第十三話 辺境開拓軍幹部の作戦会議
私、グレイニコル・ラフレスタは、現在、マース城内に設えられた豪華な一室で、会議の成り行きを見守っている。
ここで行われているのは辺境開拓軍の軍議であり、今後実施される開拓作戦を説明する場であった。
「・・・であるからして、辺境の森の北西部一帯を分断し、ここを開拓します」
デリカス卿の腹心であるカナガルより今回の辺境開拓の作戦が説明されている。
カナガルの説明する作戦では、このゴルト大陸の中央部に鎮座する辺境地域の北西部分、つまり、マース領の南の森から始まり、古都トリア領方面に続くリドル湖の南岸までの辺境の森の一帯を分断することが大きな地図に描かれていた。
これは広い土地ではあるものの、それでも広大な辺境の土地からするとその極一部である。
これに不満を漏らすのは集められた他の旧貴族達だ。
「これでは我々の取り分が少な過ぎる」
「そうだもっと辺境の奥へと侵攻するべきだ」
「富を、富をくれ」
強欲な彼らは自分達の支配できる土地を目論見て、この開拓に参加しているから、そんな要求が平気で出てくる。
特に辺境の奥地には貴重な鉱物や魔法素材に溢れていると言われている。
それを独占できるのならば、そこから得られる利益は計り知れない。
この様子を黙って聞いていたデリカス卿はゆっくりと立ち上がった。
「貴卿らの意見は尤もだろう。我々は栄えある旧貴族。更なる繁栄を求めてこの辺境開拓に参加しているのだからな」
そんなデリカスの言葉に目を輝かせていたのは文句を言い続けていた旧貴族達だ。
「おお、さすがはデリカス様。我々の指導者に相応しい」
「すばらしいご意見です。奥に侵攻する許可を下され。兵は我々でなんとかします」
デリカスを賛美し、彼の許可を求める意見が周囲に響く。
そんな事を言う彼らは普段からシュラウディカ家に近い存在でもある。
この軍議で初めからこのような意見を言うようにと事前に仕組まれていた可能性も高いだろう。
「皆の熱い思いは私にもよく解った。奥へ侵攻する事を許可しよう。カナガルよ、辺境の奥地へと侵攻する案も考えよ」
「おーー!!!」
デリカスの決定に喝采を贈る旧貴族達の声が溢れた。
欲高い彼らは自分達が負けた時のリスクなんて心配していないようだ。
人間の軍がこれほど簡単に辺境を開拓できるのであれば、これまでの歴史で既に成功して然るべきなのだが・・・黙って会議の成り行きを見守っていた私は、これは危険信号だと思っていた。
私はここで撤回を申し出るべきかどうかと迷っていた矢先、この意見に反対する者が私の傍で手を挙げる。
「俺は反対だ。今回の開拓は辺境の森の入口であるリドル湖の南岸を支配するのに留めるべきだ」
清々と反対意見を述べたのは、私と共に出席していたヒューゴ・デン・クリステ、その人である。
彼も旧貴族の一員として軍議に参加する権利を得ていたのだ。
「なんだ、アイツは!」
「ふん。クリステ領の貴族らしいぞ。後方支援部長の若造に引っ付いて来た田舎者だな。田舎者は田舎者同士仲が良いようだ」
「我々の崇高な行動に意見するなど生意気な奴め」
熱に浮かされていた旧貴族達は、この場で自分達に不利益な事を言うヒューゴを糾弾した。
ヒューゴはそんな他の旧貴族達に臆する事も無く、自分が反対した理由を淡々と説明する。
「こと、辺境に関して我々クリステ家は専門家だぜ。辺境の魔物は恐ろしく凶悪なのだ。怪力のトロル。人を丸飲みにしてしまう食虫植物。空を飛ぶ鳥や昆虫でさえも我々を簡単に殺す事ができるだろう。特に辺境の奥に住む魔物の王者である銀龍の『スターシュート』と言う存在。こいつとは絶対に戦ってはならない。自分達だけではなく、この帝国が滅ぶぞ!」
「・・・」
