第六話 上司は奴だった
俺は入隊試験に合格したので、これで晴れて警備隊に入隊を果たすことができる。
今日がその入隊日であり、俺は少しだけ緊張して警備隊の詰所の門をくぐった。
詰所の中には俺と同じく入隊を果たした同期、そして、先輩達がいる。
先輩の中には見知った顔が何人かいるが、ライゴンもそのひとりだ。
同級生だったライゴンは俺と同じくして中等学校卒業時に警備隊の入隊試験を受けた。
俺は落ちてしまったが、彼は無事に合格して入隊を果たしており、俺よりも二年先輩ということになる。
ライゴンは俺と目が合うとすぐにこちらにやって来て、俺の入隊を喜んでくれた。
「おお、ロイ。無事入隊できて良かったな。歓迎するぞ」
「ありがとう、ライゴン。少々出遅れたがこれで俺もようやく警備隊になれたぜ」
俺達は固い握手を交わし友情を確認する。
ライゴンは中等学校の時から何も変わっちゃいねえ。
気分の良い奴だった。
「ロイ。ここでは先輩・後輩の上下関係がとても厳しい。申し訳ないけど警備隊の中じゃロイは俺の後輩として扱うことになるが、気を悪くしないでくれ」
「大丈夫だ、ライゴン。その話しは知っている。実際にライゴンは俺よりも二年間ここでの経験があることは事実だ。遠慮なく俺を顎で使ってくれよ」
俺も少しだけは大人になったんだ。
ちょっと気に入らないからって、もう、自分本位で好き勝手に行動できる年齢じゃないのは解っているつもりだ。
そんな俺達は挨拶をそこそこにして、いよいよ警備隊の隊長が部屋に入って来た。
名実共にこのランガス村の警備隊組織のトップである隊長はプリオニラという人物だ。
彼は副村長の親戚でもあり、ランガス村では有名な人物だった。
所謂、『有力者』ってやつだ。
居合せた警備隊員達は全員整列し、俺達新人も先頭横一列で並ばされた。
直立不動で並ぶ俺達の顔をひとりひとり品定めするようにプリオリラ隊長は右から左へと歩き、やがて中央に設けられた演台に上がった。
初老の粋に入ったプリオニラ隊長は身長もそれ程じゃない。
演台とかに乗らないと威厳も出せないのだろうか。
密かにそんな事を思う俺の心とは裏腹に、プリオニラ隊長は彼の中で精一杯の威厳を込めて新隊員に対する迎い入れの言葉を述べた。
「おっほん。今回、栄えある帝国の警備隊に入隊を果たした諸君。儂はランガス村警備隊第一部隊隊長のプリオニラじゃ。諸君らを歓迎しようじゃないか。そもそも警備隊とは村の治安を守る責務があり、儂が若い頃には・・・・」
この先のプリオニラ隊長からのありがたいお言葉は割愛しよう。
何故なら、このご老体の話しがとても長かったからだ。
警備隊の務めに関する話し、自分の過去の栄光の話し、先輩の言う事は良く聞けという話し・・・これだけで既に三十分以上。
初等学校の校長先生の話しの方がまだ短いと思ったぜ。
要点をまとめれば、それこそ五分で済む話しだ。
そう思っているのは俺だけじゃない筈だが、この警備隊と言う組織は縦社会である。
つまり上からの命令は絶対なのだ。
反逆は赦されないらしい。
まったく、息苦しいぜ・・・
俺はそんな事を考えていたが、ようやくプリオニラ隊長の話しが終わる雰囲気になってきた。
俺は老人の長話しが終わるのを期待する。
「・・・という訳だ。新人の隊員は常に肝に命じるように。それと先日、残念ながら急逝してしまった副隊長だが、それ以来空欄となっていたその席に、ラフレスタ中央の警備隊からひとり異動して貰うことになった。さぁ、入ってくれ」
プリオニラ隊長がそう言うと脇の扉が開き、ひとりの若い人物が入って来る。
その姿・・・いや、こいつの顔を見て俺は驚く。
「エ、エリック!」
俺は感嘆のあまり思わずその名前を口にしてしまったが、相手のエリックも俺の事に気付いたようで、俄かに驚いていた。
「ロ、ロイ!? プリオニラ隊長、これはどういう事ですか?」
エリックは少し焦ってこの場に俺がいる事を想定外とでも思っていたようだった。
「ああそうか。エリック君はそこのロイとは中等学校で同級生だったな・・・ロイは今年の入隊試験で受かり、新入隊員になったのだよ」
「新入隊員・・・」
