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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第二部 蒼い髪の魔女
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第八話 リーナの実力

 翌日、警備隊の修練場を借り、採用した傭兵達を集める。

 雇われた傭兵達も、いきなり何だろうと疑問に思っていたようだが、既に前金は払われているので全員が集まりに応じてくれた。

 傭兵達はまだ目標とする募集人員の半数程度であったが、それでもこの屋外修練場には既に二千人程の傭兵が集まっており、観ていて壮観である。

 

 「傭兵達に集まって貰ったのは他でもない。この先、辺境開拓に向かう我らだが、その前に皆には訓練を受けて貰う事になった」

 

 私は自分の挨拶もそこそこに、そのように宣言する。

 風の魔法を行使して拡声しているため、全員に私の言葉が伝わったと思う。

 その事に確信を得たのは傭兵達からざわつく様子が見て取れたからだ。

 普通は金で臨時的に雇われる傭兵程度に訓練を施す事などしない。

 何故ならば、傭兵などは所詮個々の労働力でしかなく、彼らに組織だった行動を初めから求められていないのだから。

 もし、軍事行動で死んだのならば、それはその傭兵個人の力がその程度だっただけの事。

 それがこれまでの常識であった。

 しかし、今回は違う。

 組する相手が人間では無く、辺境を棲み処としている凶悪な魔物達なのだ。

 こ奴らを容易く討伐できるのであれば、既に地図上から『辺境』という文字は無くなっている。

 私はざわつく傭兵達にそんな事を説明しながら、指南してくれる先生を紹介する。

 

 「それでは、今回の訓練の先生を紹介しよう。エストリア帝国の東の(ゆう)であるヒューゴ・デン・クリステ先生だ」

 

 私からヒューゴを紹介し、彼に演台を譲った。

 

 「俺がヒューゴ・デン・クリステだ。我がクリステ領はエストリア帝国設立の時代から七百年の間、時折起こる辺境からの脅威に対応してきた。言うなれば我々クリステ家は辺境の専門家でもあるのだ。これからは傭兵の諸君達に辺境の魔物の対処法を教えてやる。楽しみにしておくように」

 

 ヒューゴはそう言うと実に楽しそうな笑みを浮かべたのが印象的だった。

 それからの彼は辺境の魔物の対処方法について説明を始める。

 その内容は辺境魔物対処の講演のようなものであり、ヒューゴからの話しを傭兵達が一方的に聞くような形となった。

 普通ならば人の講演をただ黙って聞く事など、つまらなく、聞き手は直ぐに飽きが来てしまうものだが、ヒューゴの語りは要点良くまとめてられており、聞く事が苦手な傭兵であっても解り易い内容だった。

 よく出現する魔物の特徴や習性、対処方法などを聞く傭兵達。

 彼らもヒューゴの情報には価値があると認め、真面目に聞き入っている。

 一介の傭兵であっても、いや、例え歴戦の傭兵だとしても見知らぬ敵の情報は戦いの場において金以上に自分の命もかかっているため、それを知ることは真剣なのだ。

 うむ、戦闘訓練だけではなく、このような話しを聞かせるだけでも十分な価値があったな・・・私はそんなことを思いながらも風の拡声魔法に魔力を注いでいく。

 私が拡声魔法を使っているからヒューゴの公演も二千人の傭兵達の耳元に届いているのだ。

 そんな私は魔術師であるが、実力はあまりない。

 そろそろ魔力の限界になるかと思っていたところでヒューゴの講演が終わりそうだった。

 ヒューゴも私の方を時々チラ見していたので、こちらの魔力を図って喋っていたのだろう。

 うむ、彼も仕事のできる奴だ。

 

 「俺からは以上だ。もっと詳しい話しを聞きたい奴は遠慮なく俺を捕まえろ。気が向けばいろいろと教えてやる。そして、これからは基礎体力向上の訓練をするぞ。とりあえず貴様らは俺がいいと言うまでこの修練場内を走れ。それでは開始だ!」

 

 ヒューゴの荒々しい言葉で傭兵達への基調講演は終了となった。

 そして、次は彼らに走る事を指示する。

 傭兵達は(一部には渋々なところもあったが)素直にヒューゴの指示に従い、一斉に走り出す。

 そんな統率力を見せたヒューゴという人物は、やはりできる奴なのだろう。

 私は感心して講演を終えたヒューゴを労う。

 

