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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第二部 蒼い髪の魔女
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第十八話 欲望と言う名の敵

 今、私達はデリカス司令官に呼ばれて大きなテントに集められている。

 ここには私を含めて辺境開拓軍の幹部の旧貴族達が集められているのだ。

 そして、集まった各々の顔を見れば、意気揚々としている様子が見て取れる。

 それもその筈。

 我々は開拓の目的としていたリドル湖南岸域の辺境の森を分断する事に成功したからだ。

 

 「本当に素晴らしい。これもデリカス司令官の勇気ある行動と英知のお陰だ」

 「街道に近い土地は我々一族が所有を主張する。それほどに今回の開拓には我々が心血を注いだ結果なのだ」

 「いや、そこは我らが担うべきだ。私の連れて来た(きこり)達のおかけで辺境の森を開拓したからだ」

 

 そんな様々な言葉が飛び交っている。

 デリカス司令官の偉業を称えて彼に近付こうとする者。

 ここは自分の土地だと勝手に主張してしまう者。

 さも、もう開拓を果たしたように勘違いしている。

 自分達が勝ち目と解れば、何と恥知らず達なのだろうか。

 今回は辺境の森の一部のみをようやく分断する事に成功し、その分断より北側を本格的に開拓するのはこれからだと言うのに・・・

 私は欲深い旧貴族達に嫌気を感じながらも、この場の成り行きを見守った。

 当のデリカス卿はやけに落ち着いており、幹部達の貴族に好きなことを言わせているようにも見え、しばらくデリカス卿からは何かを言う事も無かった。

 やがて彼の知恵袋であるカナガル老魔術師が大きく杖を床に打ち、「静粛に」と求める。

 

 「皆の者、これよりデリカス様よりお言葉が述べられる。静粛に聞くように」

 

 偉そうにそんなことを言う老魔術師だったが、辺境開拓軍の幹部の旧貴族達は素直に従った。

 彼らも傲慢で自尊心の高い性格をしていたが、それでも自分達のリーダーとしてデリカス卿の事を認めている。

 この老魔術師の尊大な態度もデリカス卿の一部と認識しているのだろう。

 それに彼らとしても勝っている状況なので、今は心の余裕があるのだと思う。

 そんな幹部貴族達に対して玉座に座ったままのデリカス卿から言葉が述べられる。

 

 「皆の者、戦いに明け暮れる日々、ご苦労であった。まずは皆の働きを労いたい」

 

 デリカス卿のその言葉を待っていたかのようにテントの内幕が上がり、そこから給仕達が次々と現れて、豪華な料理と高価な酒が運び込まれた。

 このタイミングで料理が振舞われるのを私は知っている。

 何故なら、あの豪華な食材達は私の後方支援部隊が持ってきたからだ。

 デリカス卿より命令を請け、この日の為に用意させられたもの。

 それを本当に使う事になるとは・・・当初は私も辺境開拓軍が勝利に終わる事を予想していなかった。

 アランなんかは「どうせ使われないのならば、我々で食べてしまいますか?」などと冗談を言っていたが、本当に食べてしまわなくて良かったと思う。

 そんな下らない事を考えながらも、その後はデリカス卿が乾杯の音頭をとり、この場に居合せた幹部貴族達が一斉に祝杯をあげた。

 そして、各人の活躍を称える祝辞へとつながり、旧貴らしい美辞麗句の溢れた社交場へと続くのだ。

 それは社交が苦手な私にとって退屈な時間でもある。

 私はテントの壁際に立ち位置を移し、こんな無駄な会合など早く終わらないものかと考えていた。

 そんな私にイザベラが近付いてくる。

 今回、彼女は私の近親者として出席を許されていた。

 彼女が新貴族であるという素性はもうバレていたが、それでも『狩人の妖精』として彼女の弓の腕前が既に有名になっていたので、この場に呼ばれたのだろう。

 尤も、辺境開拓軍の本格的な辺境への侵攻が始まってからは彼女の弓が活躍する場など二、三回しかない。

 イベザラは私の脇で後方支援の事務を担って貰っていたので、戦闘にはほとんど参加しなかったから当たり前である。

 そんな彼女であるが、戦いに赴く前の訓練場で行った弓のパフォーマンスがあまりにも人々の記憶に残っていたようで、私のところにもいろいろな人達からイベザラの事を聞かれている。

