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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第三部 ヴェルディの野望
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第十八話 最悪の葬儀

 エリオス会長と夫人が襲撃されてから数週間が経過した。

 会長と夫人の容体は日を増す毎に悪くなり、我々の想い虚しく、本日、息を引き取ってしまった。

 

「ライオネルさん、残念ですが、ご両親の命の炎は燃え尽きました」


 医師からそんな比喩的な表現で、死亡が伝えられる。

 俺は理不尽なこの現実を泣き叫びたい気持ちをグッと抑えて、我慢する。

 もし、俺がここで感情的になろうものならば、他の職員達はどうなる。

 不安な気持ちを爆発させるだろう。

 特に私の隣で肩を震わせて大粒の涙を流しているエレイナは自責の念に押しつぶされて自ら命を投げ出すかも知れない。

 

「先生・・・今までありがとうございました」


 俺はなんとかそんな言葉を引っ張り出して、これまで回復の余地なしと言われていたのに、いろいろと面倒を見てくれた医者にお礼の言葉を伝える。

 

「これより葬儀を行う。本日のエリオス商会は臨時休業とする」


 私は職員全員にそう告げると、教会に故人を運ぶための馬車と棺を二人分手配した。

 

「ち、ちくしょう。ルバッタ商会の奴め!」


 恨み節がジェンの口から聞こえた。

 

「ジェン、落ち着け。復讐しても解決する話ではないのだ」

「しかし、ライオネル様・・・このままでは会長や夫人がいたたまれないです」

「犯人捜しは警備隊に任せている。私達はこのエリオス商会で商売を続ける事。多くのお客様に優れた魔道具を届ける事。それが生前の会長の望まれていた事だ」


 俺は敢えて冷静にそう諭す。

 しかし、復讐の炎が一番燃えていたのは、何を隠そう俺の心の中であった。

 このときはまだ我慢できた。

 その我慢が限界に来たのは両親の葬儀の時だった。

 

「ふざけるな! この小役人風情がっ!」


 私が我慢の甲斐なく、そんな激しい怒りの言葉を発してしまったのは厳粛な教会での別れの儀式の際中だったりする。

 神父が別れの言葉を述べて、亡くなった両親の棺の蓋を閉め、そして、神への祈りを行っている最中に、その男が私に話しかけてきた。

 

「すまないが、君の両親は病気で亡くなった事にしてくれないか」


 ここで、そんな場違いな要求をしてくるのは、この街の警備隊の隊長である。

 いつぞや、俺がルバッタ商会から迷惑を被っていると相談しに行った警備隊詰所の警備隊隊長の人物だ。

 怒りの感情が渦巻く中、それでも、その意図を相手から聞き出してみると・・・

 

「このままでは・・・俺は庶務怠慢で処分されてしまう」


 との弁。

 それは自業自得だと思った。

 

「どうしてそうなるのですか? そう言えば、アナタは以前『警備隊の巡視にエリオス商会も入れてやる』と言っていましたが、一度も来たことはありませんでしたよね!」


 俺はコイツの言っていた事などを端から期待はしていなかったが、それでも一度も巡視に来てくれなかった事実をこの場で暴露してやる。

 

「ううっ!」


 困った顔になる警備隊隊長。

 

「オホンっ! ここは死者を敬う場ですぞ。厳粛に願います」

 

 神父からそんな注意が出て、俺は声を潜めた。

 我ながら、少々感情的になってしまったようだ。

 ここで、少し冷静になって相手の警備隊隊長なる人物を観察してみる。

 少し強面の顔が引きつった様子であり、まだ俺に話の帳尻を合わせて欲しいようで、謙っているのが解る。

 どうやらこの警備隊隊長は職務怠慢の事実をどうにか誤魔化せないかと俺に懇願しているようだ。

 誰かにそのことを指摘されたのだろう、そうでなければこんな葬儀の最中に出てくる筈は無い。

 それだけ焦っている証拠だ。

 俺は小さい声で、こう告げてやる。


「もし、私のところに管理局の人間が調査に訪れた時には、包み隠さず、こう述べておこう。『この地区の管轄の警備隊長は碌に市民の安全を守らない税金泥棒だ』とね」


 俺のそんな嫌味に、顔色が青を通り越して赤くなる警備隊隊長。

 

「そんな根も葉もないことを! 今回はどうしようもない事件だったのだ。我々は貴方の見えないところで犯人の捜査はやっている。それでも、残念ながらこんな結末になってしまったのだから仕方が無い。そう、これはこうなる運命だったのだ」


 自分に非が無いと豪語する警備隊隊長。

 ここで、私の拳に一瞬力が入る。

 俺の怒気を察したエレイナが俺の肩に手を置き、ここでの暴力は駄目だと諭される。

 そうして、何とか、俺はここで怒りをこの野郎にぶちかますのを堪えた。

 

「そこ、静粛に」


 神父からまた注意を受ける。

 それでも、俺はこの仕事のできない警備隊隊長を赦せずに睨み続けると今度は・・・

 

「俺がこれほどまでに(へりくだ)ってお願いしているのに、強欲な商人め。もし、私が面倒な事に巻き込まれでもしたら、どうなるか覚えていろよ!」


 そんなチンピラのような捨て台詞を吐き、この隊長は去って行った。

 

「ふん、小役人め。自分の立場を守る事しか能の無い奴など、どうなろうと知った事か!」

「そこ、静粛に!」


 再三、神父から注意を受けたが、俺達の周囲の気持ちはひとつ。

 この場に不愉快だった男の退場を歓迎していた。

 

 

 

