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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第一部 ランガス村の英雄
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第五話 三度目の入隊試験


 「はじめ!」

 

 試験官のその呼び掛けで試験が始まる。

 今日は警備隊の入隊採用試験であり、俺にとっては三年目の挑戦だ。

 午前中は基礎体力試験であり、そこで俺は誰よりも早く走り、重いものを持ち上げ、腕立て伏せの回数も負けていない。

 この午後の筆記試験が鬼門であることは解りきっているのだ。

 試験会場を見ると俺より若い奴らが十人。

 皆、中等学校上がりの現役たちだ。

 顔を知っているヤツもチラホラいるが、恥ずかしさなんか気にしちゃいられない。

 今年こそ、俺は受かってやるんだ。

 そう意気込み、試験問題を見た。

 何々・・・炎の魔法と氷の魔法が戦いました、どちらが強いでしょうか?だと・・・そんなの炎の方が強い・・・いや待てよ。

 俺は、いつもの勘とインスピレーションに頼ったモノの考え方から、ひと呼吸おいた。

 シエクタが渡してくれた魔法の勉強帖を思い出す。

 アレには確か、魔法の相克関係ってのがまとめてあったぞ。

 確か、炎と水は相克・・・つまり打ち消し合うんだよな・・・そんな事を思い出して、解答の欄に「相克するので引き分けになる」と書いた。

 を!? なんだ、今日はできる気がするぜ。

 ありがとう、シエクタ。

 俺は心の中で彼女に礼を言い、次の問題へと進む。

 次の問題は法律の問題だ。

 何々・・・あなたは違法薬物の取引と思われる現場を見つけました、さて、どうしますか?

 ①すぐに逮捕します。

 ②証拠を押さえるため、薬物の取引が成立するまで待ちます。

 ③上司に報告するため、現場から一時立ち去ります。

 これも、①すぐに逮捕だ・・・って違うか・・・確か、法律では証拠を押さえるために取引が完了する現場を確認しないといけないんだったよな。

 俺は冷静に去年の失敗を思い出していた。

 ちなみにここで③の上司に報告するなんて選ぶと、現場でそんな悠長なことをしていたら犯人が逃げてしまうので、駄目なのは明白だろう。

 ならば、②の「取引現場を確認するまで待つ」だな。

 さて、次の問題は・・・

 こうして、俺の三年目の入隊試験は、今までになかった確かな感触を得て、確実に前へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 「今頃、ロイは入隊試験を受けている頃よね・・・」

 

 高等学校の授業中を受けている最中、シエクタは誰に聞こえないようにそんな独り言を漏らしてしまったが、彼女の親友であるエルアにはこれが聞こえていたようだ。

 彼女から意味ありげな視線がシエクタに向けられて、そして、小さく声がかけられる。

 

 「ロイの事ならきっと大丈夫よ。シエクタが秘伝の勉強帖を渡したから、『愛しの彼』がまじめに勉強していればきっと受かるわ」

 

 『愛しの彼』という単語にシエクタは顔を真赤にして過剰に反応してしまう。


 「そ、そんなんじゃないわよ!」

 

 このシエクタの反論が存外に大きな声になってしまい、授業中で他の生徒や先生からも注目を受けてしまう。

 

 「・・・シエクタさん、どうしたの?」

 

 女性教諭からそんな声がかけられて、シエクタの顔はリンゴのように真っ赤に染まり、羞恥に耐えかねて俯いてしまった。

 

 「な、何でもありません・・・」

 

 思わず否定をして狼狽するシエクタの姿を観て笑いを堪えるのは、親友であるエルアだけだったりする。

 ランガス村で唯一の高等学校の教室内でそんなやりとりがあった事など、当のロイは知る由も無かったのは当然である。

 

 

 

 

 

 

 そんな入隊試験から一週間後・・・

 俺の家に合否通知の手紙が一通送られて来た。

 夕食を済ませた後、一家の注目が集まる中でその手紙を開封することになった。

 親父や兄貴たちの野郎、きっと俺がまた落選するかと思ってニヤニヤしてやがる。

 見ていろよ!

 俺は半ばヤケクソになり手紙の封を切る。

 そして、出てきた結果は・・・

 

 「合格!」

 

 ウォーーーー!!!

 

 俺は熊のような雄叫びを上げて喜んだ。

 親父や兄たちにザマァーミロと思ったが、よく見ると彼らも俺と一緒になって喜んでいるじゃないか?

 なんでだ!?

 俺は訳が解らなかったが、それでも楽しいぞ!

