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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第三部 ヴェルディの野望
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第十九話 次へ

 エリオス商会は会長と会長夫人が亡くなってから、エリオス商会内は重い雰囲気が続いている。

 誰しもが会長の受けた非業の死を受け入れ難く、なかなか払しょくできていない。

 俺が、「会長がやり遂げられなかった仕事を我々が引き継ぐぞ」と号令を掛けてみるが、なかなか前向きに成り切れていないのが現状だ。

 それは俺自身がまだ吹っ切れていないから当然の事だろう。

 そんな暗い雰囲気であったが、皮肉にも商売は前に進んでいる。

 俺がランガス村で仕入れてきたトウモロコシは予想以上の評判となり、市場の三倍の値段で売れていたりした。

 市井の一般人はもとより、独特の甘みが一流の料理人に高評価されたようで、ラフレスタ伝統料理のフラガモと呼ばれるスープの材料にピタリと合うようで、プロの料理人の間で評判になり高値で取引された。

 やはりあの強い肥料の匂いさえ除去できば、評価は全然違っているようだ。

 私はランガス村のイオール商会にあのトウモロコシを追加で送って貰うよう手紙を書いた。

 そんな事務仕事を終えれば、エレイナが執務室に入ってくる。

 

「ライオネル様、商会ギルドより呼び出しが入っております」


 エレイナもあれ以来元気が無い。

 いつも自信満々な彼女にしてもエリオス夫妻が死去してしまった事実は受け入れ難いのであろう。

 エレイナもエリオスの父母とは本当の家族のように接していたから、亡くなってしまった事実に精神的ダメージは計り知れないものだと思う。

 しかし、それでも彼女は前向きに働こうとしている。

 俺も襲撃した黒幕と思われるルバッタ商会側には強い憤りがあるのは事実だが、どんなことをしても、亡くなってしまったエリオス夫妻が生き返ることは無い。

 他人から見れば、冷たいと思われるかもしれないが、悲しみと恨みだけにエネルギーを費やしていても人は正常には生きて行けないのだ、私は引き継いだエリオス商会と言う船を前に進ませなくてはならない責任があるのだから。

 そう、俺はこのとき、エリオス商会のトップを引き継ぎ、『会長』という立場になっていた。

 俺がこのエリオス商会を引っ張らねば、職員達は路頭に迷う結果になってしまう。

 俺は、仕事に没頭することで、自分の心に残っている怒りの感情を忘れようとしていた。

 

「グローナット氏か、解った。赴こう」


 俺は書類仕事を終えると、商会ギルドへ向かう事にした。

 

「あっ、ライオネル様。今日は私もお供します」


 警備部のジェンが心配して護衛についてくれるようだ。

 エリオスの父が襲撃されてしまった事をまだ気にしているのだろう。

 しかし、俺は必要ないと告げる。

 

「大丈夫だ、ジェン。エレイナがついてくれるならば、ジェンまでは必要ない」


 俺はジェンからの気遣いを断り、エレイナだけを伴って、街中を走る乗合馬車へと乗る。

 街中で襲われる危険性もゼロではないが、それでも、前回あれほど派手な事をしたルバッタ商会がまた同じような事はしないと考えている、特に人の眼のある日中街中で堂々と仕掛けて来ないだろう。

 万が一、襲われたとしても、俺とエレイナはこう見えて手練れだ。

 負ける気がしなかった

 こうして、いつもどおり我々だけで商会ギルドへと赴く。


 結局、私の予想どおり、無事に商会ギルドに着いた。

 商会ギルドに入ると、そこではグローナット氏が待っていた。

 

「ライオネルさん。急に、お呼び出しして申し訳ありません」


 いつもながら年下の俺にも丁寧な口調で話してくれる商会ギルド長グローナット氏、商人の鏡のような人物だな、俺も見習わないと・・・

 そして、ギルドの一番奥の防音設備の整った一室へと案内される。

 この部屋に案内されるときは、いつも、重要な話がある時だ。

 俺は少し覚悟して、その部屋の席へと着いた。

 

「ライオネルさん、大変な時に呼び出しして申し訳ない」

「いいえ」

「今日はふたつの事をお伝えします」


 そんな前置きをしてグローナット氏が続ける。

 

