第四話 帰ってきた悪党
私はシエクタ。
今日、中等学校を卒業して以来、久しぶりにロイと会った。
彼はあの頃と全く変わっておらず、莫迦だけど気持ちの良い男子だった。
「俺は英雄になるんだ」と意気込み、今でもその夢を真直ぐに追いかけている男の人の姿は、なんか素敵に見えた。
莫迦な奴だけと・・・
それで思わず、私が大切に使っていた魔法の勉強帖を渡してしまったぐらいだ。
魔法の詠唱についてはもうほとんど覚えてしまっているので、あの勉強帖は私にとってあまり必要でないのも事実だったが、それでも人にあげてしまうのは少々思い切った事をしてしまったのかも知れない。
それでも、あのロイの役に立つのならば、まぁいいかなという気分になるから不思議だった。
そのお返しに彼の育てたトウモロコシを貰ったが・・・これは帰る道中に捨ててしまった。
理由は明白で、肥料の強烈なニオイが付いていたからだ。
これからお客さんが来るというに、家にこんなものを持って帰る事はできない。
折角くれたロイに悪いとは思ったけど・・・
それに、友達のエルアと別れた後に捨てたので、大丈夫だと思う。
私がそんな酷い事をする人間だという事を彼女にもバレていない筈だ。
自分で言うのもなんだが、こんな私は本当に猫かぶりのぶりっ子だと思う。
常に他人からの見た目をいつも気にしていて、そして、常に自分が有利になるように仕向ける性格は母親譲りだと思う。
子供の時から私は母親から「女と言う生き物は強かに生きるものよ」と教育を受けてきた。
お淑やかにするのは、男性ウケを良くするため。
女性同士で仲良くするのは、周りから不興を買わないため。
身の回りを綺麗にするのは、自分の価値を上げるため。
この世で女は男から選ばれる存在なのだ。
私が将来幸せになるためには、今が種蒔きの時なのだと思う。
そして、私がより多くの選択肢を得るために、私はできる限り理想の女性を演じてきたつもりだし、その努力を怠った事はない。
しかし、ここまで自分の価値を上げてきたというのに、最近の私は不満が募るばかりだ。
自分と釣り合う男性が一向に現れないからだ。
ランガス村で唯一の高等学校に通う私の周囲には、碌な男がいない・・・それが不満だった。
同級生には村長の息子もいたけど、あれこそ莫迦息子だと思う。
あんな我儘で妄想癖のある男性の元に嫁いだとしても、将来の自分の姿なんて、あまりにも良い想像ができない。
しばらくは自分の事を愛してくれるのかも知れないが、飽きれば絶対に愛人を作るに決まっている。
お金だってそれほど自由には使わせてくれないだろう。
ケチな性格しているし、私は人を見る目があるのだから・・・
そんなことを思いながらも、私はもうそろそろ十八歳になる。
貴族でない私達平民ならば、そろそろ相手を見つけないといけない年齢だ。
しかし、こんな田舎町じゃ、本当に碌な男がいない。
高等学校に進学する時、やはり無理を言って都会のラフレスタの高等学校に行けば良かったのかもと少しだけ後悔する私。
一応、親からはどうするか?と聞かれたけど、あのときはこのランガス村から離れることに気が進まなかった。
理由は・・・なんとなくだけど、知り合いや友達と別れるのが嫌だったのだろう。
私の目に叶う男なんて存在しないこんな村だけど、ロイのような面白い男だったらいるし・・・と考えて、私は不覚にもロイと自分が結婚したらどうなるのだろうかと想像してしまった。
「アイツは莫迦だけど・・・妻と子供は大切にしてくれるのかな?」
ふとそんな事を考えて、私は頭を振る。
何を考えているんだと思った。
私は片田舎とは言え、このランガス村で唯一の商会であるイオール商会の一人娘だ。
当然、結婚するならば婿を取る事になる。
