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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第二部 蒼い髪の魔女
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第十二話 来ちゃったは修羅場なり?

 私はイザベラ・ロイエント。

 婚約者のグレイより「ラフレスタで待っていて欲しい」と言われた。

 

 「・・・解ったわ。貴方を信じている」

 

 渋々そう応えたが、勿論、それは不服。

 彼と婚約を果たして、私達の結婚はもう寸前のところまで来ていたのだ。

 女の幸せを邪魔する奴らの顔が憎らしかったが、今回、彼に命令を下したのは帝皇エトー様。

 周囲からお転婆とか、男勝りとか言われている私でも、さすがに今回ばかりは我を通す事が難しいのは解っている。

 だから、これ以上グレイを困らせてはいけない・・・

 そう自分に言い聞かせて、涙で彼の出征を見送るしかなかった。

 それからの私は・・・柄にもなく憔悴していたようだ。

 義理の兄となる現ラフレスタの領主からは心配されて、実家のザルツに一旦戻った方が良いのではないかと言われてしまった。

 実家のロイエント家は最近勢いのある新貴族の一員でもあり、良家として栄華を掴んでいる成功者だ。

 そんな新貴族は、得てして自分達の競争相手である旧貴族のことを蔑みの対象として見ている。

 片田舎の領主であっても旧貴族として歴史のあるラフレスタ家。

 しかもその領主の次男坊という立場の男性に嫁ぐ私に対して、実家はあまり好意的ではない。

 結婚に対して大反対こそされてはいないが、それでも私達の結婚を積極的に推している訳ではないのも知っている。

 そんな状況で私が実家のあるザルツに戻れば、せっかく説得した父の意思が揺らぐかも知れない。

 駄目だ。

 私は絶対に帰らないわ。

 少なくとも、グレイと正式に結婚を果たすまでは、実家のザルツには絶対に戻ってはならない・・・そう思い直した。

 そんな悶々とする日々を過ごしていた私だったが、ここでチャンスが訪れた。

 辺境開拓軍の集結場所となっているマースに無事到着したグレイから連絡が入ってきたのらしいけれども、司令官から無理難題を吹っ掛けられて、大量の兵糧を早々に準備しなくてはならないらしい。

 彼の兄はグレイからの要請に応えるために、ラフレスタとその周辺から穀物をかき集めて、それを近々マースへと移送することにしている。

 この兵糧の輸送はとても重要な任務であり、ラフレスタ家の中でも信用できる誰かがその責を担う必要があるらしいことも耳にした。

 これに、私は直ぐに自分がやると名乗りを挙げる。

 危険な任務で女には無理だと方々から言われたが、そんな彼らには私の弓の技を披露してやった。

 風の魔法を使う私の弓は、帝都の中でも定評ある腕前だと自負している。

 現に、今回の任務の件で、私を見下す発言をしたラフレスタの官僚達は、股間のすぐ近くに私の弓矢を御見舞いしてあげたので、震え上がりながら私の実力を認めてくれた。

 こうして私はグレイに兵糧を届ける仕事を勝ち取り、マースにいる彼の元へと旅立つことに成功する。

 彼に逢えることに心焦れながらも、その日はとうとうやって来たのだ。

 私はリドル湖の東岸の港に接岸した船から飛び降り、港の役人にグレイの居場所を聞き出す。

 彼の居場所はすぐに解った。

 マースの中心にある有名な高級宿だったので、すぐにそこへと向かう事にする。

 まだ、朝の早い時間だったが、構うことなんてないわ。

 そう思い、突撃するように宿の中に入り、彼の部屋の扉をノックした。

 

 コン、コン。

 

 「えへへ、グレイ。来ちゃった!」

 

 私は自分でも気持ち悪いぐらい甘えた声で彼の名を呼び、そして、その姿を探す。

 彼はまだベッドに居て、裸・・・

 そして、その傍らには同じく裸の女性の姿が・・・

 

 「えっ?」

 

 私は固まってしまった。

 意味が解らない。

 どうして、グレイが他の女と・・・

 そして、ゆっくりと扉を閉めて・・・後退りする私。

 無意識に流れた涙が頬を伝わり、私はその場から逃げ出してしまった。

 

 「お、おい! 待ってくれイザベラ! これは・・・違うんだ」

 

