第二十二話 逆鱗に続く炎
「エレクトラよ、愛しておるぞ」
「ああ、ご主人様!」
私はデリカス様から与えられた幸せに身を捩る。
ああ、この幸せがずっと続けばいい・・・そんな事を思っていたけど、現実はそういかなかった。
私が見ていた理想の幸せは突然にヒビが入り、そして、木っ端微塵に砕け散ってしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・ど、どういう事?」
景色は暗転し、夜の荒野。
いや、白い花が広がる景色。
そう。
数刻前まで、私達は白い花が広がる森と森の間に居た事を思い出した。
この白い花・・・この花が私達に幻を見せていたのね。
周囲に漂う魔力の残滓から、私達は敵の魔法に捕らわれていたのをようやく理解できた。
周りを確認すると、近くには愛しのデリカス様が。
「私のご主人様!」
心の奥底にはまだデリカス様からのお情けの感覚が残っており、愛しくなり、その御名を口にする。
しかし、当の本人はまだ幻を相手に夢中になっているご様子。
幻ごときにと私は悔しくなり、デリカス様の心を魔法で覗き見る。
私は天才的な魔術師だ。
一般人の心を見ることなど、容易いことだ、
一体誰と楽しんでいるのだろうか?
この時の私はそんな嫉妬に支配されていた。
そして、私が見たものは・・・
「蒼い髪の魔女!」
その女性は、淫らで、美しい女性。
それでいて莫大な魔力を持つ。
考える限りのデリカス様の理想の女。
そして、デリカス様からの愛を一身に受けていた。
あんな幸せそうなデリカス様のお顔・・・今まで見た事が無い。
恍惚と幸福感の入り混じったお顔・・・私だって一度も見せて貰っていない。
何故よ?
どうしてよ??
私じゃダメなの?
何が足らないと言うの?
私では資格が無いとでも言うの!!
「嫌だぁーーーーーーーーーーーーー!」
私は心の底から大きく叫び、そして、渾身の魔法をぶっ放した。
燃え上がる紅蓮の炎は私の嫉妬の炎。
酷い幻を魅せている白い花なんて、全て燃えてしまえ! 滅んでしまえ!!
「このクソめ!」
私は汚い言葉で何かを罵り、視界中に存在する白い花と言う花に炎の魔法を叩き込んだ。
白い花は何故か全て凍り付いている状態で、活動は弱くなっていたが、私の魔法の炎の熱によって氷の魔法が溶けて、一瞬だけ白い花の魔法は活発になった。
そんな白い花は、まるで自分の最期の悲鳴を挙げるように花弁を震わせて、魔法の言葉を空中に吐き出す。
クゥワーーーーー
そんな音にならない魔力の波動が周囲へ一斉に立ち昇る。
「な、なに!?」
私は一体何事かと思ったが、変化はそれだけで、白い花はやがて私の業火に焼かれて炭へと姿を変えていく。
最期の断末魔のようなものだったのだろうか?
あの叫びのような魔法の意味は全く解らなかったが、それでも、これで脅威が去ったことは確かである。
そうしているとデリカス様は幻の魔法より無事解放されたようだ。
「な、何事だ・・・ん、お前はエレクトラか・・・これは幻・・・どうやら、儂は白い花の策略に嵌っていたようじゃ。それをお前が助けてくれたのか? おお、助かった」
デリカス様は幻から解放された直後に私を見て、現実を理解したみたい。
私はデリカス様からお褒めの言葉を貰い、途端に嬉しくなった。
これで蒼い髪の魔女の幻に勝った気がしたからだ。
「そ、そうです。私がご主人様を救いました。私がデリカス様に幻を見せていた白い花を全て焼き払いました。もう大丈夫です・・・だから、だから・・・私にもっとご褒美を・・・」
ここで、そのような図々しい報酬の要求をしてしまったは、私が先程まで幻の虜になっていた影響なのかも知れない。
「おお、でかしたぞ、エレクトラよ。なんでも其方の望むものを与えてやろう」
デリカス様は大いに喜び、私への報奨を約束してくれた。
そして、デリカス様はこの手柄を自軍に誇示するため、周囲に対して宣言を行う。
「ワハハハ! 『妖精魔女団』がまたしても手柄を挙げたぞ。おい! グレイニコルの小童。お前のところの役立たず魔術師と訳が・・・んん!」
ここでデリカス様が驚き顔に変わる。
その視線の先を追うと、理由が解ってしまった。
「あ、蒼い髪の魔女!」
そんな私の言葉に、デリカス様の喉の奥からはゴクリと欲望を飲み込んだ音が聞こえたような気がした。
「グレイニコル! その魔女はどうした。何故・・・いや、細かい話はもうよい。私のところへすぐに持ってこい!」
デリカス様は全てを忘れたように、その女だけを求めた。
私は懇願する。
嫌、止めて・・・行かないで。