 こうして、無駄な怒りに耐える葬儀が終わり、その後、俺達は不愉快の爆弾を爆発させる。

 

「・・・まったく、何なのですか、あの警備隊隊長って人は!」


 一番怒っているのはエレイナだった。

 普段は俺の監視役に徹して、普段からは空気のような存在の彼女なのだが、今回のように正義に反する行為を目にすると、彼女はこうして時々感情を露わにする時がある。

 

「あれは典型的な『役人様』ですね。組織の中では事なかれ主義で通し、自分に責任が及ぶような面倒な事案については極力避ける。それでいて、もし、自分に不都合な事案が迫る時だけは鋭い行動力を発揮してその排除にかかる。あそこの警備隊の隊長は袖の下を渡さないとまともに動いてくれない、と有名な人物でしたからねぇ」


 一緒に葬儀出席したグローナット氏からそんな嫌味ったらしい評判を教えてくれる。

 

「ふん、それならば、奴がルバッタ商会側から何かを貰っている可能性も考えられなくはない・・・買収されている可能性があるぞ・・・それが今回、明るみになりそうになって、自分に捜査の目が向けられるのでは、と勘付いたのかも知れない」

「考えられることですね。失礼かも知れませんが、エリオス家は規模が小さくても貴族の一員です。一般市民とは訳が違います。事故以外の死亡事例があれば、警備隊の上部組織である『管理局』が死因の原因調査に入る事も珍しい事ではありませんから」


 グローナット氏からのそんな指摘は尤もだと思った。

 もし、俺のところに警備隊管理局の人間が捜査に来れば、盛大に協力してやろうじゃないか。

 そんな負の感情が大きくなる俺であったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わり、ここはルバッタ商会だ。

 

「あわわ。やばいぞ、やばいぞ。どうする? どうするんだよ!」


 会長長室でオロオロとしているのはルバッタ会長だ。

 彼は今回、エリオス商会の会長を殺害してしまったのを今更に悔やんでいるようだった。

 それは罪の意識からではなく、自分が捕まるかも知れないと危惧しての事だ。

 

「会長、落ち着いてください。捜査の手が我々に及ぶことは絶対にありませんから、安心してください」


 そんな言葉を掛けるのは黒尽くめのローブを被る魔術師、と言うよりも暗殺者の私である。

 

「そんな事言っても君ーぃ。本当に大丈夫なのかね? あんなことまでして」

「大丈夫です。ルバッタ会長は我々を信じてください。今回は大きな報酬も既に頂いております。裏の仕事は全て我々に任せてください。我々はその手のプロです。上手くやりますから。くくく」


 私は『闇夜の福音』と呼ばれる組織の構成員だ。

 所謂、暗殺者集団。

 それも、エストリア帝国でかなり上位に入る犯罪組織である。

 今回もこのルバッタ商会と大口契約をしたばかりだ。

 彼の持つ違法薬物の取引の商いを更に拡充させるため、別の大きな組織から依頼されたこともあって、このルバッタ商会の裏の仕事を一手に引き受けることになった。

 

「おっと、連絡が入ったようだ」


 私は水晶球からの魔力の波動を感じて、それを取り出す。

 それによると、現在、ランガス村へ派遣している仲間――キリュス氏より状況報告の連絡が入った。

 彼は若いが仕事のできる優秀な奴だ。

 

「何々、ランガス村でこちらの手配したエリックが上手く向こうの警備隊組織に取り入ったようです。とりあえずは作戦成功です」

「本当かね」


 先程までオドオドしていたルバッタ会長が急に元気になった。

 コイツは本当に小物だな。

 俺は嘲りの感情を隠し、往々にして頷く。

 

「ああ、これでランガス村を薬物取引の一大拠点とするアナタの目論見も前に進むだろう」

「そうじゃな。このラフレスタでは段々と捜査の眼が厳しくなってきたのだ。ランガス村で大口取引をして、儂はその利益だけ貰えればそれでいい。そのためには、今回のようにつまない貴族同士の争いで、儂は捕まる訳にはいかないのじゃ」

「その貴族様から貰った軍資金で、我ら『闇夜の福音』を雇って貰っているのですから、私も多少、仕事をさせて貰えないと困ります」

「仕事熱心な奴め。しかし、何度も言うように、死人が出るのは拙いぞ。エリオス商会はアレでも貴族だ。死んでしまえば、そこに事件性があれば、捜査の眼は厳しくなるんだぞ」

「そこは抜かりなく、我々もプロです。ルバッタ様にまで捜査の手が伸びることは絶対にありません。もし、万が一そんな者が現れれば、私が責任持って排除致します」


 そう言いナイフを取り出し、舌舐めずりする私。

 暗殺者である我々にとって殺人とは快楽と娯楽だ。

 その事実をこうして見せびらかせてやると、ルバッタ氏はまた恐れ戦いたよだ。

 ふん、小物め。

 

「今回は叶いませんでしたが、次こそはあのライオネル・エリオスとかいう小僧を殺害してみせます」

「むむ、だから、殺害するのは駄目だと言っているのだ。依頼主からはエリオス商会だけを失脚させろとの命令だ、多少痛めつけるぐらいは構わんが、殺人まですると今回のように跡が面倒になるからな」


 ルバッタからは事を穏便に進めるように要請があった。

 私は展開につまらなさを感じつつも、それでもプロだ。

 依頼者の意向は汲み取るつもりだ。

 

「解りました。善処(・・)しましょう」

 

 どうせ、表立って動くのは三流ども(チンピラ)なのだ。

 私は次の作戦を検討することにした。

 

 



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