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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第三部 ヴェルディの野望
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第三話 無能な俺の兄と有能な俺の配下

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・」

「ヴェルディ様も上には上がいると言う事実をこれでお判りになられたでしょうな。今日の授業はこのぐらいにしてやりましょう」


 魔法の授業の締め括りにザイオンはそう述べて、俺の部屋から去っていった。

 

「くっそう! この、万年二流魔術師めっ!!」


 肩から息をしながらも、そう毒付く俺。

 このザイオンなる人物、魔術師としての腕は確かなのだが、それでも我がラフレスタ家の筆頭魔術師ではない。

 ラフレスタ家専属の筆頭となる魔術師は別にいて、ザイオンは言うなれば父様――パルキン・ラフレスタと個人的に契約している魔術師。

 このザイオンは俺が子供の頃よりいろいろな魔術を教えてくれた先生。

 実力は認めるが、不気味なところがあって俺は嫌いだった。

 そして、ラフレスタ家は代々魔術師として能力を持つ。

 魔法適正とは遺伝的要素が強いと言われており、兄もそうだが、俺も同じく魔力はまあまあのレベル。

 しかも俺は属性(クラス)として魔法剣士を選んでいる。

 兄と違い俺は体力もそれなりにあるし、剣術も使えなくない。

 どだい魔術師などアストロ魔法女学院に通う専門職(バケモノ)に任せておけばいいのだ。

 俺はそれらを使う立場の人間、実力ある魔術師を支配する側の人間であれば、それでいいさ。

 その程度ならば、俺が魔法剣士ぐらいの知識で十分だと考える。

 

「チッ! 父様め。余計な教育を課してくれる」


 俺は自分に課せられた無駄な教育内容を罵った。

 魔力集中でかいた汗を清潔な布で拭い、窓から中庭へと視線を移す。

 そうすると、そこには散歩する我が兄の姿が・・・

 

「ケッ、呑気なモノだぜ」


 俺よりも八歳年上の兄は領主補佐という仕事を担っているが、現在のラフレスタは父様が仕事を取り仕切っている。

 つまり、領主補佐など暇な仕事だ。

 日中ふらつく兄の姿を見て無性に腹が立った。

 

「よし、ここは俺が喝を入れてやろう!」


 こうして俺は自分の不満をぶつける相手を見つけた。

 

 

 

 

 

 

「わーい。父様、花がこんなに咲いているよ」

「わわ! 虫もいる」

「ふふん、いいわねン。この季節はグラシアの花が見頃なのねン。お虫さんも陽気に釣られて出てきたのねン。虐めちゃだめよン」


 親子が散歩する姿。

 中庭に咲いた黄色の花と昆虫に夢中となる子供達。

 兄夫婦の長男と次男だ。

 これは一家団らんとして正しい幸せの姿だが、俺には癪に映る。

 俺は物陰から突然現れたようにして、兄親子を驚かせてやった。

 

「よう。ジョージオ兄様。暇そうだなぁ」

「ヒッ!」

 

 兄は俺の顔を観るなり条件反射的にそんな悲鳴を挙げる。

 そして、ふたりの子供を自分の後ろ側へ回した。

 その子供達も俺を見て顔が強張るのが解った。

 

「なんだよ。悪い奴が現れたみたいじゃないか? へへへ」


 そんなに俺が怖いか?

 怖いだろうな・・・

 俺は事ある毎にお前達の父である兄を虐めてきたからなぁ~

 

「いいのか、昼からこんなのんびりしていて。領主補佐ともあろう方が。ああぁん?」


 凄む俺に兄は顔を引きつるだけ。

 それも解っているさ。

 今度は一体どんな難癖をつけられるか・・・お前の考えていることなどすべてお見通しだ。

 俺よりも八歳年上で、しかも結婚している。

 子供までいる立派な大人だが、それでも俺から見れば駄目兄貴。

 身長は俺より低く、太っていて、頭も悪い。

 魔法の腕もいまいちで、剣術なんて以ての外の体力。

 判断力も遅く、そして・・・

 

「いやん。やめてよー」


 気持ち悪い女言葉を話している。

 兄がこの言葉になったのは、俺が散々虐めたせいだと父様から言われたが、そんなこと覚えちゃいねぇ。

 覚えられないほど昔から罵ってきた駄目兄貴だから、しょうがない。

 さぁて、今日はどんな罵声を浴びさせてやるか・・・そんなことを考えていたら、後ろから割り込みが入った。

 

「義弟ヴェルディ。止めてくださる!」


 その甲高い声は・・・駄目兄貴の妻エトワールか。

 

「ひっ!」


 俺がエトワールに視線を移したのを機に駄目兄貴は逃げ出した。

 

