第十四話 行商隊
ルバッタ商会の嫌がらせに対応するため、エリオス商会の警備部を大幅に増員して、一週間が経つ。
見た目にも防御が増したエリオス商会にはあれから嫌がらせを受けておらず、威嚇の効果はあったと判断している。
気になる客足だが、これにはほとんど影響が無かった。
逆に守りが完全であり安全性が増したと評価されたようで、微妙に来店客数は増えている。
良かった。
俺の攻めの方策が功をきたしている。
そんな自信もあったのだろう。
ここで、商会ギルドよりあった行商隊の誘いがあり、俺はそれを受けてしまった。
後日、俺はこの判断を後悔することになるのだが、それでも未来は誰にも解らない。
俺はグローナット氏からの誘いを了承した。
「この行商隊はラフレスタ商業界の伝統であり、慈善事業的な意味合いが強いのだ」
「つまり、ラフレスタ領の田舎の村を回って、そこで行商するのですね」
「そうだ。収益性はあまり高くないが、社会貢献としての意味合いが強く、毎回、期待できる商会にしか声を掛けていない」
商会ギルドでグローナット氏とさんなやり取りをする。
なるほど、つまりこの行商隊に参加できる事がラフレスタで一流商会の証しでもある訳だ。
ここで俺は、最近、ルバッタ商会から嫌がらせが来ていない事をいいことに、気が緩んでしまったのか、その申し出を承諾してしまった。
「解った。参加しましよう。ルバッタ商会も来るのでしょうか?」
「来る。残念ながら、あの商会はラフレスタでは上位の商会だから、声を掛けない訳にもいかない」
「悪党なのに、慈善事業とは笑わせてくれますね」
「まったくだ・・・」
グローナット氏も辟易としており、ルバッタ商会が参加するのを嫌がっているようだ。
しかし、表向きルバッタ商会はラフレスタでは豪商であり、そこを無視するわけにはいかないらしい。
世の中、悪い奴が生き残るようになっているな、本当に・・・いや、悪い奴、ずるい奴がこの世の中には多すぎるのだ。
俺は法律の目を掻い潜り、貴族にも賄賂を渡していると思われるルバッタ商会を何とか懲らしめることができないかと考えてみる。
しかし、直ぐに良い案が浮かぶ筈も無く、この時の俺は何もできなかった。
焦っては駄目だ、今は政治力資金力がある向こうが有利であり、何かをするにもそれは今じゃない。
俺の中で沸々と込み上げてくる怒りを何とか鎮める。
「ルバッタ商会は、次期会長自ら参加するようだ」
「次会長・・・なるほどそれは面白いですね」
俺もエリオス商会の次期会長だ。
ここはひとつ次期会長どうしで、勝負と行こうじゃないか。
当然、その勝負とは商いだ。
俺は何でも暴力に打って出る野蛮人じゃない。
「出発は明後日です。朝、第三地区の南門に集合してくだい」
「解った。それじゃあ、エレイナに声を掛けとくか」
「あ、そうそう。ライオネル君、この行商隊は女性が参加できないのだ」
「女性不参加ですか?」
「そうだ。以前、行商隊に参加した女性が元でドラブルになったこともあってね」
「そうですか・・・まぁ、長旅に女性ひとりとなると危険も伴いますから・・・ね」
俺は勝手に色恋沙汰によるトラブルだと勘繰る。
確かに、禁欲の長旅となると、性的な不満が暴発する話はよく聞く。
ただし、エレイナを襲う奴が出れば、皆、返打ちに合いそうだと思ったが、それでも、俺はトラブルの元となる女性のエレイナは今回連れて行けないと判断する。
「解りました。今回はエレイナ無しで行きます」
「悪いが、そうしてくれ。申し訳ないな。愛しの彼女としばらく会えなくなるが・・・」
「よしてください。グローナットさん、私達はそんな仲ではないですよ」
「照れなくてもいいのに・・・」
グローナット氏の勘違いは続いているようだ。
俺はここで強く否定しても、何かに負けるような気がして、取りあえず放置に決めた。
この手の話は否定すればするほど、相手が図に乗るのだ。
