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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第二部 蒼い髪の魔女
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第七話 辺境の専門家

 

 「それでは、貴方はクリステ領からこのマースに来られたのか?」

 「そうだ。我がクリステ領はエストリア帝国の東の国境の防人であるが故に我らクリステ家は今回の辺境開拓事業の強制参加を免れていたのだが・・・ここに来たのは俺の自由意志によるものだ」

 

 翌日、私は辺境開拓事業の仕事部屋として割り当てられた一室にヒューゴ・デン・クリステを招き、改めて彼とはそんな会話をしていた。

 この部屋には私とヒューゴの他に昨日採用したばかりのリーナという女性もいる。

 彼女には部屋の片づけと書類整理をお願いしているが、リーナは簡単な仕事ならばテキパキと熟せる女性であり、助かっている。

 重い書類の束を種類別に分類し、それを魔法で浮かせて次々と整理する彼女の姿は、見ていて楽しいものがある。

 今もヒューゴと話す傍ら、私の意識で何割かはリーナの姿を追いかけている。

 私が彼女の姿に興味を持っているのは、決して不埒な考えを抱いているのではない。

 確かに彼女は美人であるが、それ以上に彼女の使う魔法があまりにも洗練されていて、それが私から興味を引き出しているのだ。

 彼女の使う魔法はスムーズで呪文の詠唱が恐ろしく短い。

 リーナが同じ魔術師である私よりも能力がある事は明白だろう。

 一体何処で学んだのだろうか?

 どれほど効率の良い詠唱法を取得しているのだろうか?

 マースには失礼だが、こんな帝国中央から離れた地方都市には勿体ない程の優秀な魔術師であり、彼女は掘り出し物だったと思う。

 今、行なっている本を空中で浮かせて整理する魔法も、彼女曰く「給仕の仕事で、多くの注文を運ぶ際、この方法を自分で編み出した」との弁であったが、そもそも魔術師として才能が無ければ、こんな魔力をバカスカ消費する芸当は到底無理であろう。

 そんな魔法により本が飛び交う現場であったが、招かれたヒューゴも通常運転であり、騒がしい現場であっても出されたお茶を自分のペースで堪能している様子だった。

 このヒューゴという男性も貴族にしては珍しく細かい事などを気にしないタイプの人間であるらしい。

 そんなヒューゴとは、改めて自己紹介を互いに行った。

 彼は私と同じ旧貴族で、領主一族の次男という立場でもあり、歳も私と同じ二十二歳である。

 つまり、私とヒューゴは同じような境遇に生まれて育っているのだ。

 違いがあるとすれば、ヒューゴの出生地であるクリステ領は、紛争の多いエストリア帝国の東の果ての国境地帯であるのに対し、私のラフレスタ領は、帝国の西、つまり、帝都ザルツから隣の領地であり、平和そのもの・・・それだけが大きく違っていた。

 そんなヒューゴは、私に対してとても友好的な態度で接してくれていた。

 豪快な武人肌である彼からすると、私のような軟弱な文人肌など一見して反りが合わないように思えるのだが、何故か私達は仲良くなってしまった。

 どこかで波長が合うのだろうか。

 会話が進むうちに彼は私の事を遠慮なく「グレイ」と呼び、自分の事を「ヒューゴ」と呼ぶのを許してくれた。

 リニトやアランと同じように、接していて気持ちの良い相手である。

 そんな友好的なムードであったが、ヒューゴは名前に名・族名・姓名の三文字を持つ伝統と格式ある大貴族の存在でもある。

 この帝国で名前に三文字を持つ意味はとても大きい。

 名前に三文字持つ事を許されたる貴族など、帝皇一族以外に旧貴族の中でも極一部の存在のみである。

 過去に多大な功績を残すことができた貴族にしか、この三文字の名前制度は許されていないのだ。

 ヒューゴの実家であるクリステ家とは、東の(ゆう)として高名な貴族であり、代々、エストリア帝国東側の国防を担ってきた歴戦の貴族なのだ。

 そのような名門貴族出身であるヒューゴが弱小貴族のひとつでしかない私に近付いて来た理由が解らない。

 いろいろ勘ぐる私だったが、深く考えても彼の本当の意図は解らなかったため、私は失礼を承知で彼からその理由を単刀直入に聞く事にした。

 

