第二十五話 忍び寄る策謀
「なんだ、テメェ!」
「煩いぞ。不審者め!」
喧嘩言葉がエリオス商会の軒先で響く。
俺は何事かと思い、軒先に顔を出してその原因を確認したところ、もう既に争いが始まっていた。
「ぐおっ!」
禿頭のチンピラが、ヨディアの繰り出したこん棒で殴られて飛ばされる。
俺はこれで凡その事態を把握した。
久しく来ていなかったクロスビーからの嫌がらせが再開したのだ。
「ヨディア君。一体どうしたのかね?」
確認の意味も含めて、一応、今日の警備担当をしていたヨディアに現状を問い正す。
それは、騒ぎを聞きつけて周辺の店の人や通行人が着目していたため、我々の身の潔白を証明するために、わざとらしく、現状を説明する行為だ。
「ライオネルさん。このチンピラが難癖をつけてきたので、反撃しました。彼はルバッタ商会の一味です」
やや決めつけてそう断言するヨディア。
確かにそれは凡そ間違いではないと思われるが、それだけの理由で人に暴力を払ったとしては弱いだろう。
例えば、見た目でコイツは悪い奴と判断したので叩きました、なんて述べられて許される訳ではない。
ちょっと拙いな、と思っていたらすぐに警ら中の警備隊が飛んで来た。
「どうしたんだ?」
今日はやけに早いじゃないか。
俺はそんな失礼な事を考えながら、現れた警備隊達には問題ないと応える。
「ちょっとばかり、互いに行き違いがあったようで喧嘩に発展してしまいました。大した事はありませんので、この場はお引き取り下さい」
そう述べる俺の言葉に警備隊の男性は納得してもらえなかった。
「ちょっとばかりって、その男性は血が出ているじゃないか!」
「へ、へい。そうです。アッシが紳士的に先日ここで買った魔道具が動かないから診て欲しいとお願いしたら、いきなり殴られたんです。それはもう理不尽でして・・・」
「なっ、何を言っている、この野郎ーっ! さっき、俺に吐いた暴言をもう一度喋ってみろッ!!」
チンピラの嘘を知っているヨディアの顔が真っ赤に染まり、怒りのあまりチンピラに掴みかかろうとする。
「よせ。ヨディア君」
俺は敵の策略に気付いてヨディアを止めたが、もう遅かった。
「待て待て、ここは私達が話を聞こう。その不良品の魔道具を売られたという話は本当か?」
でっぷり太った警備隊のひとりが話に割って入ってくる。
「へい、それは間違いありやせん。先日、ここで購入した魔道具が不具合品だったのようで、クロスビーさんの仕事が遅れて大損害を受けました」
「口から出まかせを、アレは不具合品ではない。自分達が壊したくせに!」
俺はここで自らの身の潔白を証明するため、正しく主張を述べた。
「そんな筈はございやせん。この商会の野郎は嘘をついているんです。ここは嘘つきの最低の商人でやんす」
大きな声でそんな事を流布し、エリオス商会の信用を下げようとするチンピラ。
「こいつめ、黙れ!」
ヨディアはカンカンに怒っており、チンピラを黙らせようと再びこん棒を振り上げた。
「ひっ!」
これにチンピラは大げさに怖がり、被害者を演じる。
当然、そんな事をすれば、警備隊が止めに入るのは当たり前だ。
「止めろ。この男を抑えよ」
「は、離せ。会長を、このエリオス商会を莫迦にする奴は赦せない」
「動くな! これ以上暴力を働けばと、牢屋に入って貰うぞ!」
「くっ・・・」
警備隊のその言葉でヨディアは一旦抵抗を止めた。
しかし、その顔はまだ赤く染まったままでなので、ヨディアが納得いっていないのをよく示している態度だ。
そんな態度を見かねた肥満の警備隊員が沙汰を言い渡す。
「ふん、よく解った。お前達の詳しい話は詰所で聞いてやる。責任者を連行せよ」
その一言で、俺は警備隊に捕まえられた。
周囲からは、どうして? という顔をしていたが、俺は別に驚かない。
これは初めから仕組まれた事だと思ったからだ。
コイツらは初めからグルだったのだ。
今日、やけに警備隊の対応が早いのもその理由のひとつだろう。
ここで抵抗すればするほど状況は悪くなる。
俺はそう理解して、これ以上の無駄な抵抗はできなかった。
「エレイナ、すまない、しばらくは商会を留守にする。大丈夫だ。取り調べを受けても何も罪に問われんよ」
そんな自信の姿を見せて、俺はエレイナに目配せをする。
「承知しました。お早いお戻りをお待ちしております」
エレイナはそう素直に応え、ここで必要以上の抵抗はしない。
やはり、彼女は状況を良く解っている。
こうして、俺は警備隊の詰所に連行された・・・
バンッ!