激しい嫉妬と失念、そして、懇願・・・複雑な気持ちが私の心の中で同時に芽生え、そして、混乱し、眩暈を起こそうとしていた。
そんな私の宿敵とも思える『蒼い髪の魔女』は、私達に対して残念な表情のままにこう返してきた。
「アナタ達は本当に愚かですね。白い花―――シロルカは、捕らえた相手の心が最も幸せと思う幻を魅せて、それを餌に敵を捕獲します。その後、ゆっくりと捕獲した相手から養分を吸うことで生きる魔法植物・・・そして、その幻が破られたとき・・・いや、己の身に危険が迫ると、空中に自分の魔力を飛ばし、逃げようする習性があります」
「ほう。だから、君はそんな事ができないように全てのシロルカを凍り付かせたのか」
彼女の脇に居たグレイニコルとか言う生意気な若い貴族は、そんなことで相槌を打つ。
私は再びこの若い田舎者の貴族に対して殺意が芽生えた。
そんな殺意は目前の蒼い髪の魔女によって察知されてしまう。
「エレクトラさん、それは駄目ですよ、彼を殺そうとしては。この前は見逃してあげたじゃないですか」
「その言葉! お前はまさか!!」
私はその言葉を聞いて、この蒼い髪の魔女の正体が誰だか解ってしまった。
「ご主人様、この女の正体・・・それはリーナです。間違いありません! あの声、そして、私がグレイニコルを暗殺しようとしていたのを知るのはリーナしかいませんから!」
「おお、そうか! でかしたぞ、エレクトラ!!」
私はすぐにその情報をデリカス様に伝えた。
ここで、私が有益であることを示さなくはならない。
そんな私に当のリーナからは、本当に残念な人間を見るような嘲りの視線が投げかけられる。
「アナタも莫迦ですね。デリカスに利用されるだけの女なのに・・・」
「何を言っているの! 私はデリカス様の忠臣よ。それにデリカス様は私の事だって深く愛してくれているわ」
「本当ぅ? デリカス様ぁ、本当のところはどうなのですか? うむうむ、なるほどねー」
リーナはデリカス様を見て、何かを納得したような口調になった。
「エレクトラさん。残念だけどアナタは騙されているわ。今まで良いように使われていたようだけど・・・もし、私がデリカスのところに行けば、貴女は、ハイ、お役御免・・・そんな感じよね。デリカス様ぁ」
ふざけた口調で到底納得できない事を言うリーナ。
そんなリーナはデリカス様に耳たぶの周囲を触る仕草をする。
それに一体何の意味があるのかは解らなかったが、今の私には関係がない。
「ふざけるな! リーナめ。覚悟をしなさい!」
私は彼女を攻撃しようと魔力を集中する。
しかし、その直後、リーナからは大量の魔力の塊が飛んできた。
「ギャッ!」
私はそんな膨大な魔力に吹き飛ばされて、地面に転ばされてしまう。
そんな私を妹達が助けてくれた。
彼女達もようやく白い花の幻からは解放されたらしい。
「エレクトラお姉さま、ここは協力魔法で殺りましょう」
私達七人の協力魔法は強大であり、戦略級の威力がある。
本来、個人に対して行うには過分な攻撃力だ。
だが、ここで当のリーナはそれを全く脅威に感じていないようで、涼しい顔で往なされた。
「止めておきなさーい。あなた達七人程度の協力魔法じゃ、私にゃあ、届かないよ」
「何を言うの!」
「そんなことよりも、エレクトラさんは何をしてしまったか解っているのかなぁ? あのシロルカの最期の魔法・・・あれは自分達が逃れるためじゃないよ。何か細工をされていて、どこかに助けを呼ぶ魔法だったみたい・・・きっと、これから良くない事が起る。何かが来るよ」
「そんな見え透いた嘘を!」
私はそう言い反論したが、事態は悪い方へと進む。
「お、おい! あれはなんだ!?」
兵の誰かが闇夜の中に浮かぶ青い月を指差し、そんなことを叫ぶ。
他の兵達も白い花の魔法が解けて意識を取り戻したようだけど・・・彼らが注目したのは、私達の争いではなく、別の事に意識を向けていたようだった。
そんな兵達の視線の先を追った私は、青い月の中心で何かが蠢く姿を確認する。
それは月を背に、ゆっくりと・・・いや、とてつもない速さでこちらに向かって飛んでくる飛行体。
青い月の光を背に、銀色に輝く蛇のような爬虫類。
大きな翼を持ち、夜空を飛んでいる。
そんな新たな魔物の姿に、ヒューゴとか言う貴族は、焦った感じで言葉を発っする。
「ま、まさか・・・いや、やはり・・・まずいぞ。アレは銀龍! トゥエル山に住む辺境の魔物で最強の王者、銀龍『スターシュート』!!!」
その悲鳴に近い彼の叫び声に、周囲の人の口からは、「えっ?」と理解が追い付かない擬音が発せられていた。