 「為になる話しだった。私も勉強させられたよ。それと、傭兵達を見事に統率できている。人心把握の能力も私よりはありそうだ」

 「そんな事は無い。俺も途中から面倒臭くなったので、とりあえず走らせようとしただけだ。半刻も走らせれば十分だろう。その後は三人一組にして訓練をさせよう。魔物は人と違う。純粋で圧倒的な殺戮者だ。決して一対一では対決しないように身体で覚えさせようと思う」

 「うむ。君が訓練を提案してくれて良かった。これならば無駄な損失を防げそうだ」

 「ハハハ。俺がここで話した事はクリステでは常識になっている事だ。感謝されるには及ばんよ。もし、辺境開拓が成功した暁には少しだけクリステに恩義を感じてくれれば、俺はそれでいいのさ」

 「そうだな」

 

 私は昨日出会ったばかりの友に笑顔で恩を返す事にした。

 その後、ヒューゴの計画どおり半刻ほど傭兵達を走らせて、それが終われば三人ひと組で戦闘訓練を施す。

 初めはヒューゴが魔物役をやり、慣れてくると、傭兵達の中から実力のある者を魔物役に抜擢し、これを三人がかりの連携で相手するという訓練を続けた。

 

 「三人で息を合わせるんだ。ふたりは前衛、ひとりは後衛。魔法を使っているやつはその間に隙ができる。これを残ったふたりでカバーするのだ!」

 

 ヒューゴの声が修練場に木霊する。

 今は拡声魔法を使っていないが、それでもヒューゴの声は良く通るため、聞こえないという事態にはならない。

 本格的な戦闘訓練が始まってしまうと私の出番はもう殆どないに等しい。

 私は、今日もアラン達が進めている傭兵採用面接の手伝いにでも行こうかと思っていた矢先、ここで訓練を行っているリーナの姿が目に留まった。

 

 「えい。えい」

 

 可愛らしい掛け声で風の魔法を放つ彼女の姿は可憐であり、私もその姿からは目が離せなくなる。

 走る度に揺れる彼女の白に近い金色の長髪は、太陽の光を反射させてキラキラと輝くのだ。

 これは、美しい、と思った。

 それを長く眺めていたのか、ヒューゴから肩を叩かれて初めて私は自分が呼ばれているのに気付いた。

 

 「おい、グレイ。何を見ている・・・ん、あれはリーナか・・・まったく、お前と言う奴は」

 

 リーナの姿にうつつを抜かしていたのをヒューゴに見透かされて、多少に呆れられた。

 

 「それにしてもリーナは目立たぬ存在だな。暫く目を離しているとすぐに群衆へと紛れてしまうぞ」

 

 そんな事を言うヒューゴに、私は変だなと思った。

 彼女は容姿もさながら、今でもあれほど長くて美しい金色の髪がすぐに目に入ってしまうと言うのに・・・

 私はヒューゴの評価を否定しようとしていると、そこでリーナと目が合う。

 私に向かって両手を使って口の中へ何かを運ぶ仕草を見せる彼女。

 ん?・・・甘い物を食べさせろ、というジェスチャーなのだろうか?

 私は食い意地の張っている彼女に呆れたが、約束は約束である。

 彼女が真面目に訓練に取り組んでいることには変わりは無いため、私は解っていること伝えるために頭を縦に振る。

 それを見たリーナは自身の細腕を上げて力瘤を作って見せた。

 

 「それじゃ、ちょっとだけ本気になっちゃおうかな?」

 

 遠くのリーナからはそんな声が聞こえたような気がする。

 そして、次の瞬間・・・暴風が吹いた。

 

 「うあーーっ!」

 

 魔物役に徹していた傭兵が彼女の風の魔法を受けて大きく飛ばされてしまう。

 

 「げっ!」

 「おわっ!」

 

 リーナの風の魔法は強大で、自分の味方であったふたりの男性もその余波を食らってしまい、結果、全員が大きく飛ばされてしまった。

 突然の風の爆発とも言えるその惨劇に周囲はおろか本人さえも驚きに身を固めている。

 当然だが、私もこのことに大きく驚き、一瞬何が起こったのか信じられない。

 

 「リーナ。お前! 今のは『竜巻の魔法』・・・それは中級魔法じゃないか??」

 