「ここに入っていろ!」
俺は警備隊の詰所に連行させるなり、いきなり牢屋にぶち込まれた。
「おい、おい、これはちょっとやり過ぎじゃないのかな?」
俺は強引な警備隊の対応にそんな反発をする。
すると、いつぞやの葬儀の際に現れた悪い印象しかない警備隊隊長が現れた。
「それは、お前が世紀の大悪党だからだ。この大罪人め!」
「どうして、私が大悪党だと言い切れるのでしょうか? 正直、たったあれだけのことで牢屋に入れられるとは思ってみませんでしたが。これはよほどに納得できる説明があるのでしょうね?」
俺は自信満々にそう応えてやる。
これは証拠不十分の冤罪も良いところだ。
一体何の嫌疑で拘束されなければならないのだろうか。
「貴様に掛けられた容疑とは、その存在自体が『悪の枢軸』だからだ」
ここで、俺の自信満々な抗議の声に応えたのは、それ以上に自信満々な態度をした男だった。
いきなり現れたその男は牢屋に入れられた俺を見下すように笑みを浮かべる。
この青年、どこかで見たな・・・そうか、顔を思い出した。
「君は確か、フェイザー卿の跡取り・・・名前は・・・・ジャスティ・フェイザーだな!」
「そのとおり。名前を覚えておいてくれて嬉しいよ、ライオネル・エリオス・・・君の存在自体が悪なのだ。君は私のエレイナの人生を奪った男だからな」
「ふん。男の嫉妬かね。彼女は自分の意思で私の傍にいるのだよ」
「何とでも言いたまえ。ライオネル・エリオス。君が完全に失脚すれば、エレイナも任を解かれる。私のところへと帰ってくるだろう」
「それでこんな強引なことをしたのか・・・ジャスティ・フェイザー、君も小さい男だな」
「フフフ、私を怒らせようとしても無駄さ。今捕らわれているのは君で、捕らえているのは公的権力を持つ我々だ。この公的権力は正義なのさ・・・私のお願いを何でも聞いてくれる正義の機関だから。君はもっと私を恐れた方がいい」
ジャスティ・フェイザーは上から目線でそう述べると、隊長を顎でクイっと呼び寄せる。
「おい、隊長。コイツの不正を暴いてやれ。少し殴れば、何か出てくるだろう。どうせ、下賤の悪党商人だ。叩けば埃ぐらい出る筈だ」
「ハイ、解りました。お坊ちゃま。喜んで尋問いたしましょう」
ここの隊長は嬉々とした態度で、ジャスティ・フェイザーからの協力を惜しまない態度で示す。
まったく、世の中は悪い奴ばかりだ・・・
俺は呆れと共に、エレイナに約束した早い帰還は守れそうにない予感がした。
一方、こちらはライオネルの居ないエリオス商会。
「エレイナさん、これからどうしましょう?」
ライオネル様の居ないエリオス商会は、皆がナンバーツーである私に今後の方針を聞いてくる。
「落ち着きなさい、サリアさん。先ずはライオネル様の身の潔白を証明するのが先です。警備隊に連行されてしまいたが、ライオネル様が無実であるのは疑いようもない事実です」
「畜生! こんな事なってしまったのは俺のせいだ。俺が警備隊の詰所に突撃して、ライオネル様を助ける」
「だから落ち着きなさいと言っているでしょう。ヨディアさん。元はと言えば、貴方がクロスビー配下のチンピラの安い挑発に乗って暴力を振るわなければ、向こう側も強引な手段には出られなかったと思いますよ。もう少し反省をしてください」
「ぐ・・・そう言われると、面目ない・・・」
「ともかく、今はライオネル様が、いや、このエリオス商会が潔白なのを警備隊組織に主張するしかありません」
私は少し対処を考えて、次に行うべき対象方法を皆へと伝える。
「やはり、権力には権力です。グローナットさんのところに相談に行きましょう」
こうして私は頼れる商会ギルド長の元に訪問することにする。
「なるほど、それは穏やかじゃありませんね」
私が商会ギルドに行けば、直ぐにギルド長との会談が叶った。
ギルド長に今日の出来事を伝えると、グローナット氏は明らかに不機嫌となり、部下を呼んでこの事をすぐに調べるよう指示を出した。