 彼が勢いよく扉から飛び出して、私の腕を捕まえる。

 

 「い、嫌・・・離して!」

 

 私は激しく抵抗して彼の拘束から逃れようとした。

 朝も早い時間だったが、男女が争っているとそれは目立つ。

 私達の騒ぎを聞きつけて何事かと他の部屋から宿泊客がぞろぞろと出てきた。

 そして、そんな野次馬達からは嬉々とした視線が注がれた。

 グレイが裸だったから当然だ。

 

 「と、とりあえず。ちょっと部屋に入ってくれ」

 

 いつも冷静な彼にしては珍しく、焦った顔で私は彼の部屋へと連行される。

 そして、彼の部屋に入り、彼は扉を閉める。

 こうして、ここは密室空間となる。

 今、部屋の中にいるのは、私と彼と知らない誰か。

 彼女はどんな早業なのか、一瞬のうちに衣服を着て、何食わぬ顔をしていた。

 

 (しかし、一瞬目が泳いでいたわよ)

 

 私は彼女が心の中で焦っているのをすぐに看破する。

 その間、慌ててグレイは自分の衣服を着ていた。

 彼としては急いで着ているつもりだったが、その間の沈黙の時間が私には辛かった。

 そして、この女・・・一体何者?

 今は緊張感が無い少し呆けた表情をしている華奢な女性。

 彼女からは何かの言葉を発することもなく、私とグレイをそんな間抜けな瞳で見ているだけ。

 気持ち悪い女だ・・・正直そう思った。

 

 「それで、この状況をどう言い訳をしてくれるのかしら?」

 

 私はできるだけ冷静にそう喋ったつもりだったが、怒気がその言葉に混ざっていたのは否めない。

 グレイが狼狽しているのが見て取れた。

 

 「ち、違うんだイザベラ・・・リ、リーナとは・・・その合意して寝た訳ではない」

 「ご、合意!?」

 

 私はグレイの不義理に怒りが爆発しそうだった。

 

 「本当に知らない間に彼女と寝ていたのだ。私がイザベラの事を忘れることなど、ひと時もない! なぁ、リーナ、お前からも何か言ってくれ!」

 

 グレイらしくない情けない姿。

 それが私の不信感を増長させる。

 そこで件の女が口を開いた。

 

 「確かに私はグレイ様と裸で抱き合って寝たことに違いは・・・ありません」

 「なっ!」

 「やはり!」

 

 グレイは信じられていた者に裏切られたような悲痛な表情をしていたし、私は信じていた者に裏切られて、再び怒りが舞い上がる表情をしていたのだろう。

 拳に力が入り、不義理を行ったグレイを殴るか、それともこの泥棒猫の女をブツか?

 少しだけ選択を迷っていたら、その女の言葉が続いてきた。

 

 「しかし、愛し合って抱いた訳ではありません。私は治療をしていただけです」

 「そんな、信じられないわ!」

 「いいえ。信じなさい!!」

 

 その女は強くそう言うと私の目をまっすぐに見てきた。

 彼女のエメネラルドグリーンの瞳は、澄み切ったリドル湖のように私の意識が吸い込まれて、一瞬意識が遠くなり・・・そして。

 

 「・・・解った・・・信じるわ」

 

 次の瞬間、私の口から信じられないひと言が飛び出した。

 あれ?

 それまで私を支配していた怒りの感情がすーっと引いていくのが感じられた。

 それはとても違和感のある思いだったが、それでも私が自分の心の中から怒りの感情が収まり、冷静になっていくのが解った。

 

 「そ、そうだ。しかし、私も事情が良く解らないのだ・・・どうしてリーナと裸で寝ていたのだろうか?」

 「グレイ様、昨日深酒をされましたよね。お酒の席の後、私がグレイ様をここまで連れてきて介抱をしたのですよ。グレイ様はフラフラだったので、とりあえずベッドに寝かせて、私も一緒に・・・もし、グレイ様の突然容体が悪くなり死なれたりでもしたら、私も目覚めが悪いですし」

 「そ、そうか・・・すまんな。しかし、裸で寝る意味が・・・まぁいいか」

 

 グレイもそんな事を口にして、もう細かい事を気にしなくなった。

 大いなる違和感の塊が頭の片隅にあったが、それでも無理やり納得させられたような感じだ。

 私も何かが納得いかないような気がする・・・

 しかし、そんな状況でも彼女に言っておかなくてはならないことがひとつあった。

 

