第二十四話 銀龍と魔女
『人間にしては面白い。お前は一体何者なのだ?』
「私は、私ですよ。普通の人間で、私以外の何物でも無いです」
『そんな事はあるまい。私が本気で撃った龍の吐息を防ぐ事のできる人間など初めて見た。其方の行った事は、本来、人間では無理な芸当なのだぞ』
「そうは言ってもできちゃったし・・・もしかして、私って天才なのかなぁ?」
銀龍からの問いに、ふざけた口調で答えるアストロリーナを、正直なところ危なっかしいと思ってしまう私である。
先刻もデリカス卿が言葉の選択を誤り、銀龍の怒りを買った前例があるのだ。
しかし、もしあの時、デリカス卿が嘘で取り繕った回答をしたとしても、結局は龍に心を見透かされていたので、死の審判からは逃れられない運命であったと思い直す。
「それでも私が守れたのはグレイ様と一部の人間だけよね・・・他の人達は守れなかったかぁ」
アストロリーナから聞こえたそんな悔しそうな言葉に、私はハッとする。
彼女の言うとおり、生き残っていたのは私とその後ろにいた人間ぐらいだった。
イザベラにヒューゴ、アラン・・・そして、我が後方支援部隊の人間達。
その中にはイーロンがいたり、何の偶然かマースで私を殴ったクルドウとか言う傭兵の姿も含まれていた。
本当に悪運の強い人達だ。
しかし、それ以外の人間は死体すら残っていまい・・銀龍が吐く灼熱の魔法により、全てが蒸発してしまったのだろう。
そう思う矢先、まるで私の心に答えるように銀龍は語る。
『私がそんな無差別な殺戮者だと思うか?』
銀龍の口元が少し笑ったような気がした。
その直後、光に包まれた人間が多数現れた。
「な、なんと!」
私は驚きに声を挙げてしまった。
それは銀龍の魔法によって消し飛んだと思っていた人達が姿を現したからだ。
それでも、それは全員ではなく、数は少なかったが・・・
『私には人の心を観ることなど容易だ。私が死を与えたのは、この辺境に害を及ぼす人間のみ・・・欲に塗れてこの領域を犯そうとしていた人間だけに死を与えた。それ以外の人間は特別に赦してやろう』
どうやら銀龍は独自の観点で生死の選別をしたようだった。
その銀龍が私の方を向く。
『そこのお前。そう、お前だ。お前がこの人間達の次の指導者であろう。名を述べよ』
「わ、私が指導者?」
銀龍の言葉に驚く私。
私は次の指導者ではなく、しがない普通のいち後方支援部長である。
そんな否定しようと思っていた矢先、銀龍の言葉の方が早かった。
『周囲がどう思おうと、それはお前たち人間だけのルールであり、重要ではない。この場で私がそう決めれば、次の指導者はお前となるのだ。諦めよ、グレイニコル・ラフレスタ』
銀龍はどうやら私の心の中を直接見たようだ。
そして、この銀龍によって私は次の指導者に指名されてしまった。
「私は・・・いや、はい。解りました。私が今後の辺境開拓軍の指揮を引き継ぎます」
私はもう観念した。
この銀龍にはどう足掻いても逆らえないのだ。
『潔く認めたな。利口で話の早い奴だ。そのグレイニコル・ラフレスタに問おう。今後はどうするのだ? 辺境の侵攻をさらに続けるのか? それとも・・・』
「我々はこの件から手を引く。潔く負けを認めるので撤退させて欲しい」
『やはり利口だな。私の望む答えを何の迷いもなく言ってくれるわ。ムハハハハ』
銀龍は愉快に笑う。
これでこの銀龍の怒りが少しは収まるのだろうか。
そんな銀龍相手に私は恐る恐る聞いてみる事にする。
「偉大なる銀龍よ。何故、我々を見逃してくれるのだ? アナタ様が本気になれば、我々などこの場で一網打尽にできるだろうに」
『それが、お前には解らぬか?』
逆に銀龍からそんな言葉が返って来て、私は確信する。
どうやらこの銀龍は、ここで得た恐怖の体験を人間社会に伝えよ、とメッセージが込めているのだろう。
我々が伝える恐怖の体験により、次なる辺境開拓軍が来ないようにしろ、そう言っているのだ。
『利口ならば、私の意図が解るだろう』
銀龍は敢えてそれを言葉にせず、私の推察している事を肯定した。
私もここで正解を口にしてはいけない。
もし、この銀龍の意図を口にしてしまえば、銀龍が我々に植え付けた恐怖と言う実が育たなくなってしまう可能性がある。