「けっ、自分の妻を残して逃げるとは。腰抜けめ!」


 情けない姿を蔑むしかない。

 しかし、エトワールはそんな兄を擁護する。

 

「違いますわ。ジョージオは子供達を逃がしたのよ。ほら、貴女達も・・・」


 エトワールはそう言うと手を引いていた自分の娘にエトワール自身が抱く幼子を託す。

 その長女は母より幼子を受け取ると、気丈に駆け出して、父ジョージオとふたりの兄の後を追って消えた。

 確か名前は長女がフランチェスカと幼子がユヨーだ。

 そして、この場に残されたのはエトワールと俺だけ。

 俺はフフと息を吐く。

 

「俺も嫌われたものだ・・・」

「あら、好かれることをしまして?」


 減らず口でこう応えるのはエトワール。

 しかし、彼女は無能な兄よりよほど気丈で、使える奴だ。

 

「俺は無能な奴に厳しいのだ。しかし、有能な人材に対しては歓迎しているつもりだ」


 そう言い彼女へと掌を伸ばすが、それはパシンッと弾かれた。

 エトワールの豊かな乳房を触ろうとしたからだ。

 彼女自身が許してくれなかった。

 ふ、面白い。

 だから俺はエトワールを気に入っている。

 彼女は中程度の貴族出身なのに、それでも元々兄と婚姻が決まっていた女性を第二夫人に押し除けて、自分が第一夫人の座に収まっただけはある。

 

「厭らしいわね。私に触らないでくださるかしら?」

「釣れないな、エトワール嬢。しかし、お前は無能な兄より使えるところを俺は評価しているぞ」

「そうならば、私達に敬意を示しなさい。貴方は年下よ。次期領主ジョージオに対してもっと敬い、補佐するべきです。それがラフレスタ家のためになるのだから」

「ラフレスタ家のため?」

「そうですよ」


 図々しくそう述べる義姉に呆れつつも、俺は真実を言ってやる。

 

「莫迦な事を。ジョージオ兄に領主など務まるものか。それはお前だって解っているだろう。あの小心者のことを」

「・・・」

「昨日だって、ヤツの間違った判断のお陰で役人に無駄な仕事が発生したと聞く」

「それは・・・」

「言い訳してどうする。俺は事実を述べているだけ。ああ無能~、何たる無能~。黙って役人の言う事を聞くだけの方がまだ無害。下手に意見を言うから空回りするのだ」

「酷いことを!」


 エトワールは俺を罵るが、それでも俺の指摘を明確に反論できず悔しそうにしている。

 いいねえ~

 お前が頭良いのは解っている。

 しかし、口は俺の方が一枚上手だ。

 もうひとつ揶揄ってやるか。

 

「しかし、残念ながら、エトワール嬢の言うとおり・・・実際の家督はジョージオ兄が継ぐことになるだろう・・・」


 そんな俺の言葉を聞いて一瞬ホッとするエトワール嬢だが、甘いぜ。

 

「だがな。それも父様が存命の期間だけだろう。ジョージオ兄を領主の座から引き下ろすのに結構多くの手段があるんだぜ!」

「そ、そんな・・・酷い事を考えているんじゃないでしょうね?」

「フフフ。俺も鬼じゃないさ。もし、エトワール嬢さえその気ならば助けてやってもいいぜぇ」


 俺から誘惑の言葉に、顔が引き攣るエトワール嬢。

 良い勘しているじゃねぇ~か。

 

「貴方の考えていることなど、簡単に解りますわ。私にジョージオを裏切ってアナタに尽くせと言うのですね!」

「おお、そうだ。そうすれば、お前と子供達は助けてやろう。ジョージオ兄には引退して貰うが・・・そうだな。エトワール嬢には第二・・・いや第三夫人ぐらいならば考えてやってもいいぞ。お前のベッドの働き次第だがなぁ~」

「け、ケダモノめ!」


 美人なエトワールの顔が歪み、ビンタが飛び出してくるが、俺はそれを察してサッと躱す。

 

「ケケケッ。まっ、ゆっくりと考えな。俺とラフレスタを支配するのも悪くないだろう?」

「ひっ!」


 俺は躱し際に彼女の尻を触ってやる。

 軽い挨拶だ。

 その後のエトワール嬢は何かを叫んでいたが、俺は無視した。

 まあまあ面白かったぜ。

 じゃあな。

 

 

 

 兄夫婦を揶揄ったあと、俺は自分の部屋に戻って来た。

 そうするとタイミングよく侍女から来客を告げられる。

 

