第十話 商売の世界
しばらくして、俺はエリオス商会の店頭に立つ機会が増えた。
それは俺が、エリオ商会の次期会長として本気で商いを始めたからだ。
現在の俺がラフレスタで大きな存在になるためには、このエリオス商会を利用するしか手が残されていないと判断したからだ。
そこには俺はエレイナに対し、「このままでは終わらない。大きくなってやるぞ!」と大見栄を切ったプライドもあったが、俺が働くとエリオスの父母が喜んでくれるのも嬉しかったりする。
よくよく考えてみてみれば、俺は幼少期より父親から褒められたことがない・・・正確には全く褒められた事はない事もないが、それでも俺が過分な才能を示すと、そこには必ず待ったが掛かることは多かったと思う。
『お前は次男なのだから・・・』『兄ジョージオを陰から支える存在になれ』とはそれこそ幼いころから耳にタコができる程言われてきた事だ。
だから、俺は『運命』や『使命』という言葉が嫌いになったのだと思う。
大きく成れるチャンスがあるのにそれを自ら潰すような行為は嫌だと思ってしまった。
今回の俺がライオネル・エリオスにされるという状況はかなりの罰ゲームだが、それでも俺は現実を悲観だけ続けている訳にはいかない。
ここから成り上がってやると本気で思っているし、その力が俺にはあると思った。
さし当たり、俺が進めるのはこの閑古鳥が鳴くエリオス商会の状況の改善だ。
この商会の利益を上げるには、多くの購買者と取引が増えなくてはならないと思う。
購買者を増やすのは魔道具と言う専門性の高い商品だけにしがみついていては駄目だと思った。
だから俺は取り扱う商品を増やすことを提案する。
エリオスの父も俺の提案を聞き入れてくれて、その結果が現在である。
この店の軒先まで並べられた食器類や調理器具類。
エリオス商会で伝手のある取引先から俺が選んだ新たな商い商品、それは皿やコップ、鍋などの調理器具類だ。
これらの商品は利益は少ないが、購入対象者は婦女子やレストラン経営者になる。
婦女子はおしゃべり好きなので、ひやかしでもただ客として集まっているだけで軒先が賑やかになる。
すぐに収益を上げることにはつながらないが、それでも店の雰囲気は良くなったと思う。
人が多く集まっているだけで、この商会は儲かっているのではないかと思えてくるから不思議だ。
「お買い得の商品が数多く入っていますよ、婦人様方」
俺の言葉遣いも変わってきたのはこの頃からだ。
俺の第一人称表現が『俺』から『私』に変わった。
それはエリオスの父から注意されたからだ。
商人たる者、他人を立てるように、と言われたからである。
以前の俺ではそんな忠告を素直に受け入れなかっただろうが。
しかし、今は状況が状況である、ここで粋がって『俺』を使い続けるほど俺は愚か者じゃない。
それに俺の周囲にエレイナの存在もある。
彼女は自分の本当の心に嘘をついてまで俺の監視役をかっている。
アイツのゴーレムの様な無表情な顔・・・盲目的に『ラテレスタの為になる』と信じているている使命を自分に言い聞かせているのだと思う。
本当はそんな事を心では望んでいないのだろう。
これを無理やりに仮面を被り、従っている彼女の存在がいた。
その姿を俺は好まないが、それでも、それを実行できている彼女の実力を認めている。
エレイナにできて、俺にできなない筈は無い・・・そんな対抗心から俺は言葉遣いを改めた。
それでも心の中では今のように『俺』を使い続けているがな・・・
これは、死ぬまで周囲を騙し続けてやろうと思った。
「ご婦人のように綺麗な方には、商業都市ユレイニから入手しましたこちらの美しいガラス細工のコップは如何ですか?」
「高貴なご婦人にはこちらのボルトロール王国より輸入しました錆び難い金属で加工された特別なお鍋をお勧めします」
次々と俺の口から様々に出るセールストークに踊らされて、珍しい物品はそれなりに売れた。
ここのエリオス商会の立地が良かったもの幸いしている。