「ひとつ目はエリオス商会を襲撃した者の調査が進みました」


 そう、俺は当てにならないラフレスタの警備隊組織による調査を見切り、グローナット氏へ調査を依頼した。

 商会ギルドのネットワークは警備隊組織に匹敵する情報網を持っている。

 寧ろ、利権に関わるラフレスタの暗部のような情報は商会情報網の方が有利なぐらいだ。

 今回の場合、黒幕はほぼルバッタ商会である事が解っているので、その裏付けについて調査するだけであり、ある意味で調査対象が絞られていると思った。

 

「聞かせて貰いましょう」

「今回の襲撃、残念ながらルバッタ商会が関与していることまで辿り着くことができませんでした」

「そう・・・ですか」


 やはり、相手もこの手の仕事のプロであり、なかなか隙は見せないようだ。

 私が落胆していると、そこにフォローが入ってくる。

 

「しかし、エレイナさんが見たと言う黒いローブの魔術師・・・いや、暗殺者の正体については解りました」

「本当ですかっ!」

 

 ここで、身を乗り出して、彼女らしくなく派手なリアクションするエレイナに、あの時以来エレイナが悩み続けている結果なのだろうと感じた。

 

「ええ、その者は『闇夜の福音』という犯罪組織に所属している者らしいです」

「闇夜の福音・・・」

「ええ、最近はその組織の者がラフレスタに入ったと裏社会から戦々恐々としている情報を得ました」

「戦々恐々?」

「ええ、ラフレスタの反社会組織も恐れるほど『闇夜の福音』という組織は危ない奴らです」

「そんな大それた暗殺者組織に狙われるというのは、私も有名人になってしまったものですね」


 俺はそんな嫌味を口にする。

 

「まだ、この組織がルバッタ商会に雇われているまで確証を得た訳ではありませんが、恐らく、ライオネルさんの予想どおりだと思います」


 裏付けまでは取れてはいませんが、とグローナット氏より念押しがある。

 当然だと思う。

 相手は超一流の暗殺者集団だ、簡単に足を見せるとは思えない。

 これはルバッタ商会側がその組織とつながっていると見るべきだと思った。


「グローナットさん、とても希少な情報を調べて頂き、ありがとうございます」

「いいや。これぐらい、君達の苦労に比べれば、然したるものではないよ」


 それでも、情報は貴重だと俺は思っている。

 警戒すべき相手が解っているのと解っていなのは、雲泥の差だからだ。

 使えない警備隊組織よりも百万倍頼りになる商会ギルドに感謝以外にない。

 

「どうやら、我々は本当にルバッタ商会から目の敵にされているようだ」


 その原因は解っているが、ここでは言うまい。

 そのルバッタ商会を焚きつけているのが遠回しにラフレスタ家であり、資金的にはフェイザー家が絡んでいるのだろう。

 しかし、ここでラフレスタ家の確執を持ち出しても面倒事しかない。

 その事情を少しは解るエレイナを覗いてみると、あまり顔色が良くない。

 エリオスの父母を殺害するほどの仕打ちに、彼女の中では納得していないのなのだろう。

 彼女は自分に与えられた使命に従って行動しているだけだと思うが、そこに正義が無いと気付き始めたのかも知れない。

 俺としては、これで監視役を放棄してくれればそれが良いのだが・・・

 

「取り急ぎ、我々は守りを固めるようにしよう。経費は掛かるが、やはり商会や職員の安全確保が第一優先だ。これ以上の被害を出さないためにも、警備部の人員を増やす事にしましょう」


 俺はそう宣言して、グローナット氏に新たな傭兵の紹介を募ることにした。

 

「その方が良いでしょうかな。我々としても商人です。荒事への対応は本業ではありません。傭兵ならば、私から傭兵組合(ギルド)に照会しておきましょう」


 グローナット氏も俺の方針には異を唱えず、人員拡充の協力を惜しまないと言う。

 グローナット氏からの口利きがあれば、傭兵組合(ギルド)からも怪しい人物を斡旋しないだろう。

 このご時世、信頼できる人員を集められるのは得難い事である。

 ありがたい話だ。

 

「そんな大変なところで申し訳ないのだが、ここでもうひとつの話をさせて欲しい」


 そんな思わせぶりな口調で次の話題が始まる。

 俺は一体何の話が始まるのか、少し身構えた。

 