何かの考えを巡らせるようにエリックは黙り込むと、その直後、俺に向かって不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど、新入隊員ね・・・フフフ、ロイ、知っているだろうがこの警備隊組織では上の言う事は絶対だ!」
「な、なんだよ。偉そうにしやがって」
「偉そうに、じゃねぇ。本当に俺はお前より偉いんだ。名前を呼ぶときも、ちゃんと『エリック様』と呼べよ」
「・・・?」
俺は訳が解らんという顔をしていたが、その疑問にはプリオニラ隊長が答えてくれた。
「えー、このエリック君は、今日付けでラフレスタ中央の警備隊からこのランガス村の第一警備隊に異動して貰うことになったのだ。役職は『副隊長』となる。彼は若いが優秀な男だと聞いておる。全員、彼の言う事を聞くように」
プリオニラ隊長のこの言葉で全員が驚いた。
何故なら、こんな若さで『副隊長』になるなんて聞いたことが無いのだ。
貴族籍を持つ者ならば、前例は多少にあるが、エリックがランガス村出身の平民なのは皆が知っている事であり、異例の出世である。
俺だけではなく、現役の警備隊隊員も驚き、そして、当然のように騒然となった。
雑踏の溢れる中、エリックは手を叩いて、この場の全員を黙らせることに成功する。
皆の注目がエリックに集まる中、彼は白々しいほどの笑みを浮かべて自己紹介をする。
「プリオニラ隊長に紹介されたように、私がエリックだ。若いと思っても私を侮らないように。これでも城壁都市ラフレスタでは血の滲むような特訓と活躍をしてきたと自負している。先の商隊でも警備部隊長を任されていたのも実績のひとつだ。そして、この度、ランガス村警備隊第一部隊の副隊長として就任する事になった。私の故郷であるランガス村の平和を守るために、これからも尽力していきたいと思う。以上だ」
エリックは堂々としていた。
俺の知っているエリックは、金に意地汚く、性格も悪い奴で、いつもオドオドしていた奴だったが、本当に同一人物なのだろうか?
違和感が溢れる俺。
そんな俺の姿に気付いたエリックは、俺の方を向いてニタッと笑いやがった。
「早速の仕事だが、新人を教育してやろうじゃないか。ラフレスタ中央流の『特訓』ってヤツでな」
薄笑いするヤツの顔を見た俺は、何故か背筋がゾッとした。
「おい! ロイ。遅せぇぞ。早く終わらせないと昼飯抜きにするからな!」
そんなエリック副隊長の声が響くのは警備隊の修練場だ。
俺達新人隊員は、早速、ラフレスタ中央流だとか言う特別訓練―――エリックの野郎からのイビリ―――を受けている。
この夏のクソ暑い中、一周四百メートルもある修練場を、もう二十周もさせられているのだ。
しかも、何十キロもある鋼鉄の鎧防具を着せられてだ。
あまりにもキツい訓練で、他の新人達はひとり、またひとりと脱落していき、今は俺ともうひとりだけが走っていた。
連帯責任だとか言って、脱落した分の周回は残りの者が走れと言われたお陰で、俺は十周のノルマを遥かに超えて、もう二十周目だ。
く、くっそう、エリックの野郎め。
もうこれは絶対、中等学校のとき、タコ殴りにしてやった俺への復讐だろう・・・
そう邪推してしまうが、奴の『副隊長』という階級が揺らぐことは無い。
つまり、俺は警備隊と言う組織に属している以上、奴の命令には絶対に逆らえないんだ。
悔しさが沸々と湧き上がる。
「ウラァーーーッ!」
俺はやるせない気持ちを雄叫びに変えて、再び力を振り絞った。
エリックのイビリなんかに負けてたまるか。
しかし、そんな奮起する俺の視界の片隅で、残念なことに最後まで一緒に頑張って走っていたもうひとりの新人が倒れる姿を観た。
泡吹いて痙攣してやがる。
あれ、ヤベェんじゃねぇーか。
そんな人の心配を他所に、エリックの野郎からは俺にだけ無情な命令が告げられた。
「ありゃ? ケインの奴もへばっちまったな・・・おい、ロイ! 連帯責任であと二周追加な!」
ウォーーーーーーッ!!
俺はやるせない気持ちを吐き出すように、熊のような雄叫びを挙げて、真夏のランガス村の修練場を駆け巡るのであった。