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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第二部 蒼い髪の魔女
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第十七話 進撃

 

 「凄げえな! 『妖精魔女団』達は!」

 「そりゃそうだ。やっぱ彼女達は最強だよなぁ」

 

 そんな友軍の魔女軍団を賛美する声が、我が後方支援部隊でも良く囁かれるようになった昨今、辺境開拓事業は順調に進んでいた。

 辺境の魔物と初戦になるスライムの大群との戦いから早いものでひと月が経過し、頻発する辺境の魔物との戦いは連戦連勝である。

 小鬼(ゴブリン)大鬼(オグル)魔猿(ワルターエイプ)など、辺境の魔物として定番となっている敵との戦いは無数にあった。

 二時間に一回ぐらいは遭遇してしまうので、遭遇率としてもかなり高い。

 いずれの戦いも先頭を行く重騎士や傭兵達の活躍で敵を駆除することができていた。

 そして、時折、彼らの手に負えない敵が現れると、そこで『妖精魔女団』の登場である。

 多彩で強力な魔法を使う彼女達の正体はデリカス司令官の私兵である。

 私がデリカス司令官と初めて会った時、彼の傍に仕えていた七人の女魔術師達・・・彼女達こそが『妖精魔女団』と呼ばれる存在であった。

 名前は年齢順に、エレクトラ、マイア、タイゲタ、アルキオネ、ケラエノ、アステローペ、メローペ。

 彼女達の出生や詳しい正体は全く不明なのだが、デリカス司令官に対して完全なる忠誠を誓っているのは明らかだっだ。

 ひとりひとりが強力な魔術師で、未婚の女性。

 彼女達を引き抜こうと接触を試みた貴族達もいたようだが、その全てが本人達から拒絶されて手痛い制裁を受けたとの噂だ。

 いつの時代でも強力な魔術師という存在は大きい。

 エストリア帝国では学校で魔法を教えてはいるが、それでも魔法をまともに使えるのは全人口の一割ほどと言われている。

 私もその一割の中に入るのだが、次の段階となる高い技術を持つ魔術師のグループには入る事ができていない。

 それは早速、才能であり、本人の生まれ持った資質によるところが大きい。

 そのように恵まれた魔術師など千人にひとり、いや、一万人にひとりのエリート魔術師なのである。

 そんなエリート魔術と呼ばれる存在よりも、更に卓越した天才的な魔法師が希少ながらも存在している。

 底知れぬ魔力を持ち、強力な魔術を自在に操る事ができる存在。

 それが『魔女』と呼ばれる存在である。

 何故かそんな事例が女性に多かったため、古来より強力な魔法を使う女性魔術師の事を通称『魔女』と呼ぶ慣例があった。

 人よりも強い魔力を持つこの『魔女』と呼ばれる存在は、崇められて、そして、恐れられる存在でもあるのだ。

 時の権力者が『魔女』を自分の物とし、彼女達を支配する構図は古来より続く悪習でもあった。

 そんな魔女には人間嫌いの性格も多いと言われている。

 他人から利用される事に辟易しているからなのだろうか。

 少なくとも、デリカス司令官に仕える『妖精魔女団』の七人の魔女は、率先して主人に仕えているようだ。

 

 「グレイ様、東の部隊では悪霊(レイス)と戦闘になったようで、聖なる護符の在庫が少なくなってきたようです」

 「北の部隊では水辺でブラフプールと呼ばれる水辺に生息する蛇のような魔物と戦闘になり、敵の電撃攻撃によって多数の怪我人が発生した模様です。医療品と救護班派遣の許可をお願いいたします」

 「南の部隊では開墾を進めている(きこり)が甲虫の魔物の襲撃を受けたようです。怪我人は少なかったようですが、それを守った兵士の盾と鎧の損耗が激しく、代替品を送るよう要請が来ています」

 