 「どうして、ヒューゴは私に協力をしてくれるのだろう?」

 「ふふん。それはな、『辺境開拓』と聞いて俺達クリステの一族が黙っちゃいないと思ったからだ。辺境を開拓して領土を広げると言うのは我らクリステ一族の悲願でもあるからな」

 

 そら来た、と私は思った。

 我々は所詮貴族である。

 利害関係なしに協力する事などあり得ないのだ。

 クリステ領の東側には隣国との国境があり、さらに厄介な事にクリステ領の南側は『辺境』とも隣接していた。

 クリステ周辺の『辺境』はこのマースよりも辺境の中心地帯に近いため、より強力な魔物と遭遇してしまう確率が高い難所とされている。

 過去の歴史を見ても、この『辺境』の開拓を試みた実例は山程あり、そのどれもが「失敗」と言う結果で終わっていた。

 『辺境』攻略に対して、それほどに多くの経験がこのクリステ領にはあるのだろう。

 そんな事を考えて相手を値踏む私の顔はヒューゴにも簡単に見透かされていたようで、彼は私が勘繰る事をすぐに否定してきた。

 

 「まぁ、そんな事など、実は建前なのだ。俺の親父を説得した方便でもある」

 「方便?」

 「そうだ。ここに来た本当の理由は、『ただ面白そう』・・・それだけだ。本当だぞ!」

 

 私はまだ疑いの目をしていたが、ヒューゴからはそれは無い、無いと手を振った。

 

 「どうせ、俺がクリステ領に居ても、跡目の問題で毎日もめているだけだ。それより俺は自由で気ままな人生が良いのさ。そこで今回、辺境開拓の話しが出てきた。我々は国境の防人と言う立場もあり、強制参加は免れていたが、それでも旧貴族社会の世間体を考えると誰かを出さなくてはならない・・・それが俺にとっては渡りに船だったのだ」

 

 ヒューゴはそう言い、屈託ない笑顔で私に向かって笑みを溢した。

 そこには嘘が無いようにも見えたので、私はひとまず彼の言葉を信用することにする。

 そんなことを思っている私にヒューゴからは次の一言が追加される。

 

 「それに。一昨日の食事中、給仕女性に狼藉を働いた乱暴者に立ち向かう勇敢な男の行動を目撃してなぁ」

 「「えっ?」」

 

 ここで私とリーナの声か重なる。

 リーナの風の魔法が急に止まり、宙を舞っている書類の束がまとめて地面に落ち、散らしてしまった。

 そんな私達の驚きに満足したのか、ヒューゴはニヤッとニヒルな笑顔へと変わった。

 

 「み、見ていたのか!?」

 

 私は恥ずかしさのあまり顔が真赤になっていた。

 相手に一発で伸されてしまう男など、非常に格好悪い現場だったからだ。

 そんな私を見て、ヒューゴはハハハと悪意なく笑い飛ばしてくれた。

 

 「そう卑下する事ではないぞ、グレイよ。逆に俺はそれを見て貴君に好感が持てたのだ。それでお前の事を探して、名前が『グレイニコル・ラフレスタ』である事が解った。聞くと傭兵を集めているらしい。そんな男だから俺も協力してやろうと思った次第だ」

 

 そんな表裏の無いヒューゴの言葉に、私は恥ずかしくなって視線を泳がせてしまう。

 その視線の先にはリーナの姿もあり、彼女と目が合う。

 このとき、彼女も顔が真赤になっていたが、その理由は解らない。

 一体何に恥ずかしさを感じたのだろうか。

 そんな初々しい私達の姿を見たヒューゴは、再びハハハと笑う。

 そこには私達を嘲る意味はなく、「殴られた事などただ笑って忘れればいいぞ」と気持ちよく言ってくれた。

 私が、このヒューゴと言う人物は豪快でもあったが、気持ちの良い人物であると思えた瞬間でもある。

 私は少し息を吐き、彼の心意気に答えてやることにする。

 