 私は自分の中にある魔法知識に照らし合わせて、そんな事実を口走る。

 中級魔法が使える魔術師など、普通一般的な傭兵に存在するレベルではない。

 中級や上級魔法が使える傭兵も一部には存在しているが、もしそうなると特別な報酬が必要になってくる。

 本人は仕舞ったと言う顔をしていたが、私が言った『竜巻の魔法』だけは否定した。

 

 「いやいや、違いますよ。これはただの『突風』の魔法で初級でーす。私、魔法の制御が上手くいかなくて・・・ちょっとやり過ぎちゃったかなーって。エヘヘ」

 

 彼女はバツ悪そうに・・・いや、可愛く笑って誤魔化そうとしている。

 ここで私はリーナを追求しようとしたが、実際にそれはできなかった・・・

 何故なら、その直後、突然私に向かって真後ろから怒号が飛んできたからだ。

 

 「貴様は一体何をやっておるのだ!!!」

 

 ここで突然怒号の発する存在に全員の注目が集まる。

 私も突然に怒鳴られた相手を確認するため、慌てて後ろに振り返った。

 そして、そこにいたのは、怒気を隠そうともしない真赤な顔の老魔術師だった。

 

 「グレイニコル殿、貴君が傭兵を集めていると聞いてやってきたが、これはいったいどういう事だ!」

 

 カンカンに怒っているのはカナガル魔術師である。

 確か、この老人はデリカス司令官御付の筆頭魔術師であったと思い出す。

 

 「これは、これは、カナガル殿。私が雇った傭兵達をここに集めているのは、彼らに訓練を施しているためです。それに『辺境開拓軍のために傭兵を集めよ』とは貴殿からの命令であると思っていたが、それを履行している私に何か不都合でも?」

 

 私は飄々と答えたが、カナガルはそんな姿に納得はしなかった。

 

 「確かに傭兵を集めよと言った。しかし、事前にその計画を我々に説明すべきであろうが!」

 「説明など事後でよかろう。貴殿らが設けた期限を果たすためならば、直ぐでも募集を始めなくては間に合わぬところだったぞ。それに今回はマース領主の協力があったから良かったものの、普通ならば命令を受けた時点でも間に合わないだろうし」

 「何を言っておるのだ、この若輩者の無礼者めが。我々には手続きというものが重要なのじゃ。我がデリカス様の採択なしにこんな事を進めるなど、許される事ではないのだぞ」

 

 私はこの老害から言い分に、顔を顰める事しかできなかった。

 この傭兵採用については、どうせできないだろうとデリカス陣営は初めから思っていたに違いない。

 私ができないことを理由に、別の者(恐らく、デリカスの身内)に後方支援部長を引き継がせるシナリオだったのだと思う。

 そんな彼らのシナリオを私はぶち壊してしまい、本当に傭兵の採用を始めて、それは成功しつつあるのだ。

 この結果に、彼は自分の思いどおりに進まなかった事を怒っているのだろう。

 

 「何度も言うように、それでは時間が間に合わない。それに金の事は心配しなくても良いのだ。傭兵徴募する資金が予算に入っている事は既に確認済みである。資金は中央政府持ちであるので、デリカス司令官殿の私財を補填する必要はない。誰も懐は痛まないのだ。それならば誰が傭兵を徴募しても、それは遅いか早いかの違いだけだ」

 「ぐっっっ、このラフレスタの若造めがぁ!」

 

 私の減らず口に怒っているのだろう。

 その後も老魔術師は汚い言葉で私を罵る事が続いた。

 そんなカナガルに、私は柳のようにまともに相手をしない。

 そんな不毛な応酬がもう少し続くかとも思っていたが・・・ここで待ったがかかるった。

 

 「ふふふ、まぁ良いではないか、カナガルよ」

 

 揚々と姿を現したのはカナガルの主人であるデリカス本人である。

 デリカスと彼の御付の数名、そして、彼専属の護衛なのか七人のローブ姿の魔術師と、それはそれは大所帯であった。

 

 「これはデリカス様! 由々しき事態が発生しておりますが、ここは私が納めますので」

 

 老魔術師はハッとなって自分の主人に頭を垂れる。

 カナガルは自分が事態を収拾させると言うが、このときのデリカスはそれは不要だと切った。

 