 官僚職員からは次々と各部隊の補給要請が来る。

 私は問題がないと思われる案件に関してはすぐに決済のサインをして、必要な案件に関しては内容を修正する。

 辺境開拓軍の全ての部隊の支援要請が私のところに集まるので、これだけでも忙しい仕事である。

 当然ながら、移動したままでないとこの量は処理できない。

 私は移動中の馬車に揺られながら、多数の書類に次々とサインをしていく。

 その書類の束を魔法で空中に浮かせて、まるで壁に貼るように陳列しているのがリーナの魔法によるものだ。

 書類が立体的に展示されているので、どれにサインをして、どれが未決状態なのかが、とても解りやすい。

 無詠唱で行われる彼女のスムーズな魔法に、初めは後方支援部隊の誰もが驚いていたが、慣れと言うのは恐ろしいもので、もう、この様子を見て誰からも驚かれることは無い。

 それほどに常習化した仕事現場である。

 職員達は空中に浮かんだ私のサインが書かれた自分の書類を見つけると、それを手に取り、次の工程に仕事を進めていく。

 そして、空中の書類を職員が取ると、書類一覧の書かれた目録(リスト)に赤く印が入るようになっていた。

 これもリーナの魔法であり、ほぼ自動的な作業なので人によるミスも防止できている。

 最後にこのリストを確認したイザベラが、私の決済の終わった案件を別の帳簿に書き写す。

 こうして、狭い馬車であっても後方支援部隊の事務仕事は円滑に進むのであった。

 尚、本来のイザベラはこのような事務仕事があまり得意でなかった筈だ。

 それでも今の彼女は文句を言わず・・・いや、率先して私の仕事を次々と補佐している。

 これはリーナへの対抗意識なのだろう。

 そう言えば、最近のリーナは私に対してよくスキンシップをしてくるようになった。

 仕事で凝り固まった私の肩をよく揉んでくれるし、身体を擦りよせてくるときもある。

 そのすべては、私から甘い食べ物と言う名の報酬を引き出すための彼女なりの戦略だと思うのだが、婚約者のいる前では止めて欲しいものだ。

 今も私の後ろでイザベラに書類を渡すときに、リーナの小ぶりな胸を私の背中に押し付けてくる。

 背中に感じてしまう柔らかい彼女の感触に、私の心は役得・・・などと嬉しがる余裕は無い。

 むしろその逆で、私の右脇にいるイザベラがいつ爆発するか・・・私は戦々恐々とした日々を続けているのだ。

 イザベラは私に献身的な愛を注いでくれているように見えて、その実はとても嫉妬心深い女性だと知っている。

 リーナからのこんな接触攻撃を見逃す筈はない・・・と思うのだが、今のところのイザベラは冷静に対処しているようにも思えた。

 むむ、今度はイザベラからリーナに書類を返すとき、彼女の両胸が私の背中に・・・

 こら、対抗するんじゃない!

 私は心の中でそんなことを叫びながら、顔では何も感じていないように装う。

 アランや官僚職員達は私の細やかな努力を解ってくれているようで、このことについては一切気付かないフリをしてくれている。

 この様子を見て時折ニヤニヤしているのは、使えない暇な旧貴族達だけだった。

 そんなよく解らない女の闘いが密かに繰り広げられている狭い馬車内で、ヒューゴの姿は既に居ない。

 最近の彼は馬車から馬に乗り換えて、傭兵達と共に周辺警護に当たっている。

 彼曰く「俺は身体を動かす仕事の方が向いている」との弁であり、リーナとイザベラの密かな攻防に呆れた・・・のではないと信じたい。

 そんなヒューゴだが、実際の彼は良い働きをしてくれていた。

 

 「グレイ! しばらく進んだところに小鬼(ゴブリン)の集落があるようだ。後方支援部隊の進軍を一旦停止させて別の攻略部隊を呼ぼう」

 

 今も馬車の窓越しに、馬に乗ったままのヒューゴからはそんな提案をしてくれる。

 ヒューゴは敵を発見した時、大きな脅威ではないと判断すると各個撃破してくれるし、自分達の手に負えないと判断すれば、私の所に対処案を提案してくれる。

 こうして斥候役としても有能な働きを見せてくれるヒューゴである。

 