「他でもない。ご老卿からライオネルさんに指名があってね」

「ご老卿? 指名?」


 俺はグローナット氏からの話の筋が見えず、そんな事を聞き返す。

 グローナット氏も俺が話について来ていないのを理解し、説明を追加してくれた。

 

「あ、ライオネルさんは『ご老卿』の事を知らなかったのですね・・・」


 どうやら商売の世界では常識のようだが、俺は知らないものは知らない。

 

「『ご老卿』とはこのエストリア帝国の商いの世界を支配している親玉(ドン)の様な御方です。その御方がライオネルさんをご指名して会談したいと連絡がありました」

「私に? 別に会うのは何でもないが、それは今じゃなくてもいいだろう」


 俺は現在、ルバッタ商会側と抗争しているときに面倒だと思った。

 それはグローナット氏も解っているようで・・・

 

「私も先方にライオネルさん、いや、エリオス商会の現状をお伝えしたのですが、向こうから是非にと、強い誘い(・・・・)を受けております」


 そこで強調された『強い誘い』とは、ここで面談を承諾しなければ、後々に面倒な事になるぞ、と暗に示していた。

 

「『強い誘い(・・・・)』ですか、解りました。会うことにしましょう。私に拒否権はなさそうだ。まったく、どこでも権力者って奴は・・・」


 俺は少々毒付いて、この『ご老卿』なる人物との面談を渋々承諾することを伝えた。

 

「ライオネルさん、その方がよろしいと思います。もし、あの方に嫌われれば、この先、エストリア帝国で商売がやり難くなりますから。急で申し訳ありませんが、来週、帝都で『ご老卿』との会談を約束しております。ご同行頂けば」

「その口調からすると、先方も私が拒否しないことを前提にしていたようですね・・・」


 俺が少し毒付き加えてみると、グローナット氏からフォローが返された。

 

「ライオネルさん、まあ、そう言わずに。あの方からご指名されるのは本当に珍しい事で、これはとても名誉な事なのですよ」

「まあ、解った。今回は面倒な事にならないのでしょうね」

 

 俺は以前に行商隊(キャラバン)であったトラブルのようなことになって欲しくなかったので、そんな釘を刺す。


「ライオネルさん、それは大丈夫です。今回は前回の様なルバッタ商会のご息女のような方は参加さません」

「ルバッタ商会のご息女? そう言えば、ライオネル様、行商隊(キャラバン)から早く戻られた理由を聞いていませんでしたね」

 

 それまで黙って話を聞いていたエレイナがここで何かを勘づき、急にそんな誰何をしてくる。

 しまった、余計な事を喋ってしまった。

 ここで、俺が回答に窮していると、グローナット氏がバラしてしまう。

 

「以前の行商隊(キャラバン)では、手違いがあって、ルバッタ商会のご息女が参加されて、ライオネルさんが気に入られてしまい。いや~大変でしたね」


 ここで少々ニタニタして喋るグローナット氏は腹立たしかったが、それでも俺の隣のエレイナから怒気が魔力の波動となって漏れているように感じられた。

 

「い、いや・・・何もなかった。ホントだ」


 俺は思わずそんな謝罪をする必要があるのか。

 本当は俺とエレイナは赤の他人・・・の筈だ。

 どうしてここで俺が謝罪する。

 理由が解らない。

 それでも、この時そうすることが最も良い方法なのだと心が言っていたのでそれに素直に従った。

 

「本当でしょうね?」


 エレイナの俺を蔑む視線が痛い。

 

「本当だ。おっぱいは大きかったが、私は手を出さなかった。誓うぞ」

「どうして、胸が大きかったって解るのですか? 裸を見たのですか?」


 エレイナから尤もな指摘が飛んでくる。

 その飛び道具が心に刺さりながらも、そんな俺達の姿を見てハハハと笑うグローナット氏。

 

「エレイナさん、大丈夫ですよ。ライオネルさんは彼女から結構本気で迫られていましたが、うまく逃げていました。私が保証します」


 相変わらず、上手いフォローをしてくれるグローナット氏により、エレイナの怒気が少し和らぐ。

 

「・・・まったく、私に逐一行動を報告してくれないと困ります。あとで厳しく取り調べしますからね」


 そんな台詞を吐いたエレイナは俺の事を罪人か何かだと思っているようだ。

 確かに俺は彼女の監視対象であるが・・・

 そんな茶番はあったが、こうして、俺の次の旅程が決まる事になった。

 

 


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