この前もエレイナへ本当にその気はないからなと伝えておいたが、彼女からは「あら、本当にそうなのですか?」と厭らしく笑い返されてしまったりしている。
くっ、俺の権威が段々と下がっているような気がする。
エレイナにはドンドン舐められているな。
最近のアイツは俺の女房気取りのところがある。
そして、使える女であるところがまた悔しい。
あれでもう少し可愛い気と女としての隙があれば・・・んん!? 俺は何で、こんなにエレイナの事ばかり考えているんだ。
アイツは俺の敵、監視役の筈だ。
奴に頼ってはいけない。
そう思い直して、俺は商会ギルドを後にした。
「そうなると、新人のロディを連れて行くか」
そんな人選をしながら俺はエリオス商会に帰る。
「・・・と、言う訳で、私は一週間ほど、行商隊に参加することになった」
「凄いじゃないか、ライオネル。ラテレスタの行商隊に入ると言うことは、一人前として商会ギルドに認められたことだぞ」
誇らしげにエリスオスの父が褒めてくれた。
それは、そうだろう。
グローナット氏の言うとおり、この行商隊に選ばれるだけで、とても名誉的な事らしい。
商会ギルドが大きく期待しているという意味だ。
自分の息子がそれに選ばれたのならば、誇らしいに違いない。
「ああ、頑張ってくる」
俺はライオネルのふりをしながら、そう応えて、張り切った。
「今回は私が参加できないのですね。残念です」
「ああ、事情により、女人参加は不可らしい。留守を頼むぞ」
「承りました」
エレイナはここで仰々しく使用人のように丁寧に述べた。
「を、エレイナさんが、ひとりになる。これはチャンスか?」
警備部のアタラがお道化とそんな事を言う。
それには新人の女性職員が釘を刺した。
「アタラさん、それは駄目ですよ。エレイナ様はもう、ライオネル様のものなのですから」
「チェッ、やっぱりそうか」
「うふふ」
全く間違っているが、ここで余裕たっぷりで笑うエレイナを見て、ゾッとした。
なんだかすべてエレイナの掌の上で回っているようで、俺は一瞬逃げ場所を探してしまう。
そんな焦りは俺の心の中だけであり、エレイナは表面上、俺には絶対服従を示しており、「任せてください」と淡々と言ってくれた。
少なくとも戦力面では期待できる女だ。
この商会の中では警備部も含めて誰よりも強いのだから・・・だから、万が一、ルバッタ商会がちょっかいを掛けてきたら・・・
「エレイナ、頼んだぞ」
そう言って彼女の肩をポンと叩く。
俺のそんな評価にエレイナは少し満足していたのが、印象に残った。
二日後の朝、俺は行商隊に参加するため、店を出発する。
周辺の田舎村の住民が喜びそうな商品を馬車へと積み込み、これで準備完了だ。
「それでは、行ってくる」
「ライオネル様。気を付けてください」
「うむ。そちらもな。もし、敵から攻撃を受けても深く反撃をするな、逃げを選べ、私が帰ってきてから、それは何とでもなるから」
「解りました」
留守を頼むエレイナとはそんなやりとりをして、御者を新人のロディに頼み、エリオス商会を出発した。
ロディからは「新婚の夫婦みたいですね。キスしないんですか?」と揶揄されたが、俺は無視だ。
こうして、集合場所である城壁都市ラフレスタの南門に到着する。
そこには、今回の行商隊に参加する他の商会連中が既に集まっていた。
その中には今回の行商隊の指導者役であるグローナット氏の商会の馬車もあり、その馬車の荷台に立ち、全員に向かって説明をしている。
「みんな集合したようだな。今回は二十の有望な商会に集まって貰った。これからラフレスタ領の一番南部にあるランガス村へと向かう・・・」
さらに説明は続いたが、それは隊列行動に関しての注意である。
その話は御者のロディが聞けばいい。
俺は半ば興味を失い、集まった他の商会の馬車を眺める。
荷馬車の幌には商会の名前が書かれている。
その中からルバッタ商会を見つけた。
んん?