 「まぁ、ヒューゴが私に協力してくれる理由は解った。しかし、私の役割はこの辺境開拓事業で後方支援業務に限定されている。貴君の期待する『楽しいこと』はあまり経験できないかも知れないぞ」

 

 一応、私からそんな忠告をしておく。

 おそらく、このヒューゴと言う人物は武人肌だ。

 今回の辺境の開拓でも魔物と戦いに明け暮れる戦場の現場を期待している可能性もある。

 我々、後方支援部隊がそんな戦いの先陣を切るような場面に居ることは少ないと、予め彼に理解して貰わなくてはならない。

 

 「それはそうだな。グレイ達は後方支援部隊であるから戦いの中心に身を置くというのは少ないかも知れない・・・しかし、何が面白いか、面白くないかを決めるのは俺の主観で判断させて貰う」

 「それを納得しているのならば、私からこれ以上何かを言うつもりは無いさ。好きなだけ近くにいて貰って構わない。もし、気が変わったならば、その時も遠慮なく言って欲しい」

 「ああ、そうさせて貰う」

 

 自慢の細髭を揺らし笑顔を浮かべるその姿は、しばらくは自分の判断を変えない気持ちが伝わって来た。

 私もヒューゴの好きなようにさせてやることにする。

 その後の私達は今後の計画について話し合う。

 

 「マース領主の協力もあって傭兵の募集はとても好調だ。このままならば今週末に目標としている五千人を集める事ができるだろう」

 「指揮系統や部隊配分はどうするのだ?」

 「それはもう司令官の仕事の領分だな。辺境への侵攻作戦については私の考えるところでは無いさ」

 

 ヒューゴから質問に対して私はそう答える。

 しかし、そんな私の受け答え方にヒューゴの顔を顰め、こう反論する。

 

 「それは人を集めた者の立場として少々無責任過ぎるのではないか? 傭兵達に正しく活躍してもらうためにも、最後まで采配してやるのが採用した貴君の務めでもあると思うのだが」

 「それは尤な意見だ。しかし、私はこの辺境開拓事業の司令官という立場ではなく、あくまで後方支援部長なのだ。それに、私はまだ司令官殿からは認めてもらっていない状況でもある。そんな私が何かを言っても、望まぬ争いを生んでしまうのは私の思うところでは無いのだ」

 

 私は少しバツ悪く頭を掻いてそう答える。

 

 「ふん。その司令官殿とやらが、デリカス・アシッド・シュラウディカという人物であろう。俺はアイツを好かんぞ」

 「面識があるのか?」

 「ああ、あの野郎はクソだ」

 

 どうやら、ヒューゴは既にそのデリカス本人と顔を合わせていたようだった。

 

 「アイツは自分のところに利益を持ってくる奴にしか興味を持たないし、それ以外の奴は相手にもしないようだ。全く以って大層な御仁だぜ」

 

 ヒューゴの評価は概ね正しいと私も思う。

 

 「俺はそんな奴に命を預けるのは御免だ。だが、俺も参加する以上は旧貴族としての責務を果たさなくてはならん。クリステ家は『辺境の専門家』であると自負もしているしな・・・無駄で非効率な戦闘はしたくない。だから、俺は後方支援するお前を頼ってここに来たのだ。ここに来た意味もただ『楽しそうだから』だけではないのさ」

 「・・・なるほど」

 

 このヒューゴという男も今回の辺境開拓事業が不毛な作戦であることを見抜いているようだった。

 旧貴族を消耗させるだけのこの事業に、本気で関わる訳ではないらしい。

 

 「と言っても俺の専門は戦闘だからな。だから、お前の雇った傭兵達を鍛えてやるよ」

 「鍛える? ヒューゴがか?」

 「ああそうだ。お前がせっかく雇った可愛い傭兵達じゃないか。無駄に戦死させるのも忍びないだろう? そこのリーナの嬢ちゃんも含めてな」

 「え? 私もですか??」

 