そして、午後にもう一度来るように呼ばれて、事態は早く動く。
午後に訪れて、グローナット氏からは調査結果を早々に伝えてくれる。
「この一件。どうやら、フゥイザー卿の後ろ建によるもののようです」
「フェイザー卿が・・・有力貴族だから今回の様な強引な事が成り立っている訳ですね!」
私はかつての同級生の顔を思い出し、怒りが込み上げてきた。
その直後、だめだ、冷静に成れ・・・と自分に言い聞かせる。
「エレイナさん。そう怒らずに・・・ですが、ここは上手くやらないとライオネル・エリオス氏が無罪放免で出てくるのは難しいことになるでしょう。フェイザー卿はラフレスタの上位貴族ですので・・・」
ここで私は思慮する。
ジャスティ・フェイザーは私がエリオス家を監視しているのが、気に入らないと思っている。
つまり、これは彼の個人的な意思が強く働いた結果だ。
それこそ、貴族のエゴだと思う。
(私のお父様から抗議をして貰おうかしら・・・)
私情に走ったフェイザー家を戒めるために、セレステア家から政治的圧力を掛けてみようかと考えてみた。
「私の実家から抗議をさせようかしら?」
「それは駄目です。エレイナさん」
「ここでセレステア家が出てくれば、それは政治的に大きな禍根を残す事になってしまいます。ライオネルさんもそこまで望むところではないでしょう」
そう述られべて、私の提案は止められた。
グローナット・アイザック氏もそれほど格上ではないが、貴族の一員である。
彼もここで話を大きくなることを望まなかった。
「そうですか・・・私も短慮でした。申し訳ございません」
私は落胆する。
午前中に相手の安い挑発に乗ったヨディアを叱ったばかりだ。
それが、今の自分の行動と同じだと思い知った。
私もライオネル様が不当に扱われている事で相当頭に来ているのだろう。
勿論、私が怒りを覚えるのには正当な理由が成立すると思う。
私の大切な人を嵌めたこの事実は絶対に許せないのだから・・・
「いやいや、エレイナさんが怒るのは無理ないことです。権力で対抗するならば、ここは別の案があります」
「別の案?」
「ええ、それは警備隊の上部組織である管理局です。現在、管理局の局長を務めるアドラント・スクレイパーなる人物は、高潔で公平な人物であると噂になっています。彼に協力を仰いでみましょう」
グローナット氏はそう言い、私にアドラント・スクレイパー氏を紹介してくれた。
こうして、夕方、私はラフレスタ城内に設けられた警備隊総本部を訪ねる。
ここラフレスタ城は、ライオネル様がヴェルディ様だった頃に戦闘訓練の相手役として招かれて以来だ。
本来ならば、複雑な手続きを要するラフレスタ城内への訪問だが、私もセレステア家の一員であることによって大幅に手続きを簡素化して貰った。
権力はこういうところで使わないと、などと安易に思ってしまう。
「失礼いたします」
こうして、私は城内の警備隊総本部となる一室のドアを開けた。
「こんにちは。エレイナ・セレステアさんですね。事情はグローナット氏より手紙を貰って聞いております」
そんな親しみやすそうな口調で、私の訪問を歓迎してくれたのはラフレスタの警備隊組織の幹部であるアドラント・スクレイパー氏である。
年齢は若い。
アドラント様は私と三歳しか違わないらしいので、ライオネル様と同年代の若い年齢の管理局長だ。
管理局とは警備隊に対する警備隊のようなものであり、警備隊が正しく運営されているかを監査する立場にある組織だ。
彼はこの職務を真っ当に熟しているようで、私が問題だと思っている内容を直ぐに理解してくれた。
「グローナット氏から指摘あったように、今回の第二警備隊の行動は明らかに怪しい。現在、部下に調査させている」
その言葉を聞いて私は少し安心した。
このアドラントと言う人物は信頼できると思った。
私達の主張をグローナット氏からの手紙だけで察して、素早く調査を始めてくれているのは、頼れる存在だ。