ヒューゴの口から出た『スターシュート』という名にそれまで文句を言っていた旧貴族達の口が一斉に噤んだ。
それほどにこの銀龍の名は過去の人間の歴史より恐怖の対象として伝えられてきたのだ。
あの建国の英雄である初代帝皇ランス・ファデリン・エストリアでさえ震え上がったと言われる魔物である。
「だから、我々は辺境の端の一部を支配することで満足すべきなのだ。もう一度言う、辺境の魔物を侮ってはいけない」
よく言ってくれたヒューゴ。
私は心の中で彼の意見に喝采を贈る。
そして、これに賛同する意見が私の右隣に座っているリニトからも出た。
「そのとおりだよ、デリカス卿。僕との約束を忘れていないだろうね。リドル湖南岸の街道を邪魔している辺境の森を我々が支配する。それがこのマース領にとって大きな利益がある事実。それがあったから僕は辺境開拓軍を受け入れたのに・・・この事を齟齬にして貰っては困るというものさ」
リニトの口からそんな意見が出るのは尤もだと思う。
彼とて同じ旧貴族と言う理由だけで運営資金が多くかかる軍隊組織を無料でマースの地に駐留させている訳ではない筈だ。
マース領と古都トリアをつなぐ陸の街道を得るために、辺境開拓事業に協力しているのだ。
もし、その開拓が成功すれば、このマース領はリドル湖の航路とリドル湖南岸の陸路と、このふたつの貿易路が帝国の西と東をつなぐ事になる。
その中心地に位置するマース領が潤う事など容易に想像ができるというものだ。
「フン。儂も其方との約束は忘れておらんわ」
デリカスは若いリニトからの尤もらしい意見を忌々しそうに思うものの、それでも貴族同士の約束を齟齬にできるほど愚かな人物では無かったらしい。
これは後から解った事なのだが、デリカスが現在夢中になっている貴族令嬢の相手が、このリニトを介しての紹介だったのも影響していたらしい。
そう思うと、このリニトと言う男も私に対しては友好的で親しみ易い相手なのだが、強かな側面も持つ領主なのだと評価できるな・・・
「解った。それではこうしようではないか。先ずは当初の計画どおり、リドル湖に近い辺境の森を支配する。それが終われば、そこを足場にして辺境の奥地へと侵攻を始めよう。軍務に従事する期間は三箇月とする。その間に貴族達は思う存分に開拓の領域を広げるが良い」
「おお!」
デリカスのこの決定に、旧貴族達の声が色めき立つ。
彼らの欲に火が付いた瞬間だった。
「その行軍を支えるのが後方支援部長であるグレイニコルの仕事だ。解っておろうな。我々の歩みは早い。兵糧や物資が滞ってはならんのだ。傭兵五千人を集めたぐらいの成果で調子には乗るなよ。我々に失敗は許されんのだ」
デリカスは私に対して偉そうにそう振舞った。
私の傍らに立つヒューゴの拳が固く握られた事に気付いたが、それでも私は平常運転である。
「・・・御意に」
私は冷静に短くそう応えて、これにて作戦会議と言う名の無駄な式典は解散となった。
辺境開拓軍幹部の作戦会議が終了した後、我々はアランに連れられてマース居城の一室へと通された。
ヒューゴは先程の傲慢な旧貴族達の態度が我慢できなかったようで、ここで扉が閉じられたと同時に愚痴が爆発した。
「まったく、やってられんな。あの莫迦共め!」
辺境の専門家として自負している彼としても、辺境の魔物を侮る旧貴族達のあの愚かな発言は我慢できなかったのだろう。
そんな怒り心頭のヒューゴのだったが、そんな我々を出迎えてくれたはこの控室で待っていたイザベラとリーナである。
イザベラは暇を持て余していたようで退屈をしていた様子だったが、リーナは室内に設えていた観葉植物の葉を切り取り、それを折って、船のようなものを造って遊んでいたようだ。
まったく器用なヤツめ。