私以外の利口でない人間にこの銀龍の本心が解れば、それがどんな結果を生むのか解らない。
銀龍が意外と話しの解る奴だと思われては、もしかすれば、交渉と言う手土産と共に次の辺境開拓軍が編成されてしまう可能性だってあるのだ。
この辺境で銀龍と言う存在は、人間に対して圧倒的な脅威であり、逆らってはいけない存在であると信じさせる事が、この銀龍にとっても都合がいいのだろう。
「解りました。我々が即時撤退する事。そして、今後、辺境には近付かない事を約束しましょう」
『フフ、ならば今回は特別に見逃してやろう。もし、次にここへと来れば、私の本気の吐息が人間の街に降りかかると思え・・・お前達の王にその事を伝えるが良い』
その言葉に私の後ろにいた何人かが震えあがった。
勿論、これは銀龍の脅しだ。
脅しだが・・・これは効果的だろうし、銀龍が本気でやろうと思えばできてしまう事でもある。
『決して私と対決しようとは思うな。特にその『蒼い髪の魔女』によく言い聞かせよ、グレイニコル・ラフレスタ。その魔女はお前の言う事ならば何でも聞くだろう。そうだな? アストロリーナよ』
「えっ? どっしようかなぁ~」
「リ、リーナ。頼むからそんな事を冗談でも言うな。甘い物ならばあとでいくらでもやるから!」
ふざけた事を言うアストロリーナに、私は必死の懇願をする。
そんな彼女は舌を出してお道化た。
リーナとしても冗談だったのだろうが・・・こんなときに止めて欲しいものだ。
命がけの状況であることを彼女にも解って欲しい。
『まったく、この女は!』
銀龍の方も呆れているようだ。
どうもすみません、と私も心の中で銀龍に謝っておいた。
どうせ心を観ているのだから通じただろう。
そんな銀龍は私やリーナに対して愚痴のようなものを漏らしてきた。
『これだから、デイアの悪戯は厄介なのだ』
「え? デイアって何ですか? 銀龍さんは私の存在を知っているのですか?」
『むむ、其方はデイアの事を知らんのか?』
「初めて聞く名前ですね。実は、私、半年前から記憶が無くて」
『・・・』
「銀龍さん。もし、何かを知っているなら教えて下さいよ」
『・・・私から其方に教えられる事は少ない。それに其方の頭の中を観ると・・・確かに半年前からの記憶しかないのは本当のようだ・・・その割には相当な知識が詰まっておる』
「ええそうなんです。私の頭の中には何故か、魔法に関する全ての知識と、魔物に関する情報がありました。どこで学んだのかまったく解らないけど」
そんなリーナからの言葉に、銀龍は頭を抱えているようだった。
『今度のデイアはそう来たか・・・まったく厄介なヤツめ!』
銀龍に生じた愚痴にも似た複雑な感情。
銀龍の心に一瞬だけそんな気持ちが生じたのも解った。
それは魔法で会話している我々だから、もし、相手が強く思えば筒抜けてしまうからだろう。
リーナからも、この『デイア』なる人物・・・と、言うか、自分と言う存在が一体何なのかを銀龍に問いたいという気持ちが私にも魔法で伝わってきた。
それに対してどう答えるか銀龍は迷い、そして、抽象的な答えが返ってくる。
『デイアという存在・・・それはこの世界と同義であり、私の母なる存在でもあり、私をこの場につなぎとめている存在でもある。私や人間などは敵わない遥かな存在でもあり、かと言って、無干渉という事もない。どこにでも存在していて、どこにも存在しない・・・そんな存在・・・それがデイアだ』
「デイア・・・神?・・・聞いたことない名だ・・・」
『そんなデイアが時々悪戯をするときがある。それはお前のような特別な存在をこの世界に混ぜるのだ。その意図は・・・私にも解らない』
「銀龍さんにも解らない存在・・・それがデイア? 神様? それが私に何をしたの? 私はこの世界の人間ではないの? ここで何をすればいいの?」
『お前の役割など、私には解らぬ・・・ただ、その髪色は本来の其方の髪色ではなかったのだろうな。身体の中で余剰魔力が放出している証だ。明らかに人間の身体と言う器よりも過剰な魔力を有している証だ。我ら龍も最大限に魔法を使うと青白い光が出る事もある。魔法を帯びた剣が青く輝く事があるだろう? それと同じことだ』
「それは魔光反応?」