 家族全員が祝福してくれるのは悪くなかった。

 これが三年越しで掴んだ勝利って味か!

 一家総出で喜びに沸く中、親父から俺に、今日から日記を書く事を勧められた。

 何だかよく解らないが、これも何かの切掛けだろうと、俺は快く親父に日記を書く約束をしちまった。

 これが勢いってやつか・・・

 それにしても今回の合格はシエクタの勉強帖のお陰だな。

 よし、今度、自慢のトウモロコシを沢山お礼に持って行こう。

 感謝の気持ちを胸に秘めて、俺は彼女にどんな感謝の言葉を伝えればいいのかを、無い頭を最大限に振り絞って考え巡らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 次の朝、俺は自慢のトウモロコシを荷車一杯に積み込み、シエクタの実家であるイオール商会の門を叩いた。

 すぐに商会の職員が顔を出し、一体何の用事かと誰何される。

 

 「俺はロイだ。その・・・シエクタに世話になって・・・おかげで警備隊の入隊試験に無事合格ができたんだよ。それでそのお礼に自慢のトウモロコシを持って来たんだけど」

 「そうか、それはおめでとう」

 

 あまり歓迎しない口調で、この職員からは事務的に対応されてしまった。

 

 「そこに置いておけばいい。お嬢様には私から伝えるから」

 「えっ? でも、俺は直接感謝の言葉を伝えたいんだけど・・・」

 

 しかし、職員は首を横に振った。

 

 「今日は駄目だ。ラフレスタから来た商隊が帰る日なので、今は旦那様と奥様、そして、お嬢様が送迎の挨拶をされていられるのだ。さあ、忙しいから帰って、帰って。私の方からお嬢様には伝えておくから」

 

 そんな、野良犬を追っ払うように言わなくても・・・

 俺はそう思ったが、今はランガス村きってのお得意様が来ているのだ。

 仕事中の彼女達を邪魔しても拙いのは理解できた。

 シエクタにはまたいつかの機会にお礼を伝えればいいさ。

 俺はそう思い、渋々だが帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 「それはすごい事ですわね。その若さで。オホホホ」

 

 上機嫌に笑うのはシエクタの母であるイオール夫人だ。

 旦那と共にイオール商会を支える彼女は、シエクタの学友であったエリックの事を褒め称えていた。

 

 「いや、身に余る光栄です」

 

 そう謙遜するエリックだったが、それでも密かに鼻高々になっていたのは誰の目にも明らかだった。

 それもそのはず、彼はこの度、これまでの功績が認められて、ランガス警備隊の副隊長へ就任する事になったのだ。

 ランガス村の警備隊は一部隊しか存在せず、しかも、警備総隊長は存在しないので、副隊長になるエリックは実質的に警備隊組織のナンバーツーになってしまうのだ。

 普通ならば、その地位まで登り詰めるまでに長い下積み期間が必要であり、平民であれば四十代後半の人間が就任するのが常識だが、先日、ランガス村の警備隊副隊長だった人物が不慮の事故で亡くなってしまい、その代役が見つからず、困っていたところ、このエリックにその白羽の矢が立ったのだ。

 

 「このエリック君の実力はラフレスタでも噂になっているらしい。きっと我々の役に立ってくれる筈だ」

 

 彼を推薦した副村長のウェイルズは、そう言ってエリックの肩を叩いた。

 エリックに大きな期待を示す意思表示である。

 今回、商隊を警護するという任務中だったエリックをかなり強引な方法で引き抜いたので、普段ならば送迎の挨拶の場には現れる予定の無かった副村長のウェイルズだが、今回のウェイルズは自らこの場へと参上し、エリックがそれまでの任務で警護していた商隊達に、彼を引き抜く事実を直接説明していた。

 

 「ラフレスタの商隊の皆様、突然の事で申し訳ない。任務の途中で(エリック)を転属させる事をことになったのだ」

 

 ウェイルズのその言葉に応対したのは、今回の商隊をまとめていた温厚な商人のリーダーだった。

 

 「ウェイルズ様、大丈夫です。我々も警備の人間ならば多少おりますし、彼はもとより指揮をするだけの立場でしたから戦力面でもほとんど影響はないでしょう。それよりも今はランガス村の方が緊急事態でしょうな。副隊長が居ないのは由々しき事態です。我々の事は気になさらずに」

 

 人が好さそうに微笑むそのリーダー姿は彼の持つ徳であり、居合わせる人達を安心させた。

 そんなリーダーはエリックが自分達の警護任務を解任される事を許諾した。

 そして、当のエリックに声を掛ける。

 