「ヴェルディ様、アドラント・スクレイパー様が来られています」

「アドラントか。解った。入って貰ってくれ」


 俺は入室を許可する。

 アドラントとは俺の同級生。

 中等学校まで同学年だった学友で、時々、顔を見せに来る――所謂、親友と言う奴だ。

 しかし、俺がアドラントと仲良するのはただ年齢の近い友達だけが理由じゃない。

 彼が優秀な人材であるからだ。

 俺は他人をいびり倒す鬼畜のように思われがちだが、それは違うぞ。

 俺だってひとりの力に限界があるのは解っている。

 だから人間は徒党を組むのだ。

 そこに重要な要素とは、『誰と組むか』である。

 俺は優秀な奴が好きだ。

 アドラントはラフレスタで代々続く警備隊総隊長の家系であり、厳格で優秀な判断力を持つ逸材。

 やがて父の跡を継ぎ、ラフレスタの警備隊総隊長の座に就くのは確実であり、すでに結婚もしている真面目な奴だ。

 そして、俺に完全服従を示しているひとり。

 そんな『ヴェルディ派』と呼ばれる派閥を俺は既に構築している。

 若くて優秀な奴しか入る事が許されない派閥さ。

 こいつらを使って将来のラフレスタを動かすのは俺なのだよ。

 そう思っているとアドラントが入ってきた。

 

「お久しゅうございます。ヴェルディ様」


 入るなり九十度で頭を下げるアドラント。

 帝国で最高の儀礼を示す姿は警備隊一家の教育の成果なのだろう。

 少々固い態度だが、嫌いではない。

 

「うむ、久しぶりだ、アドラント。なかなか会えなかったな。俺は帝都ザルツ中央貴族高等学校を飛び級で卒業してから今までバタバタだったからな」

「いいえ。それはヴェルディ様が優秀だから当然の結果です。それに我々凡人と違いヴェルディ様がお忙しいのも致し方無い事。お気にされずに」


 俺を尊敬してくれるのがよく解る姿。

 何せこのアドラントとはラフレスタ中央貴族中等学校で同じ学友だった。

 つまり、俺の伝説的な学業を目の当たりにしている。

 それこそ貴族中等学校始まって以来の成績で卒業したからだ。

 余りにも優秀過ぎて高等学校は帝都ザルツへ強制推薦となり、アドラントとは別々の高等学校となったが、それでも俺の噂はラフレスタでも良く聞こえてきたらしい。

 お陰で、俺を親友以上に敬ってくれる存在だ。

 そんな従順で優秀な配下に俺は施しを忘れない。

 

「そうだ。コレ(・・)をアドラントにやろう」


 そう言って革袋に包まれた一冊の本を差出す。

 アドラントはその包みを受け取り、恐る恐る中身を確認した。

 

「こ、これは・・・」


 アドラントは驚愕に目を見開く。

 それに対して俺は口角を静かに上げるだけだ。

 

「そう。帝都ザルツでもなかなか手に入らない艶本だ。ソディア大陸から流れてきた輸入品らしく、大変貴重なモノらしい」

「なんとっ!」


 アドラントは俺の言葉を信じられないのか、口をアングリと開けたままの姿。

 真面目な奴だが、この時ばかりは滑稽であり、見ていて面白い。

 そんな俺はアドラントの密かな趣味を知っている。

 その密かな趣味とは、艶本――俗に言うエロ本――の収集だ。

 それも流通禁止になるような過激なものが彼の好み。

 アドラントの実家はラフレスタ警備隊の総隊長であり、押収品された艶本を幼少期に目にしてしまい、そこで嵌ったらしい。

 しかも、その事は家族を含めて誰にも言っていない。

 もし、これがバレれば、彼はラフレスタの風紀を司る厳格な警備隊総隊長の家系であり、唯では済まされないだろう。

 その背徳感が彼の真面目な性格には堪らないスリルなのだと思う。

 何故この事実を俺が知っているかと言うと、過去アドラントの家に遊びに行ったときにその艶本の存在を見つけたからだ。

 アドラントの部屋に行ったとき、妙に余所余所しくしていたから、すぐに解った。

 彼が秘密にする屋根裏部屋に多くの艶本が収集されていたのを見つけた時はさすがに俺も驚いた。

 俺がそれを見つけた時、アドラントから泣いて黙っていてくれと懇願されたので、俺も他の誰にも言っていない。

 俺とアドラントだけの男の秘密である。

 

「これは舶来物の貴重な逸品らしいが、俺には不要の長物。アドラントに寄贈してやろう。どうせ結婚した妻にもその趣味は話していないのだろう?」

「・・・」


 無言は肯定を示している。

 ただ彼は俺に向かってこう言うだけ。

 

「ヴェルディ様。私は一生貴方について行きます」


 その言葉だけで俺は満足。

 

「うむ。期待しているぞ。俺と共にラフレスタを発展させよう。優秀な俺達(・・・・・)でな」

「ハッ!」


 アドランドの敬礼する姿。

 それは間違いなく俺へと従属の証だ。

 決して俺は彼を脅している訳ではないぞ。

 

 


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