第二地区の北の大通りに面していて元来人々の往来は多いのだ。
商業地としては恵まれた立地条件である。
こうして、エリオス商会は魔道具だけを取り扱う商会から何でも屋的な存在に変わって行く。
徐々に収益も上がっていくが、商売とは言うなれば、競争である。
ラフレスタの富は有限なのだ。
つまり、俺達が得をすれば、誰かが損をする。
こうして、この頃から俺達は厄介な問題が増え始めた。
「オラ、オラ、エリオス商会の責任者出てこいやぁ!」
ガラの悪い二人組が店頭に入って喚き出す。
「キャーッ 何、何?」
それまで店内で商品を物色していた善良な婦女子の客が騒ぎ出す。
人相の悪い人間が騒ぎ出すから雰囲気が悪くなって当然だ。
商品を見ていた客たちはあっという間に店から消え失せた。
これは、あからさまな嫌がらせ行為である。
そのふたりの人相の悪い男の顔は覚えているぞ。
確か、先日、クロスビーと言う名前らしいチビの魔道具師の用心棒だった男達だ。
「どうされましたか?」
俺は胡散臭い言いがかりだと思うも、一応商人らしく低姿勢で応対をする。
「どうも、こうも、てめえの売りつけた『光の炎』って魔道具が不良品だったんだよ」
「そうだ。クロスビー様の魔道具製作が遅れて、納品が遅れたんだ、迷惑料を払って貰うからな」
「そんな訳・・・・お売りしたときに動作確認をしたじゃありませんか? その後に壊れたんじゃないですか?」
俺は絶対にそんな事はないと主張したが、このチンピラ連中はそれを認めようともしない。
「うるせぇ。不良品を売りつけやがって、この似非商人がぁ」
「そうだ。そうだ。迷惑料に百万クロル払って貰うからな」
「そうな大金・・・」
これは絶対詐欺だと思った。
「払えねぇなら、お前のところの美人秘書を一晩貸してくれれば、それでもいいけどよぅ~」
「・・・駄目です。エレイナは商品ではありませんよ」
「カッコつけんな! 迷惑料払うのか? 払わないのか!」
チンピラは苛ついて、更に声が大きくなる。
脅しのつもりか、ドンッ、と机を叩いた。
俺の後ろにいたエレイナがヒッと言って恐怖の色を示す。
このエレイナ・・・剣術の腕も建つ魔法剣士だ、こんなチンピラの脅しにビビるものではないだろう。
麗しの美人秘書を演じているのだろう。
こんな姿が俺に冷静さを取り戻せた。
「本当に・・・・」
「ああん?」
「本当に、お売りした魔道具が不良品だったのであっても返金はできません」
「何だと!」
「返金はできませんが、交換には応じます」
「ぬぬ!」
「別品に交換対応させていただきます。ただし、壊れた魔道具をお持ちください。我々はそれを徹底的に調べます。どこに問題があったのか調査して、それをクロスビー様に報告いたします」
「ぐっ!」
「その結果、我々の製造工程で何か問題が見つかれば、そちらの言い値で迷惑料を保証しましょう」
「ただし、不可抗力や、悪意ある改変が行われていたと解れば、逆に名誉棄損と詐欺罪で警備隊に訴えます」
「ぐ・・・」
俺は結構強気で言ってやった。
普通なならば、ここは適当に金を渡せばこのチンピラ達は満足して引き上げてくれるだろうが、それではこのエリオス商会の魔道具の信用は落とされたままだ、それが我慢ならなかった。
それにこの男達の請求は言い掛かりだと俺の勘が言っていた。
男達も顔色が悪くなる。
こんな弱小の商会なんて脅せば、すぐに金を払うとでも思っていたのだろう。
「ケッ。解ったよ、今度、不良品の魔道具をお前に叩き付けてやるぜ」
「ええ、お待ちしております。ご迷惑と御手数をお掛けして申し訳ありません。我々が故障原因を徹底的に調べますので、もし、何か細工をされていても我々は正しく解析できる職人を有しておりますからね」
「へんっ!」
チンピラ達は少しだけ悪態をつくと、帰って行った。
俺はこいつらが『不良品』と言い張る魔道具を次に持ってくるとは思えなかった。
後ろのエレイナを見るとホッとしている。
こいつは演技が本当に上手い奴だと思った。