『グレイコルよ。お前は博識だな。そのとおりだ。このアストロリーナと言う女性は、人の身では溢れるほどの魔力を有しておるし、それを使う豊富な知識も既に与えられている。まるで生きる兵器の様な魔女だ・・・この女の手綱をしっかりと取っておけよ、グレイニコル。間違っても私に挑むような事をするな。決して選択を誤るな。私もそんな事を望まぬが、もし、本気で対決する時が来たならば、私も負ける訳にはいかない』
「・・・解りました」
私は銀龍に約束する。
彼女の力を決して辺境・・・いや、龍には向けないと。
この世が滅ぶ・・・そんな事を予感してしまう私だった。
「私が・・・兵器?」
そんな呟きをするリーナ。
彼女なりに衝撃を受けているようで、顔色は良くない。
そんなリーナの手を私は強く握った。
「リーナ、そんな事は無いぞ。君は兵器なんかじゃない。君はただのリーナだ。アストロリーナ? それが本当の君の名前であっても、やっぱり君はリーナだ。半年前からの記憶しかなくても、やっぱり君はリーナだ。私にとって、可愛く、愛嬌を振り向き、時々不思議な事を言って、そして、甘い物が大好きなリーナ。そう、私の好きなリーナ。それでいいじゃないか!」
私の言葉にリーナはハッとなった。
んん? 何か最後に余計な事までを言ってしまったような気もする・・・まぁいいか。
「私も大好きですよ。グレイ様っ!」
彼女は私の手を握り返し、そして、抱き付いてきた。
華奢な身体だったが、それでも彼女はやっぱり女性だ。
私もその柔らかさを感じて、身体が熱くなってくる。
勇気が出てくる。
私はこの時に彼女がとても愛おしくなり、口付けをしてしまった。
リーナも気持ちが昂ぶって、口付けを返してくれた。
そんな私の背中をドンドンと叩く存在が・・・イザベラか・・・すまない。
私は心の中で彼女に謝罪した。
イザベラにとって私は最低の男かも知れないが、リーナにとっては・・・どうなのだろうか?
もういい。
私が深く考えるのを拒否してしまったのは、リーナの魔法によるものかも知れない。
今、思えば、私達に魔法を掛ける事自体、リーナには造作の無い事だ。
無詠唱で人の心を観て、無詠唱で人の心を操るのは、彼女には可能だろう。
私はずっとこの魔女に心を操られていたのか・・・しかし、それはどうでもいい。
彼女が私の事を想ってくれるのならば、そんな魔法に掛かってやるのも男の甲斐性のひとつかも知れない。
そう考えているとリーナと視線が合った。
私の心を観ているのだから、彼女との会話は無粋だった。
彼女は顔を赤くして、再び私に接吻をしてくる。
こうして私達はふたり世界に浸っていたが、それで、銀龍から咳払いが・・・
『オッホン。人間の男女同士の愛という感情は私に解らんが、邪魔してはならないという事ぐらいは薄々解る』
「「あ!」」
銀龍のそんな指摘に、私達は声を挙げてしまう。
マズイ、今はこんな事をしている状況ではなかった。
私は自分の役割を一瞬忘れていたのだ。
これもリーナのせいだ。
『まぁ、そうやって魔女の手綱を引いておれ。頼むぞ、グレイニコル・ラフレスタよ』
「は、はい」
私は何とも歯切れ悪い返答をする。
男としていろいろ格好悪い。
『お前達の切り開いた湖近くの辺境の土地はくれてやろう。元々あそこの土地は辺境の森が勝手に拡大した土地でもあるし、これも、私の本気の吐息を防いだ褒美とでも思え。その代わり、その魔女はもう絶対辺境の土地に連れて来るなよ。いいな、絶対だぞ!』
「解りました。このグレイニコル・ラフレスタの名にかけて」
私は銀龍と生涯の約束をした。
『うむ。それでは私は去ろう。お前達もこの辺境の境界より立ち去るが良い。このシロルカの花も、しばらくすれば私が元どおりに修復する。辺境の内と外の世界を分ける為だ。これも内側に住む者との約束があるのでな』
私は頷いた。
今は話の解る銀龍だが、この状態がずっと続くと思わない方が良い。
銀龍がちょっと気が変われば、この話は無かった事になる。
それほどに危険な相手なのだと思う。
そんな私の心内を銀龍も見透かしたのか、銀龍はフンと鼻息を鳴らす。
そして、直後に離陸をして、我々の前からあっと言う間に去る銀色の龍。
その姿は急速に小さくなり、やがて、闇の夜の空には月だけが残っていた。