 そんな有名人のイザベラは少々辟易して私の横に付いた。

 

 「まったく、疲れるわ。私には貴方という婚約者がいる身なのに・・・どうしてこんなに新たな婚姻の申し出があるのかしら」

 「それはイザベラが美しいからだ」

 

 私はそんなことを本気で言ったが、彼女は「もう!」と顔を赤くして突かれた。

 

 「それだけじゃないわ。私の事を利用できる存在・・・旧貴族の殿方からはそう思われているらしいわ」

 

 イザベラは自分が美しいという私の評価は否定しなかったが、それ以上に旧貴族の愚かさを私に指摘する。

 自分に言い寄ってきた男達との会話でいろいろ察したようだ。

 頭の良い彼女らしい。

 

 「グラナダ男爵からは私の第二婦人にどうか?と言われたわよ」

 「グラナダ男爵とは、確か今年で齢六十に成られる御年だな・・・そんなものなど政略結婚以外にありえないな。ハハハ」

 

 私は呆れ交じりの乾いた声で笑ってしまった。

 勿論、嘲りの笑いだ。

 彼のご老体の目に映ったイザベラという存在は、成功者である新貴族とつながりのある女性でとして、そして、弓の名手という特典付きの人物として価値があったのだろう。

 それを手に入れて自慢するのが彼の目的と思われる。

 イザベラは商品ではないのだ。

 私には不愉快な気持ちが心の底より溢れてきたが、その事を察するイザベラからは私の手を握ってくれた。

 私の静かな怒りを察してくれたのだろう。

 そんなイザベラからは私にこんな事まで伝えてくれる。

 

 「私が口説かれているとき、時折リーナの事も聞かれたわ」

 「リーナ?」

 「ええ、そうよ。あの()、目立たないくせにいろいろなところで観られているのね。彼女のことをいろいろと知りたがる男性が多い事、多い事」

 「リーナは可愛い女性だから仕方ないのではないか。それに目立たない事もないと思うぞ」

 「グレイまでそんな事を・・・まぁいいわ。それよりもあの()の事をこの機会に・・・」

 「この機会に?」

 

 何かを言い難くそうにしているイザベラに私は問い直した。

 イザベラはそれを言う事べきかどうか少々迷う様子だったが、それでも意を決して私に意見を述べてくる。

 

 「ええ、この機会にリーナを放免してはどうかしら。あの()を引き取りたいという貴族もいたの。この際だから・・・」

 

 そんな事を言うイザベラに私は腹を立ててしまう。

 

 「何を言っているんだ、イザベラ! リーナはこれまで一緒にやってきた仲間じゃないか。それを・・・」

 「グレイがそんな事を言うのは解っていた・・・だから、私はこの機会に言っているのよ。あの()とは早く縁を切った方がいい。そうじゃないと益々、貴方(グレイ)があの()に夢中になっていく・・・そんな気がしてならないのよ。それにあの()は何かが変よ。あの()を基軸にいろいろと捻じ曲げられている・・・私はそんな気が時々するの。あの()の周囲にいると不幸になる・・・そんな勘が私には・・・っ!」

 「おい!」

 

 私は怒気を発してイザベラの発言を遮った。

 そして、私はイザベラの手を強く握ってしまう。

 私に自制心がもう少し足らなかったら、彼女の顔をブツところだった。

 それほどまでにこの時の私の顔は強張っていたのだろう。

 

 「グ・・・グレイ・・・ごめんなさい」

 

 彼女はそんな私に謝る。

 イザベラとしても言い過ぎた自覚はあったのだろう。

 

 「い、いや・・・私も熱くなった。申し訳ない」

 

 悲しそうなイザベラの顔を見て、直後に私もハッとなってしまう。

 そして、私は・・・素直に謝った。

 これは感情を自制できなかった自分に対する謝りだ。

 ただ、そこまでイザベラに対して怒りを晒してしまった理由が私にもよく理解できない。

 それでもリーナに対する悪口は良くないと思った。

 その事は私も含めてイザベラにも言葉に出して諭そうと思ったが、ここで私達の間に割って入ってくる者がいた。

 

 「おやおや、これは痴話喧嘩ですかな?」

 

 ここで、私達の小競り合いに不敵な笑いを浮かべて現れたのはイーロンだった。

 