 「エリック君。私は警備隊の事には疎くてね。ラフレスタでの君の活躍についてはあまり良く存じていなかったが、このランガス村でも活躍する事を我々は期待していますよ」

 

 商隊のリーダーはエリックにそう言って労った。

 商隊の長としてもこのエリックとは短い付き合いであり、あまり面識のない存在でもあったので、これ以上に言葉が続かなかった。

 しかし、ランガス村のイオール商会の人間とっては、この商隊のリーダーから労いの言葉を貰うと言う行為に大きな意味があったりする。

 彼の商才は有名であり、ラフレスタ地方の商いに携わる者で彼の存在を知らない者はまずいないのだ。

 そんな偉大な男から声を掛けられたエリック。

 もしかして、このエリックという男は凄い奴なんじゃないか・・・そんな誤解をイオール商会の会長であるイオールとその夫人に印象付けてしまった。

 自分の言葉が相手にそんな影響を与えていることなど露知らず、この商隊のリーダーはそろそろ自分達が出発する時間になったため、別れを告げる事にした。

 

 「さて、我々はそろそろこのランガス村を出発する事にしますよ」

 

 そう宣言し、他の商会の代表と共にイオール商会の応接の間から玄関へと移動した。

 イオールとその夫人、娘のシエクタ、そして、居合わせたイオール商会の職員総出でラフレスタから商隊部隊をお見送りする光景はいつもの事だ。

 しかし、ここでいつもには無いことが・・・

 

 「ん?」

 

 独特のニオイが気になり、その歩みを止める商隊のリーダー。

 それは、ロイが持ってきたトウモロコシの山の前だった。

 

 「く、臭せぇ」

 

 苦情をいち早く口にしたのはエリックだった。

 それに気付いたイオール商会の職員が慌てて言い訳をした。

 

 「すみません。これはシエクタお嬢様の友達が、警備隊の試験に合格したお礼で持ってきたもので・・・」

 「まぁ、ロイが!」

 

 シエクタが反応して嬉しそうな顔になるが、これを見たエリックが一瞬のうちに渋面を作った。

 しかし、脇の男性に突かれて、彼は直ぐに意を正し、元の上品そうな顔に戻ってしまった。

 このやりとりは一瞬であり、この急激な変化に気付けた者は誰一人としていなかったりする。

 そんな中、イオール会長は言わせた全員に謝罪の言葉を述べた。

 

 「商隊の皆さま、申し訳ない。村の世間知らずの男がこんな臭いものを・・・おい、君。すぐにこれを捨てなさい」

 

 イオールは客達に失礼な事をしたと詫びを入れて、ニオイの元凶であるトウモロコシを処分するよう職員に指示を出した。

 職員は畏まり、直ぐに処分を始めようとその荷台に手をかけたところで商隊の中からひとりの若い商人が進み出て、これを止めた。

 

 「待ってください。このトウモロコシはもしかして・・・」

 

 彼は独特の臭いニオイなど気にすることも無く、そのトウモロコシを手に取り、皮の上からグイグイと押して、その感触を確かめた。

 しばらくして、何かの確信を得ると、この若い商人はイオールに向き直る。

 

 「このトウモロコシを捨てるのですか?」

 「ええそうです。こんな臭いモノ、美味しくはないだろうし、売れる訳もありませんから」

 「それならば、私が全て買い取りましょう。キロ当たり一万クロルでどうです?」

 「ええ? そんな・・・相場の二倍ですよ。こんなゴミに」

 

 信じられないと言うイオールだったが、それでもこの若い商人は構わないと、やや強引に買い取ってしまった。

 イオールは訳が解らなかったが、それでも相手に買いたいと言われれば、それを拒否する事もできず、こうしてロイの持ってきたトウモロコシは市場の二倍という価格でラフレスタの若い商人に買われてしまうのであった。

 

 後に、このランガス村で仕入れたトウモロコシは、丁寧な水洗いでニオイを落とし、ラフレスタで売りに出されることになる。

 そして、このトウモロコシは独特の甘みとコクがあり、ラフレスタで高い人気商品となって、結果的に市場の五倍の価格で取引される高級品になったりするのだ。

 大商人から見るとこれでも小さな商いだったが、それでもこれほどの高い利益率を得られるのは相当の商才が無いとできないことである。

 ランガス村で、こんな短い瞬間に商品の真価を見抜き、即座に買った人物こそ、若くて駆け出しの頃のエリオス商会ライオネル・エリオス、その人だったのは余談である。

 

 


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