その馬車に乗っているのはふたりの人間。
ひとりは金髪の青年、それはいいだろう。
もうひとりは女性だった。
「何!? この行商隊、女人禁制じゃなかったのか!?」
そんな俺の呟きは意外に大きな声だったようで、当の本人にまで聞こえてしまった。
俺の方を指さし、金髪の青年と何かを話す女性。
たいした美人ではないと思うが、それでも胸の起伏と腰の括れがなんとも男を誘う色香を出している。
「あ、君、あのナターシャさんは特別なのだよ。ルバッタ会長からは多大な寄付を貰っているからね。彼女は会長のひとり娘さ。なんでもこの行商隊に参加して実績作りと、噂によればと婿探をしているらしい。君も逆玉の輿を狙うならば、彼女の動静には注目しておいた方がいいよ」
俺に近く居たやたら太った行商から彼女のことを教えてくれた。
どうやら、多額の寄付と引き換えに自分の娘の実績作りのためにここに押し込まれたようだ。
俺はあんな派手な女、遠慮するぜ。
きっと、淫乱の類だ、そんな評価を勝手に行い、俺は彼女から視線を逸らした。
こうして、行商隊は出発する。
のんびり荷馬車に揺られて、ラフレスタ領から南に下って行った。
道中は平坦な道が続いている、ラフレスタ周辺であるエストリア帝国の西部は土地の起伏が少なくなだらかな地域である。
その道を進む馬車の前後運動によって眠気を誘われる。
そんな俺達の馬車に一台の馬車が近付いてきたのを朧気ながら察知した。
「そちらは、エリオス商会の馬車ですか?」
御者からの呼びかけに、俺が幌の中に設えられた椅子から立ち上がって確認すると、呼びかけられた相手はルバッタ商会の馬車だった。
「お嬢様が、そちらの御仁と暇つぶしに世間話をしたいと御所望だ」
御者の分際でやたら偉そうに話しかけてくる。
なんだかムカつくな。
世間話か・・・・一瞬どうするか迷った俺だったが、それでもここは勝負だと自分を言い聞かせ、これに応じてやることにした。
「ライオネル様、どうされます?」
相手がルバッタ商会と解り、少し緊張気味のロディ。
「解った。行こう。相手が俺を要求しているならば、相手してやろうじゃないか!」
俺はそう応えて、売られた喧嘩を買う覚悟で、ルバッタ商会の馬車へと飛び移った。
「わっ! 凄い、軽い身のこなしだ」
馬車の中に居るルバッタ商会の次期会長である女性が俺の軽い身の熟しに驚いたようで、そんな感嘆が聞こえた。
これぐらいの速度ならば、馬車から馬車に飛び移るなんて俺ならば余裕だぜ。
そんなことを心に思いながら、俺は走る相手の馬車の扉を開けた。
ルバッタ商会の馬車内は快適な居住性を誇っており、エリオス商会のような荷馬車ではなかった、本当に屋根付きの木造の立派な馬車であり、貴族が旅で使うような高級の感ある造りの馬車だ。
けっ、金持ちめ!
その馬車の中には、お嬢様かと思われるような派手な様相の女性が着座しており、こいつがルバッタ会長のひとり娘だ思った。
「お呼びとあり、参上いたしました。エリオス商会のライオネルと申します」
俺は恭しく礼をする。
それも嫌味の籠った礼だ。
「ああ、貴方が噂のライオネル・エリオスね」
ルバッタのひとり娘はそんな俺を見て興味津々な様子。
んん、これは何かあるなと俺の勘が心で囁いた。
「そうです。私がライオネル・エリオスです。初めまして、ルバッタ商会のお嬢様」
俺は剣呑な雰囲気を隠そうともせず、こんな対応をするのは当然の態度だ。
自分の商会がルバッタ商会から虐められているのに、そこに友好的に接してやる必要はこちらにない。
そんな雰囲気を察したのか、相手は少し警戒したようである。
しかし、それも一瞬だった。
このルバッタ商会のひとり娘は中々豪胆にして図々しい神経の持ち主のようだ。
「初めまして、ライオネル・エリオス。お会いできて光栄ですわね。中々豪胆な性格のようだわね。気に入ったわ」
「そちらこそ、よく言う。ルバッタ商会には現在進行形でこちらも迷惑しているんだぞ」
