唯一のチャンスだと思った。
「エレイナさん、本気?」
「本気です」
私はここで自信満々に返事を返す。
私の返答に、本当にこの依頼をしようか? 今更に迷う白魔女エミラルダ様の姿があった。
「身分の違うライオネル様に私を受け入れて貰えるチャンスは、それほど大きくありません。そんな私の願いも聞いて貰えませんか?」
私はここで食い下がった。
もし、そんな破廉恥なことに白仮面を使うのだったから貸せないと言われる可能性もあった。
しかし、私にはもうこれしかチャンスはないと決意も堅い。
結局、私の気迫が勝ち、白魔女様は渋々、承諾してくれた。
こうして、私は俄然やる気を出す。
よし、きっちり仕事をして、正当な報酬を貰うとしましょう。
アクトさん相手に本物の白魔女様のように大暴れしてやろうと決意した瞬間であった。
エレイナが変な方向でやる気を出しております。