私の夫となる人物が父の跡を継いで、このランガス村で商いを続けるのだ。
そんな事など、あの莫迦で乱暴者を絵に描いたようなロイに務まる筈もない。
それに、彼の事は自分の親友であるエルアが虎視眈々と狙っている気がする。
今日だって彼女の発案で久しぶりにロイの顔を観ることになり、態々遠回りをしてロイの畑に行ったぐらいだし。
彼女の口からロイの話しを良く聞くし、あの女もああ見えて結構強かなのは自分だってよく知っている。
エルアの実家は村の役人なので、もしかしたら、ロイが警備隊に合格できたならば、釣り合いだって取れるかも知れない。
しかし、結婚して子供を持ち、幸せそうなエルアとロイの家庭を想像すると、何故かイライラする自分がいた。
何故、自分がそんな事にイラつくのかが理解できない私だったが、そこで、我が家のお手伝いさんによって自室のドアをノックする音が響き、私は思考を中断した。
「お嬢様。旦那様と奥様がお呼びです」
呼び出しがかかった。
もうそろそろラフレスタからやって来る商隊が到着する時刻だと言われていたから、いつもどおり歓待の挨拶にかりだされるのだろう。
私はそう思い、手早く準備を済ませて、呼ばれた応接の間に向かうのであった。
そして、場面は変わって、応接の間になる。
「えっ? エリック!?」
そこで私は思わず、そんな感嘆を上げてしまった。
ラフレスタから来た商隊の中に警備部隊長として紹介された人物がエリックその人だったからだ。
彼は中等学校を卒業した後、家出同然でこのランガス村を飛び出したと聞いていたが、その後、ラフレスタに行っていたのは知らなかった。
あのとき、エリックから告白を受けた私は、それを断るために心を鬼にして彼にはけっこう酷い事を言ってしまったが、それでも今は懐かしさが勝り、彼と近況を話し合う。
どうやら彼は、その後にラフレスタで運よく警備隊の職に就き、真面目に暮らしているようだった。
今回はその腕を買われたことと、彼がランガス村の出身であったことも加味されて、商隊の警備部隊長という大役を任されたそうだ。
若いのにこれは凄い事だと思う。
いろいろ苦労した事もあったらしいが、彼から苦労話しを聞こうとすると、あまり面白くないとエリックには遠慮されてしまった。
今の彼は大人の男性のように落ち着き、身嗜みもしっかり整えていて、香水なんかもさりげなく付けている。
私の思い描いている都会の男性に近い恰好をしているエリックは、三年前の彼からは想像もできないぐらいの変貌を果たしていた。
そんな驚きのエリックだったが、商隊の偉い人達との挨拶は終わりを迎え、彼らは一旦宿へと戻っていく。
商隊部隊と一緒に去るエリックだったが、彼は去り際に私へひとつのプレゼントを渡してくれた。
包みを開けると、そこから出てきたのは高価な宝石があしらわれた素敵なイヤリング。
とても素敵だったが、私は困惑する。
私も商会の一人娘だ。
このイヤリングがどれほどの価値があるのかは一目見てで解ったし、それを何でもないこのエリックからポンと貰う事なんて、気が引けてしまうのだ。
どうしようか迷う私に、母から声がかけられる。
「貰っておきなさい」
つまり、私には貰う価値がある。
母はそう判断したようだ。
私は黙って頷くと、エリックは満足そうに微笑んだ。
「貰ってくれて嬉しい。これでも僕は給金を結構貰っている方だから、この程度のモノならば痛い出費ではないのさ」
エリックは白々しいぐらいの清々しさで私にそう言うと、颯爽とイオール商会から去っていった。
まるで、どこかの貴族のお坊ちゃんのようだった。
私は自分の部屋に戻ると、早速貰ったイヤリングをつけて手鏡でその姿を確認する。
流行りのデザインだと言われた高価なイヤリングは、私によく似合っていて、まるで自分が都会の人になったような気がした。