「まあ、そんなに怒りにならないでください。私はアナタ個人に興味あるのだから」
そう述べて、この女は自慢の胸の谷間を寄せて強調する。
そして妖艶に笑った。
ここで俺は男性としての興奮よりも、警戒の色を上げた。
この女は危険であると・・・心の中で警鐘が鳴る。
「私はナターシャよ。ライオネル・エリオス、貴方は現在、ラフレスタの商人界隈で有名人よね。新しい魔道具屋の形を展開しているって、皆、言っているわ」
「ああそれは、取り扱う商品を増やした事か、ウチは何でも屋なんでね」
「それは、単に取り扱う商品を増やしただけじゃないわ。お洒落な調理器具を取り扱っていると女性の間で相当話題になっているわよ」
「そうか? まあ、私はこ洒落た道具を取り揃うのが好きでね」
俺は、良品や珍しい物品に造詣があると思っている。
そもそも領主の息子として、お洒落な調度品についてはずっと見て来たからな、庶民に逸るよりも少し前に貴族でブームが起こるのだから、次に何が流行るのかを良く解っているつもりだ。
だから、流行を先取りして、取り扱う商品を集めることができた。
それが女子達を刺激して人気になるのも狙ってのことだ。
「そう言う訳で、私はセンスがいいんだ」
「どうやらそのようね。貴方、結構、儲けたのでしょう?」
ここでこの女は生粋の商人の会話をしてくる。
商いの情報を俺より入手しようとしているのた。
「それについては企業秘密だ。どれぐらいの利益が出たかまで教えられない」
「ケチね。ちょっとぐらい教えてもいいんじゃない?」
彼女はそう言って身を寄せて来る。
俺は少し距離を取った。
「何よ。私が誘っているんだからさぁ~」
色っぽい顔で迫ってくる彼女。
近くで見ると化粧は濃く、刺激の強い濃い香水を使っているようだ。
俺は正直、身の毛がよだつ思いであるた。
「止めてくれ。私は君みたいな女性はタイプじゃない。それに私がエリオス商会を目の敵にしているルバッタ商会の者と仲良くしようとは思わない」
「そ・れ・は、私の父がやっている・こ・と・よ、私とアナタの間に関係はないわ」
「何を言っている! 関係など大有りだろう。それに私は男娼ではない。興味の無い女性と仲良くする事もない」
俺は強い拒絶の色を示した。
そうするとナターシャはここでニタァと笑い、俺を解放してくれた。
「解った。解った。別にここですぐ食ったりしないからね。怖がらないでよ、童貞さん」
彼女の口より出た最後の一文だけは強く否定したかったが、そこをグッと我慢する。
これで話が変な方向に行けば面倒だったからだ。
俺は頭の中でエレイナの顔を必死に思い出して変な虚勢を張るのを逃れた。
不思議と彼女の顔を思い出すと、気持ちが落ち着いてくる。
まるで神様のような奴だ。
今度、宗教を初めてみるか、と聞いてみよう。
「それでは失礼しよう。これ以上、貴女と会話していても碌な事になるまい」
「釣れない人ね。もし、夜が寂しくなれば相手して・あ・げ・る・わ」
そう言ってナターシャ―は自慢の胸を持ち上げてくる。
「ワハハハ。それは結構だ。それではな」
俺は彼女からの誘いを紳士的に断り、来た時と同じように走る馬車を自分の馬車へと飛び移った。
我ながら自分の身体能力の高さには自己満足する。
「身軽でカッコいい人ね。まあまあ楽しかったわ。後ほどに、また会いましょう」
そんなナターシャの誘惑の言葉が聞こえてきたが、俺は急いで逃げるように自分の馬車の幌の中に隠て、彼女の視界から逃れた。
俺が幌の中で必死に気配を消す様子が面白かったのか、御者のロディはゲラゲラと笑らう。
「ライオネル様。ルバッタ商会の次期会長の娘はどうでしたか?」
「ロディ。これは俺の直感だ。アイツは毒婦だ。胸はでかいが関わらない方がいい女だぞ」
そんな進言をしておく。
しかし、俺の「胸がでかい」の一言は彼にとっては刺激的だったようで、その後、いろいろと彼女について聞かれた。
いいか、ロディ、女とは乳房の大きさだけで評価してはならないのだよ。