そんな呑気な女性達と機嫌が悪いヒューゴ、そして、そのヒューゴの愚痴に現在進行形で同調しているアラン・・・そんなやりとりがこの部屋でしばらく続く。
そして、しばらく待つと領主のリニトが部屋に入ってきた。
彼は先程の軍議では説明しきれなかった作戦内容詳細の書かれた書簡を持ってきてくれたのだ。
開拓軍の軍議と言っても、細かい作戦の説明などは殆どなく、旧貴族達の顔見せと大方針の確認程度、そして、定められた結論に至るまでの式典のようなものである。
全く以って非効率な会議であった。
「僕がこう言うのもなんだけど、旧貴族達があんな奴らばかりだから、帝皇も古都トリアから逃げ出したんだと思うよ」
ヒューゴの愚痴に続くようにリニトからもそんな辛辣な嫌味が出たが、私もそのとおりだと思う。
先代の帝皇も使えない旧貴族達を見て「嗚呼、こいつらもう駄目だ」と、そう思ったに違いない。
しかし、ここで私がこの愚痴に加わると、収拾がつかなくなるのは目に見えていた。
私もいろいろと言いたかったが、ここで自分の気持ちをグッと堪えて、これからの事について話し合うことにした。
「何はともあれ、まずはリドル湖の南岸にある辺境の森を開拓する事は決定事項のようだ。まずはそこに侵攻する兵達に必要な物資を私は準備しなければならないな」
「それについては詳しくこの書簡に書かれているよ」
リニトが言うようにデリカス司令部からの書簡には軍隊の行動計画と必要な物資が書かれていた。
ここに示された作戦計画書は細かい内容が書かれており、意外としっかりとした内容である。
実際にはデリカスの知恵袋であるカナガルの指示によるものだろうが、あのご老体が優秀な訳では無く、その下に優秀な役人を多く確保しているのだろう。
私はそんな事を邪推し、この作戦書に書かれている内容を確認する。
なになに、軍事作戦にはしっかりと私の集めた傭兵達が含まれているじゃないか!
一週間で五千人という無理難題の傭兵徴募で、デリカス側は私が失敗することを前提で依頼してきた筈だが、我々は首尾よくデリカス陣営から希望するとおりの人員を集める事ができた。
その成果もちゃっかりと奪い、自分達の作戦に組み込む当たりが、デリカス陣営の強かさが透けて見える作戦書でもあった。
そんな傭兵達の多くは魔物に突撃する先鋒部隊に配置されている。
まる捨て石のようで、少し可哀想だとも思ったが、そもそも傭兵という立場はそんなものらしい。
彼らもその事に合意して志願している仕事でもあり、それ相応の金も払われるのである。
ここに関しては我々の施した訓練が少しでも彼らの役に立つことを願うしかなかった。
そして、我々の仕事はそんな現場の先兵達に物資を補給する事である。
「これが後方支援部隊の人員構成か・・・」
今、私が目を通しているのは後方支援部隊の人員リストだ。
私を含めて百人ほどの人員で構成されていた。
一応、私がトップになってはいるが、それ以外の人選は司令部であるデリカス陣営に権限があるのだ。
多少の裁量は認められているものの、私など雇われ後方支援部長に等しい存在である。
そんな私は、この与えられた組織の人間を使い、辺境開拓の全部隊員に効率的な物資を提供すること。
これだけが私の裁量で出来る事なのである。
いろいろ言いたいこともあるが、まずはその事が私の本当の仕事になるのだろうな。
私はそう思い、組織人員の書かれたリストに目を通しているとき、ひとりの名前に目が留まった。
「イーロン・アシッド・シュラウディカ・・・」
私がその名前を口にしたとき、リニトが私の持つ書類を二度見した。
「・・・イーロンは、確か、デリカス卿の息子の名前だった筈だよ」
私はリニトと顔を見合わす。
デリカス卿の実子が後方支援部隊の組織に入るらしい。
全く嫌な予感しかなかった。