 「別れ話ならば大いに結構。グレイニコルと別れたその後は、私がイザベラを深く愛して差し上げよう」

 

 そんなイーロンはイザベラの身体を舐めまわすような視線を走らせる。

 男の私でも不愉快で不躾な視線だった。

 

 「誰が貴方なんか!」

 

 イザベラは隠そうともしない怒りを発して、そして、私達の前から消えてしまった。

 残されたのは私とイーロンである。

 私は彼に向かって何らかの抗議をしようと思った。

 先程のイーロンの言葉は流石に婚約者同士の前で問い掛けるにはあまりにも失礼な言葉だったのだ。

 しかし、ここでそれが実行できなかったのは、彼の父であるデリカス卿が玉座から立ち上がって歓声を浴びたからである。

 

 「我らがデリカス司令官からお話があるぞ!」

 「「おおおお」」

 

 大きな歓声で出迎えられたデリカス卿は英雄そのものである。

 そんなデリカス卿の口から一体何の言葉が出るのかと私はイーロンから一旦視線を外してデリカス卿へと着目してしまった。

 そして、ここでデリカス卿の口からは驚愕の宣言が飛び出すことになる。

 

 「明日より我々は次なる開拓地(フロンティア)を求めて進軍を開始する。皆の者、辺境の奥へと進むのだ!!!」

 

 そんなの早すぎる。

 駄目だ!

 

 私の正論の声は、デリカス卿の宣言後に続いた旧貴族達の欲深い歓声の波によって打ち消されてしまい、なし崩し的に次への行軍が決まってしまう瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 「旦那様が戻ったわ」

 

 そんな妹の声で私は目を覚ました。

 私の名前はエレクトラ。

 私達はこの辺境開拓軍で『妖精魔女団』と呼ばれ、英雄のような扱いを受けている。

 卓越した魔女集団である私達・・・それだけども、普通の人間であることに変わりない。

 一般人よりはずっと少ないが、それでも、魔法を使うと精神は消耗するし、休息がどうしても必要になる。

 私達は辺境開拓軍で最終兵器だ。

 万全を期すために交代で休息が命じられていた。

 今の私も無理やり寝ていたが、それでも『旦那様』と言う声で目を覚ますには十分な理由。

 そして、馬車に入ってくるデリカス様の姿が目に入る。

 

 「ああ、愛しの旦那様!」

 

 私は寝所より飛び起きて、デリカス様の身体に抱き着いた。

 

 「おお、エレクトラよ。可愛い奴じゃな」

 

 そう言ってデリカス様は私を受け入れてくれた。

 普段のデリカス様と私達とでは触れることさえ許されないほど身分は違うが、今のこの馬車には私達七姉妹とデリカス様しか居ない空間だからこそ許される行為だ。

 

 「エレクトラ姉様、狡い」

 

 そんな抗議の声を挙げたのは今の今までデリカス様の近辺警護をしていたマイアとメローペ、アステローペだった。

 そして、私よりも遅れて一緒に休息をしていたタイゲタ、アルキオネ、ケラエノが続けて起きて来る。

 彼女達も競い合うようにデリカス様の寵愛に縋った。

 

 「おお! お前たちは本当に()い娘達じゃな」

 

 デリカス様は優しい笑顔で私達に等しく愛を注いでくれる。

 もし、いつものデリカス様の表の顔しか知らい人が見ればとても驚く光景だろうが、私達にとってはこれがデリカス様の本当の姿。

 私達だけが知っている顔なのだ。

 

 「私達は(むすめ)ではありません。女ですわよ、ご主人様」

 

 そう言って私はデリカス様に身体を摺り寄せる。

 お情けが欲しいと縋った。

 

 「ふむ、魅力的な・・・しかし、エレクトラだけに愛を注ぐと他から妬まれしまうな。フハハハ」

 

 そんな言い訳をするデリカス様を私はひとまず許した。

 それは周り姉妹達の視線が厳しかったからだ。

 デリカス様を愛しているのは全員が同じだからしょうがない。

 私が一番という自覚はあるけれども。

 

 「それはそうと、明日より儂達は開拓軍の中心に陣をとる事が決まった。早速に移動の準備をするがよい」

 「まあ。それじゃ辺境の奥へと侵攻することが決まったのですね」

 「ああそのとおり。全ては筋書きどおりだ。ふふふ」

 