 「解った。君の言うとおり後方支援部隊は一旦停止にしよう。アラン、近くの攻撃部隊に連絡を取ってくれ。可能であれば魔物の巣を壊滅しておきたい」

 「了解しました。すぐにそうします」

 

 アランは私の指示に従い、部隊の進軍を一旦停止にして、近くを進む戦闘専門の部隊に走って行った。

 あとは、その部隊の隊長が現場を見て対処してくれるだろう。

 こうして、戦闘員の少ない後方支援部隊が無駄に損耗する被害を避ける事ができた。

 

 「ヒューゴ、助かった」

 「別にいいって事よ。それにしても順調だな。このぶんだと、もうすぐリドル湖近くの目的地に出られるぞ。開拓がこんなにも上手く行くとは思っていなかった」

 「ああ、そのとおりだ。明後日には本当にそうなるだろう。そこまで行けば、辺境の森の一部を分断する事が可能になる。当初の目的としていたリドル南岸の街道の確保は実現できそうだ」

 

 辺境開拓軍はマースを南に下って辺境の森へと入り、そこからしばらく南に進むと、その進路を西に向けて、リドル湖南岸の古都トリア方面を目指していた。

 進軍する間に遭遇した魔物を次々と駆逐し、空いた土地には夜通しで(きこり)が木々を伐採して、辺境の森に空白地帯の道を作ってきた。

 文字どおり森を分断しているのだ。

 切り株だけになった森は隠れるところが無くなり、魔物が潜み難くなる。

 我々が馬車で大量の補給物資を運ぶ事ができているのは、その空白地帯の道が作られているからである。

 そんな空白地帯の道は、もうすぐリドル湖の南岸へと達しようとしていた。

 一度その道が完成してしまえば、その道の北側―――つまり、リドル湖の南岸に面した土地は辺境の森の本体と切り離された領域になる。

 辺境の森の他の地域から魔物の流入を防ぐ事ができれば、その切り離された領域の魔物を駆逐する難易度はぐっと下がるのだ。

 広大な領域であり、何年かかるか解らないが、それでも、その領域を人類が開拓できる可能性はかなり高くなる筈だ。

 

 「こんなに上手くいくとは予想外だったな」

 「全くそのとおりだ。今回の成功の鍵になったのは、やはり、デリカス司令官のところの『妖精魔女団』の働きによるものであろう」

 

 私は、今になってデリカス卿やカナガルが辺境開拓にあれほどの自信を見せていたのを理解できていた。

 決定的な戦略級の大魔法を次々と放つ事のできる魔女達を彼らは密に確保していたのだ。

 彼女達の放つ魔法は強大であり、多彩な技を持っていて、そして、数発で魔力切れになってしまうような使えない兵器でもなかった。

 そんな魔女達の働きによって辺境開拓軍の先陣は部類の強さを発揮し、次々と魔物を駆逐していく。

 ここで魔物は、襲い掛かる側ではなく、襲われる側であり、魔物達は数の有利も生かせずに次々と屍へと変えられていった。

 大量の魔物の死骸は即座に燃やされ、また、有益な身体の部位は資源として採取される。

 我々の後方支援部隊にも戦利品としてそのような素材が次々と持ち込まれてくるが、本来は兵糧を放出して身軽になっていく我々も、辺境を進むにつれて、逆に戦利品の方が多くなってきたりしている。

 それは嬉しい悲鳴でもあるが・・・何故か、私は素直に喜んでいない。

 上手くは説明できないが、不安が次々と膨らんでいるのだ。

 何かを冒涜しているような不思議な不安。

 手を出してはいけないものに手を出しているような不吉な不安。

 そんな不安を他所に、予定どおり進軍を続ける辺境開拓軍。

 これまで二百人ほどの戦死者が出ていたが、それでもこれは想定よりも遥かに少ない損耗率である。

 連戦連勝で機嫌が良い他の旧貴族達。

 何ひとつ悪い要素は無いのだが・・・

 今、生じている自分の心の奥底にある謂れもない不安に、何故か身体が強張っていたのは、私が心配し過ぎな性格だからなのだろうか?

 

 


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