 リーナはここで自分に話しが振られるとは思っていなかったので、素っ頓狂な声を挙げた。

 

 「だってそうだ。いざ行軍が始まったら後方支援部隊でも戦いの中に入るのだ。最前戦よりはマシだろうが、絶対に危険が無いとは言えない。書類整理と夜の相手だけが嬢の仕事じゃないぜ?」

 

 ヒューゴの言葉の意味を知り、リーナは顔を真赤にした。

 

 「お、おい、ヒューゴ。私がリーナを雇ったのはそんなことのために使うつもりはないぞ」

 

 私はヒューゴのこの指摘だけは大いに否定した。

 

 「それに私には・・・」

 

 婚約者というものが居る、と言う言葉を続けようと思ったが、それはヒューゴによって遮られた。

 

 「グレイ、まぁいいさ。こんな昼間から野暮な話しをしてしまって悪かったな。夜伽の話しはふたりだけの場でしてくれ。こんなに可愛い女性なのだからお前が好きになってしまうのも解る・・・しかし、特別扱いは良くないぞ。そんな姿を公に晒せば、集団生活で風紀は乱れ、軋轢を生む原因となるだろう」

 

 ヒューゴは完全に私とリーナの関係を勘違いしている。

 一昨日に酒場で彼女を助けたのも、昨日に傭兵として彼女を採用したのも、彼女に対して邪な欲情を抱いている訳ではない。

 あくまでも偶然が重なっただけ、私はそんな言い訳をしたかったが、ヒューゴはひとりで話しを先に進めてしまった。

 

 「それに、リーナ嬢は魔法だって上手いじゃないか。俺の知っているヤツの中でも、これほどスムーズに風の魔術を使い熟せるヤツはそうそうにいないぜ」

 

 リーナの魔法のことを手放しで賞賛するヒューゴ。

 それもその筈である。

 彼女の秘められた魔法の才能のおかけで、三百冊以上もある私の資料は短時間のうちにすべて棚へと収められたのだ。

 しかも、系統立てて整理されており、もし、これを魔法を使わずに実行すれば、小一時間ほど時間がかってもおかしくないだろう。

 

 「そんなリーナ嬢は確実にそこのグレイよりも強い。少なくともパンチ一発でやられることは無いぞ」

 「あぐっ!」

 

 私は痛いところを突かれて、変な呻き声を出す。

 それは男のプライドにかけて大きく否定したかったが、一昨日の現場をふたりに見られているため、これ以上のぐうの音が出ない。

 

 「大丈夫だ、グレイ。今度はぶっ叩かれる前にリーナに守って貰えばいいのさ。そのための傭兵だろ」

 「えっ?? 私が・・・グレイ様を守るのですか?」

 

 ヒューゴは頷いた。

 

 「当たり前だ。リーナ嬢も傭兵として雇われたのだから、グレイを守るのも仕事のうちだぞ。それに成果を上げれば臨時収入も期待できるぞ。そうだろ、グレイ?」

 「り、臨時収入!」

 

 何かを想像しているリーナ。

 昨日はお金で苦労していることを彼女の口から聞いていたので、報酬アップを期待しているのだろうか・・・

 

 「確かに臨時収入の件は応えてやらんでもない。一度契約してしまったので給金を上げるのは手続きが難しいのだが、リーナのやる気が見せたのならば、訓練期間中の食事に一品だけ甘味を付けてやるのは、私の裁量でも簡単にできる事だ」

 

 私がそんな甘っちょろい事を言うと、リーナを直ぐに陥落させてしまったようだ。

 

 「解りました。私、頑張りますからね! 甘いもの!! 絶対ですよ!!!」

 

 リーナは少し前のめりになり、私に力瘤を作って見せる。

 その細腕には全然力は籠っていなかったが、それでも普段は少しポワーンとした雰囲気を持つリーナが、とてもやる気を見せた瞬間でもある。

 嗚呼、甘いもの力は女性のやる気を引き出すのに偉大な存在である・・・そんな事を思ってしまう今日この頃であった。

 

 



年末年始に突入しましたね。明日からは毎日更新していきたいと思います。お楽しみに。


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