 このとき、デリカス様は嘲るような表情になっておられた。

 その気持ちは私も解る。

 デリカス様にすり寄ってくる旧貴族達の愚かな欲深さは私達も良く知るところなのだから。

 

 「彼らの欲を利用して奥地に侵攻するよう仕向けたのですね。本当に莫迦な人達」

 「儂は彼らに、先行攻撃部隊の役を担えば、切り開いた辺境の土地は自分達の物にしてよいと約束してやった。彼らは率先して先陣を切ってくれるだろう」

 「まぁ。そうなると戦死者が沢山出てしまいますわよ。ここから先が辺境の魔物が強力になるというのを知らないようですし」

 「ふふふ。結構なことだ」

 

 デリカス様と私達はフフフと互いに意地悪な笑みを浮かべる。

 私達は予め情報で知っていた。

 今回私達が侵攻した領域までが比較的対処しやすい魔物の生息域だと言うのを。

 これよりも奥地に進むと、より強力な魔物が出現するため、段々と対処が難しくなってくる。

 しかし、今回は私達の活躍もあり、辺境の開拓を簡単に成功させたように見せていた。

 きっと、先陣を担う旧貴族達は辺境の魔物なんてたいした事が無いと思っているに違いない。

 今後、彼らは多大な犠牲を払ってその事実を知るだろう。

 

 「それでは、しばらく間、私達は休憩となるのでしょうか?」

 「そうだな。儂らは後方支援部隊の近くに陣を取ろう。補給が近いといろいろ都合も良い。先陣部隊が少々(・・)やられて貰わねば数減らしができぬからな」

 

 辺境開拓のひとつ目の目的が『開拓地の確保』であり、ふたつ目の目的がこの『数減らし』であるのは当初より計画のあった事だ。

 今回成功した辺境の開拓地をできるだけ少ない人間で利益分配する策略がこれなのだ。

 そうだとは知らず、まだ見ぬ開拓地(フロンティア)を目指して奥へと進む愚か者たち。

 本当に莫迦で愚かな旧貴族達である。

 

 「ひと月ほども戦えば十分であろう。さすれば適度に戦死者が出る。願わくは何人かの旧貴族の幹部が死んで欲しいものだ。もしかすれば、その中にはお前達に酷い事をした奴らが含まれるかも知れんぞ」

 

 そんなデリカス様の言葉に、私はザマァ見ろと思う。

 私達は奴隷に近い身分で売られてきた身だ。

 私達七人姉妹が高い魔法素養を持ってこの世に生まれてきたのは、貧しい家にとって高い金を得る好機だったらしい。

 だけど、売られた私達にとっては最悪の才能だった。

 私達は幼い頃から魔法が使える愛奴としていろいろな主人に嫌々隷属をさせられた。

 それがこの帝国で法の目を掻い潜る合法的な商売でもあったので、私達を助けてくれる人なんて誰一人もいなかった・・・デリカス様を除いては・・・

 魔女の幼女趣旨を持つ変態貴族達にいろいろな辱めを受けて、何度死のうと思った事か。

 しかし、最後に行き着いたデリカス様は私達にそんな事を強要しなかったのだ。

 デリカス様は私達を本当の自分の娘のように大切に扱ってくれる優しいお方。

 しかも、デリカス様は素養の高い魔術師には高い敬意を払ってくれる善良な人間であり、私達が愛を注ぐのに相応しい主人である。

 だから私はデリカス様に完全な忠誠と大いなる愛を注ぐし、デリカス様の障害となる存在をこの世から抹殺する役も喜んで担っているのだ。

 そんな感情に浸る私にデリカス様の言葉は続く。

 

 「莫大な利益が手に入れば、儂の力はもっと大きくなる。そうすれば儂が帝皇と名乗る事も夢ではないのだ。今の帝国を根本から変えて、お前達のような恵まれぬ魔女がもっと住みよい社会へと変えるようにしたいものだ」

 「嗚呼、ご主人様ぁ~!」

 

 私はデリカス様の偉大な夢に感服し、今以上の大きな愛を注ごうと決意した。

 そして、私はデリカス様のお顔に縋って甘えるが、そんなデリカス様の耳には素敵な小さい真珠のような耳飾りがふたつ目立たないように輝いていた。

 

 


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