 「確かに儂はカナガル経由でグレイニコル・ラフレスタ後方支援部長に傭兵を集めよと命令をした。それに関しては・・・これ立派に仕事しておるではないか」

 「ははっ、確かにそうですが・・・」

 「よいのだ、よいのだ。この程度の事でいちいちケチを付けるほど儂の器量は小さくないぞ。使えるものは使えばよい・・・ただそれだけの事」

 「・・・はい。解りました」

 

 まだ何か言いたそうにしていたカナガルだったが、それでもその言葉を飲み込み、主人の決定に異を唱えない。

 今回のカナガルの怒りの行動は彼の個人的な考えだったのだろう。

 

 「ふむ。グレイニコル・ラフレスタ後方支援部長。いい仕事ぶりだ。儂は仕事が早くて使える奴は好きなのだよ」

 「勿体ないお言葉です」

 

 私は一応、礼をしておいた。

 今、デリカスが何を考えているのかは大体に予想ができたのだ。

 私の価値を利用できそうな人間と思い、評価を改めているのだろう。

 ある意味で器量は大きいかも知れないが、私はそんな人間ほど信用しない。

 最後の最後で裏切ることなど、恥とも思わない面の皮の厚い輩だと思う。

 

 「儂はなぁ、強い者には興味があるのだ。傭兵の中でも特に強い者は儂の傍で仕えさせようではないか」

 

 そんな事を言うデリカスの視線の先にリーナの姿があった。

 デリカスは先程に彼女が放った竜巻の魔法(本人は突風の魔法と謙遜していたが・・・)を目にしていたらしい。

 彼女の事を相当な実力者だと認識してしまったようだ。

 デリカスが狙い定めた狩人の目でリーナを見る。

 そんなリーナも顔が強張った。

 自分がこの先、デリカスの傍に傭兵として仕われされてしまうのを勘付いたのだろう。

 貴族の常識としては上位の者に従うのがこの世の常であった。

 しかし、私はここで、そんな常識とは逆を選択してしまう。

 

 「彼女・・・リーナは駄目です。彼女とは私の仕事を手伝ってもらう契約で雇用しましたので」

 

 そう言って、私はデリカスからの要望を突跳ねた。

 そんな私の言葉に反応したリーナからは自身の強張っていた顔が緩むのを見せた。

 それを目にした私は、自分の選択を良かったと思ったが、逆にデリカスからはこれで怒りを買う事になった。

 

 「何んだと! この小童は儂に意見をするのか!」

 

 旧貴族界でほぼ頂点に君臨しているデリカスの視線は厳しかった。

 彼の目には眼力が宿り、彼の御付である老魔術師や護衛達から恐れられているのがよく理解できる。

 しかし、私はここで引かない。

 

 「何ぶん、そのような契約内容でこの女性とは傭兵雇用契約を結んでおります」

 

 脇に居たヒューゴからも「おい」という声が漏れてきたが、私はデリカスから視線を逸らさなかった。

 それは敵対して睨むでもなく、友好的に笑うでもなく、自然に中性な視線をデリカスに送る。

 自分では至極まともな事を反論して、デリカスからの眼光に耐えたつもりである。

 沈黙がしばらく続く・・・

 この時の修練場は重苦しい雰囲気に包まれ、誰もが音を発しない。

 呼吸する音さえも遠慮したいほどの重圧感である。

 やがて、デリカスが私から視線を外す事でその緊張は解き放たれた。

 

 「ふん。融通の利かぬ小童だ。それにこの女が逸材かどうかも・・・今回だけでは解らんな」

 「・・・」

 

 デリカスはリーナに対する興味が一旦なくなったようで、私を解放してくれた。

 

 「今回は特別だ。傭兵を短い期間で集めた貴様の手腕に免じて許してやろう・・・だが、次は無いぞ」

 

 そんな台詞を吐くデリカス。

 そして、彼は自分の一味を連れて、この修練場から去ろうとしている。

 そんなデリカスは去り際に何かを思い出し、私の方へと振り返った。

 

 「だが、貴様がもし『蒼い髪の魔女』を見つけたのならば、必ず儂のところへ連れて来い」

 「蒼い髪の魔女?」

 「そうだ。その事だけは絶対に忘れるな。いいな!」

 

 最後にデリカスは私に訳の解らない要求を突きつけた。

 そして、その後は本当に彼は私の元から去って行く。

 去り際にデリカスを警護するローブ姿のひとりが、私に向けて強い睨みを利かせていたことが私にとっても印象的だった・・・

 

 


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