 「私の名前はイザベラ。そこのグレイの妻になる人物よ」

 

 私は精一杯の虚勢を張って、自分の立場を主張した。

 

 「そうですか。そうなればイザベラ・ラフレスタ様ですね」

 「い、イザベラ・ラフレスタ・・・いい響きね」

 

 私は少し前のめりになって生唾を飲み込んでしまった。

 どうせ、調子の良いこの小娘のおべっかだろうが・・・悪くない響きだ。

 

 「リーナ。それは少し早いぞ。彼女の名はイザベラ・ロイエント・・・現時点では私の婚約者であり、まだ結婚をしている訳ではない」

 

 グレイは私の関係をいちいち訂正した。

 真面目な彼らしいとは思うが・・・この際、細かい事はいいのに・・・

 

 「そうですか。それでは、仮の(・・)奥様と呼ばせていただきます」

 「いいえ。面倒だからもう奥様でいいわ」

 「それでは、奥様で」

 

 私はキッとなって奥様呼ばわりさせることを強要した。

 ここでグレイは何かを言いそうだったが、私がそのままキッとした視線を動かせるとそれ以降彼は口を噤んでしまう。

 私に何かに勝った気がして、とりあえず気分が良くなった。

 

 「それで、あなたは誰?」

 「私ですか・・・私はグレイ様に雇われた傭兵、兼、書類整理や雑務、グレイ様の身の回りの世話までなんでもできる、しがない魔術師のひとりのリーナですよ」

 「リーナね。解ったわ。今までグレイの世話をありがとう。これからは私が行うわ」

 「それは・・・私が解雇という意味でしょうか?」

 「ええ。ご苦労様」

 

 私はサラっと彼女にもう用済みだと伝える。

 しかし、当のリーナは不服になった。

 

 「えーー、それだと困ります。やっと金ヅル・・・いや、私に甘いモノを提供してくれる良い方と巡り会えたのです。この機会を逃す訳にはいけません」

 「何よ、それ? とにかくあなたの役割はもうお仕舞。これからは私がグレイの世話をするの」

 

 私はそう言ってグレイの腕をとり、彼の身体を引き寄せた。

 

 「えー!? グレイ様~、私を捨てないで!」

 

 リーナは甘えた声を出して、グレイのもう一方の腕を引く。

 ぐぬぬぬ、この泥棒猫め。

 私は再び、意味不明の怒りが込み上げてきたが、その直後に「たいしたことない・・・鎮まれ、鎮まれ」と誰かから心に囁きが入ってきた。

 まるで魔法にかけられているようだ。

 不思議な違和感を抱きつつも、私とリーナに引っ張られて困っているグレイは咳払いしている。

 

 「オホン・・・あの~、リーナとは契約もあるため、簡単にクビを切る事はできないのだよ、イザベラ。彼女にはこれからも私の補佐として働いて貰う」

 「ええ!? そんなぁ」

 

 私は眉毛をハの字にしてグレイに縋った。

 グレイはすぐに参った顔になって、こんな惨めな私にも居場所を提供してくれた。

 

 「し、しかし・・・その・・・君さえ良ければ、私の片腕として一緒に居てくれるかい? リーナも私の護衛として魔術の腕がある。君も・・・その、弓の腕前は確かであるし」

 「ふん。しょうがないわね。私がグレイを守ってあげるわ」

 

 次の瞬間、私は高飛車な態度を装って彼からの要請を引き受けることにした。

 先程まで彼に縋っていた姿から、なんと変わり身が早いのだろうか。

 自分でも呆れる姿であったが、それでもこれが私の個性(キャラクター)なのだから仕方がない。

 そんな私達の姿を、うんうんと、独りで納得しているリーナの姿が、少しだけ腹立たしかったのは言うまでもない。

 

 



2020年 元旦


皆様、あけましておめでとうございます。

物語は修羅場・・・にはなりませんでしたね。

上手いぞ、リーナ。

解り難い描写ですが、彼女は魔法でふたりに何かをしています。

そして、イザベラが登場しました。これでようやく役者が揃ったことになります。

これからこの三人の関係はどうなって行くのか??

1月5日まで毎日更新しますのでお楽しみに~


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