第二十四話 東の雄
私はエトワール・ラフレスタ。
ラフレスタで最高の権力を持つジョージオの妻であり、実質的にラフレスタ領の権力はナンバーツーの存在だ。
「これは一体どういう事なの!」
今日の私の機嫌は良くない。
今、私が怒鳴る相手はセレステア卿とフェイザー卿だ。
両家はこのラフレスタ領で上位から数えた方が早い階級。
そんな名家相手に私は渡された報告書を叩き付ける。
この報告書は最近のライオネル・エリオスの動向をまとめた資料。
「この報告書によると、最近のライオネル・エリオスは、真面目に商売に勤しみ。ラフレスタ商業界に良い影響を与えている。エストリア帝国の商業界の元締め的存在である『ご老卿』とも会談を果たし、彼の名声は帝国内でも上昇し、今後、ラフレスタ領にとって有益な人物になろうとしている、ですって!? それじゃあ、駄目なのよ。あの男には失敗して貰わないと!!」
私はライオネル・エリオスという男に魂が移されているヴェルディという存在に戦慄を覚えずにはいられない。
奴は狡猾であり、かつ、今後の私達にとって脅威となる存在だ。
私には解る。
奴は私と同じ種類の人間だから、強かであり、最終目的を決して間違わない人間だと思う。
そう、奴の最終目標とは、このラフレスタ領の支配権を奪取すること。
私や夫、そして、子供たちの現在の地位を脅かす存在になるのだから。
だから、私は奴の排除に躍起になっている。
「まあ、まあ、落ち着いてよん。エトワールちゃん。ヴェルディが心を入れ替えて真面目にやっているならば、私はそれで構わないのん」
「駄目よ。ジョージオ、貴方は甘いわ!」
私はここで変な情けを出してくる夫に釘を指した。
「奴は狡猾なのよ。こうして私達を油断させておいて、最後にはこのラフレスタを乗っ取る気よ! フェイザー卿、もっと徹底的にやりなさい。些細な事でも、奴を罪人としてでっち上げてでも、止めるの!」
私は感情的になりながらもフェイザー卿に命令を出す。
ここで、監視役を送り込んでいるセレステア卿から反発もあった。
「ですが・・・エトワール様、娘からはライオネル・エリオスは危険人物ではないと報告を受けております」
「だから! 貴方も何を見ているのっ! 相手はあのヴェルディですよ。騙されているのよ、貴方の娘も!」
「・・・」
「締め付けが足らないわ・・・・フェイザー卿、もっと、ルバッタ商会をけしかけなさい!」
「やっております。しかし、先日、彼らが派手に動き、エリオス夫妻が死亡してしまう事故が発生しております。これ以上はやり過ぎかと」
「まったく、使えないわね! エリオス夫妻のことは残念だったけど、悪いのは私達じゃない。間違えたのはルバッタ商会の莫迦達よ。そもそもヴェルディさえ大人しくしていてくれれば、余計な事故などは起きなかったのだから、その範囲で上手くやりなさい」
「ハイ・・・御意に・・・」
かなり無茶振りであることは自覚しているが、配下のこのふたりは領主夫人である私の思考に背く訳にはいかないだろう。
ここで、女のヒステリーを止めてくれと願っているようなセレステア卿とフェイザー卿であったが、ここでジョージオ公は「面倒ねん」と何処か他人事である。
そんな、彼らにとって理不尽な会合だと思われるが、ここでの支配者は私だ。
しかし、ここで予想外の客人が現れて、今回の会話は中断となる。
「おー。ここに居たのか、ジョージオよ」
この小部屋で領主と幹部貴族が秘密の会合しているのを全く気にせず、まるで自分の家のように入って来たのは、偉丈夫の男性がひとり。
「ルバイアちゃん!」
ジョージオ・ラフレスタは無粋にこの部屋へと入って来た数少ない親友の名前を呼んだ。
この彼の名前はルバイア・デン・クリステ。
エストリア帝国の東の果て隣国ボルトロールと国境を有した土地の領主であり、ラフレスタ家とは歴史的に友好関係が続くクリステ領の領主だ。
「おお! ルバイア・デン・クリステ様が何故?」
彼の顔と名前を知っているセレステア卿は、どうしてここへと現れたのか理解が及ばない。
それをその顔色を読み取ったルバイアが自ら説明をした。
「セレステア卿、実は帝皇様から招集命令があってな。帝都ザルツに赴く途中だ。そのついででラフレスタ領に寄らせて貰ったのだ。ヴェルディが亡くなったと聞いている、ジォージオも落ち込んでいるんじゃないかと思ってな?」
「まぁ、ルバッタちゃん。ありがとう!」
ジョージオは自分の親友の心遣いに感激して、心から謝意を伝える。
このルバイアは昨日からこのラフレスタ領に入っており、彼の訪問の意向は昨日も聞いたことだが、それでも何回聞いても嬉しいとジョージオは言う。
「やはり持つべきものは友なのねん」
そんなジョージオの言葉を聞いて、私は不機嫌となる。
「奥様はご機嫌斜めのようだ」
私の隠そうともしない不機嫌を察して、この偉丈夫はそんな事を遠慮なく述べ来る。
私はこのルバイアという人物は苦手だ。
筋骨隆々の野蛮人は私の趣味じゃない。
性格も合わないと思う。
拳で語り合う、って言葉が良く似合うこの原始人は、国境警備が仕事として良く似合っているのだろう。
領主なんて柄じゃないと思う。
どうして、このラフレスタ領なんかに来たのかしら。
本来ならば、ラフレスタ城で宿泊をさせるのも嫌なのに・・・
「先程から話題にしている『ライオネル・エリオス』なる人物は要注意人物かね?」
「それはルバッタ様には関係の無いお話ですわ」
私はそう言ってこの話題を切る。
「セレステア卿、フェイザー卿、もういいわ、行って頂戴。私の言い付けを守りなさいよ!」
そう言い私は一方的にこの会談を終わらせた。
これはラフレスタ家の問題である。
クリステ領の領主にまでしていい話じゃない。
私はルバイアという男に寛容なジョージオをキッと睨んだ。
このお人好しならば、自分の親友だからと気を許して、私達の秘密をばらしそうだから、釘を刺しておいた。
「あ、ああ、解ったわん。この話はもう終わりにしましょうねん」
ジョージオも私の嫌気を察したのか、ここでこの話題を閉じてくれた。
「なんだ。秘密事か? まあ、領主になれば、そんなモノだ。秘密にしなくてはならないモノなんて、ひとつやふたつぐらい出てくるだろう。俺は何も聞かなかったが・・・もし、武力で解決が必要ならば遠慮なく言ってくれ、その時は俺が力を貸してやる」
堂々とそんな男らしい事を言ってくれるルバイアは夫のジョージオとは親友である。
そりでも、私はこの男が苦手。
私は決して、彼を頼ること無いだろう。
「ルバイア・デン・クリステ公。その御心遣い、感謝いたしますわ」
私は一応、ジョージオの妻の立場上そんな礼を述べておく。
しかし、この男は本当に失礼な男だった。
「エトワール夫人。そんな心にも無いお世辞はよした方がいい。ラフレスタの問題には関わるな、と正直言ってくれた方が互いにスッキリするだろう」
やはり、私はこの男は嫌いだ。