「ありがとうございます。ライオネル会長が現在、不当に拘束されています。一刻も早い釈放を要望いたします」
「エレイナさん、私もラフレスタに悪が蔓延る現状を我慢できない男です。まだこれは私の勘の段階ですが、随分と警備隊組織が迷惑を掛けているようです。できるだけ早くエリオス商会の会長が解放できるよう尽力いたしましょう」
「ありがとうございます」
私は再び礼を述べる。
よかった、これで解決できそうだ。
こうして私は希望を持ち、ラフレスタ城の警備隊管理局の部屋を後にした。
しかし、私の読みは甘かったのは、後ほど思い知ることになる。
ここで、エレイナ・セレステア女史がアドラント・スクレイパーの元を去ってから数刻後。
別の人物が、この部屋をノックした。
トン、トン。
「どなたか?」
「・・・」
相手は名乗らない。
「入っていいぞ」
アドラントは根負けして入室の許可を出す。
どうせ、不敬な奴が来たならば、追い返せばいい。
そんなことを思う。
そして、入って来たのは若い貴族のひとり
「何者かな?」
「・・・私はジャスティ・フェイザーだ」
ここで遠慮なく自分の名前を尊大に名乗るのは大物貴族としての悪しき風習だった。
「その大貴族様が私に何の用事かな?」
私は多少不機嫌に応える。
「仕事熱心だな、アドラント・スクレイパー。同じ貴族のよしみで、ここはひとつ忠告をしておこうと思ってね」
「ほう、忠告とは?」
「君の組織がいろいろとエリオス商会の件で、嗅ぎまわっていると小耳に挟んだもので・・・ね」
「それは、それは忠告ありがとう。私の仕事はラフレスタの正義の為に尽くしている。不正が行われているのならば、見過ごす事ができない。その行く先が君の様な大物貴族様でもね。不正は正さなくてはならない」
私は脅しに屈しないと先に応えた。
今回の一件、このフェイザー家が絡んでいる事はもう掴んでいる。
これは親玉からの脅し行為なのだろう。
しかし、私は警備局の人間。
貴族どうしの悪辣で強引な手口も、それが法を犯していれば、我が粛清の対象となるのだ。
「アドラント・スクレイパー、君はどうやら少し勘違いしているようだ。君が今、捜査している案件。それは私達が黒幕だと思っているのかな?」
「・・・これは・・・単刀直入に来たか。その答えとしては『ハイ』だ。私はどんな高貴な貴族であっても不正を働く者は罰するぞ!」
俺は脅しに屈しないと答えてやる。
さあ、ここで相手はどう出て来るか?
ここで賄賂など出てこようものならば、それで終わりだ。
それは自分達の罪を認めた証拠になるからな。
しかし、このジャスティ・フェイザーなる人物はここで私を小莫迦にするように溜息をひとつ吐く。
「だから、君は勘違いしているのだ。今回の件は私達が元締めではない、と言っている」
「何? それはどう言う意味だ?」
「鈍い奴め。今回、命令を出しているのは私達よりももっと上からだ。それはお前や我々など解任できる立場の方だ」
「何だと!?」
このラフレスタで名家であるフェイザー卿や私のスクレイパー家の役職さえも解任できる身分などひとりしかいない事に気付いた。
それはこのラフレスタの領主である。
「おっと、その名前はここで出さない方がいいぞ。貴様も政治の事が解るならばな!」
「・・・くっ!」
「そうだ。だから、貴様は今回の件から手を引け・・・まだ警備隊組織に留まりたいならのばな」
そんな脅し文句だったが、これによって私は今回の黒幕が誰だか解ってしまった。
解ってしまえば、これ以上動けない事実を理解してしまう。
「く、そう」
ジャスティ・フェイザーはそんな俺の様子を見て去って行った。
彼はこれで十分だろうと判断した訳だが、まったくそのとおりなのが悔しい。
その後、私は権力に屈してしまった自分の姿に落胆し、ここで机を叩く以上の事ができない自分。
私が自分の家の立場のことを考えると、これ以上の行動の自由は赦されなかった・・




